第71話 一方、都市では③



「うえええっ」


 

 なに、これ……しょっぱい!



「ぎゃははは! すげぇ顔! 大丈夫か、フレイア」


「お父さんのばかっ、嘘つき! 全然おいしくない!」


「何言ってんだよ。俺が旨いって言ったのはここで採れる塩だ。海水をまんま飲んで旨いわけねーだろ?」


「…………なんで?」


「あん?」


「水と塩で作ったお料理のスープはおいしい。どうして海はおいしくないの?」


「なんでってお前、そりゃあ……スープは、いろんな具材の味もするからだよ。ほら、昨日作ったやつは、釣った魚とかその辺の海藻とか入れたろ? だから旨かったんだ」


「お魚も海藻も海の中にあるよ」


「……火をかけてないからだ。そうしないと旨くならねーんだよ」


「なんで熱くするとおいしくなるの? 海の水を煮こんだらおいしくなる?」


「いや塩辛いからムリだ」


「水を足したら大丈夫?」


「えー……あー……いや、なんつーかこう……な?」



 わたしを見て笑っていたお父さんが目を泳がせます。面倒くさくなってきたみたい。

 それでも、一生懸命考えてくれているのが嬉しいです。前はこういうことを言うと「うるせぇ!」って怒鳴られていたんですけど。

 

 ぷっと息を吹き出す音がして、けらけらと笑い声が聞こえてきました。



「何をしておるのか、お主らは」



 後ろからです。

 振り返ると、青龍さんがお腹を抱えて笑っていました。

 いつの間に来たんだろう。また、もふもふの蛇みたいな姿になって飛んできたのかな。


 青い海と白い砂浜、雲一つない空の下で、もっと綺麗な青色をした髪がきらきらと輝いています。風になびいているのを見ると心臓がドキドキしてしまいます。


 ヒゲもじゃでガサガサ髪のお父さんとは大違い。


 だけど、不思議と2人が揃うと見とれてしまう。並んで立つのが似合っているのです。こういうの、「絵になる」っていうらしいですね。行商人さんが教えてくれました。



「すっかり親子よの、スパルタカス」


「……うるせぇな! のぞき見してんじゃねぇぞドラゴンのクセに!」


「ふふふ。上空に居る妾に気付かぬほど娘に夢中とは、鈍ったかのう戦神どの?」


「試してみるか!?」



 お父さんが剣の柄に手をかけました。

 

 いけない。



「お母さーん」



 喧嘩防止です。急いで青龍さんに抱きつきます。



「これ、フレイア。妾は母ではないぞ。何度も言っているであろう、母のように思うのは良いが、それでは本物の……」


「だっこをお願いします」


「いや、だから」


「だっこ」


「むう……」



 足下にぴったりくっついて両手を広げると、青龍さんは不満そうに唸って抱き上げてくれます。ゴリ押しに弱いのです。嫌そうな声でしたが、お顔が笑っているので大丈夫。

 お父さんも剣から手を放しました。

 ちょっと前まではわたしが居てもお構いなしで戦い始めていたのに。

 どんどん優しくなっていくのです。


 この間会った農耕神さまも「丸くなった」と嬉しそうでした。

 本人はそう言われると「弱くなったって意味か」って怒りますけど。でも、わたしを追いだそうとしたりはしません。


 ときどき悪戯が好きで困りますけど、自慢のお父さんです。



「何をしておったのだ?」


「見りゃわかんだろ、修行だ。テメェに勝つためのな!」


「お父さんとお出かけです。海獣のお鍋を食べさせてくれるって」


「おいフレイア」


「それは良い! あれを食べるならナスがよく合うぞ。妾の巣でも育てておる。持ってきてやろうか?」


「鍋じゃねぇ! 修行だっつってんだろ! 今からテメェにリベンジするんだよ!」

 

