第41話 フェリア博士


「ひぃ、ひぃ、ひぃ……」



 息が上がって情けない声が出る。自分でも嫌になるけど、どうしようもない。

 ただでさえ運動は苦手なのに、今は背中に大きなリュックを背負っている。中には機材と味付き培養肉が詰まっててパンパンだ。


 ありえないくらい重い。



「はー……、はー……」


『フェリア博士、もう少し早く歩けませんか』


「ぜー、ぜぇ。そんなこと、いったって」


『いやぁ隊長、そいつは無茶な話ですって』


『そうですよ! 普段から机にかじりついてるお勉強屋さんなんですから』


『お気を付けくださいよ、博士! 転ぶと真っ白な白衣が土まみれになりますぜぇ』



 周りで星鉄の塊がゲラゲラと笑い声を上げる。


 でも、その表情は真顔のままだ。ピクリとも動かない。私と同じような姿をしているけど、ここにいるコイツらは生き物じゃない。

 『星鉄』という柔らかい金属で出来た皮膚の下には、良く分からない板とか歯車がぎっしりと詰まっている。

 『ゴーレム』という生命の無い怪物アンデッドを改造した、遠隔操作で動かせる兵士。軍神国内では『戦闘機』と呼ばれているものだ。


 この笑い声を実際に発している奴らは今、空調の効いた司令室で椅子に座り、モニター越しに私を見ているんだろう。



『走れとは言いません。ですがせめて、我々と歩調を合わせて頂かないと』



 そりゃ、実際に遅いとは思うけどさ。

 そんな言い方って無いじゃないか。


 原生の森は国の中と違って道が整備されていない。細かい起伏や木の根なんかの障害物が多くって、大変なんてものじゃないんだぞ。ボタン操作でゴーレムを動かしているやつらに何が分かるって言うんだ。



「はぁ、はぁ……わかり、ました。頑張ります……」



 でも、それを口に出す勇気が私にはない。

 彼らに守ってもらわなきゃ、こんな所を歩くことなんて出来ないんだから。


 


『頼みますよ、全く……。このままでは宝神国へ侵入する前に我々のバッテリーが尽きてしまいそうだ』


『なんてこった! 隊長、そりゃあ軍神国にとって重大な損害ですよ』


『キメラ研究者なんて無駄飯食らいのために、貴重な戦闘機を4機も失うなんて悲劇です!』


『しかも我らはネームド部隊「ブラッディレイン」ですよ! 専用チューンされたこの機体が鬼人どもの手にでも渡ったら……ああっ、国家の危機だ! こりゃあ博士、是が非でも急いで頂かないと!』



 何が貴重だ。

 戦闘機なんていくらでもスペアがあるじゃないか。

 


『ほら博士、走って走って!』


「あ、や、やめ……押さないで!」


『おおっと、重そうな荷物のせいでバランスが悪い。転んでしまいそうですね。よろしければ支えてあげましょうか? その胸についてるでっかいの!』


『バーカ、戦闘機越しに触ったって意味ねーだろ!』


『ハハハ! 冗談だよ冗談!』



 私の体に触るなクソ野郎。

 お前らが押すから転びそうになってるんだ。

 この、低脳ハゲチビブスエルフ。死ねばいいのに。

 

 ああ……恨むぞ助手くん。私だけこんな目に遭わせて。

 いや……八つ当たりか。彼、必死に付いて来ようとしてくれてたもんな。


 そうだ。これは、私の研究所を存続させるために必要な賭けなんだ。

 嫌々じゃない。

 納得して、自分の意思でここにいる。

 

 ……我慢だ、我慢。



『全く貴様ら、いい加減にしろ』


『しかし隊長! せっかく前線を離れられたというのに、彼女は我々の貴重な休日を潰したのです。ならば、そのストレスを晴らす義務が彼女にはあるかと!』


『だから、ほどほどにしろと言っている。後で訴えられても私は知らんぞ』


『そいつはひでぇです、隊長!』


『まあ、戦場の英雄であるネームド、敵からも「特記戦力」と謳われた我々「ブラッディレイン」を……潰れかけの研究所ごときがどうこうできるはずも無いか?』


『ちげぇねぇ!』


『うひょー、冷たい声! 隊長はやっぱクールだぜ!』


『こらこら、誰が氷の特攻隊長だ。私はこんなに暖かい心の持ち主なのに』



 また下卑た声で笑い合っている。

 気持ち悪い。

 何が英雄だ。何が特記戦力だ。

 うちのキメラの方がよっぽど賢いんじゃないか? こいつら、遊び感覚で戦争やるから頭がバカになってるんだろう。


 

