第80話 白から黒へ
「ふーっ」
『龍の楽園』にある自分の巣、自分の寝室。
そこまで辿り着いて、ようやく息が吐けた。
帰ってくるのに丸1日かかっちゃったよ。宝神に作らせた『ディメンション・スフィア』、本人も「失敗作だ」って言ってただけあって使い勝手は最悪だな。ただの座標移動じゃないから体への負担がデカすぎる。
ま……そのお陰でギリギリまで白虎を観察出来たんだから、役には立ったけどさ。
アノンの名前で人間とドワーフに作らせた調度品が揃うこの部屋は、人化しなければ入れない作りになっている。人の姿でいるのは魔力のムダだけど、ドラゴンの姿じゃ人間の家具は使いにくいからね。
最近気に入っている、
安心したと思ったら恐怖がこみ上げてきた。
体がカタカタ震える。
「あー! 死ぬかと思った!」
それを誤魔化すように声を張ってみる。
ダメだなぁ。震えが止まんないや。
凄かったもんな。最後に僕へ向かってきていたあの形相! まさに猛獣だ。生きた心地がしなかったよ。
「アレが白虎か……」
全くスパルタカスめ。なんてモノを作るんだ。どんだけのリソースを注げばあんな事になる? 僕だったら……ただ神性や魔力を元にしただけじゃ、流石に無理だ。自分の肉体も使ってるだろうな、アレ。死神がやってたみたいにさ。
でも、死神とは使っている肉の量が違う。
本当に、全身を全て使い切ってるんじゃないかと思えるほどだ。
……そうなると、冥府に染まったからできたってことになるのか。あそこなら魂だけでも存在できるわけだし。っていうかそもそも、冥府自体が管理するまでもなく自動で輪廻を回す惑星のシステムだから、神性だってありったけ使えるよな。
文字通りの意味で、全身全霊を注いだ眷属を造れるわけだ。
戦神がそんなことをしたんだから、そりゃあ化け物になるか。
「冥府に落としたのが失敗だったかなー……」
……いやいや。
いやぁ、無いでしょ。僕が失敗するとか。
今回だって、まだ一回退いただけだしね。生きてる限りは何度だって勝負できる。こういうのは最後に勝ったヤツが強いんだ。
スパルタカスだってそうやって倒した。つまり、これから何千年掛かってでも、あの白虎ってのを冥府に突っ返してやれば結果オーライってことだよ。
「そうでしょ、アオ?」
「…………」
無言で部屋に入って来た、青い髪のメイドに声を掛ける。
「愛しのご主人サマが帰って来たんだからさぁー。お帰りなさいませぇって抱きついて来るのが普通じゃない?」
「…………」
うーん。ダメか。
何か段々感情が薄くなってきてる気がするなぁ。
最初の頃は、スパルタカスやフレイアの姿に人化するだけで、良い反応してたのに。
定期的に頭の中を焼いているせいか?
それとも殴り過ぎちゃったか。
いやでもなぁ。コイツの『千差万別』、どんな姿にもなれるスキルって、僕の『人化』の完全上位互換みたいな能力なんだもんな。
たかだかユニークスキルとはいえ、最強を目指してる身からしたら、そりゃムカツクって。たまにはストレス発散しないと保たないよ。
まあ、壊れちゃったんならしょうがない。
フレイアそのものを持って帰れたら、何か反応あったかもしれいな。
そう思うと惜しかった。本当、どこまでも邪魔なヤツだよ。スパルタカスは。
「まあいいや。アオ、留守中に何か連絡あった?」
「…………
「おっ、ってことは上手くいったんだ?」
「…………はい。火煙王は『赤龍』の、風樹王は『緑龍』の神性をそれぞれ獲得したとのことです。それから、面会の申し出はまだですが、
「ええ-! 超順調じゃん! いいねぇ、さっすが僕とアオの子供!」
お? 今ちょっと嫌そうな顔したな。
まあ、互いの寵愛と肉片を混ぜて雑魚龍にぶち込んで、改造しただけだしな。多種多様な生き物を産み落とした『母なる青龍』からすると、子供って表現は気に入らないか?
