第43話 尻尾らへんは触るなよ
ポンゾとして生きていた頃、俺は色々なことに結構こだわるタイプだった。
ソロとしての戦闘スタイル。酒、飯。
ギャンブルにはあまりハマらなかったが、賭場で売られている大ざっぱな味付けの料理は、ふとした時にどうしても食いたくなる魅力があって、結果的にそこそこ通っていた。
そんな、いくつかあるこだわりの中には、周囲から「理解できない」と言われる物もある。
よく言われたのは、いつまでもソロでいる事についてだが、その次くらいに呆れられるのが、宿屋へのこだわりだった。
「ポンゾ。あんたねぇ、いつまでここに住み着くつもりだい?」
30を過ぎるまで、俺が寝泊まりしていたのは『ラッツの止まり木』という所だった。
冒険者ギルドの2階に併設されている宿で、言ってしまえば金のないヒヨッコ冒険者が一時しのぎに利用する救済施設だ。
男女共に利用するので一応個室だが、恐ろしいほどに部屋は狭く、そして究極的に値段が安い。
「もうEランクなんだろ? 1日に銀貨数枚くらいは稼げるだろうに。毎晩酒なんか飲み歩いてるから、こんな場所で寝泊まりすることになるんだよ」
運営していたのはギルド長の奥さんで、鉢合わせする度にそんな説教を食らった。
確かに、当時の稼ぎなら『ラッツの止まり木』に住む必要はない。
この婆さんだけでなく、知り合い皆んなに「ちょっと節約して宿を移せ」と言われていた。
しかし、俺がこだわっていたのは安さではなく、部屋の狭さの方なのだ。
体を折りたたまないと横になれないような空間に、みっちりと収まってると何か落ち着く。
別に眠ることなんか無ぇんだし、宿は体と心が休まりゃいい。俺にとって、宿選びのポイントは寝具の質より安らげる環境だったのだ。
「バカ言うんじゃないよ。デカい体であんな部屋に収まって、関節が固くなったらどうすんだい。いざって時に肉離れを起こして死にかけて、引退する羽目になったAランク冒険者もいるんだよ!」
そんな俺の主張を、婆さんは一喝した。
数年は頑張って抵抗したものの、最後は結局は押し切られて部屋を追い出された。
それだけでなく、彼女は俺が泊まる新しい宿屋を勝手に手配し、終いには俺のことが気になっているらしい女との間を取り持とうと画策までし始めた。
「ポンゾ、あんたがソロ冒険者なんて無謀な真似するのはね、帰る場所が無いからさ。だから愛する人を作りな」
とんでもない余計なお世話だ。
ぶん殴ってやろうかと思ったこともある。
別に俺が特別だったわけじゃなく、色んな冒険者の世話を焼こうとする人だった。
人の心にズケズケと踏み入って、自分が良いと思ったことを押しつける。「迷惑だ」と嫌がる奴は俺だけじゃなかった。
夫であるギルド長が苦言を漏らしているのも何度か見ている。
だが、ある日婆さんが病気で倒れ、そのまま直ぐに亡くなった時は……多くの冒険者がその死を悼んだ。
俺もそうだ。
婆さんが居なくなってから、無事に『ラッツの止まり木』へ戻ることができ、こだわりの上では「良かった」と言えるはずなのに……何故か悲しかった。
俺は婆さんにムカついていたし、面倒だとも思っていたが、彼女の行いに悪意は無いことは分かっていた。善意で、見返りを求めず、誰かのために動いているのは明らかだった。
だから、決して嫌いにはなれなかったのだ。
衝動的に冷たく接して、「ごめんよ」と言われると死にたくなる。
そういう、厄介な婆さんだった。
「ええーっ! つまりこれって世界樹と結合しているってこと!? すっごい! なんて美しい生き物なんだろう……でもこれ、外見的特徴には全然現れてないってどういうことなんだ? 内臓や骨もちゃんとある。ただ因子を結びつけてるわけじゃないのか? まるで、世界樹を素材にして魔獣を作ったみたいな……」
この耳が長い人間風魔獣からも、似た方向性の気配を感じる。
「いやいや、そんな作り方じゃ『生命』にならない。上手くいってアンデッドがせいぜいだ。その辺はもう何千回って試して結論が出たじゃないか。キメラは交配による種族の改良こそが正解の道だって。…………ああでも、目の前にこうして、奇跡としか思えない、史上最高の存在が!」
