第31話 家畜と野生
5000個近いご馳走を、うっかり消し飛ばしちまった。
虚しい思いのまま結界を解く。
壁に貼りついていた肉片やら血しぶきやらが雨のように降ってきた。
「グルル……」
口を開いて舌を出し、降り注ぐものを舐めとってみるが、色々と雑味が混じって旨いとは言いがたい。食感も何もあったもんじゃねぇしな。
「ガフッ……」
思わず溜め息が出ちまう。
何のためにこんな所まで来たんだ……いや、ゴブリンを殺すためなんだから間違っちゃいねぇんだけどさぁ。
でも、もったいねぇよな。何千人かは居ただろアレ。
本当にうかつだった。
ゴブリンの尻肉は、今しか味わえない限定品なのによぉ。
……とりあえず、びしょ濡れで赤虎になっちまってるから、換毛するか。
毛を真っ白に入れ換えている間に、鼻を使って次の獲物を探す。
昨日までにストックしてあった分は、さっき食い尽くした。しかも、『冥神の寵愛』で食った分を消化してからここに来ちまったんで、無駄に腹が減っている。
間抜けなことこの上ないが、改めてゴブリンを狩らなきゃならねぇ。
だが……さすがにこの近辺には居ないようだ。
赤肌の臭いだけなら感じるんだけどなぁ。2人1組で、広範囲にちょこちょこ居るようだ。何してんだろ? 警備って様子じゃなさそうだが。
……。
…………。
赤肌って旨いかな?
◆
不味いわ。
頭、手足、内臓、腹肉、そして尻。全部なんかこう、筋張ってて風味が無い。ポンゾの頃に冒険領域の中で食料が尽きて、木の皮を剥がしてかじった事を思い出した。
味がしなくて噛み切れねぇ。とても食材だけで食うモノじゃない。
ゴブリンもほとんどの部位はそうなんだが、何故か尻だけは脂が乗ってて良い感じの弾力なんだよなぁ。
唯一、骨だけはしゃぶってみるとうま味がある。だが中の随は不味いので、噛み砕いて飲み込む気にはならない。本当にしゃぶるだけならの話だ。
こんなんじゃ腹の足しにならねぇよ。
鍋に入れて出汁をとるんなら使えそうだが、白虎の体で料理なんか不可能だしな。
ま、赤肌は外れだ。
白虎になったからって、そう何でもかんでも美味しく頂けるわけじゃねぇってワケか。
「はーっ、はぁっ、嫌だ嫌だ、そんなの嫌だ」
「ひっ、ひっ、ひっ……ひぅっ」
だからこの2人―――この辺りをうろついていた最後の赤肌も、不味いだろうなぁ。
そう思いつつ、「ひょっとしたら個体差があったりするかも」なんて未練がましく臭いを嗅ぎまくった。特にこいつら、片方は女だ。さっきまで食ったのは全員男だった。もしかしたら爆裂に旨い可能性だってある。
そう思って、すでにへたり込んでいる女に向かって口を開けたら……隣に立っていた男が急に振り返った。
腰に差した刀に手を掛けている。そのまま抜刀するなら中々の速度だ。持っているのは魔力の無い数打ち品のようだから、普通に毛皮で防げるだろうが―――って、あ?
足がもつれてるぞ。
「くぴっ」
そしてそのまますっ転んだ!
顔面を大地へ強かに打ち付け、動かなくなる。
何やってんだコイツ。
「ううっ、ね……念力だぁ……そんなスキルを使う獣なんて、聞いたことない……」
たぶん存在しないぞ。
「ぐすっ、オレ様も殺されるんだ……助けて……助けてマルゼナさま……ああ……」
うおっ!? マジかこいつ。
ションベン漏らしやがったぞ。
嘘だろ。
なんて情けねぇ魔獣なんだ。
今まで……それこそ、ローラたちを助ける時に出会ったゴブリンたちだって、逃げはしたけど足はちゃんと動いてたぞ。
村娘たちですら漏らすような奴はいなかったのに……あれ?
オイこれ、気絶してる男の方。コイツ『大』いってねぇか。
……いってるわ。
嘘だろぉ?
生前に散々馬鹿にされたEランクのポンゾだって、仕事の前に空っぽにしとく程度の良識はあったぞ。気絶しただけで出てくるとか、どんだけパンパンにして仕事来てんだよコイツ。
ありえねぇー。
まさか白虎に転生して、魔獣の仕事に対する意識の低さへ引くことになるなんて思わなかったわ。
「あっあっ、あの、オレ様今朝、ケッコの実たっぷりのサラダ食ってきたんで、めっちゃ臭いです。たぶん、コイツの方が肉とか食ってるから旨いです」
ケッコの実って何だ。
つーか相棒を売るな。
そもそも何で俺を言葉で誘導できると思うんだよ。
あー……。
……なんか拍子抜けしたな。
狩りの興奮と食欲が一気に冷めていく。
よく考えたら不味い可能性が高い赤肌を食う必要が全く無ぇ。ゴブリンと違って皆殺しにするほどの気持ちも無いしなぁ。
何より、俺の知る限り『赤肌』は新種の魔獣だ。つまり人里を襲ったことがない。こんだけ森の奥に国を構えてんなら、開拓が劇的に進みでもしない限り接点も無いだろう。
この分じゃ、挑んでくるわけでもなさそうだしなぁ。
汚物まみれになってんのもアレだし、見逃しても……って、ん?
