第72話 黒龍を殺す理由


 まず、生み出した『冥鉄』を俺ごと結界で包む。

 その中で、尻尾の先に宿った神性の炎を使い『冥鉄』を炙る。少しの間続けていると、赤黒かった色が虹色に変色し始める。

 色の変化が隅々まで行き渡ったら、やがて『冥鉄』そのものが発光する。

 神性と同じ七色だ。この光が、満杯になったって合図らしい。


 結界を解き、足下の『冥鉄岩盤』に俺が生み出した『冥鉄』を触れさせる。

 虹色に輝く鉱石が、夏に食う氷菓子のように解けて吸収されていった。



『……よし。己よ、もうよいぞ』



 頭の中で神様の声がする。

 久しぶりに嬉しそうだ。まだ神性は余ってるけど、いいのか?



『ああ。これだけあれば、死神の体を修復してやれるじゃろう。助かったわい』



 神様が安堵の溜め息を吐いた。

 少し前まで、ずいぶん切羽詰まった様子だったんだけどな。やっぱりスコップ大英雄のお陰で穴掘り時間が大幅に短縮されたのが良かったらしい。『このペースなら確実に間に合うぞ!』と大喜びだった。


 ユーシェンには感謝しなくちゃならねぇ。


 穴が開いた後も暴れ続けて困ったから、今は『瞬閃のハルト』と一緒に結界の中へ閉じ込めて、穴の縁辺りに転がしてあるんだが……後でメポロスタに連れて行ってもてなしてやろう。山龍の肉を料理王のところへ持っていくか? 



『あの者は英雄的に死にたいのじゃろう。そんなことをしたら死が遠のくぞ』



 神様が雑談に乗ってきた。

 本当に死神を助ける目処ってのが立ったらしいな。さっき体の修正がどうのとか言っていたが……。


 良い機会だ。事情を聞いてみよう。




 ◆




 きっかけは、海岸洞窟で見た黒い牡鹿だったらしい。


 地球の動物がモデルになった魔獣。俺からみても何かの神の眷属っぽい印象だったが……ああいうモノを作れるのは冥神様と、その娘である死神だけなんだそうだ。


 つーか今更だけど、冥神様って元は地球からの転生者だったんだな。虎を知っているんだから当たり前っちゃ当たり前だけど。

 戦神時代のユニークスキルを聞いて、驚いたぜ。

 『戦闘経験値6万倍』。

 凡人の6万倍成長できるスキルなんだと。

 なんだそれって感じだ。

 バカげた能力すぎるだろ。あっという間に人間の限界値まで成長しちまって、さらに上を目指すために神性を食って神様に成ったらしい。そりゃあ司るのは『戦』だわ。

 それに比べて『自意識過剰』ってお前……。


 いや、結果今は白虎なんだからいいんだけどよ。

 

 とにかく……冥神様は、俺の目を通して牡鹿との戦いを見ていた。


 すぐに「娘が造ったものだ」と気がついたらしい。

 製造方法も想像がついたそうだ。そこが焦らせる原因でもあった。『死後』よりも相性の悪い『死』の属性が有するマイナス面をカバーするために、自分の体と世界樹の種を混ぜて造ったんだ、と。

 腕を切り落として新しい命を造る。

 そんなことをしていたら確かに身が持たねぇだろう。文明神は自然神と違って生き物だからな。食えるし殺せる。無茶なことをして体力が尽きれば、当然死ぬ。



『何が目的なのかも大体察しがついてしまってのう。死神……フレイアの性格上、このままでは死にかねない無茶を続けると思った。やむを得ず、己を頼ることにしたワケじゃ』



 頼られるのはいいんだが……ちょっと待てよ。

 これって、間接的に俺は冥神様の娘を食ったってことになるのか?

 

