第69話 落星のユーシェン
前足を懸命に動かして穴を掘る。
後ろ足を広げ、尻を高く上げて体の下に道を作り、背後に向かって土砂を飛ばす。穴の縁には積み上げられた残土の山ができている。
どんだけあるかも分からない土の層を、全て退かさなければ地の底にある『冥鉄』は見えてこないそうだ。『冥神の寵愛』に魔力を食わせて全力を注いではいるんだが……進捗は芳しく無かった。
やっぱり、白虎の体が穴掘りに向いてないのが原因だ。
爪は肉を引っかけるためのもので、土を掘り返すには尖りすぎている。足音を消すための肉球も邪魔だし、そもそも上半身の骨格が獲物を抑えたり思いっきりぶん殴ったりするためにあるので、犬のように高速でシャカシャカ掘削することができない。
それでも、『寵愛』を持つ俺だから数日で100メートル近く掘れている。このまま続けりゃ、時間は掛かってもその内底まで着くんだろう。
だが……それじゃあ遅い。そんな気がする。
あの神様が、自分を信仰するメポロスタにさえ「関わらんでよい」と言った神様が、わざわざ指示してきたのだ。
相当切羽詰まってるのは確かなはずだ。
『人神』と名乗っている『死神』が、冥神様が助けたいと思っている女神が、すでに何らかの危機にあるんなら……こうして何日も苦手な穴掘りなんかをするより、俺が直接エゼルウスに行って守る方がいいんじゃないのか。
そう思い、問いかけても返事は来ない。
いつものことではある。今までだって、求めれば必ず返事をくれるわけではなかった。でも、本当に必要な時は答えてくれていたのだ。
……どうしても考えこんじまうな。
とにかく、今は一刻も早く『冥鉄』の層へ辿り着き、言われた通り神性を届けるべきか。それで何が変わるのかは分からねぇが、少なくとも何かしら進展はあるんだろう。
そう思い、気合いを入れすぎたのが悪かったのか。
「ガルルァッ!?」
前足で地面を叩いてしまい、地面が大きく揺れる。力加減を間違えたのだ。
何かパラパラと顔に土がかかるので上を見ると―――掘り返し、積み上げていた土の残骸、その山が……グラグラと揺れて徐々に傾いていた。
「ガオ……」
嘘だろオイ。
咄嗟に咆吼で消し飛ばそうと息を吸ったが、それと同時に俺の視界は真っ暗闇に閉ざされた。
…………ダメだぁ、これは。埒が明かねぇ。
俺だけでチンタラやってる場合じゃねぇんだ。
誰かに手伝ってもらうべきだ。そう思った。
◆
思いっきり吠えて、覆い被さってきた土を吹き飛ばす。
何とか一からやり直しって状態は避けられたが、それでも少し埋まってしまった。
……とりあえずメポロスタまで戻ろう。
それで超人たちを何人か借りてくる。言葉を話せなくても、「ついてきて」「穴掘りして」くらいなら何とかジェスチャーで伝えられるだろ。アイツらなら、山吹色オーラを使って飛べるから深い縦穴でも問題なく出入りできるし、やっぱり人数かけて道具で掘った方が、俺が爪でやるより早いような気もするしな。
よし、決めた。
100メートルの縦穴から跳躍して飛び出す。
一日ぶりに森と太陽の景色が目に飛び込んでくる。
それと、
「……出てきた、か」
白髪白髭の小柄な人間が1人、目に入った。
知った顔だ。冒険者なら……いや、世界中の辺境に住む者で、彼を知らない者はいないだろう。
生ける伝説。
世界の守護者。
最強と比較して最高の冒険者と名高い、人間界における頂点の一角。
『落星のユーシェン』だ。
ポンゾから見ると、同年代で最も活躍した大英雄だ。
彼の織りなす偉業の数々を、吟遊詩人の詩やギルドの掲示板を通じて、リアルタイムで追っかけていた。見も蓋も無い言い方をすると、そこそこファンだった。
白虎として見ると、その強さに驚く。