いいねぇ。
これからはそう呼ぼうっと。
「
「…………彼女は、
「へぇ。あのバカ。連れ戻した?」
「…………風樹王が」
「なんだ、さすがは真面目君! それならお仕置きはいらなそうだねぇ」
とは言いつつ、神性獲得を急がせないとな。
子供達には白虎の相手をしてもらわなきゃならない。今回、色んな眷属をぶつけてみて分かったのは、ヤツが僕の権能へ完全にメタを張りまくってるってこと。
まあスパルタカスにはほとんど全部の手札を見せちゃってたし……対策していても不思議じゃないけどさ。
はっきり言って、あの白虎なら今の僕をあっさり殺せるだろう。
でもねぇ、スパルタカス。
残念ながら君の思い通りにはいかないんだよ。
時間は全ての者に平等なんだ。君が冥府で眠っていた200年、僕だって色々と考えて、強くなるために努力してきたのさ。
その結果が、キミや死神と同じく『眷属の作成』に行き着いたってのは皮肉かな?
『生命』の中でも、特に『誕生』を司る青龍を使って改造した第四世代たちは……白虎に全滅させられた失敗作どもと違って、僕の力に依存しない。古い龍神から神性を奪うことで新たな神に転生するんだ。一度も死なずにね。
もちろん、洗脳によって僕の支配下に置いているし、『破壊』の神性も混ぜ合わせてある。つまり、龍神3体分の力を持っているわけだ。そこで生まれた相乗効果は良い意味で予想外だった。
東方へ出向いている間に、
ようやくここまでこぎ着けたよ。
この一年、死神の眷属を研究したことで埋まらなかった最後のピースが埋まったお陰だ。
色々と捨て駒にしてきて正解だったな。
もう、人間やらオーガやらの国で宗教をやる必要なんてない。
祈りを通じて集めた魔力を、チマチマ神性へ変換する……なんて雑魚い方針からは一抜けだ。これからは、神を従える神になる。
ずっと、最強の生き物になりたいと思っていた。
前世からだ。
この世界がまだドロドロのマグマしか無かった時代に、父の分身として転生してから今日まで、僕はあらゆる競争に勝つために、あらゆる努力を重ねてきた。
全ては……この世界で最後まで生き続けるために。
己を磨くことに余念が無かった。
でもね。分かったんだよ、スパルタカス。
いや、気付かされたと言った方がいいのかな。
キミという存在と戦って。アレだけ強かったキミが、僕が手も足も出なかったキミが、宝神なんて雑魚の裏切り一つで、あっさり敗北するのを見て。
悟ってしまったんだ。
結局、この世で最強の力は極めた『個』じゃない。
絶対の頂点を据え、完全に統率された『群れ』なんだってね。
わかるかい?
強力な神を従えて、意のままに操れる存在こそがこの世で一番強いんだ。
これからそれを証明してあげるよ。
たっぷり時間を使って、無数の選択肢という強みをぶつけて、じっくりとキミご自慢の眷属の弱点を探る。キミの居る冥府まで追い立ててあげようじゃないか。
「ふ、く。はは、はははははははは!」
「…………はい、こちら黒龍宮居室。……ええ、ええ。そうですか」
「はははははは!」
「…………黒龍。土剣王が死んだそうです」
「はははははは、は―――……え、何?」
「侵入者は現在、黒龍平原を南下中。真っ直ぐに氷晶王の巣へ向かっているとのこと」
思考が止まる。
侵入者? 『龍の楽園』に?
土剣王が、何だって?