「そんなもの、鍋を食ってからでもよかろう。なぁ、フレイア?」


「はい! お父さん、今度こそ海獣を捕まえましょうね!」


「あっバカ」


「今度こそ? まさか……失敗したのか? 戦神ともあろうものが、海獣狩りに?」


「昨日はお魚でした」


「う、海の中が思ったより動きにくかっただけだ! すでに対策も考えてあんだよ! 今日は絶対に獲れるッ!」


「はぁ~やれやれ。フレイアよ、待っておれ? 情けない父に代わって、妾が海獣を獲ってきてやるからの」


「話聞いてなかったのかテメェ! 引っ込んでろ!」


「スパルタカスより丸々と太って旨そうなのを獲ってくるぞ」


「調子のんなアホドラゴンが! みてろフレイア、俺の方がデケぇの獲って来るからなぁああ!」



 うおおお、と格好良く叫んでお父さんが海に飛び込んで行きます。

 わたしはそれを微笑みながら見送ります。ああなったお父さんに不可能はありません。きっと大きな海獣をおみやげにしてくれると思います。



「……お母さんは行かないんですか?」


「うん? ああ、後で行くとも。水の中は妾の方が速く動けるからな。同時にスタートしては卑怯だろう?」


「それでも、お父さんは一緒にスタートしたがると思いますけど」


「ふふふ、そうか。そうだろうな。フレイアは父のことをよく分かっているのだな」


「お母さんのことも分かってます!」


「そうなのか?」


「はい。例えば、今は……どうして寂しそうなんですか?」


「なに?」



 思い切って聞いちゃいました。だって気になるから。

 

 青龍さんは目を丸くして驚きます。

 出会った頃はよくしていた表情。綺麗な瞳がよく見える。



「そう、見えるのか」


「はい。なんだか、いつもより目のキラキラが少ないです。それに、泳いでいるお父さんのことを見ていたいから、同時にスタートしなかったのかな……と思います」


「なぜそう思う」


「そんなお顔でした」



 まるで、忘れたくないみたいに。

 今しか見れない綺麗な景色を、「覚えていたい」と思ったときみたいな表情だ、と思いました。



「ふむ。キラキラ? はよく分からんが……お主がそう言うなら、そうなのだろうな。そうか。妾は寂しいのか……」



 わたしの頭をくしゃりと撫でると、肩に腕を回して抱き寄せてくれます。

 青龍さんからしてくれるのは初めて。

 もしかして、ついにお母さんになってくれるのでしょうか。……違うことはわたしでも分かります。もう10歳なので。



「全く、お前たちは不思議だな。妾は数万年を生きる龍なのだぞ? それなのに、今更人間相手に寂しいなどと」


「もう……会えないのですか? どこか遠くへ行ってしまうのですか?」


「ああいや。そういうわけではない。ないのだが、まあ、少しばかり遠方に用事があってな。これが面倒なことになりそうで、もしかしたら終わるまで時間が掛かるかもしれん」


「どのくらいですか?」


「うーん。最悪の場合、あやつを仕留めることを考えると何度か脱皮もいるだろうから……ざっと100年、くらいか」


 

 ひゃくねん。わたしが今まで生きてきた時間の、10倍?

 どのくらいだろう……想像もできない。



「おばあさんになってしまいます!」


「嫌だ、と思ってくれるか?」


「はい。……どこかに行くのなら、わたしとお父さんも連れて行って欲しいと思います。『だっぴ』も一緒にやりましょう」


「ははは! それは難しいなぁ」


「だめですか?」


「うむ。脱皮するところは誰にも見られたくないものだ。それに人間は脱皮できるようにできておらん」


「じゃあやっぱり、おばあさんになるまで会えないんですか? わたし、腰が痛くなって、もう遊べなくなってしまいます」


「そんな顔をするな。人間の寿命のことは分かっておる……フレイアにはこれをやろう」



 頭の上に、何かふにょふにょしたものが置かれます。

 青龍さんに抱きついていた腕を解いて、とってみると……それは、虹色に輝く桃のような果実でした。


 これは、見たことがあります。



「神性だ。ユグドラシルに残っていた最後の一つをぶん取ってきた。さらに白龍と妾で協力し、特別な生命魔法を掛けてある。普通なら耐えられない体でも、これなら―――って、おい!?」



