第39話 揺れる周辺国


 近代大陸史を語る上で絶対に外せない年がある。


 宝起暦ほうきれき267年。


 これは現在広く使われている暦ではなく、当時大陸中央部に存在していた鬼人の国家『サザンゲート宝神国』で使用されていたものだが、本書を手に取るような筋金入りの歴史愛好家であれば、共通認識として通用するだろう。


 そう。

 この年、かの国で初めて……大魔獣は歴史に登場した。


 一説では英雄譚『白き灯火』の主人公としても有名な、ローラ・オタムニアスとの出会いが先だと言われるが、実際に彼女とその仲間たちが活躍したのはもっと後年であるため、本書としては定説を元に続けることとする。


 

 今をもって「白虎様のさじ加減」と言われるこの時代。

 サザンゲートが、かの大魔獣に滅ぼされたことは幼子でも知る常識だが、宝神国の実体を語る資料は、その知名度と比較して意外なほど少ない。


 人口は数百万だったとも数千万だったとも言われ、どの程度の文化文明を持っていたのかも判然としない。

 これは後年、サザンゲートの後に建国された『メポロスタ冥神国』の祖が、鬼人たちから奴隷のような扱いを受けていたために、残された施設や書物を徹底的に破棄したためだと伝わっている。


 だが、どのような背景があったとしても弱小国家であったはずはないだろう。


 何せ『軍神国』、『武神連邦』、『山龍の巣』という軍事大国を周囲に抱えながら独立を保っていたのだ。その内、山龍とは盟約を交わした記録があり、軍神国、武神連邦とは幾度となく戦役があったと記録が残っている。


 宝という神性からは軍事力のイメージが湧かないが、鬼人という人種が強大であることは、現代でも武神連邦が証明している通りだ。

 もしも『宝』というのが財宝だけでなく、魔剣などの兵器をも生み出せるのだとしたら、凄まじい軍事力を有していたとしても不思議ではない。

 

 白虎がこの国を滅ぼすのにかかった日数は、おおよそ2週間ほどだったと言われている。大陸史上でも類を見ない、神ならぬ存在が神を殺した事例であり、国に住まう鬼人が文字通り『全滅』したという事実も合わせて、かの大魔獣がいかなる存在であるかを周辺に知らしめるには、充分すぎる事件であった。


 これをきっかけにして、大陸の勢力図は大きく移り変わっていくことになる。


 白虎の一挙一動に大陸が震撼した時代。我々人間の躍進が始まった時代であり、鬼人、妖精、龍人など他の人類にも、かの大魔獣と関わる多くの英雄が誕生した。

 

 だからこそ、筆者は思うのだ。

 歴史が動いた国、サザンゲート。

 最初であったが故に、唯一白虎と真正面から戦ってしまった鬼人たち。


 彼らの中にも、大陸史に紡がれることのなかった、綺羅星の如き英雄がいたのではないのか。

 遠い未来の我々が知ることは出来ない、白虎と鬼たちの物語があったのではないかと。



 本書は、各地に残る僅かな口伝と、他国による戦記資料などから、『サザンゲート宝神国』の実体を考察してまとめたものになる。

 筆者は自費出版しか経験の無いアマチュア研究家だが、このテーマに関してだけは、なかなかの見知があると自負している。


 とっておきの資料があるのだ。

 筆者の実家にある蔵から見つかった日記。その内容を翻訳したものである。


 日記の持ち主は、『メポロスタ冥神国』初代総理大臣の義弟である我が先祖だ。奇しくも彼と同じ名前を付けられたことで、筆者は歴史に興味を抱いた。

 主に建国当初のことが記されているが、少しだけサザンゲート時代のことにも言及されている。


 筆者自身の考察の他に、巻末には翻訳前の原本をコピーしたものも掲載している。

 驚く情報が多いだろう。

 歴史愛好家の諸兄には、是非ともこちらをご覧頂き、もしも解釈についての意見などがあれば、筆者宛てにご連絡頂きたい。


 ああ、そうだ。一つだけ。『3000年前の鬼人が何を主食にしていたか』など、人によっては誤解を生んでしまう可能性もある事柄が記されているが、あくまでも遠い過去のことであり、現代の鬼人とは何一つ関連性が無いことを、ここに強く明記しておく。



