第42話 白虎の森林浴
下層線を飛び越えて、森の中を歩く。
方角は適当に決めた。何となく生き物の匂いが濃くて、今まで行ったことのない方へ向かうことにする。
ゴブリンのケツを追いかけていた時はそれに夢中だったが、今は得に急ぐ用事も強い目的も無い。なので自然と、周りの景色に目がいくようになった。
一口に『森』といっても冒険領域は広大だ。
何十キロも移動すれば気温や湿度も変わっていくし、場所によって生えている植物の種類なんかも全然違う。俺が白虎として目覚め、ローラたちと出会った環境と、今歩いている辺りの景色はあまり似ていない。
あっちは木々の密集度が高いわりに、枝葉の小さい木が多くて木漏れ日が降り注ぎ、昼間はかなり明るかった。夜には星を眺められるくらいには空が広く、大きな川も流れていて、遭難した人間たちもそこそこ過ごしやすそうにしていた。
こっちはかなり薄暗い。
太くて背の高い木が上の方で枝を伸ばし、日光を遮っている。涼しいけど、少し空気が湿っているな。木の根元や倒木の周りにキノコが目立つようになった。地面に生えている草も短くて固い感触だ。
「グルルル」
身を隠す場所が少ない。
虎としての本能で、「狩りがしにくそうだな」と思った。弱い奴が追いやられる、ハズレの縄張りって感じだ。……つまり、前世の俺が暮らしていた場所に似ている。
何か意図せずに唸り声をだしていた。
「フスッ」
やめよう。
前は前。重要なのは今の自分だ。
白虎に転生したんだから、こんな場所を縄張りにする必要もねぇ。
周りの景色で、唯一同じなのは世界樹だな。
この樹だけはどんな環境でも変わらずに生えているらしい。ポンゾの頃、ギルドで読める本に「砂漠であろうと世界樹には関係がない」と書いてあった。洞窟や湖の中にさえ生えてるって噂もある。
大層な名前に負けない、まさに世界の樹って感じだよなぁ。
どんな環境でも生きられるって所には、少し憧れがある。
そんなことを考えながら、奥へ奥へと進んだ。
「カロロロ」
……ちょっと腹が減ってきたな。
相変わらず俺の周りには生き物が居ない。ポンゾの頃は1日に何回も襲われたもんだが、さすがに白虎ほどの力があると、気配だけで大抵の奴は逃げちまう。
まあ、それでもせいぜいが数キロ離れるくらいだ。
狩りに支障が出ることは無ねぇけどな。
◆
紐のような翼を生やした鳥。
でけぇスライム。
世界樹に擬態してた芋虫。
人間によく似た姿のゴーレム。
長い体毛で地面を歩く一つ目の獣。
やけにヌルヌルした火を吐くトカゲ。
15秒ほどで狩った獲物たちは、それぞれゴーレムとトカゲはクソ不味くて、残りはまあまあ旨かった。
当然のようにほとんどが未発見の新種だ。
例外はスライムとゴーレムだが、スライムの方は冒険者ギルドの図鑑に載っていた情報より何倍もデカかったし、ゴーレムは言葉を喋る上に、変な武器まで装備していた。
赤肌なんかもそうだったが……この辺の魔獣が一匹でも人里に出たら、Sランク冒険者が何人も必要な大騒動になるだろうなぁ。
例えば、紐の鳥。コイツは魔力を噴出して空を飛ぶ。急加速急停止が自由自在で、その速度も雷かと思うくらい速い。おまけに翼の紐は一本一本が刃になっていて、全部が独立して動く。ちょっとすれ違っただけで何百人もの剣士から斬りつけられた気分だった。
コイツを人間だけで倒すとして……どんなSランクが必要だろうな。
唯一の弱点は遠距離攻撃が無いことか? 確実に仕留めるなら、空間を埋め尽くすくらいの爆撃を仕掛けられる魔法使いと、鳥を足止めできるスピードと剣術がある超人が必要だ。
天空魔法メテオフォールの開発者で空龍の信者、『落星のユーシュエン』とポンゾの俺を殺した韋駄天スキルの使い手、『瞬閃のハルト』。あの転生者2人が組めばいけるかもな。さっきの作戦だとハルトの方は死んじまうが。
後は黒龍教のトップ、『龍血のアノン』。
ドラゴンブレスを拳から放つって噂の彼は、世界最強と呼び声の高い転生者だ。Sランクで一番強ければ1人でも倒せるかね? 赤肌のソウブチョウくらいの実力があれば余裕だと思うが……実際どうだろうなぁ。
そんな事を考えながら、獲物を残さないよう食っていると。
『キメラ反応 アリ キメラ反応 アリ』
とんでもなく棒読みな音声を鳴り響かせながら、新たな魔獣が一匹近づいて来た。
「あ、あぇ……? …………へ?」
なんだコイツ、ゴーレムかよ。
クソ不味いからもう要らないんだが……いや?