 かぶりつきます。おいしいです。



「食べてしまったか……まあ、良いのだが。後でスパルタカスと相談して、司るものを決めるといい。とにかく、神に成ってさえしまえば寿命の心配はなくなる。しばらく会えなくなるのは寂しいが、できるだけ早く済ませて帰ってくるからな」


「すぐ、行ってしまうのですか?」


「いいや。全龍議会は明後日だ。だから今日はゆっくりすることにしておる……まあ、何もかもが妾の杞憂で、口で言うだけで彼奴が大人しくなる可能性もあるからな。もしそうだったら、4日後には顔を出せるぞ」


「4日! それなら待てます。楽しみです」


「これ、今目の前におるのだがら、今を楽しめ」



 そう言うと、青龍さんも海獣を獲りに向かいました。

 結局、獲物はお父さんのより青龍さんの方が大きくて、わたしがいつの間にか神様になっていたことも相まって、2人はいつものように喧嘩をしました。

 お父さんの負けなのも一緒。

 海獣のお肉はとてもとても美味しくて、「料理神になれば良かったのに」なんて青龍さんが言うから、また軽く喧嘩になって。


 そんな風に、いつものように、わたしの大好きな時間は―――3人で過ごした最後の一日は、過ぎて行きました。



 今から200年以上前の話です。




 ◆




 がりがりと体を削る。

 神性の宿ったわたしの体を、龍の牙で作ったナイフで削って削って、生命の元にする。


 『戦』や『冥府』よりも『生』から遠い、『死神』であるわたしが生き物の眷属を作るなら……自分を使うしかありません。本当は普通の眷属を使いたいけれど、無機物に霊魂を込めただけのゴーレムや、魔法を核にするゴーストではだめなのです。

 

 とても、あの龍には太刀打ちできないでしょう。


 生きている眷属が必要です。

 成長して、主であるわたしよりも強くなる眷属が。

 あの龍を直接倒せなくてもいい。ただ、邪魔できるくらいの眷属が……。


 自分でも、バカなことをしていると思います。

 こんな事をしたって、お父さんもお母さんも喜ばない。


 それでも、やります。やらずにはいられません。


 レイシアからあの報告を聞いたから。空から落ちる、涙のような一撃を見たから。

 ……お父さんだって諦めていないんです。

 娘のわたしが、立ち上がらなくてどうするんですか。


 覚悟も準備も、とっくに済ませているんです。


 血がたくさん出て辛いけど、わたしが自分で『死』を選んだんだから、仕方ありません。

 お父さんが戦いを司るなら、倒れた魂はわたしが冥府まで導こう。そう思って選んだのです。後悔なんかこれっぽっちもありません。


 ありませんが……やっぱり痛いです。



『ふぅ、ふーっ……これで、よし』



 我慢の甲斐あって、必要な分は採れました。肘から先が無くなった左手を、急いで回復魔法にかけます。上手く塞がらないのも『死』属性だから仕方ない。

 レイシアにはとても見せられませんね。

 あの子は回復魔法が得意だから。幻滅されてしまいます。

 両足を削っていた時は、服で隠して誤魔化していましたけれど……腕まで使ってしまったからもう隠し通せないと思います。


 神は不老だけど不死ではない。

 やりすぎないように気を付けないといけません。死んでしまったら意味が無いのです。


 ああ、くらくらする。


 意識を失う前に、何とか、今日の分をやりきらなければ。

 辺境から取り寄せた世界樹の種。それを捏ねて潰して、削ったわたしの体と混ぜ合わせる。肉体を造るのは向いてないけれど、魂の扱いだけは、冥神になったお父さんにだって負けないつもりです。

