第83話 最強を名乗る資格



 昔の話だ。



「この世界に始祖たる生命が現れて以来、命あるものの頂点に立つのが龍である」



 そう言われて、育ってきた。


 偉大なる……って噂の、当時会ったことも無ぇ赤龍が、体に溜まりすぎた『生命』属性の魔力を吐き出した時に出来る「分け身」。それが俺、火龍だ。

 はっきり言ってほとんどウンコと変わらねぇ。

 肉を食えばクソが生まれ、魔力を吸えば卵が生まれる。

 なんだソレって感じだが、とにかく龍神ってのはそういう生き物なのだ。


 だから俺に親はいない。赤龍も俺たちを子供だと思っていない。

 龍の立場ってやつを、「うるさく」「しつこく」ご教授して下すったのは、先に卵から孵化した火龍の先輩たちだった。


 他の生き物は龍から分かれた劣等種で、ウンタラ。

 至高の存在である我々に身を捧げて当然で、カンタラ。


 そんな事を大げさに語りながら、先輩がたは他の生き物を食う。


 正直、ずーっと何言いたいのかよくわからなかった。

 偉いから何なんだよ? 

 他の生き物がひれ伏す。それの一体どこが良いんだ?


 そんな風に理解できねぇまま、テキトーに合わせていたのが良くなかったんだろうな。トラブルに見舞われた。


 やばいかもしれねぇ。

 そう思って行動に移すことにした。

 俺はアホだが、自分がそうだと気づけるくらいの頭はあり、こういう時にどうすりゃ良いのかを知っていた。



「また、あんた? 最近よく来るわね」



 頭の良いやつに聞けばいいんだ。

 同じ時期に生まれた岩龍。コイツは特別物知りってワケじゃないんだが、少なくとも俺よりは色々と考えて生きている。それに、こっちの話を「くだらねぇ」って一蹴することもない。


 要するに良いヤツだ。

 あの日も、俺はアイツの住処を訊ねていた。当時はまだ黄龍が戦神に殺される前で、アイツもその巣に住んでいた。世界樹の数より岩の方が多い辺鄙な小山だ。寝る場所としては微妙だと思うんだが、鱗が石で出来ている岩龍からすると居心地がいいらしい。



「で、今度は何が聞きたいの?」


「いやよぉ、言葉にすんのは難しいんだが……例えばな? 俺みたいな火龍って赤龍の」


「様」


「あ?」


「ちゃんと呼びなさいよ。誰かに聞かれたらどーすんの」


「おお、そうだな……えーっと、俺みたいな火龍は赤龍サマの分け身なんだろ? 第一世代から生まれた存在だが、子供ってわけじゃねぇ。だから、紫龍サマみたいなちゃんとした子供の、第二世代の龍神に仕えることになってる。そうだよな」


「うん」


「で、人類やら魔獣やらを生み出したのは、第三世代の金龍サマと銀龍サマ、なんだよな?」


「そうね。でも、世代を重ねすぎて神性が薄まって受け継がれなかったから、彼らは第四世代とは呼ばれなかった。龍とは別の生き物ってことになっているわ。それで?」


「いや、つーことはよ。火龍の先輩たちが人類や魔獣に威張るのって何かおかしくねぇか? 神様じゃないにせよ、向こうは正式な龍神の子孫なわけだろ。それに比べたら俺たちなんてウンコだぜ? 上とか下とか言い出したら、第二世代に仕えてる理屈で行くと、人も魔獣も食っちゃだめって事にならねぇか」