この一年、色んな所を歩いて旅をしたが、ハッキリと「風龍と戦えるな」と思わせる人型生物には、わずかしか出会わなかった。
人間だけじゃなく、魔獣も含めての話だ。サザンゲートの無限ババァやその仲間の魔剣使い、10万の配下を連れたゴーレムキング、紫龍を信仰していたヴァンプ王。そのくらいか。
そして、その彼らよりも、ユーシェンは強いのではないかと思わせる。
こうして見てもすげぇオーラだ。
天龍を退かせたって伝説は伊達じゃないな。
さすがに紫龍や宝神、海岸の洞窟で会った黒い牡鹿なんかには敵わないだろうが。
それでも間違いなく、この世界で最強クラスの生き物だろう。
彼は、昨日から同じ場所に座っている。
俺を観察しているようだ。
英雄譚で描かれていた通り、出会い頭から妙な男だった。
◆
ユーシェンは、昨日俺が穴掘りをしているところに突然ふらっと現れた。
近くで人間の臭いがするな、と思っていたら、唐突にヤツが穴の中を覗き込んできた。そのまま一切の迷いが無い足取りで入ってきて、俺の間近まで近寄ってくる。
だが、敵意のようなものも全くない。
それどころか、何の感情も抱いてないように見えた。同じ臆しないと言っても、フェリア博士の時とは違う。これだけで今までに無いほど珍しいので、思わず注視してしまった。
彼は俺の視線をそよ風のように受け流し、ついさっき後ろ足に激突して死にかけていたチビガキに回復魔法を掛け始めた。冥神様が「相性がいい」と言っていた、龍属性の魔力を使ってだ。顔面がぺしゃんこになっていたガキはみるみる内に息を吹き返した。
さすがに気絶したままだが、寝顔でも分かるとんでもない美少女だった。エルフとタメを張れるだろう。やっぱりどっかで見たことがあるような気がする顔なんだよな……と思って眺めていたら、ユーシェンが話しかけてきた。
「……攻撃せんのか? 儂はお主の獲物を奪った形だが」
人は不味そうだから食わねぇ。
そう答えてやりたかったがムリなので、「フン」と鼻息を出してガキから視線を逸らす。
「そうか。お主は争いを好む性質ではないか。それは重畳。瞬閃は運が良かったな」
シュンセン、だと?
……『瞬閃のハルト』か!?
一度逸らした視線が戻っちまう。
ポンゾの俺を斬り殺したクソガキじゃねぇか。え? あいつって男じゃなかったっけ。
思わず近づいて、臭いを嗅いだ。虎としての反射だ。ポンゾ時代に酔っ払った状態で、体臭なんか覚えてるわけないのに。
その俺の頭に、すっと手がそえられる。
「……やはり食うつもりか?」
何の敵意も無い。だが、今ここでハルトを攻撃しようとすれば、即座にスイッチが切り替わるだろう。そういう気配がした。
まるで獲物を狩る時の虎だ。濃密な殺気を己の内に押しとどめ、気付かれないように距離を詰める。人間だと、冒険者より戦場を生きる場にする傭兵なんかにこういう雰囲気のヤツが多い。「探索」ではなく「殺し」に重きを置く者。命のやり取りを日常的に何百、何千と繰り返した者特有の気配。
『瞬閃のハルト』を殺したいか? とヤツは聞いた。
考えてみる。
……どっちでもいいな。
俺はあの時死んだからこそ、ポンゾなんてクソ雑魚の体を捨てて白虎になれた。縮こまって生きることを止め、強さと自由を手に入れた。転生のきっかけをくれたって意味じゃ、感謝してもいいくらいだ。
だが、そんなもんは絡んで来た時に容赦する理由にはならねぇ。
俺が本当に感謝しているのは冥神様だけだ。別に死因が何だって、『自意識過剰』があればあのお方の目には止まっただろう。そういう意味じゃあ何一つ感謝することなんかねぇ。
つまりだ。
ハルトが俺に敵対するなら殺す。
そうじゃないなら、気分次第で見逃してやってもいい。
その程度の相手だ。
今はどうだ?