 「眷属を一から造る『寵愛』は、従来の神託による『寵愛』よりも高出力になる」。

 お父さんと2人で編み出した、わたしたちだけの技術ですから。


 もう少し。

 毎日一体ずつ造って、もう少しで400体を超えるんです。

 これだけいれば充分だと思います。

 一緒に戦うのでもいい。食べて力に変えるのでもいい。きっと、お父さんの眷属を……あの白い虎さんを助けてくれるはず。


 片腕になってから捏ねるのに時間がかかります。

 それでも、何とか一体。今日は地球の牛をモデルにした子を―――





「なぁぁるほど! そうやって造ってたんですか!」





 ―――突然。

 生み出したばかりの眷属が、ドロリとした黒い靄に包まれます。



『え……?』



 わたしの魔力はピンクです。祝福を授けた信者たちの魔力もそう。

 『死』には似合わないけど、せめて色だけは可愛くしたくて……。だから、生み出した眷属もそういう魔力を纏うはず、だったのに。


 どうして目の前の子は、こんなに、黒く。

 体毛や角まで、まるで闇みたいな色に。



「だめですよ、『人神』さま。造った眷属は放置するんじゃなくてきちんと監視と管理をしなきゃ、僕みたいなのに盗まれちゃいますって! まあ色々研究しても、造り方そのものは全く分からなかったんですがねぇ……魂と世界樹の種! はははは! 納得ですよ!」



 顔を上げる。

 男がいます。上から下まで真っ白な服装の、不気味な仮面を着けた男が。

 英雄譚の挿絵で見たことがあります。

 『龍血のアノン』。

 なんで……どうやってここに。


 いや。

 いや。


 ちょっと待って下さい。この感じ、この魔力は。



「しっかし、コレはアメリカバイソンですか? 見事に地球の生き物だなぁ。コレをここで造ってたってことは、あの『虎』もやっぱり貴女たちの絡みだったんですよねぇ? つまり僕の敵ってことだ!」 



 この魔力は龍です。そうとしか思えません。

 どうみても人間、なのに。



「あ、何を今更って思ってるんでしょ。いやいや違うんですよ! 僕だって最初は「おや?」と思ったんですって! なんたって『宝神』が死んで『冥神国』が出来たんですから。そりゃアイツの手先だと思うでしょ!?」



 それに、ああ。

 ああああ。

 彼が身につけている白い服。その素材。

 神性が宿ってる。誰のものか、見ればわかります。何度か会っているので。『人神』の国を造る時、信者たちが回復魔法をきちんと使えるようになるために、祝福を混ぜてもらうよう、お願いして協力してもらったので。

 

 ……あれは、お母さんのお友達の。

 わたしが食べた神性に加工をしてくれた、『白龍』の体毛。



「でも、その後の行動が解せなかった! 元々戦神に近い関係があった軍神国を滅ぼして、北の方をフラフラと……絶対にリベンジだ! 速攻でこっちに来る! と思って準備してただけに、拍子抜けしちゃいましたよ。あれ? やっぱり偶然? 冥府を信仰しようなんて突飛な発想の人間が急に現れただけ? ってね」



 そして仮面は……彼女の逆鱗です。

 触られると親にでも逆上するという、龍のタブー。

 そんなものを奪って、仮面にしている、ということは。



「いや本当、貴女がじゃぶじゃぶ眷属を造り出さなかったら、僕はスルーしちゃったでしょう。紫龍を遊び殺すような化け物だ。そのまま無警戒だったら、やられていたかもしれない。助かりました。……お礼に、というわけでもありませんが」



 第一世代の龍を、殺して素材にした?

 まさか。そんなことが、できるのは……!

 


「一つ秘密を教えましょう。僕はねぇ、嘘つきなんです。冒険者ギルド、黒龍教、所属している国、仲間の龍たち。全部に嘘をついている」



 本当は、地球の出身なんですよ。

 仮面に人差し指をあてながら、本当に秘密を囁くように彼は呟いて、



「ユニークスキル『人化』―――解除」



 わたしの目の前が、黒龍の色に染まった。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 申し訳ありません!多忙により、次回の更新時間が遅れます。 

 8時くらいに更新出来ればいいなと思っていますが、もう少し後になるかもしれません。

 更新自体は必ずします!



次回 黒獣が攻め寄せる


よろしくお願いします!

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