第23話 虎の尾を踏むゴブリンの国①
転移ができる魔道具と、妙に強いゴブリンが100体。
放っておくにはヤバイ組み合わせだ。もしも拠点にいきなり押しかけられたら、人間たちを守り切れないかもしれねぇ。
周りに味方がいると範囲攻撃ができないからな。
どうしても、さっきのように地道な戦いをすることになる。俺の体1つで200人をカバーするのはちょっと無理があるだろう。
今なら、連中は1キロ先で固まっている。
こっちから速攻を仕掛けるべきだな。敵の中に入れば、周りを気にしなくていい。
転移の発動呪文を唱える隙を与えず、一網打尽にできる威力が必要だ。まあガッツリ魔力を込めれば白虎パンチ一発で……ん?
いや、ちょっと待てよ。
あの転移できる玉……もしかして人間でも使えるんじゃねぇか?
発動呪文、『エスケープ・スフィア』って、人間の言葉だったよなぁ。
……。
一般的には、ゴブリン製の魔道具を人間が使うことは出来ないとされている。
理由は構造がどうとかじゃなく、発動呪文が「ギゴギゴ言葉」だからだ。
ドミスたちが、拠点にしている巣の中で「魔法の設備が随所にある」のに、わざわざ「水くみをしたり」「薪で風呂を湧かしたり」していたのは、設備を使うのに発動呪文が必要だったからだ。
トイレや炊事場があっても、水を流したり火を起こすのは人力でやっていた。
道具も、木材などを加工して作る必要があった。
人間はギゴギゴ喋れないからな。
だが。
……そうだ。さっき戦った奴らの中で、ゴブリンキングだけがやたらと「ギゴギゴ言葉」に拘っていた様子だったじゃねぇか。暗号発声とか言ってたか? それを使えと強要して、ホブたちから文句を言われていた。
そもそも何でギゴギゴ話す必要がある?
普通に喋った方が、戦う上で連係を取りやすい。隙が少ないとも反論されてたよな。
なのに、どうしてだ?
暗号ってのは情報を隠すためのもんだ。作戦、計画、戦術、色々あるだろうが……魔道具の発動呪文もそうじゃねぇのか。
同じ言葉を使う人間に、自分たちの施設や奪われた武具を使われないため……。
対策として、ゴブリンにしか通じない言葉を作った。
後付けでそれを定めたヤツがいた。
あのゴブリンキングはそれに従っていたが、ホブどもはそうじゃなかった。
多勢に無勢で説得され、どうせ俺たちを殺すのだからと油断し、普通に喋り始め―――最後にミスった。
焦ってギゴギゴを使わずに、転移の魔道具を使っちまったんだとしたら。
だとしたら、あの転移の道具も『エスケープ・スフィア』と唱えることで使えるんことになるんじゃねぇのか。
人間でも。
……。
どうだろう。
あながち間違っちゃあいない気がする。
少なくとも、試す価値はあるとみた。
―――よし。あの玉、ちょっと回収してみよう。
なんだよ。
クソみたいなゴブリンでも、もしかしたら役に立つことがあんのか?
しっかし、そうなってくると全力で殴るのはダメだな。何もかも吹っ飛んじまう。
その他の手段で一網打尽にするなら……魔法か。
あんまり使い慣れてないが、『冥火』なら魔道具を壊しちまう心配はいらない。思いっきりぶっ放せば100体くらい範囲に入れられるだろ。
ただ、冥府属性の魔法を使うとなると、ローラは置いて行かなきゃならねぇな。
とりあえず行って殺してきて、後でもう一度連れてくるのがいいか?
「む? なんだあれは」
ただなぁ。
ローラは俺が降ろそうとすると嫌がんだよな。
この間、魔蟲を狩った時も結局乗ったままだったし……。
「風景が、歪んでいる?」
あん?
ローラが何か言っている。
風景?
見回してみるが、おかしな所は見えない。
せいぜい、生き残れたことに大喜びの冒険者4人が、こっちに向かって来るくらい、で―――いや待て何だこの臭いは!?
……冒険者の後ろ、木の影か!
「っ伏せろ!」
ローラが持っていた槍を投擲する。
俺の背に乗っている彼女は視点が高い。だから影の歪みが見えたのだ。
影の中を泳ぐスキル……神話で見たことがある。
ユニークじゃないが、ごく少数しか所持者の居ないレアスキルだ。
俺からは、ちょうど冒険者の体で遮られて地面が見えなかった。俺が気づいたのは相手が木の影から出てきたからだ。木漏れ日が差していて移動が遮られたらしい。
全身黒ずくめのホブゴブリン。手には冗談みたいなデカさの大鎌を持っている。魔力の臭いがさっき殺した連中並に濃い。
ヤツはローラの短槍を再び影に潜って躱し、森の豊富な日影を活かして姿を現さないまま移動する。
見えづらい上に凄まじい速さで泳ぎ、伏せていた冒険者たちの背面に回ると、影から飛び出して大鎌を振りかぶった。
一振りで全員殺せる角度だ。
「ひゃははは! ボーナス、ゲットォ!」
この距離と立ち位置。タイミング。
どう走っても間に合わせようとしたら冒険者を轢いちまう。
だったら。
「死―――」
「ガオォッ!」
咄嗟に魔力を練り上げ、体の外に放出した。
ちょうど魔法のことを考えていたのが良かった。
冥府属性は強力な死後の気配を放つ。生きている者は否応なくそれに怯える。そう神様は言っていた。
ゴブリンだって例外じゃねぇはずだ!
