第22話 冥神の眷属・白虎 VS ホブゴブリン・グラディウス



「なっ、なんだこいつらは」



 背中のローラも動揺している。

 そりゃそうだ。

 目の前にいる敵の数は4体。

 その内1体は冠を模した角をしている。ゴブリンキングだろう。

 この間殺したばかりなのに、王様がポンポンと産まれてるってのは変な話だが……。

 まあゴブリンはネズミのように増えるとも言われてる。5日もありゃ出てくるのかもしれねぇ。

 コイツはいいんだ。


 おかしいのは残りの3体だ。


 外見の特徴はホブゴブリンだった。成人男性くらいの身長。緑色でブヨブヨした肌。不気味なほど肥大化した筋肉。額から突き出る一本角。不細工な顔面。

 どれも討伐難易度Eのホブゴブリン、そのままだ。


 だっていうのに、俺の一撃を耐えやがった。


 ……見た目がホブなだけで、実はハイゴブリンなのか? もう少し体がデカくて角が複数あったハズだけどな。

 いや、それ以前に、ハイだろうがキングだろうが、今の一撃で死なねぇってのはどういうことだ。


 おかしいのはそこだけじゃねぇ。



「獣で、そのチカラァ……そうか、そうかそうか。テメェが噂の災獣ちゃんだな?」



 喋っていやがるのだ。

 ゴブリンが。人間の言葉を。



「んで、それを操ってんのが上に乗っかってるメスと。まさか角無しの仕業だったとはなァ」



 前足で殴り飛ばしたホブゴブリンが立ち上がり、俺を―――背中のローラを指差した。

 俺の背中で彼女の体が強ばる。

 汚物をこねくり回したような色の瞳が気色悪い。粘ついた口をニチャニチャ開いているツラが頭にくるほど不愉快だ。


 直接視線を向けられているローラなんか、「ひっ」と喉を引きつらせ、声も出せていない。



「くっくっく、生意気そうなツリ目じゃねぇか。いいねェ……俺好みの、キツイ穴が空いてそうだぜェ。……キィロさんよぅ、獣の方は殺せってお達しだったが、角無しの方は好きにしていいんだよな?」


「ギガガゲガ」


「……ああ? なんでだよ、話が違うじゃねーか!」


「グゴギゴゲギグ!? ゲッガーギグ!」


「んなもん今聞きゃいいだろうが! おいメスゥ! お前クルーを殺したか!?」


「グゴゲゲガググ!!」


「うるっせぇなぁ!? つーかアンタ、いつまで暗号発声で喋ってんだよ! あのメスを尋問する時もそのままのつもりか!?」



 ゴブリン共が言い争いを始めやがった。

 片方は普通にギゴギゴ言っているが……会話が成立しているってことは、こっちも人語を理解しているって事か?


 ……。


 まあいいや。

 俺は学者じゃねぇんだ。あいつらの生態なんざ知ったことじゃねぇ。

 喋れた所でゴブリンはゴブリンだろ。とりあえず殺しときゃ間違い無いだろ。


 さっきの一撃で死なねぇなら……次はもっと力を込めてやる。



「ふーっ、ふーっ、ふーっ」



 おっと、それどころじゃねぇな。

 連中がグダグダしている内に、とにかく怯えきっているローラを落ち着かせねぇと。


 背中を揺すってから顔を空に向け、フンと鼻息を漏らす。

 「俺はやる気マンマンだ、任せとけ」というジェスチャーだ。伝わるかどうかは分からん。

 だが、こういう風にアクションを起こすと、ローラの注目がゴブリンから俺に移る。



「ゴースト……」



 心配すんな。ローラ。

 俺は神の眷属だぞ。

 思ったより強かろうが、ゴブリンなんざ瞬殺だ瞬殺。



「そうだ……私にはお前が付いている。……っ、やるぞ。奴らを市民の……仲間の元へ行かせるわけにはいかない!」



 背中から小さく呟く声が聞こえ、首の根元を力強く撫でられた。

 強張りは解けたようだ。これなら戦っている最中に落ちたりしないだろう。


 ゴブリン共はまだ喚いている。

 