……ん?
………………んん?
なんか……変な臭いがしねぇか。
いや、ウンコ臭ぇとかじゃなくて。
まあ変なのはソレの臭いなんだが……ってややこしいな。
違和感を感じるのは、汚物の
例えば、「人間をよく食うゴブリン」が糞をすれば、それは「人間の臭い」がする。
世界樹の壁を越える前、点在するゴブリンの巣を潰していた時はそういう個体が多かった。別に目の前で漏らさなくても、腹をかっ捌けば自然と分かることだからな。この辺りは俺もまだ怒り心頭だった。
しかし、当たり前の話だが、人里から離れて森の奥に行くほど、殺したゴブリンから感じる「人の臭い」は薄くなっていった。そいつがローラたちの安全を保証しているような気がして、次第に俺の苛立ちも薄れていき……今、こうしてグルメを楽しむ余裕ができたってワケだ。
ところが。
このアホどもが目の前で漏らしやがったお陰で、否応なく違和感に気づく。
こいつらの糞からは、『人間に近い何か』の臭いがする。
こりゃ、何だ?
表現するのが難しいな。
まず、正真正銘の―――ローラたちのような、人間ではない。
近いが、違うことは違う。
なんだろう、家畜の豚と猪の差というか。大枠では同じ生き物なんだが、長い年月を経て種類が別れた、みたいな。そういう臭いだ。
……。
もしかして、というかよくよく考えりゃ、あってもおかしくない話だが……。
こいつら、人間を家畜にしてんのか?
……。
…………。
……ありそうだなぁオイ……。
ひょっとして、これからコイツらの国までゴブリンを殺しに向かったら……そういうのが沢山出てくんのか? 養豚所みたいに人間が飼われている施設とかあったりすんの?
うわぁ。
想像しただけで嫌になるほど面倒くせぇ。
「ひーっ、ひぃ、あ、あ……! そうだっ!」
何より面倒なのは、そんなもんを気にしている俺自身だ。
ローラ達を助けたことは後悔しちゃいないが、だからっつってお前、全部に首突っ込んでたら埒が明かねぇだろ。
「そうだ、マルゼナ様から、もらったお守り……!」
ポンゾだった時の記憶を思い出せ。
人間だからって全員が良い奴ってワケじゃねぇ。詐欺とか恐喝とか色々やられただろ?
ローラたちは奇跡的にみんな良い子だったんだ。あの一件で味をしめて、救世主ごっこなんてしてるとロクなことにならねぇぞ。
「あった、この玉だ。これを、これを確か……。くそっ、こいつ、気絶なんてしやがって! 戻ったらオレ様に土下座しろよ!」
よし、決めた。
この先、ゴブリンどもの国で家畜化された人間を見つけても―――助けない。
幸いこのナリだ。向こうから縋られるってこたぁ、まず無ぇ。
……もし、檻に入れられてたりなんだりしたら、そいつを壊すくらいはしてやってもいいかもしれないが……それ以上深入りするのは無しだ。
そうしよう。
絶対そうするぞ。
「『エスケープ・スフィア』!!」
ん?
あっ。赤肌2人が転移しやがった。
また油断……いや、これはこれでいいか。
あいつらの臭いを追えば、それなりに人の居る場所へ着くだろうしな。
どうやら、ここから何キロか行った先に街があるようだ。
大勢のゴブリンと赤肌、それに……嗅いだことの無い魔獣の臭いがする。例の人間っぽい何かの臭いも結構多いな。やっぱそういう事なんだろうか。
まあ、とりあえず進むか。
ごちゃごちゃ考えても仕方ねぇ。
ゴブリンを殺す。この森から根絶やしにする。
当初の目標を達成することを第一に考えりゃいいんだ。
……にしても、ゴブリンって後何匹くらい居るんだろうな?
今日までで1万ちょっとくらいは始末したはずなんだが、あいつら増えるのも早いって話だしなぁ。
後ろに見える世界樹の壁から向こうが全部連中の国なんだとしたら、どのくらい居るか想像もつかねぇぞ。
理想としては……丁度あいつらの尻を食い飽きたくらいで絶滅してくれるといいんだが。
ま、気楽に行きますかね。
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