一応襲いかかっては来た。だが勝手に自爆した。現在は意識もねぇ。
どっちとも取れるなぁ。
うん。
本当にどっちでもいいや。
ゆっくりと、ユーシェンに視線を向ける。
お前は別だけどな。
「カロロロロ」
お前はこのハルトを守りたいんだろう。俺が気まぐれで留めを刺すのを止めたい。
だったらこの手は余計なんじゃねぇか?
俺を、冥神の眷属である白虎を、「威圧して制御しよう」なんて舐めた真似をすんなら……やるぞ俺は。ついでにハルトは死ぬことになる。このままでいるなら、確実にそうなる。
要するにだ。
なんだこの手は。やんのか、テメェ。
「…………」
ユーシェンは顔色を変えずに俺の額から手を離した。
判断が早い。
俺の意図が伝わったのかどうかは分からないが、引いてくれたんだったらこっちも収めねぇとな。
威嚇するのを止めて、ハルトとユーシェンから背を向ける。
そして穴掘りを再開した。
「面白い」
ユーシェンは本当に愉快そうな声でそれだけ言うと、ハルトと自分に天空魔法を掛けて穴の中から出て行った。
そういえば、天龍の祝福魔法は『モノを浮かせ、飛ばす』ことに特化しているって話だったな。メテオフォールもそれの応用だって聞いたことがある。
臭いを辿ると、ハルトを連れてどこかに去るのではなく、そのまま穴の縁に留まったようだった。どうやら興味を持たれちまったらしい。
まあ、さっきの様子なら邪魔をしてくることはないだろう、と思って、俺は放置することにした。
◆
で、それから一夜明けた今。
穴掘りの手伝いを呼ぶためにメポロスタへ向かおうとしていた俺の前に―――そのユーシェンが何故か立ちはだかっている。
「魔獣よ。そっちの方向は人里だ」
何か勘違いしてるっぽいな。
「腹が減ったのなら、儂がその辺で肉を狩ってきてやろう。だから、人里に向かうのはやめろ」
これをジェスチャーだけで説明すんのはムリだよなぁ。
無視して行くしかないのか……。
「分かっている。会話ができない魔獣にこんな事を言うのは無駄だと。だが、お主は儂が見てきた中でも一番、可能性を感じる。話ができる龍どもよりもだ。今までも人里を襲っていないのだろう。ならば、これからもそうしろ。儂はお主と争いたくはない」
悪いな、大英雄。
俺もそうだからとっととジャンプしてメポロスタに……うおっ!?
なんだこれ、体が浮くぞ!?
「そうか……残念だ、本当に」
無詠唱魔法ってやつか。
呪文のサポート無しに術式を組むのは高等技術とされている。俺も似たようなことをしているが、回復魔法があんな事になっちまうからな。
ユーシェンの天空魔法が辺りを満たす。彼自身もフワリと浮いた。
黄色に近い赤色の魔力が、日光がある中でもハッキリと見て取れる。
俺は浮かされて叩きつけられたところでどうにもならない。
だから焦ることも無いんだが……。
「ガルルァッ!?」
驚いた。
「……大地を走るお前は、この状態では何も出来ないだろう。大人しくしているなら、このまま餌になりそうな魔獣がいる場所まで連れて行く。……抵抗するなら」
ヤツの魔法で地面が捲れ上がり、ボコっと土の塊が浮かび上がって来る。
土の方はどうでもいい。
見るべきなのは、その跡地だ。
出来上がったのは、俺が一日かけて掘るような穴だった。
……。
…………そうか。
そうかぁ!
天空魔法ってこんな事が出来るのか!
最高! たまんねぇよ大英雄!!
「その体に『落星』を受けることになるぞ」
「ガオオオッ!」
ちょっと遊んでいってくれ!
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次回 白虎無双回
明日 6時ごろ更新予定
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