「嫌だね! 俺ァ、暗号発声なんて面倒クセー真似絶対しねぇ! 大体、アンタに命令されるいわれが無ぇーっつんだよ!」


「ガグギギゴガ!」


「まあ、一旦落ち着かれよキィロ殿。拙者もシフルス殿に賛成だ。我らは軍属と違って暗号発声に慣れておらん。戦闘中に隙になるようなことは避けるべきだ」


「オラ、ニンジャ君もこう言ってんだろ! ボクサー君、お前もそうだよなァ?」


「俺ゃー何でも構わねぇけどなー? まあ普通に喋った方がいいんじゃね?」


「オラ! 多数決だ! さっさと止めねーと、俺ぁ帰っちまうぜ!?」


「……………………ゴライル様の定めた法に従わん、クズ共が。これだから闘冠級グラディウスを使うことなど反対だったのだ」


「ああ!? 何だとこのザコ助!」


「落ち着かれよ、シフルス殿。暗号発声を止めたのだ。キィロ殿も我らの言ったことに賛成しているのだろう? これ以上揉める前に、あの災獣使いに対処しようではないか。逃げられてしまうぞ」


「角無しのメスかー。槍は持ってるけど、普通に弱そーだなー。獣の方も見たことがねぇー。操ってんのは何かの道具かな?」


「恐らくは。つまり、あの獣は本来の実力を発揮出来ていないと思われる」


「一撃が重いだけのタイプか。ドラゴンブレス並の威力があんなら、クルーの旦那もやられるかもなぁー……あ、キィロの旦那。獣を操ってる道具は回収かー?」


「いや。欲しい所だが、不確定情報が多い。今は産兵作戦続行のため、脅威を取り除くのが先決だ。気にせず全力でやってくれ」


「ったりめぇだ! 畜生如きがこの俺の顔面に一発入れやがったんだぞ! 許さねぇ!」


「しかし、わざわざ角無しのメスを殺す必要はないであろう。苗腹として優秀そうだし、クルー殿の件も尋問せねばならん。産兵を重視するならアレは確保した方が良いのでは?」


「可能ならそうして欲しい。が、弱そうでも油断するなよ。クルー閣下を一方的に殺した相手だ」


「ハッ。誰に言ってんだかー。なんなら俺が一方的に殴り殺してもいいけどー?」


「ふふ。我が『時元刀』で一突きにしても良いが……ここは、シフルス殿に譲るべきであろう」


「ッしゃあ! 3人とも手ェ出すなよッ!」



 ギゴギゴ言ってたゴブリンキングも、結局普通に喋ってやがるなぁ。

  

 俺とローラは連中が夢中でお喋りしている間に、冒険者の生き残りがいるかを確認した。

 さっき斬られそうだったのを含めて、元気そうなのは4人。ざっとだが、倒れている奴も何人かは息がありそうだ。


 よかった。

 俺が索敵をサボってたせいで全滅されたら、いよいよドミス達に顔向けできねぇ所だった。



「おい、角無しのメスゥ!」

  

 

 人語を喋るゴブリンの内、2番目にガタイの良いのが前に出てくる。

 俺がぶん殴ったヤツだ。

 角や体格はせいぜい「強いホブゴブリン」って所だが、腕の太さが他とは違う。目つきや歩き方にも武威がある。身に纏っている魔力はただごとじゃない。

 自分の身長よりも大きな剣を軽々と手にし、切っ先をこちらに向けてくる。


 完全にやる気だ。

 


「テメェは俺たちの苗腹に決まった。俺ァ手足をにしながら突っ込むのが好きでなァ。なるべくなら、もいじまいたくねぇ。その獣から降りろ」


「…………」


「あ? 言葉が通じてねーのか? その災獣は頭を切り落とさなきゃならねぇ。乗ったままだとテメェの価値が落ちちまうって言ってんだぜ」


「ケダモノと話す口など持たん」



 ローラは俺にだけ聞こえるくらいの小声でそう言うと、座り位置を変えた。槍を構えたんだろう。

 言葉は届かなくても、彼女の意思は態度で分かる。

 ゴブリンの額に太い血管が走り、顔が醜く歪んだ。



「ああッ!?」


「うはっ、おーいシフルス! お前拒否られてんじゃーん!」

 

