第78話 冥神の眷属・白虎 VS 黒龍の眷属・三科春夏





「おぉー、ははは! いい仕上がりじゃないですか!」



 真っ黒い腕で首を掴み、持ち上げる。あたしの監視役だった元Aランク冒険者、名前すら知らない男は、足をばたつかせて抵抗した。

 100キロは優に超える巨体だ。本来のあたしには持ち上げられるはずもない。だけど今は風船みたいに軽かった。格闘スキルを使った蹴りも、剣技を叩きつけられても、痛くも痒くも無い。



「この一年で一番の出来かもしれません。いやぁやっぱり何事も練習ですね! 失敗作を山ほど生み出した苦労も報われるってもんですよ!」



 あたしの腕には、ハルカだった面影がどこにも残っていない。

 光沢のある黒色で埋め尽くされてしまった。靄のようだった黒い魔力は密集して金属質に変化し、フルプレートの鎧みたくあたしの全身をぴったり包んでいる。肌に癒着しちゃってるから、もう取れないだろうな。

 

 外見だけじゃない。中身もそう。筋肉も内臓も、全部作り替えられた。

 きっと黒い血が流れているんだろう。

 他人事のようにそう思いながら……掴んでいた男の首をぐしゃりと握り潰す。

 


「わーおグロテスク! 派手にやりますねぇ。どうです? すっきりしました?」

 

「全然」



 憎んでいたけど、殺してやりたいと思ってたけど……思い通りに動かない体で復讐したって意味がない。



「そんな落ち込んだ声出さないで! テンション上げて行きましょうよ~!」



 一番殺したいはずのアノンには、剣さえ向けられない。

 体が自由に動かないからだけじゃなくて、そもそも怒りを覚えられない。レレナたちを殺したのはコイツなのに。そのことは理解できているのに……。

 これが洗脳か。

 こんなんだったら、自我も奪ってくれれば良かったのに。



「全くもう。今のハルカ君、めちゃくちゃカッコいいんですよ!?」



 レレナの姿からいつもの白いスーツ姿になったアノンが、あたしの手を引いて歩く。



「ホラ、見て下さい」



 連れて行かれたのは商店の前だ。

 ガラス張りのショーウィンドウを見て、今のあたしの全体像が分かった。



「あ、あは」



 笑える。



「あはははははは……」



 何このデザイン。

 まるで、日曜日の朝に出てくる怪物みたいじゃん。


 東洋の龍がモデルなのは一目で分かる。肩からゴテゴテした太い角が生えているせいで動きづらそうだ。頭からつま先まで全身をすっぽり覆ってるから、人間らしい部分が一つも無い。戦隊とかライダーとかに出てきて、幹部でもなんでもなくて、1話で倒されちゃうようなヤツって感じ。


 そっかぁ。

 あたし、こうなっちゃったか。

 


「おおっ! 気に入って頂けましたか? それは良かった! じゃあテンション上がった所で、次行きましょうか次! ハルト君を賭けの対象にして楽しんでたオタムの貴族! 殺していきましょう!」



 アノンが肩を掴んで、くるりと向きを変えてくる。

 その先には顔中に脂汗を流した騎士が一人立っていた。槍を構えている。あたしが死のうとしたのを羽交い締めにして止めたヒゲの貴族だ。さっきまで野次馬たちを逃がそうと必死になってた。


 この場にはもう、一般市民らしき人影は無い。けれど声は聞こえる。通りの1本向こうから、様子を見ているバカも居る。


 行ってこい、とばかりにアノンが背中を押した。

 体が勝手に歩き出す。自由に動くのは目線と口だけだ。



「……おじさん、人の命で賭けとかする人?」


「断じてせん。娘に嫌われる」


「だよねぇ。逃げた方がいいよ」


「断る。市民を守らずして何が騎士か」


「死んじゃうよ?」


「構わん。家督は優秀な息子に譲っているからな」



 立派な人。

 カッコいいよ。

 あたし、あんな風になりたかったんだけどなぁ。

 

 怪物の腕が『疾風』を掲げる。雄叫びを上げながら騎士が槍を突き込んできた。

 

 悲しいくらい遅い。

 ああ、そうだ。


 心だけ立派でもどうしようもない実力差はある。世界一速い足を持っていても、絶対に守ると決めた人たちを死なせてしまう者もいる。


 間に合えば、皆を守れた?

