第8話 活動方針
「ひっく……あー、しょくん! 君達に聞いておきたーい!」
ふと腕時計を見れば、そろそろ深夜と呼んで差し支えない十一時過ぎ。
異世界だから、時間あってるのかは知らんけども。
食いも食ったり、ひと通り食い尽くされた食器が並ぶテーブルを叩きながらの、すっかり酩酊した呂律の回らない口舌。
……飲み過ぎだよジャッカル。空のジョッキに水入れとこ。
「オレは、オレはぁ! なんの面白みも無かった現代での生活! 此度、期せずそいつを抜け出した千載一遇の機会を活かし、この世界を存分に満喫し尽くす所存だ!」
高らかに謳い、いつの間にか持っていたフリップボードへとマジックで何か書き綴る。
どっから出した、それ。
「即ち! オレの今後に於ける活動方針は、これだ!」
大仰なモーションで突き出された紙面。
酔っ払いの字ゆえ些か読み辛いが、恐らく『諸国漫遊』と書いてあった。
「暫くこの町で用意を整えたら、手始めに大陸一周するぞー!」
「おー!」
「わぁっ♪」
「…………ん」
勢いに釣られてか、三者三様の拍手を送るシンゲン、カルメン、そしてハガネ。
多数派の意見には乗っかっておくタイプなので、俺も倣う。
近くのテーブルの呑んだくれどもは、何事かとばかりに此方を見てたが。
「クハハハハッ! 今日は酒が美味い! 水みたいに飲める!」
実際、水だからね。
「……ほら、どうした!? オレだけに語らせるなんて余所余所しいぞ、君達からも各々の目指す先を聞かせてくれ!」
出会って一日で余所余所しいも何も無いと思う。
まあ、こんな状況に置かれた以上、同じ境遇の者同士、仲良くするのは悪いことじゃないから、いいけど。
つーか、もしかしなくてもシンゲンとハガネの二人が居なかったら、俺達あの森で魔物の餌になってたんじゃ。
「よしできた! 俺様はこうだ!」
全員に一枚ずつ配られたフリップボード。それを真っ先に掲げるシンゲン。
だから、どっから出したんだよ。
「言わずもがな『世界最強』! 男たるもの腕っ節でのし上らんとな! まずはドラゴンと戦いたいぞ!」
散々飲んでた割に半ばシラフ。でも酔っ払ったジャッカルより字が汚い。
あとドラゴンて。初っ端にマッチングを希望する相手じゃないだろ。段階を踏め。
「…………わたし、は」
テーブルに立って吼え始めた筋肉達磨を気にも留めず、相変わらず何を考えてるのか不明瞭な眼差しのハガネが、ボードを裏返す。
意外と可愛らしい丸文字。内容の方は『天下無双』と、可愛らしさの一片も窺えないが。
「…………刀になりたい、わ」
なにゆえ刀。そこは剣士でいいだろ。どっちにしろ女子中学生が夢見るようなもんじゃないと思うけれど。
今日一日の言動で分かってたが、彼女ちょっとノリが独特で反応に困る。
「…………生き物が、斬れる……最高……くふふっ」
怖っ。小声でなんつーこと呟いてんだコイツ。
他の面子には聞こえなかったらしく、一人慄く隣席の俺。
やだこの子、もしや危険人物?
「んー、えーっとぉ……」
不自然にならない程度ハガネと離れつつ、向かいのカルメンを見遣る。
どうやらパッと思いつくような目標は無い様子で、長考を挟んだ末、これでいいやとばかりに書き始めた。
『めいっぱい遊んでから帰ります』
四字熟語じゃないんかい。俺もだけど。
しかも日本語ですらねぇわ、何語よ。さっき見たメニュー表と同じく、読めるのに分からん。
ひとまず、こんな感じで俺達奇妙な五人組の異世界漂流は、初日を終えた。
ちなみに俺の活動方針は『いのちをだいじに』である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます