第29話 白虎グルメツアー



 俺がポンゾだった頃、大好物といえば酒だった。


 命がけで森を巡り、ひよっこが受けるような依頼をいくつか果たして得た金は、毎晩酒場で使い尽くした。

 ただ呑むだけじゃなく、付け合わせに食う飯にもけっこうこだわりを持つタイプで、馴染みの酒場では厨房に入れてもらって、つまみを自作することもあった。


 決して貴族や大商人みたいな意味合いじゃないが、俺は結構グルメだったのだ。


 だったのだが。



「ガフッガフッ、ハフッッ!!」



 何だよこの……シンプルな生肉の旨さ。

 ちょっと悔しい。

 だが感動的だ!


 そういや、転生したての時に試した時も旨かったっけな。

 ローラ達と過ごしている間は調理された魚ばっかり食ってたから忘れてた。


 あの時仕留めたのは確か、スプレイニルか何かだったが……今食っている肉は、それより断然旨い。俺がポンゾのままだったら、あまりの衝撃にトリップしちまって、妄想の果てに自分の服をビリビリに破きかねない。

 何言ってんだって感じだが、本当にそう思うんだからしょうがねぇ。


 いやホント、旨えよゴブリン。


 牛や猪なんて目じゃねぇよ。最高級肉だよ。


 思えば今日まで、コイツらのことは「食べる」というより「殺す」意味合いで口にしていた。

 頭をかじり取るだけだった。

 ありゃ間違いだ。脳味噌なんて苦いだけでゲテモノだ。

 

 ゴブリンは尻だよ、尻。

 ケツの肉こそが連中の大トロなのだ。



「ハフッ! ガフ! グルルルル!」



 怒りのままに始めたゴブリン狩りだが、こんな楽しみを見いだせるとはなぁ。


 最初はいつも通り、大ざっぱに吹っ飛ばしてたんだけどな。ふと腹が減って死体をムシャムシャしてみたら、これだ。

 それ以降はいきなり粉々にしないよう、注意しながら殺している。

 始めに『冥火』で魂を焼いて、尻肉を2回かじり取り、残りは改めて粉砕する。以上の3ステップがゴブリン狩りにおける正解だと辿り着いた。


 当然殺すのに時間は掛かるが、まあいいだろ。

 既に、森の中からローラたちの匂いは消えているからな。

 無事に脱出できたってことだ。

 これでもう、俺の個人的な目標以外にゴブリン殲滅の理由は無い。

 つまり、焦る必要もない。


 そんなわけで、俺はのんびりと森を進みながら、1日数百匹くらいのペースでゴブリンを狩っていた。

 特に、馬鹿みてぇにデカい世界樹の群生地に着いてからは、わざわざ探さなくても向こうからやって来るので楽だ。

 森を巡って狩りをするのも楽しいが、こうして一カ所に腰を落ちつけ、自堕落に食っちゃ寝するのも悪くない。

 いや、俺は眠らないから、寝っ転がりながらずーっと食ってるだけだけど。


 満腹感を覚えたら、即座に『冥神の寵愛』で胃腸を強化し、消化する。

 これで味だけを永遠に楽しめる。

 人間だった頃は、どんなに旨くても同じものばっかり食っていたらすぐに飽きが来たもんだが、白虎の俺にはそれが無い。考えてみりゃ、地球で虎だった頃には「グルメ」という概念さえ無かった。

 食えるものを、食える時に食えるだけ食う。次の食事がいつになるかなんて分からないからな。人間に保護された時も、基本的には毎回同じエサだったし。


 まあ、そうは言ってもいつかは飽きが来るんだろうが……そしたらまた吹き飛ばして殺せば良いだけの話だしな。


 そんなこんなで、快適な生活を何日か続けていたこの日。

 いつものように茂みの中で尻肉をかじっていると、ゴブリンの側に変化が起きた。



「整列しろ!」



 今までゴブリンだけだった群れの中に、別の生き物が混ざり始めたのだ。



「移動の際は必ず2人1組となり、はぐれないよう徹底すること! クソする時も寝る時も必ずだ! 班長は2時間毎に全員の所在を私まで報告、1秒でも遅れればその班は全滅したものとみなす、いいな!」



 ゴブリンと同じく、人間の言葉を喋る魔獣だった。


 身長は2メートル後半ってとこか? 赤茶色の肌で、額から2本の角が生えている。ゴブリンに比べると小ぶりな角だ。タケノコのような節がついていて、簡単に折れそうな気がした。