 私たちエルフは寿命が長い。

 その代わりに出生率がとても低い。

 1人のエルフ女性が2000年の生涯で生む子供の数は、平均10人を下回る。


 長年研鑽を詰めるから、個々としてはとても能力が高いけれど……それだって、40歳クラスのオーガや同じように長命なヴァンプに比べて圧倒的って程じゃない。ゴブリンのような存在も居ないので、こと戦争においてはかなり不利な人種だ。

 

 だからこそ、神王陛下は効率的に戦うために軍の神性を得たし、研究者たちはエルフを死なせずに戦う方法を必死で考えた。


 私が親から引き継いだ、キメラ研究もその内の1つだ。

 エルフの代わりに戦う魔獣の兵器。無限の命を持つと言われる龍神、山龍を参考にして作られた人工生命。

 初めはそれなりに活躍したそうだ。

 私の親も結構な地位にあって、国内でブイブイ言わせたらしい。


 でもここ数年は、新しく登場した『戦闘機』に立場を奪われてる。


 連射性能の高い特殊な弓を装備して、遠くからボタンを押すだけで射撃攻撃ができる戦闘用ゴーレムは、人的損害のリスクもなく最前線に投入できる。

 壊れれば新しいのを作れば良い。

 スペアを用意すれば、同じエルフが何回でも出撃できる。


 強さに個体差がある上、成長に時間がかかり、死んだらそれっきりのキメラよりも、よっぽど戦争向きの技術なのだ。


 

 さらには追い打ちをかけるように、肝心のキメラ自身も能力の向上が200年くらい止まっていて、敵国に対策を取られるようになっていた。宝神国なんて、『獣殺し』っていう専用の魔剣が一兵卒にも配られたくらいだ。


 そんなこんなで……私が所長になった頃には、すっかり「キメラは無駄飯食らい」と揶揄されるようになっていた。


 戦闘用に造られた子たちは必然的に肉食で、エルフが一切食べない食肉を生産しなければならなくなる。

 予算委員会が難色を示すのは当たり前だった。

 活躍できてた頃は良かったけど、今じゃ畜産用の施設は全て取り壊し。何とか魔法培養したものを与えているけど、それだってタダで作れるわけじゃない。「そんなモノを生産する余裕があるなら、普通に野菜を作れ」と毎度の如くチクチク言われる。


 このままじゃ、近い内に「キメラ研究所」は「野菜培養研究所」にされてしまう。

 しかもそれだって、農業を生業にする下層線の人間たちから非難されること請け合いだ。


 

 もう、この国に私とキメラたちの居場所は無くなってしまうんじゃないか。

 

 助手くんが「あの話」を持ってきたのは、そんなことを悩んでいた時だった。




 ◆




「宝神国に現れた魔獣を、私たちの研究成果として報告するって……正気か助手くん!?」


「俺はいたって真面目です。これしか予算を得る手はありません」


「でも嘘じゃないか! 軍神陛下にそんなこと言ったら、研究所どころか私の両親の首まで飛んじゃうよ!」


「あんなクズ共……いや、親御さんの心配ができる博士は、とっても素敵ですがね。……大丈夫ですよ。神王陛下に嘘を吐かなきゃいいんですから」


「……思いつきで言ってるわけじゃないの? 培養肉を食べさせればイチコロ、とかふざけたこと言ってたけど……手なずけただけじゃ絶対誤魔化せないぞ? 鑑定スキルを使われたら一発でバレるんだから」


「ええ。だからこそ、とっておきの秘策なんです。これを見て下さい!」



 そう言って助手くんがアイテム袋から取り出したのは、一見するとただの培養肉だった。こんがりと焼けた骨付き肉。キメラたちが喜んで食べるいつものヤツだ。



「これがどうしたの」


「こいつはですね。俺のユニークスキル『料理王』と博士の研究成果が合わさって生み出された特別な逸品なんです。名付けて『誰でもキメラ肉』」



 何だその頭の悪い名前。



「食べるとメチャクチャ旨いのはもちろん、鑑定スキルで見た時、種族名が『キメラ』と表示される……という効果がある料理です」


「……言ってる意味が分からないんだけど」


「そのままの意味ですよ。俺にも原理は分かりません。でも知ってるでしょ? 『料理王』で作った食事を食べると、魔法的な能力強化バフが得られるって」



 確かに、助手くんは『疲れを癒やすサンドイッチ』とか『怪我が治るミネラルウォーター』みたいな、一体どういう理屈で作られているのか皆目見当もつかない、摩訶不思議な料理を生み出すことができる。

