第63話 遅いツッコミ
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…………。
って。
――ちっとも良くねぇわ!!
「どうした、騒々しい。近所迷惑は控えろ」
勢いのまま立ち上がり叫ぶ俺を、水場で食器を洗っていたダルモンが嗜める。
コイツに常識を説かれることほど腹立たしい話も、そう無いと思う。
いや。この際それは捨て置く。もっと大きな問題があるから。
俺という男は基本、流れに逆らわないタイプだ。
長いものには巻かれるし、意見は多数派に合わせるし、漫画の人気投票では必ず前回一位だったキャラクターに票を入れる。
鶏口よりも牛後を取る。過去の様々な経験や失敗を踏まえた、我が人生哲学。文句あっか。
が、しかし。今回ばかりは言わせて頂こう。
――もう三週間も経つんですけど。
「そうだな。早いものだ」
よくもまあ、いけしゃあしゃあと。小突いたろか。
やらないけど。女性に手を上げられないタチだし、第一コイツに喧嘩売るとか怖過ぎるし。
暴力反対。ラブアンドピース。
――もう! 三週間も! 経つん! です! けど!?
「分かってる。わざわざ二度も言わなくていい」
ええい、クソッタレめ。こちとら三日もあれば終わるだろってくらいの甘い見通しで過ごしてたんだぞ。
なのに蓋を開けてみれば、既に三週間。近隣住民の方々からは『新婚さん』の通称で親しまれ、まさかの定職まで得た始末。
いつになったら終わるんだよ、暗殺ギルドの仕事。
てか、そもそも。
――この期に及んで俺、標的が誰なのかさえ知らないんですけど!?
「教えてないからな」
なに当たり前のこと言っちゃってるの、みたいな目やめろ。非常識はどっちだ。
――仔細の説明くらいするのが筋ってもんだろ。
「では聞くが。例えばお前に標的を伝え、その上で当人に会ったら、平時と変わらない対応ができるのか?」
…………。
無理。まともに顔見て話せるかも怪しい。
「知らずにいる方が都合良く運ぶと判断した。私にとっても、お前にとってもな」
見事な理論武装だ、ぐうの音も出ねぇ。
こんなことならジャッカルに演技指導のひとつふたつ、やって貰えば良かった。
「……とは言え。仕事の詳細も進捗も一切秘密では誠意に欠けるのも確か、か」
洗い終えた食器を棚に仕舞ったダルモンが、くるりと振り返る。
此方に向き直った彼女は、思案げな眼差しで俺を見つめた。
「お前は己の役割をよく理解し、果たしている。お陰で私も今までになく動きやすい。実に悪くない」
ぶっちゃけ、普通の生活を送ってるだけですけどね。
「何より万一私がしくじれば、お前も死ぬ。そのリスクに見合った労いは必要だな」
人がなるべく考えないよう頭の隅に追いやってた恐ろしい可能性を平然と口走り、ダルモンはベッドに向かう。
そして、上着を脱ぎながら腰掛け――素肌にぴったりと吸い付いた薄着姿の瑞々しい肢体を見せびらかすように、妖艶な仕草で両腕を広げた。
「私を抱いていいぞ。ただ生憎と誰にも使わせたことが無い、具合のほどは自分で確かめろ。それと灯りは消せ。あまり肌を見るな」
不純異性交遊は最低限の責任が取れる身分になってからと決めてるし、なんか怖かったので断ったところ、ダルモンのプライドを傷付けてしまったらしく、何度も枕を投げてくる。
地味に痛い。
「色々面倒な時は、さっきの手を使って近付いてきたところを殺すまでが確定した運びだった。成功率十割の懐刀に、よくも刃毀れを入れてくれたな」
あんなハニトラ丸出しの見え透いた誘惑に揃って引っかかるなんて、西方連合の男は下半身に脳味噌を支配された類人猿ばっかりかよ。
でも言うと更に怒るだろうから言わない。俺は空気が読める男。
「拒むにしたって悩め。即答で遠慮しますとは、どういう了見だ」
たぶん小豆か何かが詰まった枕を投げては拾い、拾ってはまた投げてと繰り返される制裁。
流石に俺にも至らぬ点があったと思うので、甘んじて受ける。
小豆だけに、甘んじて。やかましいわ。
やがて多少なり気が晴れたのか、或いは馬鹿らしくなったのか、下火となる枕攻撃。
最後の一投から数拍、舌打ちしたダルモンはベッドに寝転び、続けて小さく溜息を零す。
「……確かに幾らか時間をかけ過ぎたな。恐らく
仰向けに天井を見上げながら、何事か呟くダルモン。
小声のあまり内容までは聞こえなかったが、俺への恨み言でも並べてるんだろうか。
「私も、待ちには些か飽きていたところだ。明日あたり、餌のひとつも撒いてみるか」
後々まで尾を引かれても困るし、機嫌取りに紅茶を用意しよう。
甘いミルクティーが好きなんだよな。イメージに似合わず。
お可愛いこと。
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