第20話 順調な脱出計画
転生してから6日が経った。
つまり、人間たちと出会ってから6日目だ。
「見て下さい、ドミスさん! 森リンゴがこんなに採れましたよ!」
「クルミとキノコも見つけた。お手柄?」
「おーっ、2人ともいいじゃないか。スゥンリャもさっき、でっかいソード・トラウトを釣って来たんだよ! 今晩は豪勢になりそうだねぇ」
俺は相変わらず、ゴブリンの巣の前で寝転んでいる。
ドミスたちがここを脱出計画の拠点にすると決めたからだ。
外から見ると小さな洞穴にしか見えないが、元はゴブリンが数千匹暮らしていた施設だからな。中は地下に向けてアリの巣状に広がっていて、意外と居住性は悪くないらしい。
俺は入っていないから内装を見たわけではないが、随所に魔法が使われていて、トイレや炊事場なども備わっているという。
とはいえ……本当なら使いたくねぇはずだけどな。あの中でどんな事が行われたのかを考えれば。
それでも、ドミスは生き残るためにここを使うと決めた。その決定に、200人の村娘たちは誰一人反対しなかった。
逞しいもんだ。
開拓村の住民っていうのは、ただ守られるだけのひ弱な存在じゃない。この数日でそれを思い出した。
「こっちの木、どーすんの?」
「ウィンド・トレントは薪! 炊事場に持っていって!」
「あ、そっちで余るならお風呂に欲しいー」
「昨日ローラ様がやっつけた虫の糸、使えそうだよ!」
「でも新しく作るには足りないね。今は補修をするだけかな」
彼女らは冒険領域から脱出できないまま、もう一週間近く過ごしていることになる。普通だったら地獄なはずだが、表情は悪くない。
ドミスたちだけではなく、村娘たちにも笑顔が見られる。
役割ができた事が良かったのかもしれない。
いざ拠点を決めて、脱出計画が成就するまでの間生活する、となった時に、活躍したのは村娘たちだったからな。
元々開拓者である彼女たちは、森から得た素材で生きる知恵と技術を持っている。木材の加工や調理なんかだとドミスたちの出番が無いくらいだ。
3日も経つと、集団の中心はすっかり村娘たちになっていた。
最初は治療に奔走して崇められていたレイシアも、今は楽しそうに野草採取の仕方を教わっている。
フラシアは魔法で建築、加工、姉の採取を手伝って引っ張りだこ。
スゥンリャは近くの川で食料になる小型の魔獣を爆釣し、ドミスはリーダーというより、全員の意見をまとめる長老みたいな役割になっている。
当初は主導権を握っていた彼女たちは、皆を引っ張っていくというよりも、それぞれが得意なことを活かして生活のために貢献していくようになった。
余裕が無かった頃は衝突気味だった彼女たちだが……これが本来の姿なんだと思う。
支え合わないと生きていけない辺境出身者は協調的だし、神官姉妹は根っからの善人だ。威張りたいだけのワガママな奴がいないお陰で、拠点の空気はかなり明るい。
「皆、頑張っているな。よぉし! 私も働くぞ!」
そんな中で、ちょっと浮いていたのがローラだった。
彼女だけは、貴族出身だったせいでサバイバルスキルが皆無なのだ。おまけに超が付くほど不器用な上、単純な腕力は村娘に劣るという事実まで発覚した。
肉体労働と武術って、使う筋肉が全然違ぇからなぁ……。
やる気満々のローラが水くみでさえまともに出来ず、村娘たちから遠回しに「手伝わなくていい」と言われているのは、見ていて辛かったくらいだ。
こういう状況だと、どうしても役に立たない奴は浮いちまう。騎士として、『市民を護る』という点にプライドを持っている彼女にとっては辛い事だろう。
そう思ってハラハラしてたんだが……あっさり何とかなった。
何のことは無ぇ。
ローラは俺の担当になったのだ。
役立たずどころか、この拠点を守る最重要人物扱いだった。
俺の背中に乗り、拠点の周囲を警備して回るのが今の彼女の仕事だ。
「ゴースト、これを食え」
槍を携えた彼女が近寄ってくる。
手には干した魚を持っていて、それを俺の鼻先で揺らした。
いい匂いだ。何か巻き付いている。香草か? こんなものまで見つけてたのか。
遠慮なく食いつくと、ローラは満足げな表情で俺の頭を撫でた。
「ガウッ」
「よしよし、良い子だ。今日も頼むぞ、ゴースト」
ちなみに、ゴーストってのは俺のあだ名だ。
『ガイドポスト・レイ』に引っかかるのが由来で、最初はフラシアが「ゴーストいぬ」と呼んでいたんだが、言いにくいということでゴーストになった。
白虎って名前の種族なんだけどなぁ。
この分じゃ呼ばれることは無さそうだ。
「ローラ、見回りかい? だったら頼みがあるんだけどね」
「ドミスか。糸が欲しいという話か? 虫を見かけたらまた狩って来るぞ」
