第66話 1年後のローラ
騎士と騎獣は運命で結ばれる。互いにとって「これは」と思える相棒には、一生に一度しか出会えない。
一騎一獣。
あの日……森で過ごした6日間から1年が過ぎ、私はこの諺の意味を痛感していた。
やっぱり、私はゴーストがいい。
「クルルルゥ」
「ありがとう、スルト」
頭を寄せてくるグリフィンを一撫でして、鞍から降りる。
「凄い、凄いよローラ!」
兄上が笑顔を浮かべながら歩み寄って来た。
喜んでくれているのが嬉しい。
普通の騎士は、自分の騎獣に他人が乗ることを良しとしない。今の私はその気持ちが良く分かる。兄上が快く協力してくれるのは、ただ優しいからだけじゃなく、絶対の自信があるからなんだろう。
我が家のグリフィン、スルトにとっての『一番は自分だ』、という。
実際にそうだ。乗れば分かる。
そのことがどうしようもなく羨ましくて、それ以上に嬉しくもあった。
やっぱり兄上は私の理想だ。人としても、騎士としても。
……ゴーストは私のことをどう思っているんだろうか。
先日、久しぶりに再会した時には分からなかった。相変わらず背中には乗せてくれたけど、感じたのは圧倒的な実力差だけだ。
正直、焦りのようなものを感じてしまう。
「本当に凄いよ。まさかここまで上手くなっているなんて……! 最後の『スパイラルフォール』なんて見事としか言えないな。いや、僕以外の人間を乗せてスルトがアレをやるとは思わなかったよ」
「いいえ兄上。あれは気を遣ってくれただけです。兄上の前で華を持たせようとしてくれたんでしょう。ね? スルト」
「クルル?」
「そんなことは無いよ。あの技は本当に呼吸を合わせないと、形だけでも成功しない。自分の騎獣じゃないスルトとそれが出来るっていうことが、上手くなったっていう何よりの証さ。冒険者になる前に訓練した時とは別人のように上達しているよ!」
必死になって褒めてくれる兄上が、失礼だけれど可愛らしく感じる。
悩んでいるのが少し顔に出てしまったかな。
気を付けないと。
「一体どんな修行をしていたんだい?」
「仲間のテイマーに協力してもらって、森で出会った魔獣に片っ端から騎乗しました」
「……それはまた……ずいぶん無茶をしたね」
「良い経験になりました。最近は、別な友人が色んなライカンを飼育しているので、そちらを使わせてもらっています」
「そうか、ずいぶんと交友関係も広がったんだね。そのことも嬉しいよ。冒険者としても上手くやれているみたいだし……鑑定なんて見なくても分かる。リリィの騎乗スキルは、僕ともう遜色ないレベルだってね」
「それは少し褒めすぎです、兄上」
「いいや本当さ! 正直、今から連れ帰ってウチの騎士団に入れたいくらいだ。そんなことしないけどね」
「私の貴族籍など、もう残っていないでは?」
「まさか。あの父上がローラとの縁を切るわけないだろう? 冒険者になるって言った時に大反対してたのは、本当に心配してただけなのさ。今だって毎日、神殿に通って医神さまに無事を祈ってるんだよ」
「そうですか……」
「もう許してやったら?」
「とっくに気にしてません。あ、でも、教えないで下さいね。また「縁談を」とか言いだしそうなので……」
「うーん、見ててかわいそうなんだけど」
「私はまだまだ冒険者でいたいんです」
目標は遠い。
あの日の仲間たちと結成したパーティー、『白き灯火』はようやくBランクに上がったところだ。でも、それもパーティーとしてのランクであって、私個人としてはCランクでしかない。
ゴーストを正式な騎獣とするには、肩書きも実力も全然足りていないのだ。
でも……スルトに乗れたお陰で分かった。
確実に前進している。
このまま成長できれば、いつかきっと。今はそう思うことにする。
「うわっ、なんだい、この人だかりは。あんた達どきな! 出られないじゃないか!」
聞き慣れた声が冒険者ギルドの入り口から聞こえてきた。
それで気付く。いつのまにか、周りに人だかりができている。
私によく話しかけてくる冒険者たちや、ギルドの近辺に住む開拓村の住人たちだ。皆ざわざわと話している。
どうしたんだ?
