君とキメラに花束を
第40話 白虎は次の冒険へ
「オ?」
「アウウウ!」
「オオオ、オアーッッ!」
この、俺の目の前で奇声を上げながら、世界樹の幹に向かって一心不乱に斧を叩きつけている生き物は、新種の魔獣―――ではない。
「こらこら、皆さん! そんなに勢いよく叩いては刃がダメになってしまいますよ」
人間だ。
ゴブリンたちの国、『サザンゲート宝神国』という名前だったそうだが、その中で家畜として飼われていた哀れな人間たち……。
「オア?」
「ホッホホウ!」
「オオオアアアアーッ!?」
いややっぱ魔獣か?
臭いは人間なんだけどな。鼻が信用できなくなると困るんだが。
「ああっ! ですから違います……違う……違うって言ってんだろ!? 手で叩きつけんじゃなくて腰を使うんだよ、腰! その斧寄越せ、ちょっと見てろ!」
穏やかな顔で野生人間たちを指導していた転生者……もう1人の喋れる子供から「先生」と呼ばれている黒髪のガキが、楽しそうに木を叩いていた1人から斧を取り上げて、振りかぶる。
「いいかっ? 刃をきちんと幹に当てて、踏みこんで腰を回して……こうッ!」
シュパァッと軽快な音を立てて、いとも簡単に世界樹が伐採された。
斧からする音じゃねぇよ。
俺の体よりも太い大木を軽く両断する、見た目がフラシアくらいのムキムキなガキがそこにいた。
「やってみろ!」
「オアッ、アアアアーッ!!」
「そうだ! いいぞ! 出来れば一振りで2本いけ!」
おかしいなぁ。
明らかに転生前の俺より遥かに強いぞ。
どうしてこうなった?
いや……俺のせいなんだけどさ。
◆
上層線で「この森からゴブリンを根絶やしにする」という目標を完遂した俺は、ひとしきり達成感を味わい、念入りに生き残りがいないかを確認した後、壁の向こうにいる人間たちの元へ向かった。
冥神様を崇める国を作るんなら、国民は1人でも多い方がいいに決まっている。なので転生者の所まで届けてやるつもりだった……のだが。
当たり前の問題が出た。
「ガルッ」
「ああう、ああっ!」
「あー、あー!」
「ううあうー!」
どうやって連れてきゃいいんだ? これ。
結界を解いた瞬間逃げて行っちまいそうな人間たちを見て、俺は途方にくれた。
魔獣を殺しまくるのに夢中で、何も考えてなかったわ……。
どうしよう。
1人ずつ咥えて行くか?
……いや、こいつら服さえ着ていないしな。俺も子虎時代は母親に首根っこ咥えられて運ばれたが、あれって首の皮がダルダルだからできる事だしなぁ。人間、それも体重の重いデブに同じ事したら絶対牙刺さるわ。
いっそ結界に入れたまま転がして行こうか。
……地獄絵図だな。
ローラたちの時は向こうの言葉が分かったから、一旦観察しようという気が起きた。だけどコイツらはそれも無ぇ。そもそも、コイツら同士で意思疎通ができてんのかどうかもよく分からん。
このまま結界を解いたら、なんやかんやで転生者のいる街まで行ってくれたり……しないよなぁ。
しばらく悩んだ末、浮かんだ案は一つだけだった。
回復魔法だ。
彼らは衰弱してるし、軽くだが怪我をしている。これを治して「味方だ」と思われる。
ローラたちの時に失敗した作戦だが、あの時と今の俺は違う。
魔法を使うのも初めてに近かった頃に比べて、『冥神の祝福』にも慣れてきたし、神様が回復魔法を使うところを見て感覚も掴めている。
今度こそ上手くいく……そんな気がする。
つーか、これがダメだったらもう他に手が思いつかねぇんだよ。
そん時は、連れて行くこと自体諦めるしかなくなる。
まあ、元々神様も放っておいていいと言ってたんだ。
これは完全に俺の自己満足。失敗しても別にマイナスがあるわけじゃねぇ。回復魔法で相手が死んだりはしないとも聞いた。
それに、仮に上手くいった所で、コイツらが俺に付いてきてくれるかどうかも分からないしな。
だからとにかくやってみよう。
そう考えて、軽い気持ちで魔法を掛けてみたんだが……。
「オオオオオアアアアアッ!?!?」
その結果がコレだ。
神様が解毒の回復魔法を放った時のことを思い出し、グロテスクな赤い玉ではなく柔らかな波をイメージして放った『スタミナ・ヒール』。軽い擦り傷程度なら治せ、失われた体力を一時的に回復させる魔法……だったんだが。
効き過ぎた。
回復魔法を浴びた数千人の人間たちは、女も男も子供も大人も疲労が回復するどころか元気いっぱいになっちまった。
ぽっちゃりめだった体型がゴブリンキング並に筋骨隆々となり、外見相応のパワーで地面を叩いて揺らしたり自分の身長を超えるほどの垂直跳びを始めたりする。
最終的には俺の周りを「オウッオウッオウッ」と歌いながら取り囲み、一斉に平伏した。
「……ゴロロロ」
「オア!」
「オアーッ!」
「オオアアア!!」
試しに喉を鳴らしてみると、歓声を上げやがる。
どうみても服従してる。
嬉しかったってことでいいのか? これ。
人間相手なのに何考えてんのか全然分かんねぇよ。
つーか何なんだ、この効果。神様が回復魔法を使った時はこんな事にならなかったじゃねーか。同じようにやったのに、なんで俺の時だけ……いや……?