 不安になったが、『眷属として誕生した時点で別の存在じゃ、気にするな』というフォローになってんだかよく分かんねぇフォローを貰った。



『それに、アレはあの場で倒しておくべきじゃったしのう……』



 明らかに異常をきたしていたんだそうだ。

 レイシアの『ガイドポスト・レイ』が桃色だったように、本来、死神の眷属が放つ魔力はピンク色のはずなんだが、あの牡鹿は影かと思うくらい真っ黒だった。


 そして、冥神様には、あの黒い魔力に心当たりがある。


 黒龍。


 人間最強のSランク冒険者、『龍血のアノン』が信仰する龍神。

 破壊と生命、龍が司る2つの属性の内、『破壊』を象徴すると言われる存在。

 今、俺の足下にあるクソ硬い『冥鉄』をブチ壊し、戦神様を冥府へたたき落としたのもヤツだという。……要するに、この世界で最強の生物だ。


 その権能の一つに、『自我の破壊』があるらしい。

 テイムスキルの神様版みたいなもので、喰らうと自意識が失われ、黒龍のためだけにに生きる奴隷に成り下がっちまうんだとか。

 黒龍は自分で命を生み出せないから、そうやって眷属を増やすんだと。

 上位の龍神でさえ抵抗できない呪いだ、と冥神様は悔しげに眉をひそめた。


 その権能を喰らって、死神が文字通り身を削って生み出した眷属は、乗っ取られちまっていたんだそうだ。

 なるほどなぁ。だから黒かったんだな。



『恐らく、フレイアはそれに気付いておらん。生み出した命を支配しようなどとは考えない娘じゃ。きっと儂と同じような方針で、黒龍と対峙しようとしていたはず……』



 ん?

 黒龍と対峙?



『うむ。儂と娘にとって、ヤツは……友を、奪った敵じゃからの。戦う準備をしておった所を、逆に利用されてしまった形になる。恥ずかしい話じゃが』



 ……。

 …………。

 ええ?


 おいおい、なんだそりゃ。

 ……ええっ!?

 この1年の記憶が頭を駆け巡った。


 めちゃくちゃのんびりしてたじゃねぇかッッ!!


 呑気に旅とかしてる場合かよ! 塩つけて牛肉食べて……ええっ!? 黒龍殺さずに何してんだよ!?

 

 なんで最初に言ってくれねぇの!? そういうこと!

 


『確かに……己を儂の眷属として転生させたのはな。あわよくば、ヤツを倒してくれぬかと思ったから、ではある。儂では勝てなかった。真っ向勝負ならまだしも、あの黒い靄を使われてしまっては……。しかし「自意識過剰」を持つ己なら。そう思ったのは事実じゃ』



 あんだけ変なテンションだったのはそのせいか!

 いや、つーかだから、最初から言えば良かっただろ!?



『強制するつもりは無かった。ヤツと儂の因縁に、己は何の関係も無いのじゃからのう』



 そんなもん、あんた……いや。んな過去のこと言っても無駄か。

 

 もうシンプルに、なんで黒龍と揉めたのか、俺は聞いた。

 関係ないと言われるなら、今から首を突っ込んで当事者になればいいと思ったからだ。


 言いたくない、と神様は拒んだ。



『話せば己は憤り、黒龍と戦う気になるかもしれん。しかしのう、それは儂の感情よ。儂の怒りで、己の意思を染め上げるのと同じよ。そのような事、あってはならん』



 なんでそうなる。

 話を聞いてブチ切れるのも俺の勝手だと思うんだが?



『いいや、違う。……儂はのォ。他人の意思を捻り曲げようとするモノが大嫌いじゃ。生け贄、奴隷、家畜。強制する者、それを受け入れる者も……全て気に食わん。自由というものを隔てる存在は、見るだけでブチ壊してやりたくなる。戦いの動機は全てそれじゃ』



 そりゃ、俺も分かるけど。



『神からの使命なぞ、その最たるものと思わんか? 断れない要望を下すなぞ、奴隷として扱うも同然ではないか。眷属を駒と扱うなら、それは黒龍と何も変わらん! 儂は……己に期待はする。希望も持つ! しかしそれは思うだけじゃ。己が考慮する必要など一切無い! これまでも、これからも……己は、己の好きなようにして良い』



 この場合、奴隷なんかとは違うと思うけどなぁ。


 頑固だ。

 どう聞いたって教えてはくれねぇだろう。

 まあ、いいさ。

 黒龍の能力。それを話してた時の表情。友を奪われたってセリフ。


 理由なんて聞かなくても。何となく分かるしな。


 それに俺は、冥神様のこういう、頑固で融通の利かない所を気に入っているんだ。

 ただ転生させてくれたから感謝しているわけじゃない。こんな事を思うのは、不敬なのかもしれないが。


 負けた友達の仇をとる。


 ……こいつも、クソ雑魚だった前の生涯では、やりたくてもやれなかったことだ。

 ローラたちの時と同じなんだよ。

 白虎の力があるからこそ、得られた自由。

 やってみようと思うことができる。



『己はというヤツは……』



 好きにしていいんだろ?