 このあたしが。あのアノンから。


 きっとムリだ。

 たぶん、今と全く同じになってたか、皆一緒に死んでただけ。


 ……よくよく考えてみたら、あたしが憧れたヒーローたちも、結構大切な人を死なせたり敵に負けたりしていたなぁ。

 見ている時はただの感動ポイントだった。

 だって物語だから。そこから這い上がる所が盛り上がる部分だから。

 

 それでこそ、ヒーローだから。


 でもダメなんだ。それじゃあ。

 フィクションじゃなくて、自分自身に起こる現実なら……『絶望して、乗り越えて、立ち上がる』なんて許されない。求められてない。

 

 取り返しがつかないんだから。

 必要な時に、必要な強さがなきゃ意味なんて無いんだから。


 前提から間違ってたんだ。

 虚構のヒーローの生き様に、心に、セリフに憧れていた。

 転生して『韋駄天』を得られた時、「ああいう風になれるかも」なんて思ってワクワクした。領主の館から逃げ出した時、「あたしはここからだ」なんて思ったりした。

 違う。

 求めるべきはそんなことじゃない。

 

 現実の、あたし自身が、こんな世界でヒーローになるために必要だったのは。



 『強さ』だ。

 全てを敵に回しても、大切なもの全てを守り抜ける、圧倒的な力。

 盛り上がりも起承転結も何も無いくらい、あっさりと危機を打ち破る力。



 それ以外、無かったんだ。

  





「父上!」



 空から声がする。

 大きな影が掛かる。


 父上? ……この騎士の娘を連れてるの?


 見上げると、そこには白い毛皮に黒い縞模様が入った大きな獣がいた。

 『韋駄天』を更新しするスピードがあって。

 『落星のユーシェン』を子供のように扱う強さを持って。


 今。一人の騎士の、絶体絶命のピンチに間に合った。



「ゴースト!」


「ガルルルァッ!」



 ほんと笑える。

 今のあたしはヴィランだけどさ……白虎。

 倒すヒーローは、君なのかな。





 ◆




 高速で景色が流れていく。オタムの王都まであっという間だ。

 ドミスたちが絶叫する中でローラだけは姿勢を正し、俺の頭越しに前を見ている。

 この速度、前はしがみつくことしか出来てなかったんだけどな。ずいぶん上手くなった。



「いた、父上!」



 王都を囲む城壁を超え、煙の根元が見えてくる。

 石畳の敷かれた、馬車が何台もすれ違える広い通りだ。十字路の角にあったであろう建物が吹き飛んでいて、煙はそこから昇っている。

 

 その近くに3人の人が居た。

 手を叩いて笑っている、上から下まで白い服を着た男。

 魔剣を振り上げる全身が黒い人型魔獣。

 龍人と思しきその魔獣と対峙する騎士。


 ローラの父が誰かは一目瞭然だ。



「ゴースト!」



 任せろ。



「ガルルルァッ!!」



 尻尾の神性を使って着地点を制御する。ついでに最後の加速を加えて龍人に向かい、突っ込む。

 黒い魔獣は凄まじい反応速度を見せた。

 騎士を斬るべく振りかぶっていた姿勢をステップ一つで俺に向け、前足の攻撃を捌こうとしている。面白え。剣ごとへし折り爆散させるつもりで力を込める。そして刀身と爪が触れた瞬間だ。


 ヤツは『力負けし』『剣技で捌けない』ことを考え、判断してから剣を引き、回避した。

 爪はもう剣に触れていたのにだ。

 その上で、俺が前足での攻撃を振り抜くまでの間にだ。


 速い。

 とんでもなく。


 ローラたちを乗せていたから全速力ではなかった。

 それでも―――転生して初めて、攻撃を躱された。



「あはっ」



 魔獣が嬉しそうに笑った。少女の声だった。

 だが表情は動いていない。よく見ると、龍を無理矢理人間に似せたようなその顔は、作り物だ。全体のシルエットも普通の龍人とは違う。翼も尻尾も無いし、なぜか肩から鹿の角が生えている。肌も光沢のある金属で、龍人っぽい全身鎧を着ているのだと気付いた。

 