「ウンコかどうかはさておき……なるほど。それを言って、その先輩ってのにボコされたわけね」


「なんで先輩にキレられたって分かるんだ」


「だってあんた、ボロボロじゃん。何でそんな余計な事を言っちゃったわけ? 何があったのよ」


「エルフの生け贄を逃がした」


「え?」


「そしたら先輩どもがよってたかってキレて来るんだよ。龍の誇りがどうたらって。俺は納得いかなくてよぉ」


「ちょっと待って」



 アイツが首をぐっと伸ばして顔を近づけて来たんで、驚いた。

 他の岩龍と違って、彼女の鱗はキラキラと光を反射している。その辺で見かける花とは違う、とても濃い紫色。アメジストという石なんだそうだ。

 黄色の瞳と合わさって、顔を見ていると吸い込まれるような気がしてくる。


 何故かそれ以上見ていられなくて、目を逸らしちまった。



「生け贄を逃がしたって……どうして? あんた人を食べるじゃない。オーガなんて好物だし、エルフを食べたことだってあったでしょ?」


「そ、そりゃ仕留めた獲物の話だろ。生け贄はアレ、狩りじゃねぇじゃん」


「どう違うの?」


「どうって……なんかこう、変だったんだよ」



 俺は狩りが好きだ。相手が魔獣だろうが人類だろうが関係ねぇ。とにかく大きくて強いヤツと思いっきり戦い、仕留めて、腹一杯肉を貪ると幸せな気持ちになる。

 その点で言うと、そもそもエルフは小さいし弱いしで好みじゃないんだが、あの時はそういう問題じゃなくて……。


 生け贄を受け取って来いと言われたのは昨日が初めてだった。


 先輩たちから話を聞いてた分だと、向こうが喜んで食われたがってるって話だ。ずいぶん物好きなエルフがいるもんだ、と思いつつ祭壇って所に向かうと、薄っぺらい服を来たエルフの子供が座り込んで待っていた。


 空から降りてくる俺を恐怖に怯えた目で見つめながら、無理矢理笑顔を作って「みなさまの贄となれて光栄でございます」なんて抜かしやがる。


 周りには武装した大人がいる。だが槍の穂先を向けるのは俺じゃなく、子供の方だった。逃がさないようにしているのだ。

 そのくせ、全員が俺に敵意を向けている。


 どう見ても「食って下さい」って言っているようには見えなかった。



「変だろ? だから俺は言ったんだ。『嫌なら逃げりゃいいだろ』って」


「……うわぁ」


「そう、それだよ。エルフ共も皆そんなリアクションしてきやがってよ。だって逃げたら国を滅ぼすんでしょう、なんて抜かしやがる。意味が分からなくてちょっとムカついてな、するわけねぇだろタコ! って言ってやった」



 そのままエルフたちを帰し、森の中で丸々太ったテンペスト・フローアを一頭、激戦の末に倒して『龍の楽園』まで帰って来た。先輩方が腹を空かせてんなら、クソ小せえエルフのガキなんかよりよっぽど喜ばれるはずだ、と思ったんだけどなぁ。



「それで、それでどうしたの」


「さっき言った通りだよ」


「もう少し詳しく!」


「ええ? いやだから……先輩たちがブチ切れて、『威厳が落ちる、責任もってエルフの国を滅ぼして来い』なんて言うから、反論したんだよ。俺たちが獲物を食えるのは、偉いとか威厳とかそんな理屈じゃなくて、単純に強いからだろ? って。エルフを食いたきゃ正面から狩りに行けよって」


「面白い。そしたら?」


「先輩方は、別にどうしてもエルフを食いてぇワケじゃねぇんだと! 『頂点の威厳を保つために生け贄って形を取るんだ』って言うんだよ。いよいよ意味分かんねぇだろ? それで、『威厳で腹が膨れるのかバカ』って言ったら襲いかかって来やがって……」


「ボコされちゃった、と」


「いや返り討ちにした」

 

「かっ、勝ったの!? 1頭や2頭でもなかったんでしょ」


「まあ10は居たな。でもアイツら、ロクに狩りもしねぇで小さい生け贄ばっか食ってるからヘナチョコでよぉ」


「あはははは!」


「んでな? あいつら言うんだよ。俺がやったのは龍の誇りを汚す大罪だって。赤龍サマに言いつけるってな……お前に聞きてぇのはここだったんだ。どう思う? ヤベェかな、俺」


「いやいや、大丈夫でしょ! むしろ気に入られるんじゃない?」



 アイツがこんなに笑っているのを初めて見た。

 それを見てるとなんだか楽しい気持ちになってくる。不思議なもんだ。



「あー笑った。わたし、あんたの事誤解してたわ。てっきりただの脳天気食いしん坊かと思ってたけど……気が合いそう」



 ちょっと待ってて、と言ってアイツは自分のねぐらをゴソゴソと漁り始めた。

 少しして、口に何かを咥えて戻ってくる。俺の足下に落としたのは……。



「お前の鱗か?」


「違うわ、似てるけどね。これは鉱山で採れたもの。ドワーフが加工した石よ」


「へぇー。綺麗だな」


「でしょ? これはね、20年くらい前まで、こんなに綺麗じゃなかったの。段々とドワーフたちの技術が育ってきてる。今でも充分だと思えるけど……きっとまだまだこんなものじゃない。さらに20年後には、もっともっと綺麗になっていると思う」


「これより? ……想像できねぇな」


「そうでしょ。たぶんね、下らない龍たちが不安がってるのはそこだと思うんだ」



 不安? この綺麗な石がか?

