第68話 槍至のエスティーノ
交通事故で死ぬ寸前、「ああ、ようやく終わるんだ」、と思った。
驚いたさ。
自分がそんな風に思うことが意外だった。
生まれ持ったハンデなんてとっくに乗り越えた、なんて思っていたんだからさぁ。上手く付き合う方法を見つけ、自分を好きになれたと思っていたのに―――そうじゃなかったワケだ。
皮肉だな。
ずっと他人の心を読めることに苦しんできたってのに、最後まで俺自身の本心に気がつかなかったなんて。
多分、俺の死に顔は気持ちの悪い笑顔だっただろう。
◆
死んだはずなのに目を覚まし、体が不自由で仕方ないことに気付く。
赤ん坊だってことに気がつくまでそう時間は掛からなかった。自分の手を見りゃ、一目瞭然だ。
故郷だと、死者の日には現世に魂が還るって話だったんだけどなぁ。どうやらここは、メキシコどころか地球でさえ無いらしい。
まあ、それはいいんだ。
(この落ち着きよう、もしかして)
(泣き声一つ上げない。私たちをしっかり見つめている。これは転生者か? 国へ報告しなければ)
問題なのは……魂だけじゃなく、前世でさんざん苦しめられた超能力まで引き継いじまった所だ。
ウンザリしたねぇ。
こんな能力、あって良いことなんて殆ど無い。誕生してもうすでに死にたい気分だったけど、自殺はしない。前世の父親が色々あって首を括って、母親と散々苦労したから、そう決めているんだ。
俺はそのまま、どこかへ連れ去られた。
今世の両親の顔も知らないまま、国の施設へと放り込まれた。
後々聞いた話だと、この国では俺みたいな存在―――「転生者」って言うらしいが、とにかく前世の記憶を持つ子供は、国が引き取って育てる決まりらしい。
家族とのトラブルを避けるため、というのが口で聞かされた理由だ。
まあ考えてみれば、お腹を痛めて生んだ子供が、全然違うオッサンの記憶を持っているなんて……気持ち悪いよねぇ。
教えてきたヤツの心を読むと、実際、両親と揉めてネグレイトされたり捨てられたりするヤツも多いんだと。せっかくユニークスキルを持ってるのに、そんな事でのたれ死にされたら「勿体ない」ってわけで、この国じゃあ集めて恩を売って、忠実に働よう教育するんだ、ってご丁寧に思い浮かべてくれていた。
俺のチカラは『他心伝心』と言うらしい。
日本語だ。スペイン語しか分からないはずなんだが、どういうわけかスっと入ってくる。地球人とは脳みそが違うんだって話だ。詳しく聞いても、説明してきたヤツの心を読んでもよく分からなかった。
ま、魔法なんかが存在する世界だ、真剣に考えるだけムダってもんかな。
『他心伝心』は、前世の超能力と中身が全く一緒だった。
自分の近くに居る人間の考えが読める。
範囲は耳で聞こえるのと同じくらい。
常時発動型で切り替えは出来ないけど、実際の音と同じで何かに集中すれば気にならなくなったりする。
施設にいる他の転生者たちは、皆前世とは関係ない能力を授かったそうだ。
俺だけ損した気分だったよ。
どこの神様か知らないが、なんでまた同じモンをくっつけるかねぇ。
唯一前世と違うのは、この能力を持っていることが周りにバレていることだ。
鑑定とかいうプライバシーもへったくれもないスキルが公然と使われていて、俺が読心能力を持っていると皆が知っている。
当然、親しい友人なんか出来やしない。恋人もだ。
そいつはまぁ、前世からそうだったから気にすることも無いんだけどさ。
前世の名前を聞かれて「デスティーノ」と答えた。
運命って意味だ。もちろん本名じゃないよ。
人生2回も同じ能力を得たからそう名付けてみたんだ。
そうしたら『エスティーノ』と登録された。
スペイン語の発音が聞き取りにくかったのかね。自分で「運命」って名乗るの、よく考えたら恥ずかしいからそのままにしておいた。
成長してからは、スキルを最大限に活かすために諜報機関で働かされた。どこかに潜入するんじゃなく、他のヤツらが捕まえてきたヤツらを尋問する役だ。毎日毎日、狭っ苦しい部屋で誰かの嘘を暴く。尋問する側も嘘つきばかりだ。
余計な声を聴いちまって、仲間から暗殺されかけたのも一度や二度じゃない。
そんな生活に嫌気が差し、俺が逃げ込んだモノは前世と一緒だ。
戦い。
お行儀のいい競技じゃない、派手なヤツだ。
前世はMMAだったが、今世では槍を選んだ。
別に種目は何でも良いいんだ。周りの心が聴こえなくなるくらい集中できれば、何でも。
よく勘違いされるけど、『他心伝心』は戦闘の役に立たない。一瞬が勝敗に関わるやり取りの最中に、そんなもの読んでる暇なんか無いんだ。
戦いの間は、皆余計なことを考えなくなる。
過酷な鍛錬は思考能力を奪う。
俺にとっては唯一、他人と居て心の休まる時間だった。