「いや、もちろんそれもなんだけどね。狼煙の様子も見てきて欲しいんだ」
「うん? 昨日材料を足したから、明日の昼までは大丈夫なのではないか? 昨晩の見回りで、スゥンリャが問題無いと言っていたが」
「煙が消える心配はしてないよ。そうじゃなくて、狼煙を上げてからもう4日と半日だろう? アタシの勘じゃ、そろそろかなと思ってねぇ」
「おおっ、そうか! 冒険者が来ているかもしれないのだな!」
「まあ、狼煙のある場所に留まったりはしていないだろうけどね。でも来ていれば、狼煙の周りを絶対に調べるはずさ。生存者へ向けたメッセージを残しているかもしれないから、それを探して欲しいんだ」
「メッセージ?」
「ああ。冒険者同士の符号でね。狼煙を見つけたヤツは、近くにある世界樹の幹に刃物で丸を描くんだよ。これは『生存者はいるか』という意味。その中にもう一つ丸を描いて二重丸にすると、『生きている、近くに居る』って意味になる。このやり取りを一日以内に交わせたら、別の合図を出して合流するのさ」
「なるほど」
ドミスが立てた脱出計画は、複雑なものではなかった。
自ら動くのではなく、緊急事態を知らせる狼煙を上げて救助を待つ。それまでは、ゴブリンの巣を拠点にして生き残る。それだけだ。
普通なら、あまり良いとは言えねぇ案だろう。
そもそもこういう森の中だと空が狭いから、近くに居る冒険者にはまず気づかれない。すぐに寄ってくるのは、臭いに敏感な魔獣だけだ。
味方にスルーされて敵にだけ居場所がバレるワケだ。
怪我や遭難で助けを求めたい時に使う手じゃない。
狼煙っていうのは本来、最後の手段なのだ。「自分はもう死ぬが、何としてもここをギルドに調査してもらいたい」みたいな意味で上げられる事が多い。
それこそ……ゴブリンの巣を発見したが、報告に戻れそうにない時、とかな。
だが、そういう意味が込められているからこそ、開拓村にある冒険者ギルドでは毎日狼煙があるかどうかを観測しているし、上がっているのを見つけた時には、万全の準備を整えた冒険者が派遣される。
「冒険者と合流できれば、市民たちを無事に帰せるわけだな?」
「そうなるね。まあ、調査に来ているのは少数だろうから、一度戻って応援を呼んで来てもらわなきゃならない。こっちの数が多いから一度で全員帰せるとも思えないし、全部終わるにはしばらく掛かかるだろうけど」
ある程度時間が掛かっても全員で確実に脱出する。
そのために、救助が完了するまでじっくり待てる拠点を築く。
それがドミスの立てた方針だ。
「急いで市民に被害が出るよりよっぽどいい。幸い、皆も悲観していないようだしな……。本当に、開拓民の精神力には驚かされる」
「何言ってんだい。そりゃアンタのお陰じゃないか」
「世辞などいらないぞ。私は火を起こすことさえできないんだ」
「持ち上げるつもりなんて無いさ。でもね、冒険領域の中でこんな悠長な作戦をとれるのは、ローラがこの子を手なずけてくれたからなんだよ」
ドミスが俺の頬毛を撫でる。
人によって好きな場所違うんだよな。
「この子だって、誰が指示しても芸をするわけじゃないだろ? もう、『ガイドポスト・レイ』を使わなくても言うことを聞くようになったじゃないか。スゥンリャも驚いてたよ。きっとローラとゴーストは奇跡的に相性がいいんだ、って」
「……ふん、こんなものはただの偶然だ。褒められるようなことではないだろう」
「それでもさ。助かってるのは事実だからねぇ」
まあ実際は、ローラが役立たず化しないよう気を遣っただけなんだけどな。
フラシアの「お手」を無視した時は心が痛んだが、あんまり簡単に懐くと思われるのも良くない気がするしなぁ。
今後も彼女たちが冒険領域で活動するなら、魔獣を甘く見るのは致命的な欠点になっちまう。
「……まあ、貴様のように実力のある冒険者からそう言われれば、悪い気はしない。ありがたく受け取っておこう」
にやけ面で格好付かないことを言いつつ、ローラが俺の背中に飛び乗った。
「ふふ、ローラは姿勢がいいから騎乗するのが似合うねぇ。さすが騎士サマだ」
「世辞は受けないと言っている!」
「ははは、ごめんごめん。じゃあ気をつけてね。……ゴーストも、頼んだよ」
「ガウッ」
「ふん! 行くぞ、ゴースト!」
脇腹をポンと蹴られたのを合図に、小走りで歩きだす。
どうでもいいんだが、ホブゴブリンのボロ服を着て肉食獣に跨がる姿って、騎士っていうより蛮族っぽくねぇか?
ローラは照れ隠しをしつつ内心喜んでいる様子だけど、多分からかわれてるぞ。
ドミスも結構いい性格をしてるよな。
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