 共に、あの時代へ思いを馳せようではないか。



 統一暦 2020年 8月30日 

 著者 ウィル・イケタニ 4世

 

 



 ◆





「アカン、アカンわ。アレはアカン」


「何が見えたんですか? 魔神様」


「宝神が食われた」


「冗談でしょう?」


「んな意味の無いボケかますか、アホ! 事実や。あの獣、ホンマにヤバいで。国ごと滅ぼすような毒の魔剣つこたのに無傷や。タカツキの奴、ほとんど手も足も出ずに食われてもうた」


「では、宝の神性は」


「一緒に獣の腹の中やろ。……でも、アイツ自身が神になった気配はせんな。ってことは眷属か。……あのレベルの眷属? 龍神か、まさか自然神……んなことありえるんか? いや、そもそも人類以外が文明の神性を取り込んだ例が無い。そこから調べな……」


「サザンゲートはどうなりましたか」


「ゴブリンさえ1人も残っとらん。食用のヒトはぎょうさん居るみたいやけど……なんでヒトだけ食わんのやろ。まさか鬼人しか食わん生き物なんか? 冗談やないで。ウチの国も滅びてまう」


「そこまで言うのですか? 魔法を司る神たる貴方さまが、そこまで?」


「……こんなこといいたか無いけどな。自分らの神性って薄いねん。魔法とかどの神でも与えられるし、剣とか槍は宝の下位互換みたいなもんや。分かるやろ? 一つの国に4柱も固まって、ようやく他の神と渡り合える」


「…………」


「スマン、巫女に聞かせる話やないな。代替わりしたばっかやのに」


「そう思うなら謝らないで下さい」


「せやな。それより、これからどうするか考えんと。……とりあえずヒトやな。ウチの領内だけでもヒト食いはやめさせんとアカン。いや、いっそ下層線ごと解放して、権利与えて味方にするか……アレがこっちに来たとき役に立つはずや」


「領内が混乱しますよ」


「仕方ないわ。別にヒト食わな死ぬってワケやあらへんし」


「ですが、他領にも影響が…………あっ、そうだ。剣神様の巫女から聞いたんですが、サザンゲートが混乱していたら槍神様と組んで侵攻したい、とおっしゃっていたそうです」


「なんやて!?」


「まずいでしょうか」


「相当ヤバイな」


「止めますか」


「ああ。たぶん弓神も見てたはずや。自分とちごて音までは拾えてないやろけど、アレが化け物なのは分かったはず……2柱がかりで説得やな。最悪、国を割るかもしれん」


「そんなことになったら、武神連邦は……」


「国の存続とか気にしてる場合ちゃう! あんなぁ、巫女ちゃん、しっかり危機感ついて来てくれな困るで! 自分はな、あの獣は黒龍と同じレベルやと思っとる。ホンマに鬼人を絶滅させられる存在なんやと認識せんと!」


「……わかりました。貴方様がそこまで言うのなら」

 

「幸い、サザンゲートとの間には大河がある。アレならそれぐらい飛び越えられるやろけど、わざわざ優先してこっちに来る可能性は低い……はずや。時間はある。そう思って何とか国を纏めんと……」


