第85話 冥神の眷属・白虎 VS 火煙王・ジースト



 コイツが黒龍の言ってた最強。

 白虎か。


 日光を反射するほど澄んだ白い毛並に、黒い線が走る模様。

 四肢は太く、爪は出し入れできるらしい。一撃入れて分厚いと感じた毛皮を通しても、全身を覆う筋肉が隆起して見える。唸り声と共にむき出した牙は俺より太く長く、顎の力は絶大だろうと予想が付く。


 だが、武器としてはそんなもんだ。


 翼はない。魔法も得意じゃねぇだろう。遠距離や空中戦は苦手と見た。全身を覆う魔力にはムラがあり、制御が下手くそなのが伝わってくる。煙であっさり止まるところを見ると、索敵は五感に頼り切ってるな。動きも素直で「技」なんて概念も無さそうだ。


 ぱっと見ただけで隙は山ほど見つかる。

 万能とはほど遠い、攻略って意味じゃいくらでも対策が立てられそうな相手。


 それでも強い。


 尻尾の先に見える神性が、「権能なんざ必要ねぇ」と言っている。あくまでも戦神の眷属として、魔獣のまま、格上の神を狩ってきたっていう何よりの証拠だ。


 俺の前に挑んだ龍神たちは、分かりきった弱点を突いただろう。遠距離、空中、五感封じ。散々にやられたはずだ。

 しかし、それらを全てねじ伏せた。

 だから今、俺の目の前に立っている。

 そうできるだけの天賦があるのだ、コイツには。


 獣と視線が合う。

 身震いするほどの殺気だ。

 

 これだよ。これ。


 研鑽を積まない力。

 生まれ持った暴力の塊。

 弱点をさらけ出したまま、補うこともなく切り捨てて、ひたすら長所だけを武器とするその姿勢!


 たまらねぇよ。


 まさに魔獣だ。

 これが獣だ。

 最強の名に相応しい怪物だ。


 食えば確実に強くなれる、俺の獲物だ!



「ガアァアオオオゥ!!」



 獣が吠える。

 天に向かって。攻撃じゃねぇ。威嚇って感じでもねぇ。

 こっちを見る目が心なしか嬉しそうに見えるのは気のせいか?

 

 俺が思うように、お前も俺を食いたいのか。


 いいぜ、白虎。



「勝てたらなァ!!」



 俺の返答が開始の合図だった。


 白い塊が地面を吹っ飛ばしながら突っ込んでくる。速い! ただ真っ直ぐに、フェイントもクソも無い純粋な飛びつき。

 左右じゃダメだ! 上、飛ぶだけじゃ捕まる。丁度良く千切れた左腕、その傷口を火口に見立てて噴火を起こす。『火煙紀行』によって、俺の血は今マグマだ。吹き出る熱風を翼に受けて体を浮かせ、白虎の突進を躱すと同時に煙で視界を奪った。

 さっきはそれで動きを止めたんだけどな。2回目じゃダメか。

 文字通り山に穴を空ける爆発と、鉄龍だろうが容赦なく融かす溶血を浴びてもヤツは止まらない。

 

 爪を剥いて前足を振り回してくる。

 だが煙幕のお陰で僅かに鈍った。

 この一撃も躱す。唸りを上げながら白い前足が腹の下を通る。



「ぐあ……!?」



 完全に躱したはずだ。凶悪な爪は擦りもしていない。なのに腹に衝撃が来る。

 風圧だけでコレかよ!

 単純に魔力が込められただけの一撃が、寸前まで立っていた地面を大きく抉る。その衝撃で離れた場所にある世界樹が斜めに傾いた。空中に逃げなかったらあの揺れで足を取られてお終いだったな、危ねぇ……!


 ヤツが姿勢を正す一瞬の隙を突く。

 どうせ千切れてるんだ。左は完全に捨てだ!



「吹っ飛べ!!」


 

 傷口から噴火を1発。砕けた前足を核にしてマグマを纏わせる特製の散弾をぶち込む。白虎は避けるより耐える方を選んだ。熱風と散弾が白い体を引き裂いて行く、だがヤツは地面に爪を食い込ませてその場に留まり、吹っ飛ぶどころか近づいて来やがる。

 なんて野郎だ。

 もう1発。

 ヤツの体が仰け反る。魔獣の赤い血と灼熱に燃える血が辺り一面にまき散らされ、地面が融解し始めた。


 さらに―――ヤベェ!

