第84話 こいつを倒せば



 視界が光で埋め尽くされる。


 もちろん日光じゃない、全てが敵の攻撃だ。熱、水、酸、光、泡、風。目が痛くなるほどカラフルで、属性も規模もバラバラなドラゴンブレスが絶え間なく降り注ぎ、空間を焼いて地面を抉る。その嵐の中を駆け抜けた。


 避けるためじゃない。

 そんなもんは不可能だ。

 『冥神の寵愛』を頼みにして足を動かす。


 俺を囲む龍たちの数は千を超えているだろう。それが龍神により統率され、虫一匹通さない密度でブレスを吐いてくる。すでに小手先の技術でどうこうなるレベルはとっくに超えているのだ。あるのはただ、純粋な力比べ。ヤツらの息吹が俺を消し炭にできるか、それとも俺が連中の包囲を食い破るかだ。


 だけどな。


 

「おおおのれぇぇぇえ!!」



 そんな戦い、白虎の独壇場なんだよ。


 全身にドラゴンブレスを浴びながら、比較的低い位置に居る龍たちを狩って行く。ゆっくり味わう暇なんて無い。連中は仲間を巻きこもうがお構いなしだ。前足で首をもぎ取り、頭を噛みつぶすと、残りの肉は消し炭になってしまう。

 犠牲を出してでも、俺に継続してダメージを与えたいのだ。

 間違ってない。

 未だに底は見えないが、『冥神の寵愛』は確実に魔力を食い続けている。


 だが……それよりも、龍たちの残りが尽きる方が確実に早い。

 龍が減れば、ダメージも減る。


 もう勝負は着いていた。



「黒龍さまに仇成す愚か者が! 調子に乗るな!」



 ブレスの厚みが減るのを嫌ったんだろう。一匹の風ブレスを放つ龍が目の前に躍り出てきた。死にたいなら構わねぇ。遠慮なく飛びかかる。見えない空気圧の砲弾を頭突きで破り、突進を躱そうと羽ばたいた翼に前足の爪を引っかけると、膂力にモノを言わせて地面にたたき落とす。



「がはぁっ!」



 コイツは『大権』を使う黒龍の配下だ。『風樹王』とか言ったかな。体を抑え込んだ途端に周囲から植物が湧き出してくる。氷のヤツと違って2属性を操るらしい。



「この!」



 上空には魔法陣がすでに描かれている。

 暴風が地面から上へ、俺を吹き飛ばそうと吹き荒れた。それに乗って草木の枝や蔓が絡みついてくる。龍たちの攻撃で更地になった場所を、1秒も経たずに大森林へと変貌させられる力。植物と、その種子を運ぶ風の権能。


 すげぇ能力だが、この一瞬じゃあな。


 風も草も一切構わずに喉元へ食らいつく。



「ジブンごド、やってくダさいッ!!」



 首を噛み潰される寸前に、風樹王が叫ぶ。

 相打ち狙いか? いや、確かにコイツは前足の一撃を躱そうとしていた。地面に落とされてから方針を変えたのだ。一瞬で己を捨て、俺を殺すべく決断した。



「くた……ばれ」



 直後、何百条もの光線が上から降ってくる。逃げ場を潰すような豪雨ではなく、一点集中の滝のようなドラゴンブレスの束。威力は当然桁違いだ。風樹王の体は一瞬で蒸発した。『冥神の寵愛』が凄まじい勢いで魔力を食う。それでも、肌にピリピリと痛みを感じた。


 やるじゃねぇか。



「ガァオオオオッ!!」



 内臓を焼きながら空気を吸い込み、思い切り吠える。腹で圧縮した魔力が口を起点に広がり、空間を揺さぶる。連中のドラゴンブレスと衝突して、両方がかき消えた。


 それを確認する前に跳躍する。

 ドーム状に空から囲んでいた連中の一角。一番威力のあるブレスを放っていた、体がデカくて魔力の濃い……龍神に向かって前足を振るう。

 濃い青色をしたソイツは流石の反射神経で反応すると、翼と尻尾で体を包むように丸くなった。それごとぶち抜くつもりだった、が、滑る!? つるりとヤツの鱗をなぞり、氷の上でコケたように、俺の体はそのまま宙を舞った。


 何だ!?



「ふはは! 我に打撃は効かぬ! ……ソウ! 我が抑える、その間に!」



 シャボン玉が浮かんでいる。

 石けん的なアレか。どんな権能の龍神だよ。



「すまんアイ! 貴様ら列を組み直せッ! 水渇姫、もういちど大権を!」


「いっ、いいんスか!? さっきみたく巻きこんじまいますけど!」


「良い! ヤツ相手に長期戦など無理だ!」



 空中でくるりと身を捻った。

 向かって来る藍色の石けん龍へ、尻尾の神性を思いっきり噴出してぶつける。やり過ぎると俺の体が飛んでしまうから、一瞬だけだ。剣で斬り下ろすようなイメージで尻尾を上から下に振り、瞬間的に神性を出す。