鉄臭くねぇぞ。
豆みたいなのをポコポコ飛ばしてくる変な武器も持ってない。
似ているだけで別種か?
「え、全滅……ネームド部隊が……っていうか、え? この反応……」
『キメラ反応 アリ キメラ反応 アリ』
「何で? まだ『誰でもキメラ肉』、食べさせてないのに……あれ?」
見た目は人間そっくりだ。耳の形くらいしか差が無い。
薄い緑色の長髪を腰まで垂らした女で、真っ白な薄手のコートに膝上のタイトなスカートという、森を舐めているとしか思えない格好をしている。
目鼻立ちの整った凄まじい美人だ。プロポーションもとんでもない。開拓村にこんなのが居たら、男達が正気を失って血で血を洗う争いを起こしただろう。白虎じゃなけりゃ俺も参戦したはずだ。
そんな、危ないくらいの美女だが……やっぱ人間じゃねぇな。
家畜にされていた先生たちのように、大枠で一緒ってこともない。見た目が似ているだけで、根本から完全に違う生き物だ。なんだろう。動物っていうより、どっちかっていうと植物に近い匂いがする。
「ひょっとして計器が壊れた?」
『反応 ナシ 反応 ナシ』
「……私には反応しない、……じゃあ他のは……」
え?
マジかこいつ、食事中の俺に近づいて来ようとしてる?
うわぁ来やがった。
刺激しないようなゆっくりした足取りだし、爪が届かない範囲で止まりはしたが、にしても怯えた様子が全くない。
ちょっと囓って捨てたゴーレムやトカゲ、だけでなく、今まさにかぶりついていた一つ目の魔獣にも、手にしている道具を向けて何かを調べている。
『反応 ナシ 反応 ナシ』
「うん、やっぱり正常に機能している。じゃあ改めて……」
「グルル?」
『キメラ反応 アリ キメラ反応 アリ』
「うええ、やっぱり反応した! 何で!?」
なんだコイツ。
俺は白虎だぞ。明らかに肉食獣で、全長3メートルくらいあって、冥府由来の死の気配を持ち、現在進行形で魔獣を貪り食ってるんだぞ。
怖くないのか?
覚悟ガン決まりの赤肌たちや無限ババア、……あのゴブリンジジイのような武人なら分かる。でも、コイツからは全く武威を感じない。
ローラたちのように媚びを振りまいて安全アピールしたわけでも、元家畜たちのように魔法で力を与えたわけでもない。
村娘たちでさえ最後までおっかなびっくりだった俺に、初見でここまで近づいて来るってどういう神経してるんだ。
「計器の反応だけじゃない……威嚇、警告行動もなし……? こんなに近づいてるのに。まるで、刷り込みをしたキメラと同じじゃないか……」
試すようにじりじりと距離を詰めてくる。
その様子にふと、前世の記憶を思い起こした。
見世物として移される前、餓死から救ってくれた人間たちとの思い出。事故が起きて、結果的に仲良くなって以降、彼らも俺を恐れることはなくなった。
ちょっと違うが……コイツからは彼らと同じ種類のものを感じる。
虎の扱いに慣れた人間のそれだ。
「お父さんが私に隠して造った、とか? うぅーん、絶対無いとは言えないけど」
なんだ……なんだコイツ。
ついに出会って数分で手の届く所まで来やがった。
紐鳥や一つ目獣の死体を跨ぎ、バラバラになっているゴーレムの残骸を踏みつけ、血まみれになっている俺の頬毛に触れてくる。
正気とは思えねぇ。
間違いない。
「ええっと。あの、キミ。もしかしてウチの子だったり、する?」
コイツ変態だ!!
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次回 おもしれー女
明日 6時ごろ更新予定
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