 


「ガァァルルルアアアアアアッ!!」



 魔力混じりの咆吼。

 遠目に見た、ブレスとも言えねぇ力任せの全方位攻撃!

 強く羽ばたく。足りねぇ、3発目を思いっきりぶっ放すことで加速を得る! 

 左前足は根元から失われた。音速を超えて初めてアレから逃げられる。それでも鱗がビリビリと痺れる威力。

 あっという間に距離が開く。だが安心はできねぇ。


 ホラ来た。


 なんじゃありゃ、まさか尻尾の神性を魔力で押し出して飛んでる? 

 バカかよ! 

 迫る白虎の顔は焼けただれていた。ダメージはあるだろうが致命傷にはほど遠い。前足を1本犠牲にしてあの程度ってのもショックだが、ヤツには最初の不意打ちを凌いだ再生能力があったはずだ。

 なぜ怪我したままなんだ? もしかして回数制限があんのか。


 ……その予想は一瞬で裏切られる。


 ヤツの右前足だ。

 俺の全魔力を超えるんじゃねぇかって膨大な量が凝縮され、爪の先に込められているのだ。

 躱そうが防ごうが空間ごと吹き飛ばすってか。


 スキルによる技じゃない。

 技術では絶対にたどり着けない領域。


 なんて非効率で―――強い力なんだ。



「舐ァァめんなァァ!!!」



 恐れるな。逃げた先に生は無い。

 よく見ろ。魔獣とは何百回も戦ってきたじゃねぇか。

 ヤツの挙動は単純だ。

 翼を動かせ。反応速度は負けてねぇ。姿勢を整え、前足が伸びきる前に尻尾で絡め取る。勢いは向こうがつけてんだ。俺はその方向を変えるだけでいい!


 空中で一回転するように体を回した。

 尻尾を使った受け流しだ。メリアと2人で考えた格闘術。


 それでも、濃密な魔力に押し切られる。鱗がひしゃげ、ブチブチと尻尾が千切れていく。


 だが―――



「驚いた顔すんなよ!」



 人に無い身体能力。

 獣に無い技の発想。



「龍だって言ったろ!?」



 自分が飛び込んだ力をもって、白虎自身が大地に叩きつけられる。


 轟音。

 大地をひっくり返したような土煙。

 熱を帯びた暴風。


 俺が全力で噴火するよりも遥かに凄まじい爆発が巻き起こった。叩きつけられる衝撃波でもみくちゃにされ、一瞬上下が分からなくなる。申し訳程度に張った結界はあっさり粉砕され、翼を盾にして耐えるしかねぇ。


 気がつくと地面の上を転がっていた。

 翼は……はは、めちゃくちゃだ。足も尾も、戦闘中に回復は間に合わねぇ。血を使いすぎて頭がクラクラしやがる。

 

 まあいい。ボロボロなのは毎度の事だ。再生力の低さは俺の弱点であり、だからこそ割り切って捨てられる強みでもある。

 戦うのに支障はねぇ。

 怪我なんざ勝ってから治しゃいい。


 3本の足で立ち上がり、周囲を見渡す。

 温泉の湯気みたいに舞い上がる土煙が、雲まで届いて太陽光を遮っている。俺からほんの数メートル先の地面は崖のように陥没し、クレーターがどこまで続いてるか想像もできねぇ。


 俺にはどうやっても作れない光景だ。

 攻撃力は完敗だな。

 それだけじゃないか。

 魔力も体力も再生力も防御力も、圧倒的に向こうが上だ。

 

 楽しくなってきやがった!


 

「ぐああ、い、痛いぃ……」



 周囲から泣き声が聞こえた。

 ちっ。

 せっかくの気分を台無しだぜ。



「なんだ、今のはぁぁ!?」

「助けてくれ、だれか回復魔法を」

「光龍は、白龍さまの分け身はおらんか……」



 見れば、さっき別れた先輩方だ。

 つーことはここ、『五色場』かよ。とんだけ吹っ飛んで来たんだ。……一応、龍にとって重要な場所だったんだがな。跡形もねぇや。



「か、火煙王! 火煙王が居るぞ!」



 カス共に気付かれたか。

 怪我をしたのが「助けてくれ」と泣きながら近寄り、すがって来る。


 俺よりもよほど軽傷なくせに。

 自前の再生力でどうとでもできるだろうに。


 ……このザマを見せちまったんだよな。白虎に。

 

 改めて、情けねぇ。

 みっともねぇ!


 アイツに、一瞬でも、『龍』をこの程度だと思われたんだとしたら……そんな屈辱は他にねぇよ。

 助けろだと? ふざけやがって。

 今俺はテメェらの尻ぬぐいをしてんだよ!



「『大権・火煙世紀』」



 改造したスキルじゃなく、オリジナルの大権を発動させる。ただし、上空に仰々しい魔法陣を浮かべるような無駄は省いた。あくまでも必要最低限で環境を塗り替える。


 破壊力じゃ負けてるが、魔力の扱いじゃ俺の方が上だ。

 

 そこを活かして勝つ。



「ああ、暑い、熱い!」

「やめろ火煙王! 我らまで死んでしまう!」

「そうだ! 水渇姫らは加減してくれたぞ!」

「お願いだ、やめて、やめて……」

「がぁ……ギ……」



 俺に与えられた大権は、火山環境を生み出すスキルだった。

 本来は周囲に向けられる『火煙世紀』を、自分の体の中に及ぼすよう改造したのが『火煙紀行』だ。

 なんでわざわざ改造するのか、黒龍は不思議そうだったな。ヤツは「使えば勝ち」を目指したらしいが、俺にはそこんとこ疑問だったんだ。

 大量の雑魚を殺るには便利なんだが……通じねぇような化け物もいる気がした。

 

 勘だったけどな。

 正解だったわけだ。


 いくら神性を混ぜ合わせても、大権だけじゃあ白虎の防御は抜けねぇ。

 魔力の波、強化スキルのムラを見抜き、広範囲ではなく一点集中で、瞬間的に薄くなる箇所を正確に突く。別に対白虎に限った話じゃない。強敵と戦う時の基本だ。


 不意打ちで『火煙紀行』の噴火加速を爪に乗せてぶつけた時は、かなりダメージが通った。その後の散弾が大したこと無かったことを見ると、今は意識して防御力を上げているようだが……ブレスでなら抜ける。


 問題はヤツから攻められると防御で手一杯になっちまうことだ。

 

 まずは環境を変え、主導権を奪う。

 タメを作り、渾身のブレスを叩き込むために。

 

 

「早く来いよ、白虎」



 お前を倒せば、俺が一番だ。



 

 

 ◆





 すげぇ。

 何だ今の。本気の白虎パンチをあんな風に返せるものか?


 全身に負った骨折と火傷が治っていく中、クレーターの中心でそう思った。

 純粋な感情だ。

 尊敬の念を抱かずにはいられない。

 ……俺は、努力した天才ってヤツが嫌いなんだけどな。そういうヤツは片っ端から分からせてやるつもりでいたんだ。


 それを、真正面からねじ伏せやがった。

 

 呆れた強さだ。


 天から授かった才能を、血の滲む鍛錬と実戦経験で自分のものにした連中、ってのは何度も見て来たが……アイツは、それをさらに上の段階へ進化させていた。大権の使い方が他とはまるで違う。

 

 実力にしているんだ。

 俺が求める理想とは対極にあるもの。その頂点に立つ最強。


 あれが龍か。


 

「ゴースト、ゴースト! 大丈夫ですか」



 耳元で泣きそうな声が聞こえる。フレイアだ。無事みたいだな。さすが冥神様、今の戦いで結界が割れてねぇとは。


 体を起こす。

 まだ怪我は治りきってないが、戦うのに支障は無さそうだ。

 心配いらない、というつもりで喉を鳴らした。



「ごめんなさい、わたしのせいで……!」



 消え入りそうな口調だ。

 わたしのせい? どういう意味だ、と一瞬疑問符が浮かんで、すぐに察する。


 ……ちくしょう。

 


