第25話 見えてきた脱出と白虎の今後


「ふぅー……。呪怨の炎とは……恐ろしい魔法だな。私たちの時に使った呪いとはまるで違う。やはりドミスの仮説通り、お前は私たちを遊び相手だと認識していたのだな。もし、敵と認識されていたのなら、こうなっていたわけか」



 ローラが妙に早口で、俺の頭を撫でまくってる。手が微かに震えていた。

 『冥火』を長く使い過ぎたせいだ。


 …………ちょっと落ち着こう。

 イラついて周りを萎縮させるなんて、中身が45の人間に許される振る舞いじゃない。


 魔獣どもへの怒りは、1人になった後で存分に解放すりゃいい。

 それまでは溜めだ、溜め。



「だが、だが。こうしてゴブリン共を討ち果たせた。しかも、あそこに」



 彼女の指先に目線をやると、地面に赤と黄色のマーブル模様をした玉が落ちていた。

 転移の魔道具だ。



「ヤツらが使っていた『ワープ・スフィア』がある。……もし、私が攫われないまま普通に戦っていたら、ゴーストはアレを壊してしまっただろうな」



 え?

 いや、最初から『冥火』のつもりだったけど。



「ふふ、ゴーストが私を守るために呪怨魔法で戦ったことが、結果的に最高だったわけだ……」



 あー、ローラ視点だとそうなるのか? まぁ俺が置いて行こうとしてたとか、思うわけねぇよな。


 つーか、『ワープ・スフィア』っていうのか。あの玉。


 どうやら、ローラは初めから知っていたみたいだ。そう言えば、ゴブリンキングが転移したこと自体にはあまり驚いてなかった気がする。


 ひょっとして、都会には普通にあるものなのか?

 俺はてっきり、ゴブリンの作った魔道具だと推理してたんだけどな。



「私を攫ったヤツがここに転移したということは、あれと対になる、同じ模様をしたスフィアをこの死体のどれかが持っている、ということだ……。それが見つかれば、森から簡単に脱出できるぞ」



 えーっとつまり、あの道具はニコイチで使うもので、対になる玉をそれぞれ持って離れていると、もう一方に転移できる……ってことでいいのか。


 なるほど。

 あの、影を泳ぐ大鎌のホブゴブリンは、起点となる玉を運ぶ役目もあったわけだ。


 ヤツに玉を持たせ、影を伝ってバレないよう俺たちに接近させる。それから注意を引くように指示し、上手く俺とローラを離せたら、ゴブリンキングが転移してくる。


 そういう手筈だったわけだな。


 つまり、あの『影遊泳』のゴブリンを始末できた以上、ドミスたちのいる拠点が同じ手の転移で襲撃される心配は無くなった、ってことか。


 まあ、隠密に優れたゴブリンがあいつだけとは限らない。

 やっぱ向こうに先手を取らせるべきじゃねぇよなぁ。



「……おおっ! あった! 見てみろゴースト、これが対になるスフィアだ。2つ揃えば、私が知る物と同じ性能ならだが、最大で5人まで一緒に転移できる」


 

 何にせよ、ローラが使い方まで知っているなら話が早ぇぞ。

 

 その後も彼女が死体を漁ると、『ワープ・スフィア』が出るわ出るわ。

 なんと、ここで死んだゴブリンキングは全員が持っていやがった。


 その数、48個。

 片方をギルドに届ければ、一度に120人が森を脱出できる計算だ。

 勝ったなこれは。

 スフィアを袋に入れた冒険者が2往復するだけで、ローラたちは安全な場所に帰れる。


 俺にとっても好都合だ。

 ゴブリンの方に突っ込んで行った後、彼女たちの脱出の道中だけが気掛かりだったからな。


 これで後顧の憂いはない。


 ローラと狼煙の所に居る冒険者たちを拠点に送り届けて、スフィアを使った脱出経路が纏まるのを見届けたら、その後は……お楽しみの時間だ。



「よぉし! 完全に想定外だが、素晴らしい戦果だ。これは皆も喜ぶぞ!」



 ローラはついでとばかりにゴブリンたちの武具を剥ぎ取り、キングの一人が持っていた空間魔法付きの荷袋に詰め込んでいる。

 たぶん、この袋だけでも一財産な代物だよなぁ。

 武具もかなり良い物だ。

 

 今の俺には必要の無いものだが、見てると人間時代の名残でテンションが上がるわ。

 

 普段しかめっ面の多いローラもこれにはご満悦だ。



「これらは皆に配ってやろう。ゴブリンに村を襲われて、森から脱出しても生活に苦労する市民が多いだろうからな。ドミスやスゥンリャも失った装備を補填できるし、……神官たちの治療行為に対価も支払える」



 鼻歌混じりで独り言だ。

 いや、俺に話しかけてんのか? 喉鳴らしといてやろう。



「カロロロ」


「ふふふ。それに、ゴースト。我が家の庭に、お前の立派な住処を立ててやれるぞ!」



 ……ん?