 


『全く……』



 じゃあ、こうしよう。もしも黒龍が俺から見て「いいヤツ」だったら止めることにするわ。

 話なんかできねぇから、ぱっと見た印象で決めちまうけどな。


 

『ふん、好きにせよ。儂とてそうするのじゃからな』



 話はまとまった。

 神性集めも終わっている。次は……死神の所に行けばいいのか? 体の修復ってのはここでやるんだろ、たぶん。

 


『それはそうじゃが、己が出向く必要は無い。昔、魔神に造ってもらった、儂と娘のを繋ぐ転移の術式があるからのう。「冥鉄」があるとはいえ、ここまで神性が戻っておれば一度くらいは―――ん?』



 なんだ。


 急に悪寒が……ッ!?


 恐らく冥神様が魔法を使ったんだろう。

 足下の冥鉄に突然幾何学模様が浮かび上がる。何度か嗅いだ空間魔法の臭いがする。そして、それだけじゃなく。


 汚物が浮かぶドブ川の水に腐った肉を放り込んだような。

 この俺が、人間に似ているとか関係なく、臭いで「食えない」と思うような……腹が立つほど不味そうな臭いを纏いながら、その少女は現れた。

 

 フラシアくらいの歳だ。

 膝から下の足が無い。

 左腕が無い。頬がこけ、整っていたであろう顔を苦痛に歪ませている。

 

 黒い靄が、不気味に蠢きながら少女に取り憑いていた。


 ぶくぶくと泡立ちながら肌に染みこみ、少女の血管へと入り込む。

 それが痛いのだろう。うまく息ができないのだろう。

 だが、それでも彼女は、震える手で慈しむように『冥鉄』に触れる。



「あ、お、おとう、さ」


『な……フレイアぁ!』



 直感で、回復魔法を放った。

 白龍の使う奥義と同じだ、と冥神様からお墨付きをもらった術式だ。不健康そうな元家畜の人間を超人に変え、エルフと共に生きられる寿命を与えられる。それを遠慮なしに、込められるだけの魔力を込めて放つ。


 それだけのことをして、ようやく……少女に、死神に纏わり付いていた闇を払うことができた。

 払えただけだ。

 腕や足が元に戻っていない。あの魔法、『セフィロト・ブースト』を使ってもこれしか効果が無いのか?



『今の靄は……ヤツの! 何故だ。ここは東方だぞ? 龍神の長がやってきて分からないはずが……!』



 上を見上げる。

 死神の闇を払ったのに、微かだたあのドブ臭ぇのが漂ってきやがる。

 ……穴の中にいたせいで気付かなかったのか。

 こんな地の底まで漂って来てるってことは……!


 冥神様。



『ああ、ここでなら儂だけでフレイアの修復はできる。ゆけ!』



 全力で上に跳ぶ。

 尻尾から神性も噴出した。音の壁を破り、一瞬が経つ前に地上へと出た。

 止まらずに上へ。さらに上昇し、五感の全てを強化して、空中から辺りの景色を一望する。


 そこには。






『はぁい、寵愛を受けた皆さん! 苦しいですか? 苦しいでしょう! でもご安心をー! それはたったの2日間で終わります。決して死ぬこともありません!』



 空、地上。いくつもの場所に黒い獣の姿が見えた。

 何体いるか数えられない。まるでアリの行軍だ。しかし、その集団は虫などでは決してない。

 魔獣もいる。

 龍もいる。

 人もいる。

 地球にしか居ないはずの、動物もいる。


 闇を纏った影のような生き物たちが……襲っている。開拓村やその先にある都会の街を。森の中にある、メポロスタを。

 

 ローラたちが下層線の上で戦っているのが見える。

 トウゴやウィルが光線を放ち、フェリアと料理王たちがライカンを指揮している。


 そして下層線の前。

 エイケルと、見たことの無い槍使いが1人、血まみれになりながら敵を防いでいた。



『楽しい時間が終わればぁあ~晴れて! 貴方も黒龍教の仲間入りで~す! さあ祈りましょう、最強の龍に! 異教の信仰なんかやめまぁす、どうか助けてください、奴隷になりまぁす……って叫ぶのです!』



 神様よぉ。

 強制しないって言ってたよな?

 んなもんいらねぇ、いらねぇ。



『我が名はメイフィート! 黒龍教12司祭が1人! 皆さんのォ~ご主人様ですよぉ! 皆で一丸となり、邪悪な魔獣・白虎を倒しましょうねぇ~!』



 好きにする。

 俺は俺自身の意思で……黒龍をブチ殺しに行くからよ。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


次回 白虎大虐殺


明日も8時ごろに更新予定です。よろしくお願いします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る