「お父さん!」 


『む?』


「わたしの結界を解いて、ゴーストに加勢してあげてください! 離れたところで隠れていれば大丈夫だと思います!」


『ほう。だ、そうだが? どうする、己よ』



 ああ、くそ。そんな風に思わせちまったか。



『確かに、楽園に入る前から常に魔力の2割をフレイアの防御に回しておる。あの龍と戦い始めてからは4割、瞬間的には6割の魔力を注ぐこともあるのう。その際にできるムラを、ヤツは見抜いておるようじゃ。戦闘の基礎にして奥義。極めておるのじゃろう。まさに手練れよの』


 

 ………………。



『とはいえ、フレイアの結界を解けば、己は確実に勝てるじゃろう。しかし娘を危険に晒すのは気が進まぬ。とはいえ、黒龍の前に己が死んでしまっては本末転倒じゃからのォ。うむ。儂はどちらでも構わんぞ。故に選べ。どうするのか』



 解くわけねぇだろ。

 冗談は止めてくれ。



『ま、そうよな』



 魔力のムラなんて俺だって分かってんだよ。

 それをカバーする方法も知ってる。攻撃を受ける場所に強化を集中すりゃあいいんだ。白虎の反射神経ならやってやれない事はねぇはずなんだ。


 それが上手くいかねぇのは……俺のせいだ。


 中身の俺が雑魚だから。

 反射神経だけ追いついても、魔力を制御する腕がねぇ。

 だからいいようにやられちまう。血反吐を吐いて、優しい姉を心配させる。


 情けねぇ。

 だが当然の報いだろう。


 白虎の強さは天賦。

 俺の力じゃない、冥神様の力だ。『俺』の実力は何一つ関係ない。今この瞬間、魂が全く別の何かと入れ替わっても『白虎』の強さには何の影響も無い。


 常々、肝に銘じているんだよ。

 白虎と俺は、本当の意味でイコールじゃねぇ。


 理想の姿であり。

 夢の体現であり。

 分不相応な、『俺』自身がどう頑張っても決して届かない幻想を、




 ……だから。



 だからこそ、結界は解かない。

 フレイアには悪いが、この一線は譲らねぇ。

 冥神様に「もっと力を」なんてふざけた真似だけはしたくねぇ。


 このまま勝つ。

 冥神様が定めた枠の中で出せる力。それが俺の全てだ。その上で最強を目指すんだ。

 曲げちゃならねぇとこなんだ。


 フレイアの安全を確保したまま、あの赤い龍を倒す。

 そして黒龍にケジメをつけさせる。

 

 そこまで『白虎』を運べれば―――今度こそ、胸を張って理想を叶えたと言えるだろう。

 『俺』にも価値が生まれるはずだ。



「お父さん! お願いです、ゴーストにこれ以上怪我をして欲しくないんです! わたしなら大丈夫ですから!」

 

『フレイアはまだ騒いでおるか。神託の繋がりが無いと二度手間でいかんのォ』



 俺との念話は、あくまでも神託を受けているって体だからな。

 フレイアも加護か何かを授ければ話が出来るらしいが、今は冥神様に中継してもらうしかない。


 穴の中に居るフレイアの本体に、今の話を伝えるんだろう。

 脳裏から、冥神様の姿が消えていく。



『……ああ、それから一つ、言っておこう』



 その直前に、毛むくじゃらの顔でにやりと笑い、



『結界など解かんでも、儂は勝てると思っておるぞ。あの、恐らくは全盛期の儂さえ及ばぬ強者に。龍を龍たらしめる最強の個に。白虎ではなく、己なら。……儂の見込んだ眷属ならば、必ずのォ』



 そんな激励を残して行った。

 体の傷が、いつの間にか癒えていた。

 

 


 ◆



 

 クレーターを出る。

 その時点で感じた。自然には有り得ない熱。この世界そのものを自分の色に塗り替える大権の気配。今まで対峙した王たちのソレが児戯に思えるほど、洗練された力を。


 これは余波だ。

 分け入って進み、魔力が渦巻く中心まで辿り着く。


 ヤツがいた。

 俺よりも圧倒的に実力のある者が。



「……そういえば、自己紹介がまだだったな」



 最強を冠し、頂点に座して、挑む者を待っている龍が。



「火煙王、ジーストだ」



 俺はポンゾだ。


 行くぞジースト。

 お前にも、白虎を見せてやる。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



次回 白虎とドラゴンのドラマ


11月1日 6時ごろ更新予定

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