「やはり、戦場でお前のスピードを活かすなら、よい鞍が必要だ。この美しい毛皮に似合うよう、王都の職人にあつらえさせよう」



 あー、そうか。

 そういうつもりになっちまってたのか……。



「ああ、私が冒険領域で自分の騎獣を見つけたと知ったら……! きっと兄上は驚くだろうな!」

 


 ちょっとローラに気を遣い過ぎたかな。

 ……やっぱ慣れないことってするもんじゃねぇわ。

 群れるのも良くねぇ。


 ローラのへこんだ顔を想像して、罪悪感が湧く自分に驚いた。

 ポンゾのころは、人との別れにそこまで感傷を抱くタイプじゃなかったんだけどな。

 前世の記憶が戻った影響か? 仲の良かった飼育員が異動になると悲しかった覚えがある。


 情が湧いてきたってことは、本当に潮時なんだろう。


 正直、俺が人里で暮らすって選択肢は無い。


 人間は好きだが、もう檻の中で飼われるのはゴメンだ。せっかく力を授かって、強い存在になれたんだからな。


 今度こそ、野生の獣としての生命を全うしたい。そう思ってる。


 それに今は……次にやりたい事もあるしな。




 ◆




ローラと共に狼煙のあった場所まで戻り、生き残った冒険者を回収してから、改めて拠点に帰る。


 生存者は全部で7人だ。思っていたより生きていたな。直接助けた4人の他に、ポーションでギリギリ命を繋いだやつも3人いた。

 重傷者は、彼らが持参していた折りたたみ式のソリに乗せ、俺が引っぱって連れて行く。拠点に戻ればレイシアが何とかしてくれるだろう。


 俺たちが戻ってこなかったら自力で森を出るつもりだったそうで、ローラに言われて俺が紐を咥えて歩き出すと、すげぇ喜んでいた。


 コイツらたぶん、俺のことをローラの従魔だと思ってんだろうなぁ。

 まあ、本当の事を教えても面倒なだけだ。

 言う必要はねぇ。


 ローラもわざわざそこに触れることはせず、俺たちは何事も無く拠点まで帰還する。




「おかえり―――ってあれっ、副ギルド長!?」


「タルキスじゃないか! 何でアンタがわざわざ現場に?」



 出迎えてくれたスゥンリャとドミスが素っ頓狂な声を上げる。

 2人の視線は元気な冒険者の内、これぞ魔法使いっていう格好をしたおっさんの方へ向く。


 とんがり帽子に茶色のローブ、古そうな木の杖と片眼鏡。年齢はドミスと同じくらいか? 目つきが鋭くてなかなか迫力のある雰囲気だ。

 

 副ギルド長ってことは、冒険者ギルドのナンバー2だよな。

 若いのに大物じゃねーか。

 よく考えりゃ、あの場面で大した怪我も無く最後まで生き残っていたってことは、周りに庇われてたってことだもんなぁ。なるほど、重要人物なわけだ。呼び捨てにしている辺り、ドミスは知り合いかな?



「おお! これはドミスさん、生きておられたか! それに君は……」


「あーえっと、スゥンリャです。『ヒポグリフの風』の」


「ヒポグリフ……ああ! ゾット君のパーティーメンバーか!」


「………………はい」



 ん?

 気のせいか? 唐突にスゥンリャの声が低くなったような。



「ゾットたちは……生きてますか?」


「もちろんだ、元気だよ。確か今は、物資の輸送任務中だったかな?」



 ああ、仲間が心配だったのか。


 そもそも、拠点にいる200人は全員、ゴブリンに攫われてあの巣に連れて行かれたわけだ。その中でも、冒険者であるドミスとスゥンリャは、森で奴らと遭遇し、戦って負けた末に……って可能性が高い。

 ゴブリンは、人間の男を積極的に食うからな。

 目の前で殺されたりしてなきゃ、仲間の安否が気になるのは当然の話だ。


 いや……にしては、生きてるって報されたのにスゥンリャの表情が暗いな。

 なんかあったのか?



「ああ、そういえば……彼らは、『スタンピードの時、仲間が1人囮になってくれたから生き延びれたんだ』と泣いていたな。そうか、それが君のことだったのだね」


「あー…………へぇ。そうですか。あたしが囮に『なってくれた』。ふぅん」


「勇気があって、率先してパーティーのために尽くしてくれる、とても大切なメンバーだったと言っていたよ。あまりの悲しみように、埋葬費を寄付してくれる商人もいたくらいだ。君が生きていると知ったら喜ぶだろうね」


「あはは、そうですね。喜び過ぎて泣いちゃうかも。……いやそんなんじゃ甘いかしら」


「ん? どうした?」


「いいえ。気にしないでください。……すごく、個人的なことなんで」



 それだけ言うと、スゥンリャはタルキスから顔逸らし、その場から離れる。

 何だろうな、様子が変だ……って、あれ?


