白虎様のさじ加減
第81話 白虎様の楽園入り
『龍の楽園』といえば、山ほどある龍神教で共通の「聖地」として挙げられている場所だ。何でも、全ての生命の始祖たる「始まりの生命」が生まれた場所、らしい。
龍神が実在している以上、冒険者領域のどこかにあるのは確実で、その面積は人間の住む世界の10倍とも100倍とも言われている。魔力の濃度が高すぎるため、常に赤い雲が地面を流れていて、どんな宝石よりも美しい景色が拝めるそうだ。
もちろん前人未踏の地だから、誰かが直接見たわけじゃねぇ。あくまでも神託を受けたヤツらの話をつなぎ合わせて、そう噂されてるってだけの話だが。
聖地の発見は、全冒険者にとっての夢みたいなものだった。
辿り着けば複数の龍神から祝福を受けられるとか、10代に渡っても使い切れない財宝を賜るとか、神様の仲間入りをして不老不死になれるとか……字面だけ聞くと眉唾ものの伝説が山ほどある。
懐かしいな。
俺も若い頃はいっちょまえに探したりしたもんだ。過去の冒険者が残した文献を漁ったりして、発見者になる妄想を捗らせていた。
そんな、一種の憧れの場所……だったんだが。
「あ、ここですよ。この川の向こうが『龍の楽園』です」
……なんつーかアレだな。
道案内されて言われるがまま歩いて辿り着いちまうとこう、感動できねぇわ。
宝石のようだ、と噂されていた景色も……実際見るとそうでもねぇ。
確かに、昼間でも可視化した魔力が赤い霧となって地面の付近に溜まっている。だが特別綺麗かと言われると微妙だ。夜の森で見られる光景の昼間バージョンってだけだな。
これなら、海を見た時の方が驚いたぞ。
足下の感覚的に、この辺は岩石地帯なんだろう。森と言えるぐらい木が生えているが、ほとんど世界樹ばかりだ。普通の草や樹木が異様に少ない。
世界樹なんてのは砂漠だろうが海の中だろうが生えているものなんだから、この土地そのものは痩せ細っている、ということだろう。
考えてみりゃ、龍がごまんと住んでいるような場所だ。
他の生き物が住処にすることはねぇ。種を運ぶ草食動物が寄りつかない場所には、当然植物も生えてこない。一方で、住み着いている龍自身は、どこへでも飛んでいって狩りができる。寝床が荒廃してるかなんて関係ねぇわけだ。
『龍の楽園』と言えば聞こえはいいが、裏を返せば『龍しか住めない不毛の土地』って意味になっちまうってことか。
まあ、理想郷伝説の正体なんてこんなもんだよなぁ。
生き物を遠ざけるような存在は、そこにいるだけで迷惑ってことか。
……俺も、あんまり一カ所に留まらないように気を付けねぇと。
「ゴースト? 急に立ち止まってどうしました。もしかして、さっき食べたポイズン・フローアが当たりましたか?」
ちょっとセンチな気分だったのに間抜けな事を言わねぇで欲しい。
「ガルルァ」
「違うのですか。ではどうしたのでしょう? ……こういう時、喋れないのは不便だと思います。かわいい弟にそんなことをするなんて、相変わらずお父さんは意地悪ですね。わたしが話せるように改造してあげましょうか」
「ガウッ」
「また首を振っています。今のままで平気、ということでしょうか? 遠慮しなくていいんですよ、私はお姉ちゃんですからね」
耳の横で小さいリスが機嫌良く喋っている。頭の上だから直接見えないんだが、なぜか真っピンクの体をふんぞり返らせていると分かった。
このリスは死神ことフレイアだ。
正確に言うと、彼女の魂をコピーして植え付けたアンデッド、が正しい。
生き物の死骸を利用して作られたゾンビで、色んな小動物を切り貼りして外見を地球産のリスに近づけているという。ぱっと見はつなぎ目も無いし腐ってもいない。だが不思議と旨そうじゃねぇんだよな。食えない事はなさそうなんだが……変な感じだ。
「フンッフンッ」