……兄上を指さしているな。そうか、グリフィンが珍しいのか。
オタムの飛空騎士団は国境の警邏と戦争勃発時の即応機動戦が主な任務だからな。王都の近辺ではよく見るが、辺境の森まで来ることはあまりない。
グリフィンは数ある騎獣の中でも、外見が格好良いから花形だ。注目を浴びるのは当たり前か。
私も子供の頃はよく牧場を見学していたしな。
「ったく……ようやく出られたよ。一体何があったってんだい」
「ドミス、あそこ。ローラがイケメンにお持ち帰りされそう。それで男どもがやきもきして騒いでる。実にぶざま」
「ああこらっ、フラシア! 『お持ち帰り』なんて、またそんな卑猥な言葉を……いけません! めっ」
「お持ち帰りってそんなに卑猥かい?」
「レイシアは結構むっつりだから。っていうかあれ、ナンパじゃなくて噂のローラのお兄さんじゃないの? 顔がそっくりよ」
「スゥンリャ、マジレス禁止」
「……確かにフラシアは変な言葉を覚えすぎだね。誰が教えたんだい、全く」
仲間たちがギルドの中から出てきた。
タルキスの用事は終わったみたいだな。
私も聞く予定だったんだけど……少し、兄上と話すぎたか。
突然、ワープ・スフィアを使ってタルキスが転移して来たと聞いた時は「何があったんだ」と思ったんだけど、皆の様子を見ると大した話ではなかったのかな。
「あの人たちは……」
「ああ、兄上。私のパーティーメンバーです。ご紹介します」
ドミスたちと兄上を引き合わせる。「リックレイ・オタムニアです」と兄上が名乗ると、何故か周りに集まっていた野次馬が半分くらい去った。残ったのは村娘たちだ。一心不乱に兄上の顔へ視線を送っている。
メイドと丸っきり一緒の反応で笑ってしまった。どこに行ってもモテる兄上だ。
しかし、彼女たちとは反対に、ドミスたちは落ち着いた反応だった。
兄上の魅力に一発でやられない女性というのは珍しいな。
まあ、ドミスはすでに伴侶がいるから当然だ。こことは別の開拓村で美味しいパンを焼いている、『フランクリン』という名前の恰幅のいい男。ゴブリンに囚われる前から結婚していたそうだ。パーティを結成した時に一度会ったが、2人の子供に懐かれている良い父親だった。
見ていると恥ずかしくなってくるくらい熱々だし、ドミス的に兄上は好みじゃないんだろうな。
レイシアも結婚こそしていないが、フラシア曰く心に決めた人がいるそうだ。
そのフラシアはあまり異性や恋愛に興味が無いらしい。
スゥンリャは兄上の顔をチラチラ見ているが、「イケメンは信用できない」と首を振っている……あいつだけ落ち着いてなかったか。まあ、『ヒポグリフの風』の連中はまさにそんな感じで、外面だけが良い性悪だったからな。顔の良い男がトラウマみたいになってるんだろう。
後で兄上は違うんだと教えてやらなければ。
もしかしたら兄上もスゥンリャを気に入るかもしれないし。
「『白き灯火』のお噂はかねがね聞いております。会えて光栄です」
「へぇ? 妹が所属しているとはいえ、一介のBランクパーティーに向かって、かの飛空騎士団の団長様がそんな風に言っていいのかい? 角が立ちそうだけど」
「ご謙遜を。確かにランクそのものはBですが……この東方大森林に関わる者で、貴女方を『一介』などと呼ぶ者はおりませんよ。居るなら僕が、オタム王国が許しません」
視界の隅で、狼狽えている連中がいる。
先日絡んできた別のBランクパーティーだ。
私たちに与えられている『大森林全域の通行許可』と『ワープ・スフィアの所持』という特権が、同じランクの自分たちに許されていない。まあ確かに不満だろう。
だがそんな事を私たちに言われても困る。言い合いの末にレイシアの胸を触ろうとしたから。スゥンリャと2人でボコボコにしてやった。私たちだけで勝てるんだから、結局大したことない連中だったのだ。
ちらりとスゥンリャと見ると、にやりと笑みを返してくる。
あいつとも、この1年でだいぶ仲良くなったな。
ドミスが溜め息を吐く。
「悪目立ちはしたくないんだけどねぇ」
「正当でしょう。ゴブリンの巣に囚われた200人の救出から始まり、ワープ・スフィアの大量確保、開拓領域の大幅な拡張、極めつけは新たな人間の国、メポロスタ冥神国の発見と交流。東方の冒険者ギルドが挙げた大成果、その全てに貴女たちが関わっている。現状はむしろ過小評価されていると言っていい」