 こっちに来る。


 え? なんだ? 目ぇ怖っ。生気が感じられない。まるで『冥火』に焼かれた抜け殻のようだ。

 大股でぐんぐん近づいて来る。どう見てもブチギレてる。

 何で? 俺何もしてねぇぞ。

 逃げた方がいいか……いやもう遅いな。あっという間に目の前だもん。



「ねぇ、ゴースト。あたしにテイムされない? ゾット達に紹介してやりたいから」



 嫌だわ。

 一体何があったんだよ。 


 いや……知りたくねぇ。ロクな事にならなそうだ。

 

 すりすりと俺の前足を撫でながら「裏切り者」「見捨てたくせに」と呟くスゥンリャから必死に目を逸らす。



「グルル」



 俺の背中にはまだローラが乗っている。

 何か声をかけてやってくれよ。



「ふぅ。さぁて…………向こうでのことを報告してくるかな」



 ローラはわざとらしく言いながら、背中から降りてドミスたちの方に向かった。

 

 お前さっき俺を騎獣にしたいとか言ってなかったか?

 相棒候補がテイムされそうなんだぞ。どこ行くんだよ。



「いや、それにしてもドミスさんが生きていてくれたのは朗報だ。実に心強い」


「どうだかねぇ。正直戦力としては大したことないよ。仲間がみんな死んじまったからさ」


「これは……失礼を」


「いいんだよ。アタシの問題だからね」



 しかし、ドミスたちに近づいたら近づいたで、メチャクチャ重い会話をしている。

 ローラは話に入ることもできずにオロオロし始めた。

 馬鹿め。俺を見捨てるからだ。戻ってこい。


 そしてスゥンリャは俺の毛皮をよじるのを止めろ。ダマになってもこの体じゃ自力で解けないんだぞ。



「死んだやつの事は後でいいさ。それよりタルキス、今は優先すべきことがあるだろう?」


「……そうですね。一度、情報の擦り合わせをしても?」


「ああ。向こうで何かあったんだね? ここからでも派手な戦闘音が聞こえたけど」


「それは私から説明しよう!」



 くそっ、ローラのヤツしれっと混ざって行きやがった。しばらくはこっちに戻ってこないだろう。

 俺もなんか離れるきっかけないかな……「ふふ、この爪。なんでも引き裂けそう」……無さそうだな。


 一応、本当にテイムスキルを使って来たワケじゃないし、放っておくしかないか……。

 諦めて寝転がろう。


 そんな俺をよそに、タルキスとローラの口から、喋るゴブリン共のことや『ワープ・スフィア』の話がドミスに伝わる。転移を使った脱出の提案もなされた。


 外見通り腕利きの魔法使いだったタルキスは、魔道具についても明るかったらしく、「間違いなく上手くいく」と太鼓判を押してくれた。


 これでついに、ローラたちの脱出計画が成就するわけだ。

 周囲で話を聞いていた村娘たちや、重傷者の治療をしていたレイシアとフラシアの顔にも笑顔が浮かぶ。


 丸6日か。


 長かったような、短かったような。変な感じがするな。



「しかし、そうなると……」



 皆(スゥンリャ以外)が喜びに沸く中で、タルキスだけが難しそうな顔をしている。

 俺が助けた時は半べそかいてたんだけどな。今見ると副ギルド長の威厳を感じるから不思議だ。



「何かあるのかい? タルキス」


「ええ。いや、皆さんが脱出すること自体は全く問題ないのです。特に開拓村出身の方々は、1秒でも早く森を出た方が良い。部下の治療が済んだら、すぐに『ワープ・スフィア』を持たせてギルドへ向かわせます。今日の夜には安全な場所にスフィアを設置し、転移を始められるでしょう。そのつもりで準備をしてください」


「早い方がいいってのはアタシも賛成だけど……今日の夜? あと3時間くらいじゃないか。それで森を出られるのかい?」


「出られるのです、ドミスさん。今ならね。そして私の考える問題は、まさにそこに絡むことです」


「相変わらずもったいぶった言い回しだねぇ。何があるってんだい?」


「では、1つ単刀直入に伺いましょう。ドミスさん―――」



 タルキスの細い目がこっちに向く。

 なんだ? スゥンリャか? この呪怨魔法を吐き出しそうな女を、人里に戻すわけにはいかないのか。




「―――あの魔獣。誰かの従魔ではありませんね。なぜ放置しているのです?」



 

 やっぱ違うか。

 すげぇ睨まれてんなぁ……。


 もう最後だってのに面倒なことだ。



 

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