第17話 理想と現実
「はぁ? 日本刀が欲しい? やめておくのが賢明だぞ」
丸一日アルレシャの町を練り歩き、けれども芳しくない結果に終わった夜。
想定の範囲内とは言え、疲れるものは疲れる。
やはり一度ジャッカルに相談すべきと思い、ヤスリで爪を磨いていた彼女に顛末を話すと、にべもなくそう返された。
「その様子じゃ方々を探し回ったみたいだから分かってるとは思うが、大陸西部は最も刀を入手し辛い地域だ。徒労ばかり稼ぐのが目に見えてる」
――ああ。一応鍛治職人ギルド支部にも行ってみたが、普通に門前払い食らったよ。
「クハハハハッ! 無理と悟りつつも駄目元で挑む気概は好感が持てるな! 飴をやろう!」
高笑いと共に懐から引っ張り出したドロップ缶を投げ渡される。
……ハッカ味しか残ってねぇ。好きだからいいけども。
あと薄々勘付いてはいたが、やっぱりこの女、何らかの方法で地球の物品を持ち込んでやがるな。
大方ピザ屋の時と同様、ネット通販かスーパーの宅配サービスあたりでも使って配達して貰ってるんだろう。
スマホ便利過ぎ。
「つったって、必ずしも手に入らないワケじゃねーんだろ? なんとかなりそうなモンだがな」
俺が思考を他所に向けてると、横で話を聞いてたシンゲンが口を挟む。
対し、ジャッカルはヤスリをテーブルに置いてから、小気味良く指を鳴らした。
「確かに。手間と金と時間はかかるも、不可能と断ずるほどではない」
が……と一拍分の溜めを作った後、再度指を鳴らすジャッカル。
どうやらフィンガースナップのマイブームが来てる様子。明日には飽きてると思うけど。
「ハガネ。君、刀を研いだ経験は?」
「…………何本も使い潰した、けど……真剣を持ってた、わ……簡単な手入れくらい、なら」
「ああ、そう言えば剣術道場の娘だったか」
そいつは初耳。ガチの剣客さんでしたのね。複数潰すほど日常的に使ってたとか恐ろし過ぎる。
同時に、こうまで日本刀を欲しがるのも納得。深く馴染みのある得物だからか。
伊達や酔狂じゃなかったっぽい。
「しかし、それなら尚更、君自身も理解してるんじゃないのか? 刀の研ぎや修繕は専門業、無闇な相手には任せられない。そして武器は使えば必ず劣化する。刀匠も研ぎ師も居ない西方連合で日本刀を手に入れても、持ち腐れに終わるだけだぞ」
そこら辺は、刀を鍛つ技術が無いと聞いた時、俺も少し思った。
正鵠を射たジャッカルの指摘。黙りこくったまま、ハガネはそっと目を伏せる。
求める理想と現実。その差異を擦り合わせ、折り合いを定めてるんだろう。
何というか、常にマイペースで人の話を聞いてるのかどうかすら曖昧な少女だが、少なくとも正論を前に駄々をこねる分からず屋ではない。
長い沈黙を経た末。静かな溜息が、食堂の喧騒の隙間を縫って、そっと響いた。
「…………分かった、わ。当面は、間に合わせの代用品で……構わない」
「妥当な落とし所だな。なに、南方や北方なら此方よりは入手の機会も増えるし、研ぎくらいであれば熟せる者も居る筈。暫くの辛抱さ」
ジャッカルの言に頷くハガネ。
詰まる話、今日の苦労は俺にとっちゃ無駄骨も同然だったワケだが……まあいいか。
異世界初の依頼は失敗。報酬も当然ナシ。や、振り回した詫びにって飯を奢って貰ったけど。
ともあれ、さっさと切り替えて再び自分の問題を考えなければ。
ギルド、マジどうしよ。
…………。
そう。この時の俺は、まだ知らなかったのだ。
これより暫く後。思わぬ形で悩みが解決することを。
いや――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます