第67話 瞬閃のハルト
子供の頃の夢を叶えられる人ってどのくらい居るんだろう?
あたしは『ヒーロー』になりたかった。
小学校2年生くらいの時にアメコミの実写映画が隆盛し始めて、その内容が自分の中に「ピタっ」とハマったものだから、それはもう夢中になった。
熱い血を流しながら巨悪に立ち向かうヒーローの姿は何度見ても泣けるし、自分もそうありたいって思える。「女の子なのにあんまりにものめり込むから、ちょっと心配だったのよ」なんてお母さんが言うくらいだ。
成長しても熱は全然冷めなかった。
だって毎年のように新作が公開されたし、サブスクにはドラマシリーズを展開してる所もある。アニメやマンガ、あらゆるメディアに『ヒーロー』はいて、あたしを飽きさせる事は無かった。
新しい作品が出てくるたびに、憧れはつのる。
それでもまあ、当たり前の話で、歳を重ねる内に「スゴイ蜘蛛に噛まれるチャンス」が現実的じゃ無いってことには、薄々勘づかされていくんだけど。
本当はマントを付けて空を飛んだり目からビームを出したりしたかった。
でもどう頑張ってもそれは無理そう。
だけど何となく諦めたくなくて……中学に入る前、あたしが選んだのは陸上の短距離走だった。
どんなヒーローものにも必ずいる「スピード自慢」。
足が速いという一点だけを突き詰めたヒーロー。かっこいい。フラッシュとかも大好き。あたしが見てきた中で、まだその属性の女性キャラが映像化されて無かったことも、「何か良いじゃん?」と思えた。
そんな、きちんと言語化できないふわふわした動機で始めた陸上で、幸運なことに才能があるらしいと分かり、競技そのものの面白さも分かってくるようになると、もう人生は最高だった。
リレーなんて、逆転でもしようものならほとんど『ヒーロー』の扱いだ。
他校の一番速いヤツは実はヴィランで、政府はそれに対抗する素質のある人間を探すために、こんな大会を……なんて。恥ずかしい妄想を楽しんだりしながら中学時代を送った。
まあ結局、陸上そのものは早熟だったみたいで、高校に入るくらいでヒーロー感はなくなってしまったけど。
でも、あたしは腐らなかった。
その頃には世界が広がっていたからだ。
スーツアクターやスタントマン。
見た目には全く自信無かったけど、身体能力はあったからその辺りの職業は狙えそうな気がしたのだ。演技や英語を真剣に勉強すれば、もしかしたらハリウッドで……。
日頃からそんなことばっかり考えていたから、あの日。
横断歩道を渡る幼稚園児が車に轢かれそうになるのを見て、足が勝手に走りだしたのは―――あたしにとって、何の不思議も無いことだった。
◆
「あれぇ? ハルトくぅんはこのまま行かないの~?」
「オッサンたちが長々雑談すっから疲れたんだよ! 一旦宿で英気を養うことにした。……っていうか、アノンさんもジジイもどっか行っちまったし、よくよく考えると別に全員で森に入る必要もねぇだろ?」
「ふ~ん。まあ、確かに依頼の内容もバラバラだしねぇ」
「だろ。まあ必要があったら呼びに行くよ。オレならすぐに探し当てられるし」
「了解了解……スケベもほどほどにねぇ? 子供の内から依存すると辛いぞ~」
「だから頭の中読むなって言ってんだろッ!?」
「おいちゃんの読心は自動なんだも~ん」
ひらひらと手を振って、エスティーノは去って行く。
とんでもないセクハラオヤジだけど……あたしを男扱いしてる辺り、気遣いの出来ない人って感じはしないんだよね。まあ嫌いは嫌いだけどさ。
とにかく疲れた。
『ハルト』のまま、あの威圧感MAXオジサンズと長時間一緒に居るのはムリすぎる。
アノンさんのかホントなんなの?
いやあの仮面とか服装とかは格好良い気がするけどさぁ。何か形容しがたい怖さがあるんだよね。常に薄らとドラゴンブレスっぽいオーラ放ってるし。
はぁ。
一旦休憩しよう。
森に行く前に皆とゴアイサツしたい。
奮発して取った高めのお宿に向かって歩く。
「ハルカ!」
色々考えながら歩いてたせいで俯いてたんだけど、唐突に耳を幸せにする低音癒やしボイスが聞こえてきた。
顔を上げると、宿の入り口の前に、すらっと背の高いお姉さんが微笑みながら手を振っているのが見える。
「おかえり!」
ああ~指長い。
首も細くて顔小さくて、ショートカットが世界一似合う。
肌が赤ちゃんみたいだし泣きぼくろがセクシーすぎ。
「レレナぁ!」
最推しだ。
思わずダッシュして飛びついた。
『韋駄天』を発動しないことに精神力を割かなきゃだった。
それなりに人通りのあった通りがざわつく。あたしもレレナも目立つからな。
っていうか本名出しちゃってるよ。
でも知らん!
いいんだ。ここはホームの街じゃないし、ちょっとくらい噂が立っても気にしない。
『瞬閃のハルト』だったらこういうのも不自然じゃないし。
背の高いレレナに抱きつくと、ちょうど鎖骨の下に頭が収まって良い感じだ。薄いけどちゃんと柔らかい。全身が癒やしで包まれる。
「お疲れ様。会議どうだった?」
「挨拶だけだった。でも疲れたぁ」
「頑張ったね。ハルカは本当に偉いよ」
「ああ~もっと褒めて、頭撫でてぇ~」
「よーしよしよし」
見た目からしてエグいくらい推せるレレナだけど、一番良いのは声だった。低音だけど低すぎない、綺麗なハスキーボイスを頭の上から受けると健康にいい。これはマジ。この世界にSNSがあったら動画付きで世界に発信したかもしれない。
生前から、なんとなーくそんな気はしてたんだけど……あたしの性的趣向は女の子に向いているらしい。洋画のヒーローで一番のお気に入りは男性のキャラだったんだけど、見ててドキドキするのは女性キャラだったのだ。
まあ、前は男からも女からも一切モテなかったから、あんまり気にすることもなかったんだけど。
あたし自身は恋にかまけるより趣味だったし、大人になる前に死んじゃったからね。
でも、この世界に転生してからは……。
自分で鏡を見てもひっくり返るくらいの美形なのだ。
最悪なことに。
生まれた村が、本当にまずかった。
奴隷制度なんてのがある国で、ロリコンでサドでサイコパスな領主の治める村に住む、ろくでもない両親の元に生まれた。成長したらすぐに目をつけられて、売られて買われて、子供の「腕」とか「頭」とかがその辺にゴロゴロしている館に連れて行かれた時は……正直、車に轢かれた瞬間よりも怖かった。
『韋駄天』が無かったら、転生して11年であたしの人生は終わっていただろう。
他の奴隷たちが逃がしてくれなくても終わりだった。
「あなただけは可能性があるから」
「1人だけでも逃げられたと思えたら、報われるから」
そんな風に声をかけて、命がけで親切にしてくれた彼女たちに向かってあたしは、「いつか迎えに来る」なんて。何の慰めにもならないことを約束して。
必死で走って逃げて逃げて、情けなさに泣きじゃくった。
何が迎えに来るだ。
どこがヒーローになりたいんだ?
自分自身に深く失望した。一歩踏み出す度に価値が失われていくのを感じた。それでも、どうしてもあの館に戻ることはできなかった。
そして。
『韋駄天』を使って一晩走り、逃れ着いた辺境の開拓村で……『三科春夏』じゃない、『冒険者ハルト』が出来上がった。
きっかけはただの偶然だ。
「坊や、お名前は? 冒険者には15歳からしかなれないのよ」
とりあえずお金がなきゃ始まらない、と思って冒険者ギルドに立ち寄ったら、男と間違えられたのだ。
確かに中性的な顔立ちだったし、同性と比べて身長もあったし、逃げる時に邪魔だったから髪は短くしていた。おまけに全身薄汚れていて痩せ細っていたから、勘違いしたんだろう。
ただそれだけだ。
その場で否定すれば正されただけのミスだ。
だけど、あたしにとっては雷が落ちたような衝撃だった。
自分でもよく分からないまま、とっさに「ハルト」と名乗っていた。それだけで、驚くほど心が軽くなった。「春夏」には出来ないことが、何でもできる気がした。堂々と年齢を詐称してみたら、チビの15歳、で通ってしまった。
背や体格、顔のことを「女みたいだ」って粗野な連中によくからかわれて、その度に「うるせぇぞオッサン」と男の子っぽく反論する。『韋駄天』の力があればケンカには負けないんだとその時知った。
そういう事を繰り返していく内に、『ハルト』というキャラクターは……奴隷でも情けない逃亡者でもない、大人の男と対等に戦える『冒険者の自分』は、徐々に形作られていった。
後はもう、がむしゃらだ。
『韋駄天』の反動で、文字通り血反吐を吐くくらい頑張った。
あの、悪魔のような領主を倒して、あたしを逃がしてくれた人たちと交わした「慰めにもならない約束」を叶える。それがこの物語の冒頭部分だ。そう思って走り続けた。
最低限の生活基盤と装備を整えたあと。
最初は自分で暗殺しようとして失敗し。
だったらプロを雇おうとして騙され。
裏道がダメなら正攻法で奴隷の解放に必要な条件を満たそうと、必死になってお金を稼いだりコネを作っていたりしたら―――いつの間にか、Sランク冒険者になっていた。
周りから「ギルドレコード」だ「天才」だともて囃されたけど、そんなことはどうでもいい。
嬉しかった。
Sランクには特権がある。
どこぞの国の木っ端領主なんか、我が儘で殺しても許される。
「ヒーローになるなら今だ」
目を血走らせた醜い顔でそんな風に思い、やっとクソ領主の首を飛ばした時。
救い出せたのは、恩人とは似ても似つかない、あたしが出て行った後に追加された5人だけだった。
422人ぶんの、誰のものかさえ分からない遺骨が見つかった。
「ああ」
当たり前だ。半年も掛かったんだから。