 スキルでも何でも無い神性の塊なので、これ自体に白虎パンチほどの威力は無い。藍龍も平気そうだ。それでも……顔面についた石けん水を飛ばすのには充分だな。

 

 向かってくる勢いを利用して、「なっ」トカゲの目を見開くヤツの顔を殴る。「にぃ」今度こそ首が取れた。



「ッ早く!」


「『大権・水渇世紀』!!」


 

 残った藍龍の首を咥え、姿勢を正して着地する。

 残りの龍神は2匹。指揮を執っている草っぽい色の龍と、大権を持つ水色の龍。

 後者の能力はちょっと厄介だ。周りの空気を異常に乾燥させる能力。ついさっき風樹王が生やした草木が瞬く間に枯れていく。


 これじゃあせっかく仕留めた藍龍が干し肉になっちまう。

 急いで味見だ。

 


「あ、アレ……効いてないんスけどぉ!?」


「何故だ、確かにさっきは動きが鈍って……まさか、適応したのか」



 おお、けっこう旨いぞ。

 噛みしめるとシュワシュワした肉汁が出てくるのが面白い。少し花みたいな香りもするな。脂もあっさりしていて、ずいぶん爽やかな口当たりだ。

 

 これは……とっておくべきか。

 干上がっちまう前に、咥えて勢いをつけ、放り投げる。

 方角は『龍の楽園』の外だ。ここに置いておくと次から次に敵が来て、派手にドラゴンブレスをぶっ放すからな。獲物が台無しになっちまうんだ。桃龍、食ってみたかった。


 楽園との境目辺りなら、その辺の魔獣が近づいて盗まれることもない。

 用事が終わったらゆっくり頂くことにしよう。



「どっ、どーするんスかこれぇ!」


「く……だが、だとしても、ヤツに魔力を使わせることはできている! 全力で続けろ!」


「でもこのままじゃ、やられちゃいますよ!?」


「それでもいい!」


「え?」


「次に託す! まだ黒龍様も赤龍様も居る! 第一世代ならヤツにも勝てる! 我らはその一助になるため、ヤツを削るのだ!」


「ええーっ!?」



 さぁて。

 水渇姫ってのは黒龍の臭ぇから殺すだけだが。

 草みてぇな色の蒼龍ってのは、どんな味かなぁ……!



「カロロロロ」


「来るぞ! 全員腹をくくれッ!! 全ての魔力を注ぎ込め!」



 受けて立ってやる。



「い、嫌だ!」


 

 真正面からブレスを―――あ?

 


「なっ……貴様ら、どこへ行く!?」


「もう嫌だ! どうして俺たちが食われなきゃならないんだ!」

「あんな化け物、敵うはずがない……」

「蒼龍様に勝ち目は無い!」

「雑魚に付き合って死ぬなどゴメンだ!」

「逃げろ!」

「黒龍さまと一緒に戦おう!」


「ま、待て! 貴様らそれでも龍か!」



 ええ?

 おいおい、マジか。

 龍神の取り巻きどもが逃げだしやがったぞ。

 ……そういえば最初に襲ってきたよりも数が減ってんな。万は下らねぇくらい居たはずなんだが……俺が仕留めたよりも明らかに少なくなっている気がする。

 

 戦ってる最中にも、こっそり逃げてたヤツがいたのかもしれねぇ。


 けっ。親近感湧くぜ。

 まるで生前の俺を見てるみたいじゃねぇか。くそったれだな。


 

「おのれ、これだから分け身でしかない下位龍など……水渇姫?」


「あ、アハハハ」



 なんだ。

 上空の魔法陣が消える。

 大地がひび割れるような空気の乾きは残っているが、それ以上水分が奪われることは無くなった。

 そして、大権を使っていた水色の龍が地面に伏せる。戦いの最中だってのに、四肢を放り出して翼をたたみ、まるで殺して下さいと言わんばかりに。



「おいっ、貴様何をしている!?」


「む、無理なんでしょ、もう! 降参ッスよ降参!」



 うわっ。



「何をバカな……!」


「バカなのはそっちッスよ! 風樹王も闇光王もやられて、第二世代が3頭も5頭もかかって全く歯が立たない! 今更第一世代が出たからって勝てますか!? 無理でしょ! アタシの大権も全然通じないし!」



 そうか。

 風樹王ってのは結構根性あったけどなぁ。

 こっちはこうか。



「お願いします! 何でもするッス、だからどうかこの場だけ見逃し」



 折角叩きやすい位置に頭を置いてくれているので、遠慮なく潰す。

 水渇姫はビクン、と全身を痙攣させて動かなくなった。

 

 言葉を喋らない俺相手に命乞いってお前。

 ちょっと無謀な賭け過ぎるだろ。



「おのれ……!」



 残り一匹になった。


 空を見上げる。さっき逃げ出した龍どもの背中は見えるが、それだけだ。

 新たに大群を引き連れて来る様子はない。

 もう、雑魚龍を引っ張れるような龍神が居ないのか、それとも戦う気が無いやつだけが残ったのか……。なんとなくだが、前者のような気がする。


 ―――じゃあ、この蒼龍ってのを殺せば終わりなのか?