俺の体をベタベタ触り、体毛をかき分けて顔を突っ込みながら意味の分からないことをブツブツ呟く。
ローラたちから布団にされるのとは比べものにならねぇほど迷惑なんだが……悪意もなく、白虎の体を「美しい」とか「最高」なんて褒められてしまうと、今すぐ手荒に振り払おうってところまで気持ちが起きねぇ。
あの婆さんみたいな悲しそうな顔をされそうで。
「ああ、紳士的で美しくて、戦闘機を一瞬でガラクタに変えられるほど強い! こんな完璧な存在、どうやったら生み出せるんだ? 神か、神の御業か! うちのお父さんが実はここまで出来るっていうのか? いやあり得ない。……ひょっとして、他の国がキメラの研究を?」
でも、もうちょっと、5分近くこのままっつーのは、さすがに。
せっかく仕留めた獲物の鮮度が落ちちまうしよぉ……。
「どこかに製造元が分かるようなマークがないかな? 普通は毛皮の模様にしたり顔近くに刻印されていたりするけど、見当たらないし……あっ、ということは、逆におしりの穴」
「ガルルァッ!」
「うひゃあ!?」
紳士タイム終了だバカ野郎。
優しくしてたら調子に乗りやがって。
ケツをほじくるってことあるか? 野生を舐めてんのか。
「グルルル……」
「あああっ、ごめん! ごめんよ! つい夢中になっちゃって」
牙をむき出しにして呻ると、ようやく少し怯えた顔をした。
良かった。この変態にも一応の生存本能はあるみてぇだ。
全くよぉ。
これでもまだベタついて来るんなら噛みついてやる所だったぜ。
「そ、そうだ。助手くんのお肉があるんだった。ねえ、お詫びにいい物をあげるから……も、もう少しだけ触ってもいいかな」
瞬きの間に欲望復活させてんじゃねぇよ。
マジで何なんだコイツ。
こうなってくると、猛獣としてのプライドの話にもなってくんぞ。俺ぁ冥府の神様からも退いてはダメだと言われてんだ。獲物を残した状態でこの場を立ち去る選択肢はねぇ。
つまりだ。ベタつかれるのを止めるには、この耳長が俺を恐れて逃げていくように仕向ける必要がある。
マジで行くぞ? 正直、ゴーレムよりも人間っぽくて危害を加える気にならないんだが、これ以上近づくなら一回ギャン泣きするくらいの勢いで噛みついてやるぞ?
そんな風に毛を逆立てていると、長耳女は背負っていたリュックを降ろし、何やら紙に包まれたモノを取り出した。
そういや、そこから食い物らしき匂いはしてたな。
「ほら、これ。どんな獣でもイチコロらしいよ」
何だこれ。肉?
包みを開いて出てきたのは、ぱっと見焼いた骨付き肉だが……。
全然血の匂いがしねぇ。
普通に焼いたくらいじゃこうはならねぇはずだ。本当に肉かこれ? 血の風味って重要なポイントなんだぞ。はっきり言って不味そうなんだが。
「お、おおお……嗅いでる嗅いでる。すごい興味示してる! あのね、これは私の助手をしている転生者が作ったものでね。『料理王』っていうユニークスキルで調理した逸品なんだよ」
ユニークスキル、『料理王』?
なんだその夢のような名前のスキルは。
「私はエルフだから食べたことないけど、このお肉には人間もキメラも夢中になっていたよ。きっとこんな鉄クズとかグロテスクな魔獣なんかより美味しいはずさ」
ふぅーん。
ちょっと興味湧くじゃねぇか。確かに、焼き加減とか脂の差している感じとか……血の臭いがしない以外は良い感じかもな。
本当にめちゃくちゃ旨いんなら、さっきまでのことはまあ許してやってもいいか。
尻尾らへんはダメだけど。
そう思いながら、俺は目の前の「肉もどき」にかぶりつき、
…………。
……。
…………。
「ガフッ! ハフ! ガウガウガウ!」
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次回 軍神国は尻尾を踏むか踏まないか?
明日 6時ごろ更新予定
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