暗殺を防ぐ時にも便利で一石二鳥だ。槍なら大勢が相手でも立ち回れるし、読心も不意打ちを防ぐ時には役に立つ。まあ暗殺の原因も読心なんだから、皮肉でしかないが。
前世と同じくのめり込んだ。こっちの体には才能があった。
そうして20年ほど。
色々あって、戦争が起き、俺の国が隣の国に呑まれた後。
「やあ、『他心伝心』。君ってニホンジンじゃない転生者なんだって? とても珍しいなぁ。どうだい、黒龍を信仰してみないか?」
たった1人で国を滅ぼした男に、そんな事を言われた。
ノイズ混じりの心。何を考えてるのか全く読めない。強い神性を宿したヤツってのは俺のスキルが届かないんだ。
宗教の件は断ったさ、なけなしの勇気を振り絞って。別に前世で信じたお方に義理立てしたから、じゃあない。これ以上あの男に、『龍血のアノン』に関わりたくなかった。心なんて読めなくても、分かることがある。
あいつは違う。
俺や、他の連中とは決定的に。
当たり前だ。ユニークスキルも無く、たった一度の人生であそこまでの力を手にする。……普通なわけがない。アノンが歩んできた道のりは、俺なんかが想像できる域を超えているんだと思う。
誰もが、心のどこかであの男に恐怖を抱いているようだった。
強いやつほどそれが顕著だ。
俺、ハルトちゃん、傍若無人な『破壊屋』トゥレイゼでさえ。
正面から普通に話せるユーシェンが異常なんだ。
あいつにもスキルは通じない。どう考えても善人だし、怒るポイントがはっきりしているから怖くはないが……生死観みたいなものが違うのは確かだろう。
頭にこびり付いた恐怖を振り払うように槍を鍛えた。
アノンに比べれば魔獣なんて怖くない。心が読める相手なら、それだけ安心して戦うことができた。
ゴブリン。
オーガ。
トロール。
ボガード。
冒険領域の奥へ入り、色々な戦士と槍を交えた。
良い奴も悪い奴もいた。共通しているのは俺より強いことだった。彼らの考え、想い。人生の歴史。全てを読み取って俺は敗北と勝利を積み重ねていった。殺した数なんて両手で数えるくらいしかない。受ける依頼は「魔獣の持つ武器を得る」ことだけに絞ったから。理解してくれる良いパトロンのお陰だ。
充実した毎日だったよ。
先代の『槍至』、オーガの大老に8回目の挑戦で勝った時は……嬉しかったねぇ。
たぶん向こうの衰えのせいだろうと思ってたんだが、神託があって『槍至』の称号が俺に移った。実力で超えられたってことだ。周りにいた大老の弟子も含めて驚いたもんだ。
あの爺さんは泣いてたな。
「寿命を前に俺を超える槍使いが現れた」って言って。
気持ちは分かる。人を食うクセに憎めない男だった。2回目に戦った時には「もう食わない」と誓ってくれた。弟子たちもそうだ。
その後は挑戦者が多いのなんのって。
3日も泊まって戦いっぱなしだ。お陰でさらに強くなれた。
自分を鍛えている時にだけ、人も魔獣も心が純粋になる。
命を賭けない戦いは、なんといってもそこがいい。
愛だの恋だのはダメだ。殺し合いも旨くない。そういう、コロッと憎しみに変わっちまうような、善と悪が回るような心の動きが俺は苦手だ。
鍛えた技を競う場なら、負けた悔しさは自分に向く。
もちろん、中には相手の足を引っ張ることで勝とうと考えるヤツもいるが、そんな下らないのは珍しい。上に向かえば自ずと減る。
武術っていうのはそういうものだと、俺は思ってる。
◆
「……まだやるか? これ以上はお主が死ぬことになるが」
「いーや降参。参ったよ。いてて」
目の前で止まった拳に、ついにやけてしまう。
さぞかし気持ち悪い顔だろうなぁ。……そう思っているやつもいるね。
「強いなぁおたく。おいちゃん、素手に負けるのって初めてだよ」
「私も、それほど美しい槍術を見たのは初めてだ。敵を仕留めたくないと思ったのもな。……なるほど、ウィルが負けるわけだ」
「はっはっは、よく言われるよ。でも嬉しいねぇ。……さっきは名乗ってくれなかったけど、おたくの名前は? 今なら答えてくれるかい」
「エイケルだ。冥神様と白虎様の忠実なるしもべ。この国の長を補佐している」
「そうかい。おいちゃんはエスティーノって言うんだ」
「知っている。……だが、それはお主もではないのか? 『白き灯火』から得た情報では、『槍至のエスティーノ』は心を読むスキルを持つ、とあったが」
「相手の口から聞くのがいいんじゃない」
「そうか。分からんでもないな」
メポロスタ冥神国。
冒険領域の中にある人間の国。まだ世間一般には公開されていない、冒険者ギルドと各国の上層部だけが存在を掴んでいる国だ。
でも、オタムの王都に住む連中は結構知ってたなぁ。