 なんだ、この気分は。

 

 ……簡単じゃあ無かった。

 龍神を複数同時に相手するのは中々骨が折れる状況だった。


 今はこうして無傷に見えるが、戦い始めた時点では結構押されていたのだ。冥神様がフレイアを守るために掛かりきりで『祝福』が使えなかったってのもあるが、それを差し引いても転生してから一番苦戦しただろう。


 闇光王ってヤツの太陽を明暗させる大権は視界を奪うし、灰龍ってのは雲のブレスを吐いてきた。辺り一面を雷混じりの雲海にされるのは以外と厄介だったな。俺の周りだけで降る豪雨に臭いと音を制限され、風樹王の植物を絡められると好き放題ボコされるんだ。


 様々な大権を組み合わせられると、『寵愛』で克服するのにも時間が掛かる。

 だが、乗り切った。

 どんな龍神より、黒龍の用意した大権より、冥神様の寵愛が勝っていたのだ。


 そいつを証明できただろう。



「…………くっ」



 達成感はある。

 確かに強かった。

 氷の大権を使う龍を倒した時、感じた高揚感。それに値する戦いだったと思う。



「くそぉッ! もはや、もはやこれまでか!」



 それなのに……なんだろうな、この気持ちは。


 この世で最強の生物は「龍だ」と誰もが言う。

 ポンゾの時代にそう聞いたし、冥神様でさえそう答える。実際に世界を巡っても間違っていないと思う。



「だが、私は退かぬぞ。龍神としての誇りを貫くのだっ!」


 

 誰もが認める頂点種族が龍で、その極みが龍神。そいつらを複数敵に回し、同時に打ち勝つだけの力を俺は与えられた。


 ……理想だ。


 虎は努力なんかしない。

 天然の強さ。天賦の才。

 工夫にを凝らす人間としてではなく、一匹の獣として野生を極める事。

 それが俺の欲しいもの。転生して、貫きたい事だった。



「確かに貴様は強い! だが、私を簡単に殺せると思うな!」



 黒龍との戦いは、勝敗が決まっちまってる。

 冥神様曰く、赤龍は青龍を救い出せば戦いにはならないと言う。

 


「敵わぬまでも、一矢報いてやる! 報いてやるぞォォ!!」



 つまり、これ以上の敵はいない。

 目の前のコイツを殺した瞬間こそが、俺の夢が叶う瞬間なのだ。


 前世、虎だった時代からの。

 生前、ポンゾだったころからの。

 現在、白虎になって目指した目標。


 最強の生き物という称号が手に入る瞬間なのだ。


 この……全身を恐怖に震わせ、負ける気満々で、魔力の制御もおぼつかなく、勇気を振り絞って威力もへったくれも無いブレスを放って来る、コイツを殺せば……。



 何だろうな。


 しまらねぇ。


 

 案外、そういうもんなのか?


 そう思いながら、蒼龍のブレスが吹き荒れる中を歩き、何の苦労も無く胴体と首を引きちぎって―――何だ。

 

 今、何か。


 上空。


 雑魚の龍たちが群れをなして逃げていった空で、黒煙が吹き上がり。








「『大権・火煙紀行』」






 空気が爆裂する轟音と共に、赤い塊が突っ込んで来た。

 油断。分かったのはそれだけだった。気がつくと目の前に爪がある。咄嗟に頭を横に倒した。が、避けきれない。凄まじい衝撃。顔の右上が吹き飛ぶ。


 そんな気がしたのではない。

 実際に一瞬、右目の視界が途切れた。『冥神の寵愛』の自動防御を貫き、文字通り粉砕されたのだ。



「ガァルルルァァッ!!」



 本当なら致命傷だ、しかしすぐに元通り再生される。

 反射的に、頭を砕いた前足に噛みつく。

 首を振って地面に叩きつけようとした。龍神だろうと挽肉になる勢いでだ。

 爆発。目の前が煙と炎で一杯になる。ワケが分からねぇ。食らいついた肉の先にあった重みが消えていた。自分の体を吹っ飛ばして躱したのか?


 煙が晴れる。

 左の前足が無い、四足歩行の火龍がそこにいた。



「今の一撃で仕留められねぇ、どころか死ぬ所だったぜ。そう来なくっちゃな」



 紫がかった赤色の鱗がひび割れ、煙を噴いている。

 千切れた前足の断面からは、灼熱が滴っていた。溶けた鉄のようにドロリとした液状の何かが全身を巡っているようだ。立っているだけで周りの景色が歪むほどの熱量。僅かに残っていた草木や蒼龍の死体が、何をすることもなく燃え上がり、崩れていく。


 足が3本になっても、まるで重心がブレていない。

 闘志も。殺気も。漏れ出る研ぎ澄まされた魔力も、何もかも最上級だ。



 強い。圧倒的に。



「……謝るよ。ガッカリさせたろ?」



 今まで見た、何よりも。



「安心してくれ。俺が龍だ」



 それが何故か、震えるほど嬉しかった。

 

 


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


次回 白虎 VS 火龍


29日 6時ごろ更新予定

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