戸惑っている間に、アオが通信機を起動した。
宝神の協力者が造ったという、映像を映し出す魔道具だ。名前は忘れた。要するに監視カメラの映像をリアルタイムで映すものなんだけど。
幻影スキルの応用だという、空間に浮かび上がったモニターには……信じられない速度で走る、白い毛皮に黒の縞模様が入った獣の姿があった。
すぐに画面から居なくなってしまうけど、僕の動体視力なら充分だ。
見間違えるはずがない。
白虎。
「は……? なんで、ここに」
「つけられたんでしょう。臭いを辿って」
そういう事じゃない。
いや、僕の、黒龍の居所なんて世界で最も有名と言っていいんだ。尾行なんてするまでもなく、そりゃ来ようと思えば来れるだろうけど……。
だからって来るか? 普通。
ここは、この世の龍の8割が生息している『龍の楽園』だぞ。人類どころか文明神さえ一柱も居ない大陸の果てだ。しかも白虎は、僕と敵対する以前に山龍を虐待し、紫龍を殺している。他の龍神たちも見かけたらタダじゃ済まさない。
つまり正真正銘「敵」しか居ない死地のハズだ。
スパルタカスでさえ、僕に挑む時は白龍の協力を取り付けた上で、宝神を連れて来ていた。
なのに。
「侵入者、氷晶王の巣へ到着しました。迎撃部隊が出撃。……ああ、これは」
なのに……!
「戦いにすらなっていませんね、黒龍の眷属は。ふふ、―――ッ!」
数年ぶりに笑顔を浮かべたアオの顔が猛烈にムカついて、思わず殴り飛ばしていた。
本当はこのまま自我を焼き切ってやろうかと思ったが……止める。
それどころじゃないな。
「黒龍より、各地の王へ警告! ……侵入者だ! 不遜にも我らへ挑戦しようというアホが現れた! 氷晶、風樹、闇光、水渇は『大権』の発動を許可する。白い毛皮の魔獣を見つけ次第、排除しろ! 磁雷は今すぐに紫龍の神性を獲得し、火煙は僕の所へ来い!」
不意打ちでやられた土剣王は仕方ない。だが、ここからは別だぞ。
いいじゃないか、白虎。
時間をかけて遊んでやろうと思っていたけど、そっちがその気なら終わらせてあげるよ。
負けるワケがないんだ。
僕の指示を聞き、氷晶王が白虎の前へと躍り出た。
『大権』が発動する。
古代の龍神の権能を、僕と青龍の寵愛でさらに強化した結果生まれた、後天的なユニークスキル。もはやその力は『龍』という枠にさえ収まらない。環境そのものを、自在に塗りつぶしてしまう。自然神の領域に到達した、正に究極の力だ。
……負けるわけがない。
生物が環境に敵うなんてこと、ありえないんだ。
そうだ。
負けるわけがない。
負けるわけがない。
負けるはず、ないんだ!
黒龍だぞ。この世界で最強の存在は僕だ。その気になれば、あの王たちを使って大陸の四季を変えてやることだって出来る。全ての生き物は、僕に生殺与奪を握られているんだ。
「ふ、ふふふ。あははは! どうした黒龍、お主の切り札、喰われているぞ!」
笑うな、笑うなよアオ。
ただ、寒さが弱点はなかっただけさ。そうだ。虎ってロシアにもいるような生き物じゃないか。氷に強くても不思議じゃない。
それだけだ。
偶然だよ。あの映像に映っている光景は、ただヤツが相性勝ちしただけなんだ。
まだまだ、僕にはたくさんの選択肢がある。
大丈夫、大丈夫。最後に勝つのは、ああ―――くそ。
くそぉっ!
なんでだ。
どうしてずっと、震えが止まらない?
◆
『龍血のアノン』率いる黒龍教の暴走。
当時の大陸における人間領域の東端、オタム王国とエゼルウス神聖帝国で発生した一連の事件は、冒険領域と呼ばれた位置にあったメポロスタ冥神国を巻き込んで、大戦のきっかけを作った。
大戦。
そう、大戦だ。
現代までの大陸史を振り返っても、類を見ないほどの戦禍を大地に刻んだ戦い。
これに比べれば、他の地域で起きた戦争など些事でしかない。
後の世に与えた影響が突出して深く、この戦争が無ければ今日の歴史はまるで違っただろう、と断言できるほどの特異点。
これを大戦と言わずに何と言う?
例えその結果が、どれだけ一方的なものだったとしても―――時代が切り替わったのは、確かなのだ。
『龍虎大戦』とは。
攻め寄せる一頭の虎と。
絶望の中、それでも死力を尽くして彼に抗った……万を超える龍たちの物語なのである。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
第4章 黒から白へ 了
次回 最終章
『白虎様のさじ加減』
10月20日 6時ごろ更新予定
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