この分だとエゼルウスでもそうなんだろう。ま、「人の口に戸は立てられない」って言うらしいしね。その内世界に知られるんじゃないかな。
依頼主は、ここに宝神の祝福を宿した魔剣や宝珠が山ほどあるって聞いて、俺に取得を依頼してきた。金で買うんじゃなく、「武人として認められ、譲られる」なんて所にこだわる変な人だ。理由を聞くと「その武器が辿った経緯も含めて、歴史なのだ」なんてしたり顔で語り始めるんだから始末におけない。
ま、俺からすると最高の雇い主だけどねぇ。
アノンからの要請もあって、まあ断る理由も無いし受けることにした。
森に入り、ここの下層線まで辿り着いて、警備の人に依頼の内容を説明すると、ポカンとしてた。こういう所は、鬼も人も妖精も変わらない。
取り次ぎの結果、現れたのは10歳にもなってないような少年で、「魔剣は全て白虎さまの戦利品だ。ふざけたことをぬかすな」と言われたから、「じゃあその白虎さまってのに挑もうかな」って返すとブチ切れた。分かってて言ったんだけどね。
その後は戦って、ギリッギリで勝つことが出来た。
ポテンシャルは今までで一番だった。向こうの動きが単調で、以前に光線を放つ魔槍を相手した経験が無かったらムリだったなぁ。
その後すぐに2人目が出てきて、それが今のエイケルってエルフなんだが……こいつがもう強いのなんの。使ってくる能力は少年と一緒なのに、ほとんど何もできないまま完封されちゃった。これで「白虎様は私より無限に強い」なんて言うんだから、ワクワクしてきちまうよねぇ。
「エイケルさぁん。おいちゃん、是が非でも再戦したいんだけどねぇ。あと、やっぱりその白虎様ってのにも一手お願いしたいなぁ~」
「ならん。白虎様は今お忙しいのだ。それに、あのお方を楽しませるなら、せめてゴーレム10万体くらいの実力をつけろ」
「なにそれ……え? 冗談じゃないの? うわぁ、何だこれ、エルフってとんでもない種族だねぇ。いや、それ以上にこの……これが白虎様? うへぇ」
「話が速いな。そうだ。それが白虎様の『お遊び』だ。お主如きがノコノコ出て行っても苛つかせるだけだろう」
「そうみたいだね~。っていうか……どっちかっていうと、エイケルさんが軍神様ってところが気になるんだけど?」
「元、だ。今は戦の結晶たる方々にお仕えする、ただのエルフだ」
「そっかぁ」
アノンに滅ぼされた俺の国、祭ってたのは軍神だったなぁ……。
それが国の長の補佐?
すげぇとこじゃん、ここ。
よし、決めた。
「とはいえ、おいちゃんも仕事で来ているからさぁ~、手ぶらじゃ帰れないのよ。どうすれば魔剣を譲ってくれる? ここで手に入れたってのが依頼主の希望だから、モノ自体はなんでもいいだけど」
「そんなものは白虎様のさじ加減だ。まあ、基本的に宝物の類いには興味の無いお方だから、我々が頼めば許して下さると思うが……」
「じゃあさ、おいちゃんこの国の為に働くよ! 具体的には、さっきのウィルくんとかを鍛えてあげる。小手先が上手いだけのヤツに負けないようにさ~。どう?」
「警備の指導か……確かに、我が国には武術スキルに精通した人材が少ないな」
「報酬はさっき言った条件、期間はそっちが決めていいよ。…………トップのトウゴさんに聞いてくれる? たぶんOKだろう? やった~!」
「まだ答えてないのに心を読むな!」
こんなにも鍛え甲斐のある若者が揃ってて、ワクワクするような強いヤツが大勢揃った国、冒険領域にも中々無い。
しばらくここで楽しもう。
俺も結構歳になってきたし……もしかしたら、ここで新しい『槍至』が生まれるかもしれないねぇ。
その瞬間に立ち会うのが、今の俺の夢なんだ。
「トウゴ殿に紹介する。機会があれば白虎様に謁見することも叶うだろう……ようこそ我が国へ、『槍至のエスティーノ』」
「よろしくねぇ~!」
エイケルに案内されて、下層線の門を潜る。
冥府の神様を崇めてるって話の割りには、通り一面に花が咲いていて綺麗な国だ。
……それも良いんだけど、この国。
(ダレ? ダレ? 敵? チガウ?)
(ミカタって、コト……?)
(新しいなかま?)
(エスケルさま、受け入れた。きっとアンゼン)
一番良いのは、複雑なこと考えてる人間があんまり居ないことだわ!
おいちゃんは楽しく依頼を果たせそうだよ。
他のSランクたちはどうかな?
冥神国の近辺には居ないようだけど……。
とりあえず、ハルトちゃんは白虎に挑まなきゃいいんだけどなぁ。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
長くなったので一旦切ります。
次回 落星のユーシェン
明日 6時ごろ更新予定
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