 鼻先でひっくり返しても、臭いを嗅いでも危険な感じはしないけどな。



「……どの辺が?」


「ふふふ。いいのよ、あんたはこんな事、分からなくて」



 どうやらコレはくれるらしい。お近づきの印、だそうだ。

 何の役にも立たなそうだが、一応貰っておくことにした。とりあえず眺めてるだけでも綺麗でいいしな。



「ジースト。うん、ジーストっていいかもね」


「あん?」


「名前よ名前。あんたの」


「名前ぇ? いや火龍だけど」


「それは種族名でしょ。先輩方も全員火龍じゃない。個体を識別できないと不便だから」



 個体を識別?

 そんなの「お前」とかでいいと思うけどな。



「わたしはアルメリアって花から取って、『メリア』にしたから。あんたも鱗が紫っぽく見えなくもないし、アメジストから取って、『ジースト』。どう?」


「メリア」


「ふふ。うん、ジースト。わたしたちが話す時は、お互いにそう呼びましょう」



 ……まぁ、こいつが……メリアが喜んでるなら、いいか。

 あれ、何でだ。

 すげぇ恥ずかしくなってきたぞ。メリアの方をまともに見れない。


 も、もういいか。彼女が言うには、俺が赤龍の怒りを買って殺される可能性は低いらしいしな。聞きたいことは聞けたし、自分のねぐらに戻ろう。



「ねぇ、ジースト」



 お礼に持ってきた肉を置いて去ろうとしたが、メリアから話をふられる。



「な、なんだ」


「……強くあろうね。例え他の生き物がどんなに先へ進むとしても……それについて行けないとしても。龍で良かったって、この体に生まれて良かったって思えるように」


「それって、先輩方みたいにはならねぇようにしよう、って意味か?」


「うーん……まあ、そうかな」


「だったら心配すんなよ。俺はこれからも強くなるつもりだぜ。今よりもっとな!」




 ◆




 昔の事を、ふと思い出していた。

 あの日メリアが言いたかったことを、結局俺は理解してなかったんだろう。



「我が主、桃龍さまが殺されてしまったのです!」

「最後は獣に貪られて……」

「そうか辛かったな。橙龍さま、茶龍さまもやられてしまった」

「俺は蒼龍さまと灰龍さま、それから藍龍さまが共に戦うと聞いたが」

「今戦っているのがそうだろう」

「もの凄い地響きだ……勝てると良いのだが……」

「でもさっき雨龍たちが逃げて来てたぞ」

「何だって!? じゃあ、灰龍さまはもう」



 眼下で狼狽える龍たちを見てそう思う。


 『龍の楽園』、その中心部にある『五色場』。

 始祖龍が息絶えたという地だ。赤、青、黄、白、黒の五色と、天に山。第一世代と呼ばれる龍神が生まれた場所でもある。

 まあ大層な名前が付いちゃいるが、人類の街のように建物があるわけでもない。申し訳程度に岩が積まれただけの、壁もどきがあるってだけなんだけどな。


 俺はまだ参加したことはねぇが、大陸に拠点を置く龍神たちは、定期的にここへ集まって縄張りの確認とか色々と話し合いをするらしい。 

 その他にも、全体に関わる何かがあれば龍神、下位龍関わらず情報収集のためにここへ集結する。


 今みたいにだ。



「みっともねぇ」



 思わず漏れた独り言に、何千って数の視線がこっちへ向いた。

 


「お前は……火煙王!」



 集まっている中には、見知った火龍の顔もある。

 


「おい、どうなってるんだこれは!」

「黒龍様はどこにおられる!?」

「赤龍様もだ! もはや第一世代で楽園に居られるのは、あのお二方しかおらんのだぞ!」

「青龍様や白龍様が居られれば、今頃は……」

「というか、貴様は今まで何をしていたのだ!」

「赤龍様の後継を名乗るならさっさと戦いに行けっ、この臆病者が!」



 深い深い溜め息が出た。

 

 こいつらがここまで腑抜けたのはいつからだ? 

