第77話 白虎回復ツアー
「治療が必要な人は、順番にこの円に入って!」
「立って歩けないひとは、ここに寝かす」
「冒険者どもは後回しだよ! まずは子供と老人からだ! いいね!」
メポロスタを襲っていた連中を森の養分に変えた後。
俺は、開拓村や都会で『黒龍の寵愛』を受けた人々を治療して回ることになった。
元々そうしようかな、とは思っていたんだが……冒険者ギルドのタルキスから正式に依頼された形だ。俺が戦っている間にローラたちが連絡を取ったらしい。
説明してくれたレイシアによると、現状であの靄を払えるのは俺の『セフィロト・ブースト』か最高位の解呪魔法だけらしく、使い手の少なさからほとんど治療が進んでいないのだという。
メイフィートが「2日で奴隷の仲間入り」みたいなことを言っていたから、寵愛をなすりつけられた人々が完全に自我を失うまで、まだ1日くらいの余裕はあるはずだ。
しかし、オタムとエゼルウス両国で数人しか居ない高位神官が、普通に解呪魔法を掛けていても間に合わねぇだろう。
その点、俺なら魔力量にあかせて数百人を一気に治療できる。
こいつはレイシアのお墨付きだ。エイケルとエスティーノを無駄に広範囲な『セフィロト・ブースト』で治療したのを見た彼女が、タルキスに提案したのだ。「ゴーストに頼んではどうか」ってな。
討伐難易度SS、大陸の危機レベルの魔獣を「街に入れる」なんて、普通に考えりゃ正気を疑われそうなもんだが……タルキスはあっさり了承したらしい。
というかむしろ、向こうから食い気味に「来てくれ」お願いされたそうだ。
なんでも、今回の騒動について、冒険者キルドも責任を問われる立場になってしまったらしいな。
聞いてみたら納得だ。
なんせ今回、12司祭や『龍血のアノン』たちは「冒険者として」オタムやエゼルウスに入国して来たのだ。ギルドを介した正式な依頼書を持って、堂々と魔獣を引き連れ、国境を渡って来た。その上でこんな暴挙を許したとあっちゃあ、確かに責められるだろう。
管理の杜撰さ。高ランク冒険者というだけで与えられる様々な特権。その辺が怠慢だったと、反黒龍教の国から指摘されたのだ。
俺もそう思う。
Sランクだからって酒場の酔っ払いを斬っても不問……とかなぁ? やめた方がいいだろ。
そう言う意味じゃ、良い薬になったのかもしれねぇ。
ま、冒険者ギルドがどうなろうと、今の俺には関係の無い話だけどな。
依頼があろうが無かろうが、どっちにしろ黒龍教の奴隷を増やすのなんか気に入らねぇから、『セフィロト・ブースト』を掛けて回ることはしようと思ってた。
そこに『白き灯火』の5人がついてくることになったってだけだ。
冒険者ランクこそ高くないものの、彼女たちはオタムとエゼルウスに限って言えば抜群の知名度がある。なんせ両国の公爵令嬢と聖女が所属しているんだからな。
俺と出会ってゴブリンの魔の手から抜け出した一連の事件も、吟遊詩人の手で叙事詩になり、一時期都会で流行したらしい。
そんなワケで、ローラたちと一緒なら俺が街に入ってもパニックにならない。
逃げ惑う人々に見た目呪怨魔法な『セフィロト・ブースト』を浴びせて回る、ってのはちょっと気が引けてたから、これはこれで助かる。
「ローラ! 整列終わったわよ!」
「了解した。どうだ、ゴースト」
「グルルル」
「もういいのか?」
「ガルッ」
「よし。では始めるぞ、レイシア!」
「はいっローラさん! 『ガイドポスト・レイ』!」
「……今だ、ゴースト!」
「ガオオオゥ!」
実際に回復するときも、彼女たちが居てくれて助かった。
まず、ドミスたちが患者を誘導してくれている間に、俺は魔力を練って準備しておく。周りを気にせず、限界まで集中することで、死後の気配を極力漏らさないようにする。……最初に訊ねた開拓村じゃ、阿鼻叫喚の地獄を生み出しちまった。どうもこの辺、俺自身が何も感じないから抜けがちなんだよな……。
『セフィロト・ブースト』を撃てる段階になったら、合図する。それを受けて、レイシアが桃色の光を空に向かって打ち上げる。