思い返してみると、ローラたちに向けて放った『スタミナ・ヒール』が世界樹に当たった時。
まるで新種の魔獣が生まれたかのようじゃなかったか?
疲労回復どころか、生命力に溢れて異常な成長を遂げた。そんな風に見えなかったか?
アレをマイルドにして人間に掛けたら……。
……これ……ひょっとして、悪いのは魔法の使い方とかじゃなくて、術式そのものの方なんじゃねぇの?
少なくとも、絶対『スタミナ・ヒール』じゃないだろ。
「オッホホホホーア!!」
後で、神様に聞いて見た方がよさそうだなぁ。
◆
とまあ、こんな経緯で野生の塊と化した人間たちを引き連れて、転生者たちの居る街へと戻って来たわけだ。
「御使い様ァ! よくぞご無事で!」
出迎えてくれた先生は、俺の姿を見て涙を流しながら叫んだ。
「御使い様! やはりあの地響きは御使い様が鬼共を殲滅する様子だったのですね。そしてお戻りになられたということは……奴らに無事、冥府の鉄槌を!?」
これに頷いてみせると、人間たちは沸きに沸いた。
意味が分かってるのは先生とウィルって名前の2人だけっぽかったが、残りの奴らも2人が喜んでいることに喜んだ。俺が連れてきた連中も乗っかった。
先生は、俺が大人を連れてきたことにもむせび泣いて感謝した。
そして彼らが超人的な身体能力を発揮するとメチャクチャに羨ましがった。なんでも、この街の中にある建物……世界樹をくり抜いた魔獣式の住居を解体して、普通の家を建てたかったんだそうだ。
そのままでも充分使えそうなんだが、魔獣たちが居た痕跡は遺したくないらしい。
気持ちは分かる。
俺はちょっと迷ったが、「もう数千人にやっちまったんだから今更一緒か」と思って、彼らにも『スタミナ・ヒール』を掛けてやった。
で、今に至るわけだ。
「よぉーし、皆ァ! 今日中にこの街の建物を全てぶっ壊すぞッ! 真っ二つにする前に、食料や使えそうな道具を回収するのを忘れるな! 仲間の遺体を見つけた時は、もちろん埋葬するんだぞ!」
「「「オオオオアアアアーッ!!」」」
どういうワケか、野生化した人間たちは先生の言うことが理解できるらしい。『信仰適性』の効果だろうか。「教えを説く」「他者を導く」という行動そのものに働くスキルなのかもしれない。そうだとしたら、ちょっと欲しいな。
「イ、ル。イル」
「ちがうよ、ウィル。ぼくの名前は、ウィルだ。ウ、ィ、ル」
「ゥイル……あーう」
「むずかしいよね。でもがんばろう」
先生らが超人式世界樹爆速伐採を行う傍らで、ウィルと呼ばれていた5才くらいの少年が言葉を教えている。
こっちは同じ空間で行われているとは思えないほど和やかな雰囲気だ。元々この街にいた子供たちの内、10人くらいは『スタミナ・ヒール』を受けても野生が爆発しなかった。
何か条件があるらしいな。
彼らには、どうかそのままでいて欲しい。
だが、まあ。
この分なら、人間たちは放っておいても問題なさそうだな。
ここは冒険領域だが、もう周辺に強い魔獣は居ない。一番ヤバかったのは掃除できたんだから当然だ。小動物型のが多少は出るかもしれないが、あれだけ野人がいりゃ何とかなるだろう。
必要が無いなら、長居をしても仕方ねぇ。
早々に立ち去ることにしよう。
「あっ」
街の外壁を飛び越えて行く間際、ウィル少年がこっちを見て声を上げた。
「ガル」
頑張れよ。
そういう意味を込めて一声だけ鳴く。
「あ……ありがとう、ございました!」
その言葉を背に跳躍する。
一瞬のことだ。
俺の体はすぐに街を離れ、森の中へと戻っていく。
まずは下層線まで戻って、サザンゲートから出よう。
その後は……さらに森の奥へと向かうのだ。
どこまでも広がる冒険領域。
その果てを見た人間は誰もいない。Sランク冒険者でもだ。
行けるもんなら行ってみたいのが、人情ってもんだろ?
俺は白虎だけどな。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
次回 白虎に秒殺される運命の者たち、登場
明日 6時ごろ更新予定
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