「はははははは! 来ましたねぇ白虎君! どう考えても罠なのにどうして飛び込んできちゃうかなぁ!? そんなキミが大好きですよ!」



 白い服の男も大仰な手振りをしながら笑う。よく見ると仮面も付けてるな。

 そして……うわ超臭ぇ。鼻もげそう。

 絶対コイツが黒龍だ。



「ご紹介しましょう、冥神の眷属君! ここにいるのが僕の眷属です。手塩にかけて5分くらいで造った13番目の司祭ですよ! 元の素体は、『瞬閃のハルト』で現在は……そうですねぇ、『龍体のハルカ』とでも―――おぉっとぉ!?」



 背中からローラたちが降りている間に、爪を地面にしっかりと立ててかから尻尾の先をお喋り野郎に向け、神性ビームをぶっ放した。魔法同様、爪と牙で戦いたいから殆ど使ったことの無い遠距離攻撃だ。

 ヤツが俺のことを調べていればいるほど不意打ちとして決まる、と思ったんだが。



「それはダメ」



 黒い鎧……『龍体のハルカ』っつったか? 面影がなさ過ぎてハルトと同一人物だとは思えねぇんだが。

 とにかくそいつが瞬間移動みたいな速度で割り込み、防いじまった。

 ぱっと見た限り、鎧に大きな傷は無い。

 今ので大したダメージが入らないのか。すげぇな。



「びっっくりした! 気が早いですよもう! ま、でもいっか! 白虎君は喋れないみたいですし、さっさと本題に移りましょう! ……僕はねぇ、フィジカル自慢のキミが、自分より上のステータスを持つ相手にどう戦うのか。それが見たいんです。ちょっとした試験ですよ」

 


 直接戦う価値があるのかどうか。

 そう言って、ヤツは高笑いを続ける。



「だからねぇ、今みたいな不意打ちは止めてくださいよ! しかも僕に向かって! せっかく相手を用意したんですから!



 いやどうでもいいわ。



「それに何ですか? そんな雑魚をゾロゾロ連れてきちゃって。僕のこと舐めてます?」

 


 ちょっとな。



「まさか自分より速い相手なんか居ないと思っていたんでしょう? ミスでしたねぇ。傲慢さが仇になりました。まずは、その雑魚から殺して行きます!」



 アノンが言い終わると同時、俺では追いつけない速度でハルカが走りだす。標的はレイシアだった。盾になるには間に合わない。俺が一歩踏み出すよりも魔剣の一閃の方が早い。


 だから何もしなかった。

 



「え!?」



 龍人の仮面の向こうから、素っ頓狂な声がする。

 なぜか?

 止まったからだ。空中で、ヤツの剣が見えない何かに阻まれるように。



『……ベラベラと喋りおって。昔から変わらんのう、その悪癖は』



 戦神。

 一番最初の文明神。戦いを司る神様。

 多くの弟子を取り、権能を分け与えて数々の文明神を生み出したという。


 軍の神、剣技の神、槍技の神、弓技の神、そして……魔法の神。


 ま、要するにだ。



『時間がたっぷりあるお陰で、この街の人間全員に結界を張れたわ。とびっきり薄くて丈夫なヤツをのォ』



 世界一の魔法使いなんだよ、俺の主は。



 街中での戦いだ。ローラたちを連れて行かなくても、黒龍が人質を取ろうとすることなんざ分かりきってた。

 だから冥神様が申し出てくれたのだ。俺の脳の一部を操る。『委ねてくれるなら、周りを気にせず思い切り戦えるようにしてやる』と。



「……あれ? おかしいなぁ。僕、結構前から白虎君を見てるんですけどね。そんなに魔法が上手かったでしたっけ?」



 出ねぇだろ。他人の自我を壊して眷属を作るテメェには。

 1つの体を2つの意識で操る、なんて発想はよ。


 呆気にとられているハルカの隙を、今度こそ全速力で突く。


 気付いて避けようすんのは流石だが、遅ぇ。最高速度で上回るくらいじゃ、動き出しの遅れは取り戻せねぇよ。



「ぐあっ!?」


 

 今度こそ、前足をヤツの体に叩きつけた。

 黒い鎧がひしゃげ、割れる。

 だが、それだけだ。仕留めるほどのダメージは無い。鎧は思いの外頑丈だし、やっぱ寸前で威力を殺す動きもされていた。



「が、あは……っ、本当に凄い……!」



 通りを大きく吹っ飛んだハルカが、なぜか嬉しそうな声を出しながら立ち上がる。変態か? 


 まあいい。

 ついでだ。前世の分もぶん殴ってやるぜ。

 


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


次回 白虎とハルカのドラマ


15日 6時ごろ更新予定

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