第21話 襲撃
森の木々の間を走る。
もちろん鞍なんて無いのだが、背中のローラは安定していた。片手で体毛を掴みながら、もう一方では槍を持っている。馬とも全然違うはずなのに、重心の移動だけで乗りこなしているのだ。
地味に凄ぇ。
微妙に魔力の匂いがするから、きっと騎乗スキルを使っているんだろう。
「狼煙の方に向かう前に、虫どもがまた沸いていないかチェックしよう」
彼女の重心に合わせて走る方向を決める。
『虫』というのは、冒険領域に生息する魔蟲のことだ。
ゴブリンの巣の周辺に存在する厄介そうな生物は、俺が5日前に掃除した。その時、大半は俺と戦う前に逃げ出したわけだが、中には離れるのではなく、引きこもることでやり過ごそうとした連中もいた。
巣を作るタイプの魔蟲もそれだ。この手の虫は移動能力が乏しいからな。まあ、狩りの方法も罠を作って待ち伏せるスタイルだから、積極的に人間を襲うこともない。そんな訳で今まで放置していたのだ。
なんでそんな虫の話題が出たのかというと、話は2日目の朝まで遡る。
きっかけはフラシアのお漏らしだった。
あの後、結局彼女はズボンが乾くまでおケツ丸出しで過ごす羽目になったのだが、これが問題になったのだ。
道徳的な意味ではなく、衛生面で。
現状で彼女たちが着ているのはゴブリンの死体から剥ぎ取ったものなんだが、俺が派手に殺したせいもあってボロボロだし、血や脂が染みついていて不衛生だった。山になっていた死体はフラシアが土に埋めたので替えも無い。
レイシアも、「このまま救助が来るまで何日も過ごすのは良くない」と眉をよせていた。
どうにかして清潔な衣類を手に入れる必要があったのだ。
そこで村娘の一人が提案したのが、魔蟲の吐く糸を採取して服を作る、という案だった。
この辺は、さすが開拓民だと思ったな。
冒険者に依頼を出す側の発想だ。『縫製魔法』のスキルを持った娘も沢山いたし、針は木材や魚の骨を利用して簡単なものを作れると言う。
第一優先は狼煙を作って煙を絶やさないよう維持することだったので、なかなか着手できていなかったのだが……5日目、つまり昨日になるとある程度の余裕ができた。
それで、スゥンリャ、ドミス、ローラの3人と俺で虫狩りを行ったって訳だ。
まあ3人はろくな装備も無い状態だし、戦ったのはほとんど俺だけどな。
ちなみに、その時もローラを背中に乗せていたので、村娘たちには彼女の武勇伝として伝わっている。
「ううむ、同じ場所には流石にいないか……。仕方ない、夕方にでもスゥンリャを連れてまた探しに来よう」
「ガルル」
「なんだ? ゴースト」
「ガウッ」
「あっち? あっちに何かいるのか……まさか、虫か?」
「ゴフ」
「そんなことまで分かるのか! お前は本当に偉いな!」
ワシャワシャ撫でられる。
若い女にもみくしゃにされるの、最初は俺の中のポンゾが恥ずかしがっていたんだが……この数日で慣れちまったなぁ。
何なら嬉しいくらいだ。
ローラが美人だからってわけじゃなく、たぶん誰にやられても気持ちいいだろう。
自分じゃ、背中や首を舌で毛繕い出来ないからな。
「しかし、狼煙とは逆の方向か……」
ローラが空を見上げる。
木々の隙間から黄色がかった煙が見える。森で材料を集めてドミスが作った狼煙だ。
「よし、まずはあっちを確認しよう。皆、冒険者を待っているのだ。虫は逃げないだろうし、やはりスゥンリャが居た方が探しやすいしな。報告を終えてから、夕方にでももう一度行こう」
「ガウ」
「賛成してくれるか?」
「ガフッ」
「よーし! では狼煙に向かうのだ!」
楽しげなローラの声に合わせて走り出す。
集団ってのは苦手なんだが、たまにはこういうのも悪くない。そう思うようになってきていた。
……正直に言おう。
この時、俺は自分の力に酔っていた。
冒険領域という場所の恐ろしさ、厭らしさ、魔獣という存在の脅威。
30年培ってきた冒険者としての経験を、たった6日で忘れ去っていたのだ。
◆
狼煙に近づいてすぐ、違和感に気づいた。
臭いがおかしい。
元々、冒険者が使う狼煙は、煙に色を付ける素材のせいで独特の異臭がする。今回のは特に目立たせようとしたせいで臭いもキツかった。今の俺は鼻が効きすぎるし、ローラと共に毎日2回も周辺を見回っている。
だから初日にやっていたような、『冥神の寵愛』で五感を強化して常に周囲を探る、ということまでは「しなくていいだろ」、なんて思っちまっていた。
馬鹿野郎。
なんてザマだよ。
もっと早く気づけたはずだろうが!
「誰か……戦っている?」
近づくにつれ、ローラも異変に気づいた。俺の五感には剣檄の音と悲鳴、そして血の臭いが届いている。
1人や2人じゃない。
大勢の人間が今、狼煙の元で殺されている。
―――間違いなく調査に来た冒険者だ。
ドミスたちが心待ちにしている脱出への希望だ。
そして、彼らを襲っている気持ち悪ぃ体臭は……。
クソ!
自分への苛立ちで走る速度が上がっちまう。
だが、ローラは文句も言わずに姿勢を低くして俺にしがみついてくれた。
狼煙のある場所へ到着する。
尻餅を着いた冒険者が1人、斬られようとしていた。
「ゴルルルァ!」
煙で視界が悪い中を突っ切り、手前で倒れている人間たちを飛び越えて、今まさに大剣を振りかぶっていた醜い顔面に、前足を叩きつける。
「ギギュ!?」
ゴブリンキングなら跡形も無くなる一撃だ。
そのつもりで強化し、殴った。
しかしその野郎は、原型を留めたまま大して吹っ飛びもせず、地面を転がるだけだった。
金属の兜も被っていない、むき出しの顔面だったのにも関わらず、だ。
明らかにキングより強い。
討伐難易度Aの、英雄が複数人で相手取るような魔獣よりも、遥かに強い。
有り得ねぇだろそんなの?
ゴブリンキングってゴブリン種の頂点だったはずだろ。
何だコイツらは。
「いっ……てぇェェェ! クソッタレがぁ!」
「獣……? 『金剛』状態のシルフス殿を吹っ飛ばしただと?」
「ギ、ゲギガガ! ゴギゲガギギゴ!」
「あ? あーあー、そっかそっか。おーいお2人さん、さっきから暗号発声ができてねぇってよ! キィロの旦那が気を付けろってキレてるぜー!」
「ゴガゲガゴ!」
「うるッッせぇ! ンなこたァ今どうでもいいんだよッ! ブチ殺すぞ!!」
……本当にゴブリンなのか?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます