第70話 落星のユーシェン②


 

 何故、儂ではなかったのだろう。


 己の命が尽きる間際、そんなことを思った。


 戦場を思い出していた。

 地獄のようだった函谷関を。

 儂の戦列の遥か先で、華々しい矛の打ち合いの末、体を貫かれて騎馬から崩れ落ちる将軍様の姿を。

 善いお方だった。

 儂らのような一兵卒に「お主らが居るから戦えるのだ」と優しく微笑みながら声をかけて下さった。一度、戦場で斥候をした時に敵の姿を捉え、その事を直接報告したことがある。儂の目を見て「よくやった」と褒めて下さった。あれより嬉しい言葉は、未だに貰ったことがない。

 騎馬に跨がり雄々しく先頭を駆ける、あの後ろ姿について行くだけで心が踊った。あの方と共に戦場を駆けたこと、そのものが儂にとっての誇りだった。


 戦死の報を聞き、皆が涙した。

 直接話したことはなくとも。あれこそが英雄だと誰もが口にした。

 

 将軍様だけではない。

 肩を並べて戦った歩兵仲間も皆立派だった。伍長は兵糧が遅れて飢えた時、自慢の弓で野鳥を獲って儂らに食わせてくれた。足に傷を負った儂を担いで走ってくれた若者もいた。彼らに応えるため、必死になって槍を振るった。


 儂は戦場が好きだった。


 人殺しが好きなのではない。

 走っている時間が好きだった。

 皆で同じ方向を向き、心を一つにして敵にぶつかる。隣の誰かに自分の命を預ける。己の手で、名前も知らぬ味方の命を危機から救う。あの瞬間には尊さを感じる。

 野営地で知り合ったばかりの仲間たちと、故郷の話を語るのも好きだった。

 見たことの無い山や食い物、大きな川。様々な伝承。戦場でなければ出会うことのない、遠方の土地に住む者たち。彼らの話はどれもこれも面白い。


 戦争そのものは最低の行いだと思う。防衛ならまだしも、侵略行為など反吐がでる。奪いたいから戦場に行くわけではないのだ。暴力に取り憑かれていたわけでもない。


 ただ、儂の居場所だった。

 矛盾しているのは分かっている。

 しかし、これ以上ないほど必要とされていたのだ。


 死にゆくものたちに色々な言葉を託された。

 家族に、友に、恋人に伝えてくれと。むろん全てはムリだ。でもきちんと受け止めて記憶する。

 儂が「必ず」と応えると、皆満足そうな顔で逝く。


 羨ましかった。


 いつか。

 儂も、この身に矢を受けて死ぬことがあるのなら、どんな言葉を残そうか。誰かの記憶に残る最期を迎えられるだろうか。


 そんな風に思いながら戦場を渡り、今……床の上で死のうとしている。

 腹のしこりに苦しみながら、己の糞尿にまみれ、誰にも看取られることもなく。


 妻とは上手く関係が築けなかった。戦争から帰る度に、3人の子供は儂とは似つかない顔になっていった。お節介な者が、見栄えの良い行商人のことを告げ口してきて、それでも儂は何も言えなかった。怒るほどの思い入れが家族に無かったのだ。

 戦が終わり、故郷に帰ると、妻も子も全員が引きつった笑顔を浮かべながら……儂の得た報奨金だけを持ち去っていく。

 

 逃げるように戦場へ赴いた。


 ……何故、儂ではないのだ?


 誰かの死を見るたび、そう思う。


 故郷に居場所を持つ仲間は大勢いた。

 敵にも居ただろう。

 大勢を導ける将軍様は、国にとって必要な存在だったのだろう。


 そんな全員を差し置いて、何故。儂だけが生き残る?