 ミネラルウォーターなんて材料に水を使わないんだ。

 っていうか実際に調理さえしない。


 1度作るところを見せてもらったことがある。ミネラルウォーターはニンニクとお茶の葉っぱから出来ていた。その2つを鍋に入れてかき混ぜると、謎の煙がホワホワっと湧いてきて、いつの間にか透き通った液体に変わっているのだ。


 ワケが分からなかった。


 何がどんな反応を起こしたらそんな事になるのか、私も研究者として解明しようとしてみたんだけど、もう怖いくらい、本当にワケが分からなかった。


 転生者のユニークスキルがメチャクチャだって噂は聞いてたけど、あれは想像以上だったなぁ。



「キメラの餌用の培養肉と、博士が上層部の圧に負けて研究を始めた培養野菜。あとはフルーツ・ライカンの背中からリンゴを一つ頂いて混ぜたらこうなったんです」


「何を勝手なことをしてるんだ」


「正直、見つけた時は「なんだァ、このレシピ」と思ってたんですけど……人生、何が役に立つかなんて分かりませんねぇ。思いついたら試してみるもんです」



 えーっと、要するにこうか。

 今助手くんが持っている肉を、例の魔獣に食べさせれば……鑑定に表示されるステータス上は、キメラに分類される、と。

 


「……いやでも、ノコノコ近づいたら肉を与える前に殺されちゃうんじゃないの?」


「他にも激うま培養肉を沢山持っていけば、大丈夫です。肉食獣ってのは、目の前に「簡単に食べられる餌」があればそっちを優先しますから。食事中に近づいたりしない限り、わざわざ襲いかかってきたりはしません」


「そんなんで手なずける所まで行けるの?」


「こればっかりは、やってみないことには。……でも博士、最悪手なずけられなくてもいいんですよ」


「ええ? なんで」


「目的は研究所を維持するための予算確保でしょ? つまり完璧な成果じゃなくていいんです。『十宝剣』を退かせるレベルのキメラが出来たって名目さえあれば、確実に追加予算出ます。「今度は制御できるのを造れ」、ってね。とにかく、今俺たちに必要なのは『キメラ研究は無駄じゃない』って印象! 嘘から出た真に出来るかどうかは、次の問題です」


「う、う~ん」



 一理……あるかも。


 何せここ数ヶ月、わがミフストル軍神国は、宿敵サザンゲート宝神国に押され気味だ。

 前線に宝神国最強のトンデモ魔剣使い、『十宝剣』が2人も出張ってきて、小競り合いの度にこっちのネームド戦闘機がいいようにやられてるって話だった。


 『十宝剣』は文字通り宝神国の顔だ。

 外交や国内の締め付けにも忙しく、普通なら国境沿いの小競り合いにわざわざ、それも2人も揃って現れるようなことはない。


 これを、軍神陛下は本格的な侵攻のための威力偵察だと判断した。


 国を挙げての抗戦準備が進められる中、巷では、たった2人の『十宝剣』に翻弄されるネームドたちの実力を疑問視する声も囁かれた。

 「もしも侵攻の時、『十宝剣』が勢揃いしていたら……」という不安が国中に蔓延していた。


 そこへ来て、今回のニュースだ。

 『十宝剣』を前線から退かせる「強さ」。これは今の軍神国にとって、大きな価値があるといえる。

 私たちがそれを造れるとなれば、予算が降りる可能性は大いにある……。

  

 

「……確かに。ただの一時しのぎに過ぎないけど、やる価値はある、かも」


「でしょう! 後のことは予算が入ってから頑張ればいいんです!」


「そうだね。……よし。やろう助手くん! 2人でこの研究所を救うんだ!」


「はい! 研究員は元々俺らしかいませんけど!」


「余計なことは言わなくていいっ!」



 こうして、私たちは一世一代の賭けに出た。

 軍神陛下へ謁見し、キメラの有用性を大いに語った。覚悟を決めると私の口から大言壮語が出るわ出るわ。

 いつの間にか、宝神国に混乱をもたらした魔獣は「見たこともない美しさと神聖さを持ち、同時に見るものへ畏怖を与える無敵のキメラ」ということになっていた。助手くんからは言い過ぎだと睨まれた。


 だが、結局はそれが功を奏し、みごと軍神陛下から作戦行動の許可を得た……のだが。



「ほぉぉー……? 吾輩の『戦闘機』がオモチャ以下のぬいぐるみに見えるほど強い、と。言ってくれるではないですか、無能の子如きが……ッ!」



 ちょっと言い過ぎて、嫌みの塊みたいな男を怒らせてしまった。



「で、あれば軍神陛下。吾輩はこのように提案致します! 我が最精鋭たるネームド部隊をフェリア博士の護衛として同道させ、その存在するかどうかも怪しい最強のキメラとやらを陛下の前までお届けする!」