ドミスはさらに苦笑いを浮かべた。
気持ちは分かる。
兄上が言っている私たちの功績、そのほとんどがゴースト……こう呼ぶとウィルやエイケルは「白虎さまだ!」と言って怒るけど、言葉を理解しているあの子自身が気にして無さそうなのでそのままにしているが……とにかく彼のおこぼれみたいなものなのだ。
だから、私たち自身も過小評価だなんて思っていない。絡まれたらやり返すけど、過大評価だとは思ってる。
パーティーでBランクという扱いなのも、ドミスとレイシアの実力が評価されてのことで、私個人はようやくCランクになれた所だしな。スゥンリャやフラシアも同じランクだ。
本当にまだまだなのだ。
ランクアップに繋がる依頼の達成。個々の実力の向上に連携の充実。
立ち止まる暇が無いほど忙しい。
ああ。
思い出すと冥神国に戻りたくなってきたな。
ふらっと姿を見せたゴーストは、すでに森のどこかへ行ってしまって居ないけど……。
フェリアが私の訓練用に造ってくれた『ロデオ・ライカン』は、他のどんな魔獣に乗るよりも騎乗スキルを伸ばすことができるんだ。
「我が国の貴族にも、『白き灯火』と年契約を交わしたいという者は大勢いますよ」
「分かった分かった、お世辞として受け取っておくさ。……で? アタシたちをべた褒めしてくれる団長さんはどうしてこんな辺境に来てるんだい」
ドミスが聞いたことで、はっとした。
そうだ。そう言えば、そのことをまだ聞いてなかった。
「冒険領域との境界線を警備するためですね」
「飛空騎士団が、かい?」
「ええ。オタム最強を自負する我が騎士団が必要だ、とタルキス殿から呼び出しを受けまして。『白き灯火』の皆さんも、さっきまで周りにいらっしゃった方々も……その件でここに集まっていたのでは?」
「ああ、そういうことかい……あの馬鹿。大事にしてどうするつもりなのかねぇ……」
「ちょっと待て、ドミス。兄上も、さっきから何の話をしているんだ?」
そして聞かされたのは、「Sランク冒険者が森に入る」という、何が不味いのかよく分からない話だった。
別に、今でも私たち以外の冒険者や開拓民が森に入っている。
メポロスタと接触してからは、あの国のエルフたちと開拓村の商人の間で様々な取引だって行われているのだ。ゴーストと冒険者が森で遭遇で遭遇した話もちらほら聞く。
だが、特に大きな問題にはなっていない。
ゴーストは、こちらから手を出さなければ人間を襲ったりしないのだ。その事はギルドから正式に通達されている。元々『討伐難易度SS』は『Sランク以外は接触禁止』という意味だし、一目みれば分かる強大な魔獣をわざわざ怒らせようとする間抜けはいない。
Sランクとはいえ、進んで命を賭けたいとは思わないだろう。
何も問題無いと思うのだが……。
「ええ、ローラさん。私も同じ事を思いました」
「右に同じ」
「辺境に長く住まないと、この辺の事情は分かりにくいわよね。都会じゃあ英雄譚って綺麗な所だけ語られてるんだろうし……。あのね、ローラ。Sランク冒険者っていうのはなんかこう、人間としての感覚がズレちゃってるのよ」
「どういう意味だ? スゥンリャ。確かに高ランク冒険者には変人が多いが」
「性格が個性的ってだけじゃなくて……なんていうのかな。あの人たちって大抵が転生者でしょ? すでに地球って異世界で一回死んだ経験がある人たちなわけ。だからなのか、どこかこの世界での人生を夢みたいに思ってるんだと思う」
スゥンリャは南方の砂漠国出身なのだが、両親が行商をしていて世界を回っていた。それで幼い頃、Sランク冒険者が天龍と戦った場面に鉢合わせたのだという。
知らない者はいない、『落星のユーシェン』の伝説的な英雄譚だ。それを少しの間とはいえ、実際に見られたなんて羨ましい。……だが、スゥンリャは首を横に振った。
「あたしは怖かった。見たのは一瞬だったけど、『なんで手足が千切れてないのか』って怪我を何度も繰り返しながら、それでも呪文を唱え続けるあの人が。お話だけだと煌びやかだけど、実際の光景はトラウマものだったわ」
……確かに、騎士に成り立ての頃、一度だけ見た戦場は、想像していた華やかさの欠片も無いものだった。
それと一緒だろうか。
「もちろん、そのお陰でこうして生きているんだから感謝しているし、同じ冒険者として尊敬しているけど……何て言えばいいのかな。『なりたい』とは思えない。『九死一生』があたしにあったとしても、同じことは絶対にできない」