 味方を守って死にたかった。


 故郷に帰った兵士たちが、「ユーシェンという立派な男が居たのだ」と語り継ぐような死に様を見せたかった。

 儂の家に会話が無い分、誰かの家庭で話題になる男になりたかった。


 それなのに……今はもう、寝返りも打てない。


 恥ずかしい。

 こんな結末は嫌だ。

 何の意味もなく、ただ終わるだけなんて。


 儂は戦争が嫌いだが……それでも戦場で雄々しく死に、その報告を受けた人々が涙を流すような人間でありたかった。



 英雄に、なりたかったのだ。





 この世界に生まれ直して、その夢はとっくに叶っている。


 魔獣はいい。

 戦っても不幸を産まない。

 冒険者もいい。

 戦場よりももっと広い世界を知ることが出来る。


 ランクがSまで上がると、前世では接したこともないほどのお偉い方が出てきて少し戸惑うが。

 儂という人間は子供でも知るところとなり、これから先も語り継がれることだろう。


 後は最期だ。

 今度こそ、床ではない場所で死にたい。出来るだけ早く。人から老けていると揶揄われるこの体が、動くうちに……華々しく散って行きたい。

 




 ◆





 『九死一生』は有名なスキルだ。


 心が折れない限り、立ち上がることができる能力。瀕死を重傷まで回復させた後、ダメージを無視して動き続けることができる。


 聞いた時から変だとは思ってた。

 

 ボロボロのまま戦えるスキルって何だよ。

 全回復するより難しいことを、何の意味もなくやってないか?

 俺の『自意識過剰』と比べて、効果がえらく中途半端なのも変に感じた。こっちで言うと、「絶対に気絶しないけど夜は眠くなる」みたなチグハグさだ。デメリットに無理矢理感があるというか……いや、スキルは人工物じゃないんだから、そういうものだと言われればそれまでなんで、誰かに喋ったことはないんだが。

 

 どうにも引っかかる。

 けどまあ、実際にあるんだからしょうがねぇ。

 『落星のユーシェン』の英雄譚を聞いた時に抱いた疑問は、そんな風にすぐ忘れちまうものだった。


 そいつを今、思い出す。



「もう一度だ、行くぞ魔獣ッ! はああああああッ!!」


「ガウ」


「ぐわああああ!」



 やっぱり変だわコイツ。


 どう考えても避けられる俺のパンチを躱す気が無い。馬鹿みたいに真正面から突っ込んで来て、殴りかかるようにデカい土の塊をぶつけようとして来やがる。そして返り討ちを食らって吹っ飛ぶ。さっきからその繰り返しだ。

 そもそも、天空魔法の使い手が、宙に浮かせた相手に向かってわざわざ近づいてくる意味が分からねぇ。動けない的にして遠距離から撃ちまくるために、俺を浮かせたんじゃねぇのかよ?

 実際、それがユーシェンの必勝戦法だって聞いてたんだけどなぁ。


 これじゃあまるでわざと攻撃を喰らいに来ているみたいだ。

 いや、みたいじゃねぇ。


 ユーシェン。こいつは明らかに死にたがってる。



「はぁ、ふぅー……強い。思った以上に……だが!」


「グル」


「ぐふぅ!」



 しかし、ただの自殺志願者じゃないのも明らかだ。自分の最期に強い美学を持っていて、何とかそれを達成したいってタイプか。たまにいるんだよな。老いる前に現場で死にたいからって生き急ぐヤツ。

 ユーシェンの場合、過去の戦歴を思い返すと……アレか、英雄的な死ってやつかな?

 超強い敵にギリギリで勝利を収め、そのまま息を引き取る。そういうのを理想にしているのかもしれない。


 『九死一生』の回復力が異常にショボく見えるのも、本人が完治を望んでないからなんじゃねぇのか。普通に考えりゃ、心の強さに合わせてもっと回復できても良さそうなもんだ。

 ユーシェンがボロボロのまま相打ちになるのがお望みだから、重傷で止まっちまうんだとしたら……。



「はぁ、はぁッ……まだまだ、だ!」



 アホだよなぁ。

 無自覚か?

