第3話 白虎のゴブリン狩り
この世界で人間として生まれる前、俺は地球で生きる虎だった。
考えもしなかったことだが、何の抵抗もなく受け入れることができている。
実際、白虎の身体はめちゃくちゃ馴染む。四足歩行でも違和感なく動けるし、試しに食ってみた生肉も普通に旨ぇ。体感的にはついさっきまで人間だったってのに、白虎としての自分に全く混乱していない。
だが、それでも俺は……少なくとも今、こうやってものを考えている俺という意識は、間違いなくポンゾという人間から引き継がれたものだ。
「ギャーッ! ギャアアーッ! ギャブゥ」
巨木が聳える森の中。
足下でわめく緑色を踏み潰した時に、それを確信する。
「グガゲガ!」
「ギギ」
「ガゴグゴ!!」
新たに飛びかかって来た緑色―――ホブゴブリン共に前足を振るう。
人間とそう変わらない体躯に、発達した筋肉。緑の皮膚はブヨブヨしていて防御に優れ、醜悪な顔面の上には鋭い角がある。
明らかに戦うことに向いた生物だ。
討伐難易度Eランクの魔獣、ポンゾとしての俺だったら一対一でも死ぬかもしれない強敵だった。
でも、今は違う。
前足の一撃を喰らった目の前のホブゴブリンが砕け散る。
何体いようが敵じゃねぇ。
爪の先が僅かに擦ったヤツ、粉砕した個体の肉片が当たったヤツ、風圧に触れただけのヤツまで、前足の軌道上にいた他の個体もバラバラに弾け飛ぶ。この一薙ぎで数十体は葬っただろう。
雑魚だ。
まるで死にかけの羽虫を払うかのようだ。
ざまァみろ、と言いたかった。ポンゾの頃には何度も殺されかけた魔獣だ。そいつを蹂躙するのは痛快でしかなかった。
雑魚相手に無双する喜び。
この感情は、人間ならではのもんだろう。
俺の一撃から生き残った何体かが、素早くバックステップで距離を取り、隊形を組み直していく。
器用なもんだ。
そこら中に倒木や太い木の根がある森の中だってのに、足を取られる様子もない。
大木の裏に隠れるやつもいる。横を通る時に槍で突こうって腹だろう。ちゃんと考えられた戦術だ。
向こうに居るハイゴブリン・ジェネラルの指示か。
「ギャ! ギャゴゴ!」
ホブゴブリンなんて所詮は雑兵だ。本命は奥にいる。軍勢を束ねる将軍の脇を固めるのは、馬に跨がるハイゴブリン・トルーパーに鎧で固めたハイゴブリン・ヘビーナイト。ちょっと後ろには魔法を使うハイゴブリン・ウィザードまでいやがる。
全員、討伐難易度DからCランクの上位進化個体だ。
生前の俺なら1対1でも迷わず逃げる相手。
それがざっと、30体くらいは居るだろうか。
雑兵のホブゴブリンを合わせて、全部で1000体の群れってところだな。殺気立った顔で睨み付けてくる。
いいねぇ。
皆殺しにしてやろうじゃねぇか。
「グルルァァァァァッ!」
樹木を障害物にしたところで、俺には関係ねぇ。
まっすぐ走るだけで、どんなに太い大木もなぎ倒せる。その裏側にいるホブゴブリンたちは轢かれて死ぬ。
突き出された槍は毛皮を貫くことなく折れ、叩きつけられた剣は砕ける。僅かな痛みも感じない。爪を振るうまでもなく、ぶつかった奴から柔らかい果物みてぇに弾け飛ぶ。数で押しとどめようとしてくるが、全くの無駄だ。
藪の中を進むくらいの感覚で肉片をかき分ける。ホブゴブリンの層を一気に突き抜け、木々が開けた場所で陣形を組んでいたハイゴブリンの方へ向かう。
「ギグガル!!」
「ググゲガゴォォ!」
ジェネラルが必死の形相で叫び、ウィザードが魔法を詠唱し、ヘビーナイトの持つ大盾に光が宿った。
防御結界か。
「ギゴ!」
呼吸を合わせたかけ声と共に、盾が重ねられて壁ができた。魔法も相まって見るからに強固だ。ホブどもとは兵士としての腕が違う。
トルーパーが騎馬を駆り、側面に回り込んで来る。
一旦防いでカウンター狙いか。
おもしれぇ。
真正面からブチ破ってやる!
俺はあえて盾壁に向かって跳躍し、右の前足へ魔力を込め、力の限り振り下ろした。
金属やゴブリンの感触はしなかった。連中を空気のように引き裂き、感じたのは土だ。木の根が混じった固い森の土に、俺の前足が沈みこんでいく感覚。
水面に飛び込んだ時を思い出した。
押しのけられた土が地面に波を作り、めくれ上がる。
大地の飛沫が立ち昇る。
前足の先にある全てが爆裂した。
轟音と共に森の木々が粉々に吹き飛び、舞い上がった土砂が雨のように降り注いだ後、大きく凹んだ大地に立っているのは俺だけだった。
ゴブリンの姿は影も形もない。
「グオオオオオオオ!」
勝利の余韻に俺は吠えた。
その衝撃波で漂っていた土煙も吹き飛んでいく。
出来上がったクレーターは開拓村がいくつも収まる面積があり、その端は崖と呼べる高さにあった。
まるで流星災害だ。
これほど広く深い大穴を大地に穿ったのだ。
嬉しくて全身が震えた。
まさに望んでいた力だった。
体の奥深く、魂までが充実していく手応えがある。
魔獣『白虎』として転生できて良かったと、心の底からそう思った。
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