集まった民衆の視線と意識がそれに集まった隙をつき、ローラの指示で一気魔法を発動する。
「お……おおお! これは!」
「闇が溶けるように消えていく……!」
「次々と目を覚ましていくぞー!」
呪いと勘違いされるほど禍々しい光を一瞬だけ放ち、すぐに消す。エイケルや死神に比べて靄が濃くないので、このくらいで充分だ。一般人を超戦士にする必要もねぇしな。
「医神様にお仕えする神官たちでさえ手が出なかったのに……!」
「奇跡だ!」
「ママー見て! ぼくこんなにジャンプできるよ!」
「ウチの子なんて倒れる前より元気になっているわ!」
「奇跡だ! 奇跡だ!」
……ちょっと影響が出ちまうこともあるが、概ね順調に治療は進んでいった。
ローラの兄だというイケメンが率いるグリフィン軍団が交通整理してくれるお陰で移動はスムーズだし、ユーシェンとハルトが黒龍教の残党を片っ端から廃除していたので、血なまぐさいことも一切せずに各地を治療して回れる。
背中の5人も楽しそうだ。
とは言っても、のんびり出来るわけじゃねぇ。俺の足で走るから移動は速いが、それでも被害の範囲は広大なんだ。
辺境の開拓村から近いエゼルウス方面を5時間ほどでぐるっと回り、オタムに入って大きめの街での治療を終える。この頃になると、周辺の小さい村なんかには事前に連絡が回っていたようで、事前に患者が集められるようになっていた。
「……うん。大丈夫です。皆さん健康そのものです!」
「じゃ、ここも終わりってことね。次で最後だっけ?」
「そう。オタムの王都」
「あそこには黒龍教の連中が多く入ってたって話だったけど……ローラ、その辺は大丈夫なのかい?」
「ああ。ついさっき、王都にいる父上の部下から連絡があった。『瞬閃のハルト』がほとんど片付けているそうだ」
「そうかい。じゃ、治療が済んだらそのまま支部にいるタルキスへ報告しちまおうか。それで任務完了だ」
「ふふ、うふふふふ」
「スゥンリャ、変。どうした?」
「お疲れでしたら『スタミナ・ヒール』いります?」
「いやいや、そうじゃないわよ。ただ、随分と名前が売れたな~って」
「名前、ですか?」
「そうそう。これだけの人の前で『白き灯火』としての活動が出来たんだから、もしかしたらランクアップも見込めるんじゃないかしら」
「あ~そのことだけどねぇ」
「何よ、ドミス」
「スゥンリャ、貴様こそ何を言っているのだ。そんなもの断るに決まってるだろう」
「ええ!?」
「当たり前だ! 治療をしたのはゴーストだぞ。私たちは手伝いしかしてない。こんな事でランクを上げてどうする!?」
「あぁ……そっか。うん、そうよね。ごめん、ゴースト」
別に貰っときゃいいと思うけどなぁ。くれるってんなら。
自分の努力だけで目標にたどり着けるとは限らねぇんだ。運が巡って来たなら、躊躇なくそれに手を伸ばし、掴むことも必要だ。
もし、それが「身に余る」と思たっとき、するべきなのは遠慮じゃなくて感謝だと思う。
他人から見て綺麗に映るかどうかなんざ下らねぇ。
重要なのは自分と、チャンスをくれた『誰か』を満足させられるかどうかなんだ。
……少なくとも、俺にとってはな。
そんな風に伝えられないことを思いながら、ローラたちが背中に乗るのを伏せて待っていた―――その時だった。
微かに地面が揺れる。僅かに爆発音が聞こえる。
回りの人間は誰も気付いていない。それほど些細な空気の変化。
なのに、濃厚に漂ってくる臭いがあった。
この世で最も不味そうな、嗅ぐだけで怒りがこみ上げてくるような……生理的に受け付けないドブ臭さ。
立ち上がり、その方向を睨む。
「カロロロロ」
意図せずに、喉が鳴った。全身に血が巡る。体毛が逆立っていく。
「突然どうしたんだ、ゴース……ト……」
俺の変化に気付いたローラが視線の先を追い、言葉を失った。
距離の開いたこの街からでもはっきりと見える黒煙。間違いなく、ついさっきまではなかったもの。まるで影絵のように現実味の無い黒さだ。見るだけで、ただの火事なんかではないと分かる禍々しさがある。
12司祭なんぞとは、込められた魔力の質が、密度と量が違う。
「あれは……」