 等身が高いな。足も手も短く太いゴブリンより、スラっとしている。それでも要所にしっかりとした筋肉が付いているので、弱そうには見えない。


 アレだな。

 ゴブリンをパワータイプとするなら、赤い肌の奴はスピード&テクニックってところか。完全に見た目の印象だけだが。

 抜群のスタイルに反して、顔面はだいぶゴブリン寄りだ。体型が人間に近い分、なんかより不細工に見える。

 

 人型の魔獣だが、ローラたちを見た時のような拒食感は覚えない。たぶん普通に食えるだろう。

 やっぱり、俺にとって人間という生き物は特別な存在なのだ。



「ギドモア総武長! 質問よろしいでしょうか!」


「なんだ! 手短にしろ!」


「はっ、では単刀直入にお聞きします。総武長は今回の件、敵は『災獣』だと思われますか!」


「……貴様は、将官級ジェネラルゴブリンか。気になるか?」


「はい。情報としては得ておりますが、いかにしても信じがたく……。もしや、軍神国による何らかの工作なのではないかと!」


「そうか―――この愚か者がァ!!」


「ひぃっ」


「忘れるな! 我々の任務は下層線の警備だ! 世界樹が傷を塞ぐまで、この壁に近づく者は誰であれ排除する! それが獣だろうと耳長の国の斥候だろうと一切関係は無い! ただ愚直に槍を突き出し、敵を殺せ! 以上だ!」


「は……ははっ! 失礼致しました!!」



 今サイジュウ、って言ったか? それって俺のことだよな。

 警備、壁、なんか国っぽい名詞に、斥候って言葉も出ていた。


 ……もしかして、あの世界樹の群生地の先に、ゴブリンの国とかあったりすんのか?

 人間が作るみたいな、ちゃんとした国家が。


 ポンゾとして得た知識では、連中は「巣ごとに別々の群れを作る魔獣」とされていた。

 群れ同士で交流はあるものの、基本的には一つの巣に一匹のゴブリンキングが居て、そこより上は居ないって話だったが……。


 よくよく考えりゃついこの間、何十匹もゴブリンキングを殺して『ワープ・スフィア』を奪ったじゃねぇか。連中が本当に別々の群れを率いる『王』なら、雑魚を引き連れずに『王』同士で固まって行動してるっておかしくねぇか。


 ……そう思って見てみると、連中が下層線と呼ぶ世界樹の群棲地は、都会の国が街を囲う外壁のように見えてくる。

 冒険領域の9割は前人未踏。

 ギルドが伝える常識が、まるでアテにならない可能性だって大いにあるよな。


 もしもそうだとしたら……俺が今日まで殺してきたゴブリンは、街道を守る警邏隊みたいなもんなのか。


 潰してきた巣はただの派出所で、ゴブリン全体の数から見れば微々たるもの……。

 あの壁の向こうには、見たこともねぇ進化をしたゴブリンが、それこそ数え切れねぇほど住んでいるとしたら……。



 ……。


 なんだよそれ。


 超最高じゃねぇか!


 ゴブリンの尻で周りが埋め尽くされることを想像する。


 ……ユートピアだ。心ゆくまで楽しめる楽園が、すぐそこにある。

 こりゃあ、こんな所でぐーたらしている場合じゃ無ぇぞ。

 

 俺は潜んでいた茂みから身を起こした。

 世界樹の壁から見ると外にあたる場所だ。あの中は背の高い木や長い草が少なくて、待ち伏せするのに向いてない。だから毎回、ゴブリンどもがやって来るまではこの場所に隠れていて、集まってきたら壁を飛び越えて狩りをしていたのだ。


 五感を強化すれば音は拾えるし匂いも分かる。群棲地にはいくつか穴が空いているので、運が良ければ、今みたいに目で見て確認することだって出来る。

 タイミングを計るのは難しい話じゃない。

 

 そういや、昨日までゴブリンどもは「ギゴギゴ」言葉で話していたのに、今日は違ったな。

 もしかすると、あの赤肌のヤツは「ギゴギゴ」を喋れないのかもしれねぇ。顔は似ているが角とか骨格とかも違うし、全然別の生き物って可能性もある。



 スゥンリャが居ればその辺も分かったかもなぁ。

 

 ……何を少し寂しがってんだ俺は。

 自分で去って行ったくせによ……。



 一人で勝手に恥ずかしくなって、それを誤魔化すように、俺はとりあえず今日の飯を狩ってくることにした。


 ちょうど、昨日の分を食い尽くしたところだったからな。





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


大変申し訳ありません。

思ったよりも長くなったので2話に分けます。


次回 今度こそ白虎無双回


明日 6時ごろ更新予定

 

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