第30話 白虎咆哮

 


 地面を蹴って空中に躍り出る。

 潜んでいた茂みからゴブリンどもの居る場所までは5キロくらいだ。気合いを入れて強化しなくても一瞬で辿り着く。

 

 何の問題も無いのだが、世界樹の群生地の上を通り過ぎる時、いつも透明な何かにぶつかる感覚があった。

 重たくて分厚い布、例えるならカーテンみたいなものを引き裂いていく手応えがある。


 本当に一瞬のことだし、体に何の影響も無いから「何だコレ」と思いつつ気にしていなかったのだが……もしも、群生する世界樹がゴブリン国家で建設した『外壁』なのだとしたら、空を飛ぶ敵に対する防御だったのかもな。

 


「う……うわああっ!」

「何だアレは! 下層線を飛び越えて来ただと!?」

「そんなバカな!」

「トレロが……トレロが死んだ!」

「お、俺、資料を見たぞ! あれだ、あれが災獣だぁっ!」



 狼狽えるゴブリンどもを見つつ、そんな事を思う。

 俺は一度跳躍すると軌道修正ができないので、着地する場所に何かがいると踏みつぶしてしまうのだ。

 今も、足下で数匹のゴブリンが大地の染みと化していた。

 尻は当然残ってない。

 もったいないことしたなぁ。


 だが、潰してしまったのは、整列しているゴブリンたちの最後尾だ。俺は連中の頭上を飛び越えて、世界樹の外壁と挟むように位置取った。だから今の着地で死んだのは、全体から見ると端っこの数人程度でしかない。


 目の前にはまだまだゴブリンがいる。

 間違いなく、この数日で食った量よりも大勢のご馳走が。



「カロロロ……」



 やっべ、よだれ零れて来た。



「くっ―――通信兵!!」



 俺が来る前にデカい声を出していた赤肌が叫んだ。居並ぶ兵に向かって喋っていたアイツとだけは最初から目が合っている。



「お任せを!」



 無数にいるゴブリンの内、赤肌の側に居た1匹が、指示に応えて行動に移る。

 そいつは首に笛のようなモノをいくつかぶら下げていて、その1つを手にとって、吹こうとした。


 おっと、そうだ。

 忘れてた。

 事前に魔力を食わせておいた『冥神の祝福』を起動する。


 冥府属性に変質した俺の魔力が体の外へ溢れだし、魔法を構築した。生き物の内臓みたいな色味をした、半透明のドームだ。



「ひぃぃっ、な、なんだ!?」


「これは…………結界だ! そうか、災獣は魔法を使うと……」


「そっ、総武長、ダメです! 信号が届きません!」


「獣の分際で、通信機を理解しているワケか。なんてヤツだ」



 冒険者なら誰でも知ってるぞ。

 その笛を吹かれると山ほど応援が来るから、真っ先に潰せってな。


 まあ俺の場合は、通信の妨害がしたいんじゃなく、『ワープ・スフィア』みたいな転移系の魔道具で逃げられないように囲っているだけだけど。


 あの玉、何となく希少なものだろうと思っていたんだが……実際はそこまででもないらしい。最初の襲撃した時、普通のゴブリンにアレを持っていたヤツが1匹いたのだ。


 危うく、貴重な尻に逃げられるところだった。それ以来、初手は結界を張ることにしている。未だに細かい調節ができないので、なんでもかんでも遮断しちまうのが玉に瑕だが。



「なるほど。通信波はおろか音さえ漏れない強固な結界……通りで3000人のゴブリンが連絡の一つも無く消えるわけだ」



 どこか余裕を滲ませた様子で、ソウブチョウと呼ばれていた赤肌が前に出てくる。

 魔法を使った様子も無いのに、ふわりと浮いて数千匹のゴブリンを飛び越え、俺の目の前で柔らかく着地した。


 たぶん、手にしている長剣の能力だ。

 あそこから濃密な魔力の匂いがする。魔剣なんだろう。



「こいつは歯ごたえがありそうですね、総武長」



 他にも、ゴブリンどもの隊列をかき分けて、赤肌が何匹か出てきた。

 総じて背が高くて痩せ形だが、ソウブチョウが一番デカいな。



「貴様ら……油断するなよ。『時渡り』を含めた闘冠級グラディウスを100近く屠ったのだ。決して雑魚ではない」


「見りゃ分かりますとも。この悍ましい魔力、下層線を軽々飛び越してくる力。こいつは、ミフストルの特記戦力に匹敵するんじゃないですか」


「ああ。たかが獣狩りと侮らず、ドゥリンダルナを持ってきて良かった」


「使うんですね。―――おい、ゴブリンども! 総武長殿が本気を出す! 巻き込まれるぞ、死にたくないヤツは下がって、可能なら結界を張れ!」



 やる気満々だ。

 いいねぇ。

 普段だったら、この後は『冥火』で皆殺しにして終わりなんだが……赤肌は初見だからな。

 こいつらはかなり強そうだ。

 魔獣としての肉体の強さはもちろん、鍛錬を積んだもの特有の隙のない足運びも合わせ持っている。場数を踏んだであろう凄みも感じるし、装備も一目で分かる上等さだ。

 ポンゾとしての俺が「戦士として格上だ」と判断している。


 俺が目指すものとは違う方向の強さ。

 だが、これも『強い』ということだ。


 それを破るから意味がある。技術なんざ捨て去って、爪と牙と筋肉と、毛皮の防御だけで獲物を圧倒し、狩る。

 白虎が生物として頂点に在ると、力を下さった冥府の神様にお見せする。


 大切な俺の存在意義だ。


 こいつは魔法で雑には殺さねぇ。ご馳走に逃げられないよう囲いはするが、お楽しみは後だ。

 まずは赤肌をねじ伏せる。




「行くぞ災獣! 『ドゥリンダルナ』『待機解除』!」



 先頭に立つ赤肌、ソウブチョウと呼ばれる男が叫ぶと、ヤツが手にしていた長剣に変化が起きる。正直、ぱっと見は装飾過多で使いにくそうに見えるが、とんでもない。あれは魔剣、魔法を込めた特別製の武器なのだ。