白と黒の毛皮から吹き荒れる、赤い光の奔流。
世界樹が呼吸するときのような美しさはない。血のようにぬめった、見るだけで不安をかき立てる赤色だ。
その悍ましさ、生者を拒む冥府の空気に触れ、俺以外の全員が引きつったような悲鳴を上げる。
ゴブリンも鎌を振りかぶったまま後ずさった。
もう切っ先は冒険者に向いていない。
時間さえありゃあ、いくらでも冒険者を避けてヤツの元までたどり着ける。
俺が走りだすと、背中のローラが落っこちた。
間近で魔力を浴びたせいで騎乗スキルが切れちまったんだろう。
すまん。
だが今はあの野郎を仕留めるのが先だ。
タダでさえ20人も死なせちまったんだ。
これ以上無様を晒せるか!
「ひ……なんだこのバケモノォ!! 聞いてねーぞ! 騙したなァ!?」
死に神みてぇな格好したヤツに「化け物」言われたくねぇよ、クソゴブリンが!
へっぴり腰で鎌をぶつけてきやがったが、毛先で防げる威力しかない。
まるで子ゴブリンだな。あやしてやる必要も無いので、前足で首を引きちぎる。
それから魔力を収めた。
冒険者とローラが激しく咳をする音が聞こえる。
息ができなかったみたいだ。悪いな。
お詫びってわけじゃないが、原因になったホブゴブリンは念入りに潰しておこう。
……ったく、何だったんだコイツ。
ずっと影にいたのか? なんでさっきは出てこなかったんだ。
それとも、1キロ先から影を伝って来やがったの、……か……?
ハっとした。
ここでわざわざ冒険者を狙う意味。
隙を作るため?
誰の。
「獣使いめぇえ!!」
「きゃあっ!?」
振り返ると、ローラが。
「災獣から離れたな、この間抜けがぁ! 貴様さえ死ねばぁ、後は雑魚だけだ! 情報は漏れん!」
さっき逃がしたゴブリンキングに、捕まって。
転移しやがったのか、爪、駄目、巻き込む、もういちど魔力を
「ひぃっ、見るなケダモノォ! 『エスケープ・スフィア』ァァ!!」
――――殺す。
◆
ナメやがってあのクソ野郎。
ご丁寧に1キロ先の同じ場所へ転移して行きやがった。
臭いを感じて、即座に跳躍する。
上じゃない。真横にだ。
今はローラも背中に居ない。本気を出した。ただ速さだけを求めて地面を蹴る。『冥神の寵愛』は望み通りの働きをしてくれた。触れる木々を全て吹き飛ばしながら、とにかく前へ。
空気の分厚い壁を破り、見える景色を間延びさせながら加速する。
1キロ先なんて今の俺からすればゼロ距離に等しい。
問題は止まる時だ。
「キィロっ! 無事か!?」
「あぁ、なん」
普通に止まったら慣性で爆発を起こしちまう。肉球でどうこうなるスピードじゃない。ゴブリンだけならそのまま吹き飛ばしてもいいが、それじゃあローラまで死ぬ。
「と」
選んだのは結界魔法だった。
回復と並ぶ、神からの祝福で得られる基本魔法。この瞬間まで一度も使ったことは無かったが、俺の直感はコレがベストだと告げていた。
「か」
ブレーキの瞬間、俺の周囲10メートルを結界で包む。
慣れない魔法だから複雑なことはできない。『中と外を隔絶する』。一番シンプルな効果を発揮する。
「な―――……ッ!?」
止まった時に生じた全エネルギーを閉じ込め、瞬時に結界を縮める。
俺の体にぴったりと貼りつくように圧縮。加速と慣性でメチャクチャになった暴風空間を一身に纏う。
当然俺は全ての反動をモロに受ける。ゴブリンの攻撃なんざ比較にならないほどの衝撃が頭の先から尻尾までを満遍なく貫く。絶え間なく『冥神の寵愛』が発動していた。白虎として転生してから、初めて「魔力が減る」という感覚を味わった。
それでも無傷だ。
やっぱりこの体はすげぇ。それは間違いねぇ。
……中身がどうしようもねぇ雑魚なだけで。
風圧が収まるのを待って、結界を解く。
その時、俺が通ってきた道から轟音が鳴り響いた。音が追いついて来たらしい。
すぐ近くに折れた大木が降ってくる。
100体近いゴブリンキング共の間抜け顔が愉快だ。笑う気分じゃねぇけどな。
驚くだろ? 転移とほぼ同じ速度で追いかけてこられた気分はどうだ。
「ゴースト!」
その隙をついてローラがキングの拘束から抜けだし、駆け寄ってくる。
ゴブリン共は追ってこない。
俺を見て、ただ震えている。
体を一度伏せてから、ローラを迎え入れた。前足の間に彼女を入れて抱え込む。前世、地球で虎だった時、よく母親がしてくれていたように。
ここが最も安全な場所だと示すように。
彼女も身を寄せて、「ありがとう」と呟き、首にしがみついてくる。
「な……なんだ。なんなのだ」
さてと。
「なんなのだ、お前はあアあぁあアぁあ!!??」
許さねぇからな。
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