「巫女としてサポートします。何なりとお申し付けください」


「頼むで」





 ◆





「山龍さまは今日もぐっすりか」


「ええ。たぶん後10年くらいは起きないでしょう。どこぞのアホ国家が侵略でもしてこない限りは」


「さすがにそんなバカが居ないか……。あーあ、早くお目に掛かりたいなぁ。せっかく毎日鱗を磨いているのに……。子供だって作らなきゃならないし」


「焦りすぎですよ。巫女になってまだ3年じゃないですか。あと150年はいけるんですから気長に待ちましょう」


「爺やは悠長だな、相変わらず。とはいえ、奉じるお方が寝ているとやること無いぞ」


「では、弟子に稽古でもつけてはいかがです?」


「鬼っこたちか。でも、もう何年も下山させられるレベルのは出てないからなぁ」


「奥義まで習得できる者は稀です。過度な期待は精神衛生上、良くありません」


「そうか。そうだよなー。ま、ちょっとは見てやるか」


「それがよろしいかと。龍人ではないとはいえ、我が国の国民ですから」


「……ウチを他の人類基準で『国』っていうの、どうなんだ? ただの山だぞ。っていうか、サザンゲートから受け入れた弟子ってウチの国民なのか?」


「その辺のややこしい事は爺やにお任せください。巫女様が出張ると、しっちゃかめっちゃかになるので」


「うん。まあ、私もやる気はない。あくまでも山龍様のためにある体だからな。でも何か言い方にトゲがない? 気のせい?」


「どうぞお気になさらず。……特に今は、面倒なことになりそうなので」


「うぇ、そうなの?」


「ええ。ちょっと厄介な獣が出たようでして」


「獣? 災獣ってやつか」


「近々下山して様子を見て来ます。まあ、明らかに山の生き物ではないので、こちらからちょっかいを掛けなければ大丈夫だと思いますが。少なくとも、山龍様が起きることにならないよう、努力します」


「……ちょっと期待したのに」


「不謹慎ですよ、巫女様」





 ◆




 

「博士! 博士ーっ! 大変です!」


「いやだ。聞きたくない!」


「あっこら、耳を塞いでも無駄ですよ、エルフなんですから!」


「うう……人間はずるいぞ。なんで私たちだけこんなに耳が長いんだ」


「んなこと俺に言われても……って、それどころじゃねぇです! 神王陛下から上層線に呼び出し食らいましたよ!」


「やっぱり最悪の報せじゃないか! 研究所の閉鎖だろ!? ちょっと200年くらい成果が出ないからって、こんなの横暴だ!」


「俺目線だとむしろ超優しいと思うんですが、違います! 怒られるんじゃねぇです。むしろ神官どのニッコニコでした!」


「無駄飯食らいのキメラを一掃できるから喜んでるんじゃないの?」


「だから違いますって! 褒められたんすよ。『キミ、確かに私は、研究費用が欲しければご自慢のキメラで憎き宝神国に打撃を与えてみろ、とは言ったがねぇ……。やるならやると言ってくれたまえよ。だがまあ、よくやった』って」


「上手いな、物真似」


「そこですか!?」


「いや、言っている意味がよく分かんなくて……。何? ウチのキメラが何かしたの? 全部ケージの中に居るんだけど」


「なんか、宝神国の中で見たことない魔獣が暴れてるんですって。前線にいた『十宝剣』が全員引いたらしいですよ。戦費が嵩んでたからお上は大喜びだったとか」


「その魔獣がウチのキメラだって?」


「そう言われました」


「勘違いじゃん! ちゃんと訂正したよね!?」


「胸張って『ありがとうございます!』って返しました」


「何で!?」


「だって成果出ないと研究所閉鎖じゃないっすか!」


「助手くんアホなの!? 頭良いから抜擢したのにぃ!」


「とにかく、神王陛下の所に行って『例の魔獣はウチのキメラです』って説明して来ましょうよ! それでたんまり研究費もらいましょう!」


「その後はどうすんのさ!」


「こっそり宝神国まで行って、その魔獣を連れて帰るんです。神王陛下にお見せすれば、さらにガッポリ費用貰えます!」


「めちゃくちゃだよ! そんなヤバそうな魔獣をどうやって連れ帰るのさ? しかも鬼人の国の中なんて……入ったら私も助手くんも食べられちゃうぞ!」


「キメラ連れて行けばいいんです。大丈夫、あの子たちは実際強いですし。それに、魔獣なら俺に秘策があります!」


「不安だ……。とても秘策のままにはしておけない。もったいぶらずに今、言って」


「培養肉ですよ! それで手なずけるんです!」


「上手くいくかぁ! そんなもん!」


「いいえ、エルフの博士はアレの旨さを知らないんでしょうが……。肉を食う生き物でアレの虜にならないヤツなんていませんよ。人間である俺が断言します」


「キミ食べたの!? キメラの餌を!」


「実際、全然コントロールできない失敗作のキメラが俺らの言うことを聞くのは、あの肉のお陰ですよ……大丈夫、俺は前世で猛獣を飼育する仕事してましたから! お手のものですよ! 任せて!」


「キミが転生者なのは知ってるけどさ、どこから来るんだその自信!?」


「俺のユニークスキル『料理王』で魔獣だってイチコロですって!」


「助手くんが暴走しちゃった……。もうだめだ。おしまいだぁ」





第二章 『剣技神髄』 了


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


次回 第三章 『君とキメラに花束を』 

   第一話 人間、解放


明日 6時ごろ更新予定

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