 外界と遮断しているはずの俺の結界内で、強烈な風が吹き始める。しかも俺の周りだけ勢いがすげぇ。赤肌の向こうに居るゴブリンどもは普通に立ってるのに、こっちは白虎の体重を持ってしても、踏ん張ってないと体が浮きそうだ。


 それだけじゃない。


 吹き荒れる風の全体が、刃のように鋭いのだ。

 そりゃあ本体は装飾過多でいいだろう。風の刃を操る剣。効果範囲を任意で調整出来る辺り、本人の力量で威力が増すタイプの魔剣か。

 売ったら高くつきそうだな。


 まあ、以前戦ったホブゴブリンが使っていた、空間魔法付与の剣ほどじゃないが。

 これだけならあっさり終わりそうだ。


 しっかりと地面に爪を立て、歩く。


 

「災獣、来ます!」


「やはりこの程度ではダメか。お前ら、溜めを作る時間を!」


「了解しました! 各員、風防結界起動! ―――行くぞ!!」



 副官っぽい赤肌が、他の部下を引き連れて走ってくる。50人くらいか? 全員赤肌だ。風の影響を感じさせない足取りで駆け寄って来ると、それぞれが手にした武器を叩きつけてくる。


 こいつらは一旦無視だ。

 

 油断せずに観察したが、大したことはない。武器も魔剣の類いじゃないしな。


 気になるのはやはり、ソウブチョウと呼ばれている男。


 ヤツの周囲に風が集まり、凝縮されていくのが分かる。

 ふんだんに魔力を込められた風は赤く染まり、霧……いや、雷を孕む雲を思わせる形を作っていた。まるで嵐の前日に空を見上げた時のような、渦を巻く赤い光の奔流。


 その中心に、赤肌がいる。

 魔剣の切先が、溜めた力の行き先を示すように、真っ直ぐ俺へと向けられている。

 

 前言撤回だ。


 あの魔剣、俺の脳みそに穴を空けたのと遜色ねぇ。

 あっちはただ殺すことを念頭に置いた剣だったが、こっちはとにかく威力を追求したって感じだ。大量にいる敵や建物を吹き飛ばすための武器だろう。


 風を集めて、圧縮して、勢いよく放つ……か。

 待てよ?



「くそっ、こいつ、止まれ! 我々を無視するな―――え?」



 別にお前に言われたから止まったわけじゃねぇよ。

 

 このまま近づいて前足を振るえば、ソウブチョウとやらの首をもぐのは簡単だ。

 でもなぁ。

 ちょっといいこと思いついたんだよ。


 刃と化した風が纏わりつく中、俺は思いきり息を吸った。

 強化した内臓はこんなもんで傷付きはしない。遠慮せずに吸って、吸って、肺に空気を溜める。

 そこに魔力を練り込んだ。



「な、なんだ! コイツ一体何をしている!?」

「体内の魔力が異常な高まりを見せています!」

「総武長、ご注意を!」



 意図的に『冥神の寵愛』へ魔力を食わせ、肺と喉に強化を重ねる。

 溜め込んだ息を肺の圧力で押しつぶす。



「くくく……落ちつけお前ら!」



 ソウブチョウの目が鋭くなった。



「噂の災獣といえど、やはりこの風の檻を破って私を仕留めるのは難しいらしい。だから耐えようというのだろう。『ドゥリンダルナ』の一撃を受け切り、反撃に転じるつもりなのだ……馬鹿め」



 全然違うけど。



「無駄だ! この『十宝剣』が一振り、『ドゥリンダルナ』の一点刺突に耐えうるモノなどこの世には無い! お前たち、災獣から離れろッ! 決着を付けてやる!」



 楽しそうなのはいいけどよ……もっと威力上げなくていいのか?

 俺はまだまだいけるんだぜ。



「はあああああああッ!」



 無理か。撃って来るんだな?

 じゃあ俺もだ。

 


「―――『ドゥリンダルナ・フローセル』!!」



 ヤツの剣から巨大な赤い光線が放たれ、



「ガオオオッ」



 俺は思いっきり吠えた。

 

 魔剣によって凝縮した風と、白虎の喉仏で振動した音が激突する。



「な、ァッ」



 余波を受けた赤肌たちが瞬時に蒸発した。


 俺も落ち着いてはいられない。ぶつかり合った空気が、結界で遮断された閉鎖空間の中でメチャクチャに荒れ狂ったのだ。


 あれっ。 

 なんかあつぅ!?


 風と衝撃が体を叩く度、『冥神の寵愛』が激しく魔力を食う。そんなつもりは無かったのに、いつの間にか空気が高熱を宿している。


 ヤバい、予想外の威力だ。

 ただ「同じくらいの空気弾を撃って打ち消してみよう」と思っただけなのに。


 こんな事になったら、お前―――

 

 俺でさえ鼓膜が破れるかと心配になるほどの爆音が轟き、視界が歪むほどの熱風が収まり、閉じていた目を開けた時には……当然、周りに居た赤肌も、ソウブチョウと奴が持っていた魔剣も跡形も無く消え去っていて―――




「ガルルァァン!?」




 ―――たくさんあったはずの尻肉は、全く残っちゃいなかった。


 畜生。





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


次回 豚と猪は臭いが違う


明日 6時ごろ更新予定

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る