 完全にやぶ蛇だ。助手くんが強く抗議してくれたが、「件のキメラが制御できず、国にとって危険な存在になる場合、その場で排除する必要がある」と、最も過ぎる陛下のお言葉で引き下がらざるを得なかった。


 その結果が、今の状況だ。



『おおっと、すみません博士! うっかり操作をミスして足を引っかけてしまいました。大丈夫ですか? お一人で立ち上がれますか? 手を貸して下さい、とお願いするなら手伝って差し上げても構いませんが?』


『大変だ、白衣に泥が着いてますよ。ホラ、お胸の辺り。俺が払ってあげましょうか? これは善意なんで、どこを触っても訴えないでくださいねぇ?』


「…………自分で、できます」



 ここにいるのが助手くんじゃなくてクズどもなのは私のせいだ。

 自業自得。

 だから我慢、我慢……。





 できるかぁ!



 なんだコイツら、短い時間で人の堪忍袋を何度も何度も引きちぎりやがって!

 絶対許さないぞ。

 何か方法を考えて、ギッタギタにしてやる。どんなに陰湿な手を使っても社会的に殺してやる。根暗野郎ども、研究職だからって大人しくしてると思うなよ……!


 でも、復讐プランを練るのは後だ。

 今は1秒でも早くこのクソみたいな状況から抜け出す!



「…………隊長さん。計器の反応はどうですか。だいぶ宝神国に近づきましたが」


『ん? ああ、魔獣がいるかどうかを探せるというレーダー……これですか』


「そうです。画面に何か表示されてませんか?」


『青い点がポツポツと。位置的にサザンゲートの中ですね』


「魔獣の反応ですね。一番色が濃くて大きな点はどこに?」


『……わりと近いですよ。国境の外、ちょうど我々の方に向かっているようです。凄まじい大きさの点ですね』



 こっちに来てる?

 あ、もしかして、私が背負ってる培養肉の匂いに釣られたのかな。

 助手くんが「おびき寄せるのにも使えるはずです」って言ってたし。



「それがたぶん、ウチのキメラです。目の前まで来たら、一旦餌を与えて落ち着かせますので……そしたら計器のモードを『鑑定』に切り替えてください」


『モード?』



 出発前に説明しただろこのトンチキ!



「…………ただの魔獣じゃなくて、ウチのキメラだと皆さんに証明するためのモードです。ウチの研究所で生まれた子なら、体内に植物の因子を持っています。お渡しした計器は、その反応を捉えることができるんです」


『植物? なぜそんなものが』


「っですから! 動物と植物を融合して造るのが、キメラなんです! ちゃんと説明聞いて―――いえ、失礼しました。とにかく、目の前まで来たらまずは肉を与えて落ち着かせますので、その間に鑑定モードに切り替えをお願いします。ボタン一つですから簡単……って、あれっ? どこへ行くんですか!」



 話の途中なのに、私の周りに居たクズ共が突然走りだした。

 隊長が何か合図したからだ。 



『制御できないかもしれないのでしょう? 護衛対象を危険な目には遭わせられません。先に我々がその、鑑定モード? でキメラかどうか調べて参ります』


「なっ、何勝手なことを……!」



 『誰でもキメラ肉』を食べさせないとキメラ認定されないんだって!



『なぁに、ご安心ください。隊員達には魔導弓のセーフティーを解除するよう伝えてあります。私の優秀な部下なら万が一の場合でも一斉射撃で仕留められる』


「はぁ!? いや、キメラは生かしたまま、軍神陛下へお見せする約束で……!」


『もちろん、あくまで相手が襲ってきた場合のみですよ。大人しくしているのなら……まあ、そんなことにはならないのでは?』



 それだけ言うと、隊長も走り出してしまった。

 戦闘機と言われるだけあって凄い速度だ。とても追いつけない。


 そして……少し間を開けて、激しい雨のような音が森に響き渡る。毎秒150発の短矢を放つ魔導弓の発射音だ。

 

 あいつら、最初から殺すつもりだったんだ……!


 くそぉ、まずい! どうしよう!

 

 私は焦りながら、それでも音の方向へ向かって走るしかなかった。

 どんな生き物なのかわからないけど、お願い! 

 

 死なないで……!!





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



次回 ネームド部隊(笑)


明日 6時ごろ更新予定

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