 金龍と銀龍が大陸から去って行った時はもう少しマシだった気がする。


 戦神が現れ、黄龍と6頭の第二世代が斬り殺されてからか。

 人類からも神が出るようになってからか。

 天龍が人間に負けて大陸を出て行ってからか。

 山龍が魔獣に負けたと宣言してからか。

 武闘派と言われていた紫龍とその配下が、北で全滅してからか。


 楽園と呼ばれたこの場所が、滅びようとしているからか。

 

 負けることに驚かなくなっちまったんだな。

 自分より強いものを認め、それを「悔しい」と思えない。


 メリアの言っていた言葉が頭の中で反響した。

 

 人類は知恵と技術を積み重ね、発展していく。もっとも弱い人間でさえ大陸に広く繁栄しているし、ゴブリンなどは住んでいない土地が無いほどだ。

 魔獣は世代を重ねるごとに進化する。ライカンの種類なんてここ数百年で3倍以上に増えた。どんな環境でも適応し、生き残る力がヤツらにはある。


 その中で、龍だけが過去の栄光にしがみつき、上に立つことに満足して、変わらないままだとしたら……滅びるのも当然ってか。

 

 冗談じゃねぇ。


 地響きが起きる。

 その先に視線を向ける。

 空に魔法陣があった。ブレスの軌跡が輝いている。豆粒サイズの影が翼を羽ばたかせ、いくつも飛び回っている。遠く離れてもハッキリ聞こえる獣の咆吼。その一撃だけで、魔法陣や空にあった影が消え去っていく。


 あそこにいるのだ。

 龍たちを屠り、世代交代を謳うモノが。

 次の時代の最強が。

 


「行ってくるぜ、メリア」



 さっきまで威勢良く喋っていた先輩方が悲鳴を上げてうずくまる。

 もう、こいつらに構う必要なんかねぇ。


 燃え尽きるまでやってやる!

 

 


 ◆





「……参ったな。まさか僕の洗脳が効かないレベルのバカがこの世にいるなんて」


「火煙王は筋金入りですから。命令を無視しても、それで黒龍様に害を及ぼすつもりなんて全く無いんです。人形にでもしない限り操れないでしょうね」


「彼には僕の護衛をして欲しかったんだけどなぁ。ある意味、相性最悪の天敵みたいな男だったわけだ。……で、君はどうする?」


「わたしは紫龍様の神性をまだ得ていないので。『大権』を受け取る資格がありませんね」


「そう。……その様子だと、受け取る気もないってわけだ。それじゃあ、僕が与えた磁雷姫って名前はお預けかな。何て呼ぼうか? ただの岩龍じゃつまらないだろ」


「さあ、何とでも。岩龍でもいいですよ」


「ふぅん……まあいいや。一つ聞いていいかい?」


「なんですか」


「どうして僕に挑んで来るのかな? 赤龍に恩があるのは分かった。彼が青龍を解放しようとして君と火煙王を送り込んで来たのも、この混乱に乗じて赤龍を僕の巣へと呼び込み、奇襲を仕掛けて来たのも見事だよ。してやられた……だけど、ご覧の通り彼は死んだんだ。君が僕に挑んで来る理由なんて無いと思うんだけど」


「わかりませんか?」


「分からないねぇ。洗脳を無視できる火煙王が白虎の所に向かった、ってことは、君らにとって赤龍は、恩はあるけど仇討ちをするほどの存在じゃない。違うかな」


「そうですね。でもわたしも彼も、最強を目指すと決めたので」


「なら、なおさら僕じゃなくてもいいだろう? 強いヤツと戦いたいだけなら、素直に『大権』を受け取って火煙王と一緒に行けばいいじゃないか。その方が、こっちも助かるんだけどな」


「2人で勝って、どこが最強なんですか? それぞれ倒して、決勝戦をするんですよ」


「は! ……そうかい。龍だねぇ、君たちは」




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


次回 楽園崩壊


27日 6時ごろ更新予定

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