助けられるはずがない。間に合うワケがない。
「ああああ」
薄々気付いてた。でも考えないようにしてた。前世の時みたいに、部活に陸上を選んだ時みたいに……それっぽい代替の目標を掲げて、クリアすることに集中して、妥協していることから目を逸らしながら、それでも達成できれば満足できるだろう。
救われるだろう。
そう思って。そのことだけを頼りにして、がむしゃらにやってきた。
地球なら、日本ならそれで良かったんだ。
それで充分、心を守れてた。
「ああああああああっ!!」
フィクションの、実在しないキャラクターだけを支えにやっていけるほど、この世界は甘くなかった。
あたしの夢が、ぐしゃりと音を立てて潰れた。
その後のことを思うと……結局、あたしなんかがヒーローになろうなんて烏滸がましかったんだ。
能力以前に、メンタル面の話で。
自分の中身がもうぐちゃぐちゃになっていた。
助け出せた5人を奴隷から解放できず、「一緒に居て」と縋ってしまった。
ちょっとでも彼女たちに触れるヤツが居たら、自分でも信じられないくらい頭に血が上った。酔っ払い相手に剣を振るったこともある。もうヒーローを目指してた自分なんて欠片も残ってない。
Sランクになる課程で無茶をしすぎて、色んな組織とワケの分かんないしがらみが山ほど出来ていて、ヤバそうな依頼も断れなくなっていた。
何回か死んでてもおかしくないな、と思う。
あの『龍血』に「ケンカ売れ」とか、何だその依頼、と思ったけど……結局はどっかの富豪がイベントの賭けにするために持ってきた話だったらしいし。アノンさんがたまたま心に余裕のある人だったから助かっただけで、これが『破壊屋』とかだったら今頃とっくに死んでたはずだ。
たまに、あたしは本当は『ハルト』で、『春夏』の記憶は都合良く生み出された妄想の産物なんじゃないかと思う。徐々に女らしくなる体を見れば、そんなワケないんだけど。
『ハルト』でいるのは凄く疲れるのに、本心からあのままの、馬鹿でどうしようもない人間になりたいと思うんだ。
……こういうことを考えるのもすごく疲れる。
ただ癒やされたい。
「ハルカ、悩んでる?」
レレナの声。安心する。
嫌なことを思い出してめちゃくちゃだった心に、冷静さが戻ってくる。
「んー……討伐難易度SSって、どのくらい強いのかなぁって」
「初めてのランクだね」
「うん。今までは最高でもSだった。調査って名目だけど、殺さなきゃ色々言われるよね、これ。どうせまた何かの賭けなんだろうしさ……」
「ねぇハルカ」
「どしたの、レレナ」
「君が会議に出ている間、皆でこの国のことを聞いて回ったんだ。すごく良いところだって。辺境の方も潤ってて、開拓村も安定していて暮らしやすいらしいよ」
「ふぅん……」
「その、さ。今回の仕事が終わったら、皆で……」
「いいかもね。こっちに家の一つくらい構えて、皆で住むのも」
「! そう? そう思う?」
「うん。仕事なら、どこへだって走って行けるわけだし。わざわざ連中の近くに住んでやる必要もないのかも」
「ハルカ」
「ダメだよ。いくら走っても皆一緒には逃げられない。あたしには権力が無いから。……最近思うんだ。アノンさんが宗教のトップとかやってるのって、個人ではどうしようもないことを組織で解決するためなんだろうなって」
「…………」
「いっそ、あたしが討伐難易度SSの魔獣に殺される方がいいのかも」
「……ぶつよ?」
「ゴメン。言ってみただけ。……安心して。絶対勝つから」
レレナが強く抱きしめてくれる。
あたしはそれに身を任せた。大丈夫、やれる。
今までだって、上手くやってきたんだから。
◆
突然、背後から「見つけたぞ! テメェが討伐難易度SSだな!」って怒鳴り声が聞こえたと思ったら……次の瞬間、何か柔らかいモノが後ろ足にぶつかって来た。
振り向いてみると、顔面が半分くらい潰れた人間が転がっている。
何だぁ? このチビ。
人、いや虎が一生懸命、冥神様のために穴掘ってる最中だってのに。
「な、なに……この、すぴぃ、ど……」
気絶しやがった。
ランプの炎に突っ込んでくる虫みたいなヤツだなぁ。
剣を持ってるってことは、ひょっとして俺を襲いに来たんだろうか。昨日までそんな冒険者いなかったのにな。
にしても、初手に顔面体当たりってのはお前、いくらなんでも無謀だと思うが……ん?
そういえば何か……コイツ、どっかで見たことある気がするな。顔の形が変わり過ぎててハッキリとは分からないが、この体格と剣に見覚えがあるような……。
生前の知り合いって感じでもないんだが。
うーん。
まあ、いいか。
この分だと放っときゃ死ぬだろうしな。
それより穴掘りだ。
こいつは結構面倒だぞ。虎ベースの体に全然合ってねぇ。パンチでクレーターを作れば一気に土を減らせるが、逆に底の方が圧し固められちまうから余計に掘りづらくなる。
なかなか手こずらせてくれるぜ!
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