「うるッせぇッ! おい角無しィ! テメェ俺の種が受けられねぇってのか。劣等種族の分際で舐めてんじゃねーぞォォォオオッ!!」



 纏っている魔力が数倍に膨れあがった。

 スキル発動の前兆だ。

 来る。



「『千変万化・雷霆』! ―――ッオオオラァ!」



 雷のような速度でゴブリンが駆けだした。


 ヤツが手にしているのはバカみてぇに幅の広い剣だ。繊細さなど一切無い造りで、攻撃範囲と威力だけを重視しているのが一目で分かる。

 切っ先を空に向ける最上段の構えだ。真正面からフェイントも混ぜずに斬りつけてくるあたり、防御力に自信があるクチだろうな。


 俺もそうだ。


 脳天を叩き割ろうと上から迫って来る大剣に合わせ、後ろ足で体を起こす。頭突きで応戦だ。刃と額がかち合った。『冥神の寵愛』が魔力を食う。押し勝ったのは当然、俺だ。驚いたことに大剣の方は壊れなかったが、それを支えるヤツの腕が剣より脆い。


 骨が折れ、筋肉が千切れる歪な音。 


 衝突の負荷を受け止めたゴブリンの肘が花火みたいに破裂した。



「ギャアアァアアッ!?」



 汚ぇ悲鳴を聞きながら、苦悶を浮かべるゴブリンに向かって前足を振り下ろす。

 バックステップで避けようとしてるが、クソ遅ぇ。



「ッく、『千変万化・金剛』―――」



 普段は収納している俺の爪は、伸ばすと10cmにもなる。

 どんな魔剣も目じゃない自慢の武器だ。

 そいつがヤツの柔らかい肩を、腹を、身につけていた金属鎧を、いとも簡単に引き裂いていく感覚を味わう。



「―――ごぶッ……嘘、だろ……ッ」



 粉々にするつもりだったんだが、直前に何かのスキルを使いやがったな。

 原型を留めている所を見るとかなり強力な防御スキルだろう。


 しゃらくせぇ。

 

 ゴブリンが鮮血と内臓をまき散らしながら、うつ伏せに倒れ込む。

 その後頭部に、もう片方の前足を叩きつける。ビシャリと水が弾ける音がして、それが留めになった。




 1匹目。





「はぁ?」

「お?」

「なっ、シフルス殿―――ぐあ!?」



 残りが間抜け面を晒している間に距離を詰める。

 一番近かったゴブリンに飛びかかった。

 コイツも触っただけで爆散するほど雑魚じゃあない。

 が、それだけだ。



「は、離せ! 『時元刀・待機解除』……ッ」



 力は大したことないな。後は頭を食いちぎって終わりだ。



「舐めるなァァ!」



 頭蓋骨を噛み潰す瞬間、奴は最後っ屁に、いつの間にか持っていたナイフを目に突き刺して来やがった。

 この体勢じゃ避けられねぇ。まあこんなもんで傷つくワケねぇだろ。

 と、高をくくっていたら、刃が眼球に触れる直前にいきなり消えた。


 頭の中に激痛。

 脳漿が直接抉られてる。

 イテェ!

 思わず、歯を思いっきり噛み締めた。



「グギャ」



 旨くもねぇ血の味がする。


 一瞬、目の前が暗くなりかけ、即座に『自意識過剰』が引き戻してくれた。


 あークソ、びっくりした。


 空間魔法が付与された魔剣か。

 あらゆる守りをすり抜ける神話上の武器だ。そいつで脳を直接攻撃って、そりゃどんな生き物だって即死だろうなぁ。

 『冥神の寵愛』があったって、魔力を食わせる前に死んじまったら意味が無ぇ。

 まさに一撃必殺、不死身の化け物でも殺せる攻撃ってわけだ。


 でも残念。


 俺のユニークスキル、『自意識過剰』は燃費のクソ悪ぃ常時発動型でな。

 俺は何があろうと一瞬も気絶しない。つーか出来ない。ポンゾの頃から、即死だけは絶対にしない体質なんだ。

 そして、脳みそが僅かでも動いているなら、『冥神の寵愛』は余裕で発動できる。


 脳内に入った魔剣の刃が、脳圧で粉々に砕けた。傷ついた脳細胞が瞬時に再生する。剣の方は文字通り粉々だ。砂よりも遥かに小さい粒になり、血管へと吸収されていく。

 たぶん、その内ションベンと一緒に出て行くだろう。

 神様の粘土細工だからな。体の中もデタラメなんだ。


 俺を刺したゴブリンは、勝ったと思ったのかニヤケ面で息絶えていた。

 頭の上半分を食ったから口しか無くて気持ち悪い。

 残りも潰しておくか。




 2匹目。




「……ッ猛き山龍よ! 我が生涯をお返しする! ―――終ノ奥義『山崩拳』!!」



 ドン、と地面が揺れる。感じたことの無いほど莫大な魔力がこっちに向かって来る。見れば、近寄って来た3匹目が正拳突きを打って来ていた。今の揺れは踏み込みか? 

