第24話 虎の尾を踏むゴブリンの国②

 


 腹の中に苛立ちを抱えたまま、新たに『冥神の祝福』へ魔力を食わせる。



「くぅっ」



 前足の間にいるローラが、強く抱きついてきた。

 怖いかもしれないが、我慢してくれ。

 今の姿勢じゃあ魔法を使うしかねぇからな。


 『冥火』は普通に魔力を放出するよりも冥府属性が濃い。

 ローラはこれを呪怨魔法だと認識していて、どんなに悍ましくても自分に向けられなければ害はない、と思っている。だから怯えこそすれ、パニックにはならないが……。



「ふぅ、ぐ……ゴースト、呪いを使うのか?」


「ガル」


「そうか。―――おもいっきりやってくれ」


 

 辛そうな声だ。肉体的なダメージは無くても、ストレスは相当だったろう。

 

 すまねぇ。

 

 魔力のことだけじゃない。


 あの穴蔵で屈辱を受けたローラを、「市民のために体を張った」と言い、「でも泣いていたじゃない」と言われていたローラを、一瞬とはいえゴブリンに攫わせちまった。

 

 俺が側にいながら。

 神様からこれだけの力を与えられた、白虎がいながらだ。


 ……ああ、苛つく。

 情けねぇ。

 油断していた? 違う。それ以前の問題だ。

 

 今回のことで、俺は白虎の力に溺れていたと良く分かった。

 

 この体がポンゾだったら? もっと慎重になっていただろう。

 目的を達成するために、あらゆる危険を想定しようとしたはずだ。

 そういう能力には長けていた自信がある。伊達や酔狂で長年ソロ冒険者をやっていたワケじゃない。

 

 他人から見れば雑魚の所以、馬鹿にされる時に持ち出された『逃げ足の早さ』。そこから来る『危機察知能力』。他人を見捨ててでも安全策を取る『行動方針』。

 それらも、ポンゾにとっては武器だった。

 30年かけて―――いや、野生の虎として生きていた時代から、磨いてきたものだった。


 その感覚を失ったのだ。

 たった6日で。

 理想の力を得ただけで。




 ―――改めよう。




 甘かった。


 白虎という力を手に入れて、「ローラ達を森から脱出させる」という目的ができた時、ポンゾならどうする? 野生の虎だったらどうしたい? 


 どうすれば最も安全に、気持ち良く目的を達成できる。


 人間たちに付き添って拠点を守るか?

 違ぇだろ。

 こいつは、神様が眷属として俺に与え給うた力の使い道は、そんなんじゃねぇ。

 

 敵を砕く力だ。


 俺が守ってれば近づいて来ねぇだろう、なんて傲慢だった。

 受け身になってどうすんだよ。


 獲物は狩って仕留める。それが虎だろうが!



「……ゴースト」



 俺に使命は無い。

 好きにやれと言われた。

 とことん暴れて、立ちふさがるものがあれば、この力を思う存分振えと言われた。

 

 ローラたちを助けてみようと決めたんだ。


 その決定を覆そうとするアホがいる。


 思い出せ。

 ゴブリンどもは俺を「サイジュウ」と呼び、狙っているようだった。

 たぶん、拠点にしている巣に縁のあった連中なんだ。


 つまり、放っときゃ同じような連中がまた来る。

 その可能性がある。


 ……ふざけんな。

 皆殺しだ!


 俺を狙ってんなら、こっちから出向いてやる!

 最初からそうしときゃ良かったんだ。この森からゴブリンどもを1匹残らず消し去れば、それがローラたちを守る上でもベストなんじゃねぇのか?


 連中に余計な事を考えさせねぇ。


 『人間の200人くらい、今はどうでもいい』

 『白虎に手を出したのは間違いだった』

 『とにかく逃げろ』


 そう思わせるくらいの危機感を、魔獣どもに与えてやる。

 この森はもう、俺の縄張りだ。

 荒らすヤツは皆殺しにする。


 ああ、そうだ。

 決まった。決めたぞ、次の目的。



「ゴースト」



 ―――頭の奥で、スキルが魔力を食っている。

 鹿でも猪でもリスでもない、見たことのない獣の頭蓋。

 『■■の加護』。

 そいつが笑いながら魔力を貪っている。



「ゴースト!!」



 首の付け根を叩きながら、耳元でローラが大声を出した。

 

 …………なんだ?



「もう、終わったのではないか? その……呪いを収めてもいいんじゃないか」



 んん?

 ああ、そうか。

 周りを見回すと、100体を超えるゴブリン共の死体が山になっていた。外傷の無い緑色の抜け殻を、『冥火』の青い炎が執拗に舐め回している。


 確かに……これ以上やっても意味ねぇな。

 『冥火』は物体を焼く炎じゃねぇし。 



「ガウッ」



 『冥神の祝福』へ送っていた魔力を打ち切る。

 周囲の青い炎が、何事も無かったかのように消え去った。

 森には焦げ付きの一つも無い。




 ◆




 俺が神様から授かった祝福魔法は、冥府を運営する際に使われる権能が元ネタらしい。


 『冥火』、死後の世界における炎とは、熱エネルギーではない。魂を浄化する冥神の消しゴムだ。


 死んで冥府に落ちた魂が、次の肉体に宿って新たな生を受ける前に、「生前の記憶や性格が残らないよう」、情報を焼却する。

 ここで言う記憶ってのは、「無意識での体の動かし方」も含まれる。人間と魚じゃ息の仕方さえ違うからな。


 こいつを魔法として現世で使うと、どうなるか。


 効果は同じだ。

 熱に焼かれることはなく、ただ魂から記憶が、性格が、生きるために必要な無意識下の生命活動でさえ消し去られ―――ただの肉塊になる。


 破壊力は皆無だ。

 魂以外は何も焼けない。

 ぶっちゃけ殺すだけなら爪と牙で充分だし、あんまり使わねぇかな、と思ってたんだが……こうして見ると案外いいかもな。


 ゴブリン共の死体は、どれも恐怖と絶望でぐちゃぐちゃに苦しんだ顔をしていた。


 自決してるのもチラホラいる。特濃の冥府属性で、徐々に自分を失っていくのに耐えられなかったんだろう。


 頭を噛み砕いたんじゃ、こうはいかねぇ。笑って死んだゴブリンもいたしな。

 

 俺に手を出したことを後悔して死んでくれなきゃあ、殺し甲斐が無ぇってもんだ。




 ◆




『はっはっは、良い! 堪らん。やはり猛獣の魂を基にすると思い切りが違うのォ。予想以上に楽しませてくれるわ。結構、結構』



 光も生命も無い暗闇で、とある神は上機嫌に笑った。



『さぁて……我が現し身が貴様の元へ向かうぞ。どうする? 宝神よ』






◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


次回 第一章本編最終話(予定)


明日 6時ごろ更新



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る