「わかるよ。アタシが見たのはアノンだったけどね。転生者じゃなくてもそんな感じだった。強い弱いとかの前に、どこかがおかしいんだ。Sランクって奴は」
「……私たちってそんな所を目指してるんですか?」
「おかしくなりたいわけじゃない」
「ははは、あくまでも『個人』でSランクになるような連中は、って話さ。パーティーでSランク認定されてるのには、普通の奴も結構いるんだよ。転生者でもね」
「……で、その飛びきり頭のおかしな英雄たちが、今この森に入っている、ということか」
「ああ。普通の人間なら、よっぽどの事が無い限りゴーストに手を出すなんてしないけど……アイツらはどうするか読めないねぇ」
「ちょっかい出しそうじゃない? 『瞬閃』と『槍至』なんてバトルジャンキーで有名なんだから」
なるほど、タルキスが頭を悩ませるわけだ。
冒険者ギルドの上層部としてはSランクを死なせるわけにはいかないだろう。
つまり、兄上を呼んだのは……いざというときの救出要員か? 上手くいくとは思えないけど。
「それで、タルキスは私たちに何をしろって?」
「ワープ・スフィアで転移して、メポロスタにこの事を伝えてくれってさ。それで、連中が彼らと揉めたとき、何とか殺さずに済ませるよう説得して欲しいんだそうだ」
「そういうことか」
事情は分かった。
ドミスたちがあまり深刻そうじゃないのも納得だな。
「相変わらず考えすぎだな、タルキスは」
私がそう言うと他の4人はうんうんと頷く。
兄上だけが「えっ」と驚いた顔をした。
「考えすぎって……もしかして、ゴーストという魔獣はそんなに優しいのかい? いや、確かにこれまで人間が襲われたという話が無いことは、もちろん知っているんだけど」
「兄上、それもそうなんですが……。そういうことではありません」
「じゃあどういうことなんだい? 話が見えないんだけど」
「そもそも、メポロスタの住人とゴーストが居るなら、この地域にSランク冒険者なんて必要ありませんから。対魔獣、開拓のための探索、どちらも現状で全く問題ありません。殺されるほど彼らを怒らせるような連中なら、我々としても庇う意味が無いのです」
「………………はっ?」
命と尊厳を直接救われた私たちはもちろん、この1年を東方の辺境で過ごしている人々も全員がそう言うだろう。
ゴブリンやそれ以上に強力な人型魔獣が頭を下げて同盟を打診し、天龍に比肩するような龍神が自分の尻尾を肉にして定期的に差し出してくる。
そんな存在がメポロスタ冥神国であり、『白虎』としてあの国に愛されるゴーストだ。
大森林の秩序は彼らによって保たれている。
協力していく限り、この辺境は発展が約束されている。
今の主な生産物である世界樹の木材だって、エルフからの技術で養殖が始まっているくらいなのだ。
どんなに功績のある英雄とはいえ……平和になってからノコノコやってきたSランクなんて、ありがたくも何ともない。もしも暴れるつもりなら、この地域に住む人間で味方になる者なんて居ないだろう。
「ま、さすがにタルキスが可哀想だったし……トウゴに伝えておくぐらいはしようかねぇ。もしもタルキスがギルドをクビになったら、優秀な魔法使いだから拾ってやってくれって」
「あたし的には、やっぱり命の恩人だしユーシェンくらいは助かって欲しいけど。どうかしらね」
「噂通り、防衛がメインの人なら大丈夫じゃないかい? 今のゴーストを見て自分から襲いかかるなんて……よっぽどだよ」
「『龍血のアノン』って黒龍教のトップでもありますよね? あそこの信者ってどうしてか私たちを目の敵にしてるんです。エゼルウスの近くに居るのは不安なのですけど……」
「龍の宗教は全部嫌い。ゴーストにやっつけてもらう?」
「フラシア、それはただの犯罪だ」
私の一言で皆が笑い出した。
兄上が、そんな私たちを見て一言「……君たちはきっとSランクになれるよ」と言ってくれた。
変なタイミングでだったけど、やっぱり兄上に褒められるのはうれしい。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
次回 瞬閃のハルト
明日 6時ごろ更新予定
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