 アホみたいな量の魔力を纏った拳が、背中のローラを狙っている。

 足を砕いて俺から降ろすつもりか。


 即座に体をずらし、脇腹で受けた。

 ヤツの拳が毛皮にめり込む。


 驚いたことに、白虎に転生して初めて衝撃を感じた。


 腹の肉がプルプル揺れたのだ。

 ちょっと気持ちいい。『冥神の寵愛』を貫いてマッサージして来やがったぞ。


 ……マジで山を崩せる威力だったりしてなぁ。


 さっきの魔剣といい、どうなってやがる?

 やっぱりコイツらただのホブゴブリンじゃねぇ。



「あ……、あ……?」



 自分の拳を食らって平然としている俺に驚いたのか、格闘ゴブリンが汚ぇ目を丸くしている。何かゲッソリしてるが、どうしたんだ? 急に年老いたようにも見えるな。


 

「グランボルグ!」



 そんな隙を突いて、ローラが槍技スキルを放った。

 あんだけ激しく動いたのに、落ちるどころか攻撃を放てる。

 騎乗スキルの凄さだろう。



「うおッ!?」



 格闘ゴブリンが慌ててガードする。

 防具もない皮膚で弾かれていた。残念ながら、彼女の技ではコイツを傷つけられないようだ。


 でも充分だぜ。


 足下にあったナイフ使いの死体を咥え、首を振って格闘ゴブリンに叩きつける。防ぐ必要の無い攻撃を防御し、無駄に姿勢を崩していたはヤツは為す術無く地面に倒れた。受け身を取って立ち上がろうとしているが、俺の方が速い。

 前足で地面に押さえつける。


 コイツも頭でいいか。



「ちょ、待っ」

 


 これで3匹目だ。


 あと1匹だったよな?



「嘘だ……ッこんなの嘘だ! 『龍堕ろし』が、『時渡り』が、『百環剣』が……卑しくも武の頂点たる、闘冠級グラディウスが……一瞬で……!」



 あのキングで最後か。

 さすがにホブよりは強ぇよなぁ。

 さっきから予想外が続いてる。念のため、『冥神の寵愛』の自動強化よりも多めに魔力を込めとこう。



「次でラストだ! 仕留めるぞ、ゴースト!」


「ガルルァ」



 魔力充填完了。



「ひっ、ひいぃい! 来るなぁ!『エスケープ・スフィア』ァ!」



 最後の1匹、冠角のゴブリンキングと思しきヤツは、俺が跳躍しようと身を屈めると、即座に懐から妙な玉を取り出した。

 爪の先ほどの小さなそれは、魔道具だったんだろう。呪文を唱えた瞬間、俺が飛びかかる前にヤツの姿は一瞬にして消え去ってしまう。



「くっ、どこにいった!」



 『瞬閃のハルト』みたいな高速移動か、はたまた透明になれる道具かと思って構えたが……しばらくしても何も起きない。


 五感を強化して探ってみると、1キロほど離れた場所に臭いが出現するのが分かった。


 噂に聞く転移ってヤツかな?

 どうやら、単純に逃げただけらしい。

 何か泣いてたしなぁ。

 戦意喪失したんだったらすぐに追う必要もねぇか…………いや?


 おいおい……。

 逃げた先にもゴブリンがいやがるぞ。

 数は100、くらいか? 

 魔力の強さがさっき殺した連中くらいある。全員だ。


 ……ふざけんなよクソが、あんなもんが何でポンポコ湧いてんだよ!

 


「あのキングは逃げた……? 勝った、のか?」



 フンフンと宙に向けて鼻を動かす俺に、ローラが話しかけて来る。



「ガル」


「違う? まだいるのか……」



 俺が首を横に振ると、気の抜けた声を出して背中に全身を預けてくる。

 

 分かるぜローラ。

 イライラするよなぁ。鬱陶しくてしょうがねぇ。


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