「普通の火事、ではありませんね。黒龍教に由来するものでしょう」
「教団のやつらは全員倒せたんじゃなかったの!?」
「……父上に連絡を取る。レイシア、通信機を貸してくれ!」
通信機を受け取ったローラが顔を青くして走って行く。
「嫌な感じがするねぇ」
「12司祭は全部ゴーストがやっつけたでしょ? っていうことは……」
「ええ、間違いありません。『龍血のアノン』です。人神様のおられる神殿へ不敬にも押し入った後……姿をくらましたという話でしたが。オタムでも何かしていたんですね」
アノンか。
治療の最中に聞いた死神の話じゃ、ヤツが黒龍なんだよな。
確かに、あの煙からは神性の臭いがする。
神性が混じった魔力。山龍や紫龍と同じだ。
ただしこっちはドブ臭ぇ。とても食えたもんじゃ無さそうだが。
……あそこに、黒龍の野郎が居やがるのか。
熱を持つのは血だけじゃない。
静かに、だが大量に、『戦神の加護』が魔力を食い始める。
「人神さまの敵。許さない」
「屈辱を受けたエゼルウスの全国民を代表して、鉄槌を下さねば……!」
「コラコラ! 2人とも落ち着きな。その辺は神殿でも話し合ったろ?」
「人神さまから神託が下って、『龍血のアノン』に関してはゴーストに任せるようにって言われたんでしょ。あたしも同意よ。Sランクなんて手に負えるわけないんだから」
4人の目が俺を向く。
フンッ、と鼻息を出して頷いておいた。
死神の容態はまだ安定していない。一度目を覚ましたが、今はまた気絶している。
彼女は起きた時、冥神様との再会を喜ぶ前に、激高するエゼルウスの国民が無茶をしないよう、力を振り絞って神託を下した。冥神様を介した俺への伝言は『龍血のアノン』の正体と、その始末を押しつけることへの謝罪だった。
ヤツが名指しで俺を狙っているし、個人的にもメポロスタを狙った時点で許すつもりはねぇ。もう冥神様がどうこうとかを超えて、黒龍は俺の敵だ。だから死神が恐縮することなんか無いのにな。
早く良くなって、冥神様と話したりレイシアたちに元気な姿を見せてやればいいんだ。
野郎の首をもいでお土産にすれば、少しは元気が出るか?
臭ぇから逆に寝込んじまうかな。
「……父上! 父上っ! 応えてください……くそ!」
少し離れた場所で、ローラが悲痛な声を上げている。
さっき言ってた父親と連絡が取れないようだ。
「王都へ向かおう!」
「そうだねぇ。頼むよ、ゴースト!」
5人共、背中に乗ろうと駆け寄ってくる。
……黒龍が居ると分かっている場所へローラたちを連れて行くわけにはいかねぇ。
そう思って、乗られる前に走りだそうとしたんだが……そこに待ったが掛かる。
冥神様からだ。
話を聞いて「なるほど」と思った。
もちろんリスクはある。だが他でもない、冥神様がああ言ってくれるんなら、俺としては異存なんかあるはずもねぇ。
むしろ良い作戦だと思う。
眷属を駒だとしか思っていない黒龍の度肝を抜いてやれるだろう。
そんな事を考えている間に、ローラたちが背中によじ登る。
「くそ、ダメだ。先行している兄上とも連絡が取れない!」
「魔力の密度が濃すぎる場所だと通信が不安定になる、ってフェリアが言ってたねぇ」
「それって、冒険領域の中よりあそこの魔力密度が高いってこと……?」
「急ぎましょう!」
「ゴースト、行って」
「王都までは距離が近い、全速力でいいぞ! 『アカンパニー・シールド』!」
ローラが騎乗スキルを発動する。結界によく似た膜を生みだし、落下防止と空気抵抗を軽減する能力だ。それに重ねるように俺の結界も張っておいた。これで騎乗スキルを持たないメンバーでも落ちることはないだろう。
それでも全速力ってわけにゃあいかねぇが……。
一歩だけ助走を踏み、跳躍する。
煙の元に着くまで2秒だ。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
次回 冥神の眷属・白虎 VS 黒龍の眷属・三科春夏
13日 6時ごろ更新
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