 そうっぽいよな。ごちゃごちゃ考えて動くタイプには見えねぇ。戦闘方法も脳筋の極みみたいだ。戦う前は落ち着いた雰囲気だったし、外見も知的に見えるんだが。

 

 こっちが本性ってことか。

 ……よくよく考えりゃ、殆どの英雄譚がそんな感じだったな。



「ガル」


「ぐぅッ……!!」


 

 土の塊を狙ったパンチの余波を受けて、ユーシェンが吹っ飛ぶ。

 一度も直撃させてないんだが、要は巨大な岩を砕くみたいなもんだからな。それなりに本気で殴っている。その余波だけで、もう血まみれだ。


 大した防具も身につけてないから、ダメージもでかいだろう。どうみても戦えるとは思えない。が、それでも全く怯まない。即座に次の弾を大地から引き抜き、突っ込んでくる。


 ……いや、馬鹿みたいなのは間違いないんだが……とんでもねぇ組み合わせではあるか。


 なんせ心が折れねぇ。最初から死ぬつもりなんだから、少なくとも敵の強さで絶望なんかしないんだ。英雄譚を聞いた時は、てっきり「守るべき人」を心の支えにしているんだと思っていた。でもそうじゃねぇ。


 死に方に納得できるかどうか。それだけなんだ。

 全部、自分の中だけで完結することだ。

 理想通り相打ちになるか、天龍みたいに相手が逃げ出すまでは無限に立ち上がってくる。


 そりゃあ強いわ。

 

 おまけに、相打ちで倒れた後は周りのヤツらが必死で治療してくれるしな。本人としてはそのまま死ねれば満足なんだろうが、なんといっても瀕死から重傷までは治っちまってるんだ。よっぽどの事が無い限り生還できるだろう。


 これを一切狙わずにやってるんだからな。ほとんど奇跡みたいな男だ。


 伝説になるワケだぜ。

 俺でも『冥火』以外じゃ殺せないなぁ。無限ババァくらいしぶとそうだ。

 天龍が逃げ出すのにも納得がいった。冥府魔法が使えないやつは皆逃げるだろう。



 ま、今の目的はユーシェンを殺すことじゃねぇからどうでもいいが。



 土の塊をぶん殴る。そして咆吼で消し飛ばす。

 ヤツの相手をしているだけで、どんどん穴が出来ていく。俺は残土が地面に落ちて再び埋まっちまわないように、パンチや咆吼で消し飛ばせばいいのだ。順調に掘れている。見ていて楽しくなってくる光景だ。わずか30分ほどで俺の一ヶ月ぶんくらいはいけてるんじゃないか?

 

 ただ、あれだな。

 あんまり広範囲をちょこちょこやられても仕方ねぇんだよな。一カ所を集中して深く掘ってくれなきゃ意味がねぇ。

 

 よし、ここは……。

 『冥神の祝福』に魔力を食わせる。



「ぐッ、なんだ……この邪悪な気配は!」



 ズズンと地響きが起きて、周囲の森に赤黒い岩石が出現する。

 『冥鉄』だ。

 質感は黒曜石に似ている。滑らかで光沢があり形は不揃いだ。大きさは平均して一つ10メートルほどあるだろう。中には少し小さいのも混じっている。『冥火』と『結界』に比べて使い慣れてない魔法だから、どうしても安定性に欠けるな。


 もうちょっと高い位置に出現させれば、立派な物理範囲攻撃になるんだが……今のところ、3個以上だと自動的に地面から1メートルくらい上へ出てきちまう。そこをコントロールできない。



「これは一体、何を……む!」

 

 

 重いだろ、これ。

 最大サイズで出すと、俺でさえ持ち上げるのは簡単じゃねぇ。龍神と戦う時くらいの強化が必要なくらいだ。

 それを天空魔法の範囲内へ大量にバラ撒いてやった。地面に深々と突き刺さっている。こいつを掬って持ち上げるのはユーシェンの魔力量じゃ難しいだろう。



「儂の攻撃を封じるつもりか! だが……お主自身の足下を忘れているぞ!」



 いいのさ、それで。

 ユーシェンの魔法が俺の真下に集中する。元々穴を掘っていた場所だ。戦闘が再開した。瞬く間に土が引き抜かれていき、穴の底が暗くて見えなくなっていく。


 

 このペースなら、本物の『冥鉄』に辿り着くまですぐだろう。

 

 待っていてくれよ、神様!





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


次回 一方、都市では③


明日 6時ごろ更新予定

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