「本当に大丈夫みたいですね。では、行きましょう」
「ガルル」
フレイアの本体は未だに穴の中で治療中なんだが、意識は既に戻っていた。
俺がハルカを倒し、その足で黒龍を追うことを冥神様に話すと、案内役としてこのリスが派遣されて来たのだ。
神殿に引きこもる彼女が使う、お出かけ用の体なんだと。要するに、エルフたちが使っていたゴーレムみたいなイメージだろうか。アレだって元は『アンデッド』、死神の眷属として生み出されたモノらしいからな。
「いざ、黒龍討伐! 姉弟で力を合わせて、お母さんを助けるんです!」
どうやら、冥神様とフレイアにとって大切な誰かが、黒龍の元に囚われているらしい。
フレイア本人だけでなく、冥神様からも『連れて行ってくれ』と頼まれている。
俺からしても、間違って巻き添えにしちまったら自殺モノだ。このリスは連れて行くしかねぇ。コピーとはいえ、本体との繋がりもあるので死なせると危ないとのことだが、冥神様が結界魔法でガチガチにガードするそうだから大丈夫だろう。
……「お母さん」ってことは女で、文明神だよな、たぶん。
どんな神様なんだろうなぁ。俺はフレイアと会話できないし、唯一喋れる爺さんが頑固にはぐらかすんで結局詳細までは分からないが……まあ、何となく察しはつくぜ。
アレだろ。
転生初日の夜に話してた「初体験」の相手だろ。
『たわけぇ! そんなに遅くないわ!!』
あ、違ぇの?
いやまあでも、奥さんなわけだろ。
『なっ、だ、誰があんなババアと夫婦になるものか! お母さんという呼び名は、フレイアが勝手にそう呼んでおるだけじゃ! 勘違いするでない!』
どうみても初恋の照れ方じゃねぇか。何だこのジジイ。
毛むくじゃらの顔で赤面なんかしやがって。見苦しいなんてもんじゃねぇ。
「待ってて下さい、お母さん。わたしと新しい弟が、必ず救い出しますから……!」
『大体あやつは龍じゃぞ、儂とそのような関係になるはずが……』
「そこの魔獣! この土剣王の治める巣へ立ち入ろうとは、良い度胸だな!」
あとな、すげぇ今更なんだが、俺を家族に混ぜるのはいくらなんでも無理があるんじゃねぇか? 「お父さんの神性を使って生み出されたんですから、君はわたしの弟ですね」って暴論だろ。
「お母さんを取り戻したら、皆で海に行きましょう。お父さん用に新しい体を作る必要があります」
『いや、「千差万別」の力で人に成れるのは知っておる、だが、だからといって……』
「しかぁし! 貴様も運が悪い! たまたまこの龍神、土剣王がこの場を通りかかってしまったのだ!」
しかも弟ってお前。
フレイアの外見は10歳とかその辺だぞ。フラシアとかウィルくらいだ。前世45の意識を受け継いでいる俺からしたら違和感しかねぇし、「喰らうがいい! 黄龍から受け継いだ、鉱石のブ」あとうるせぇ。「レスぅるぁら!」
頭の中と実際の耳元で聞こえる声に若干混乱しながら、通りすがりの龍を殴り倒しつつ、俺は『龍の楽園』へと足を踏み入れた。
「バカ……な……この、土剣王、が……い、一撃で……」
お。この龍、即死しなかったぞ。割としぶとい。
「だ……大丈夫ですか、ゴースト! びっくりしました。少し考えこんでしまったようです。油断はいけませんね、ここはもう敵地なんですから……」
「ガフッ」
「気を引き締めて、行きましょう!」
うわマズッ。
こいつ黒龍の縁者かよ。
噛みついて仕留めるんじゃなかったぜ。
入り口で龍神に出くわすとか、やっぱすげぇ場所ではあるんだろうなぁ。
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次回 白虎無双回
明日 6時ごろ更新予定
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