第51話 エルフの正念場②
すっげぇ。
「うわー! 地面にうめた石がいきものになった! これ、なに!?」
「キメラって言うんだよ~、ウィルくん。植物と魔獣を掛け合わせて造った生き物なんだ。今土を被せたのは種っていって、キメラの元になるもの。魔力を注ぐことで成長するんだけど……」
「どんどん大きくなる!」
「うん、これは私も見たことが無いなぁ。普通は収穫まで一週間くらい掛かるはずなんだけど……ウィルくんのその魔力、一体何なの?」
「白虎さまの加護だよ!」
いや山龍の寵愛な?
しかし、そうか。
山って名前のつく龍神、生命を司る神様だもんな。植物との相性は良いのかもしれない。
俺の目の前で、白くて丸っこい生き物がむくむくと育っていた。
ライカンだ。
基本的な姿形は、地球で言うハイエナに似ている。違っているのは目と口の形がトンボそっくりな所だな。冒険領域に現れる魔獣としては弱い部類に入るが、ゴブリン並に種類が豊富な獣だ。生まれたての頃から刷り込みをすれば人に懐く個体もいて、騎士の騎獣として採用されることもある。
ポンゾの頃に何種類か見たことがあるが、地面から生えてくるのなんて初めてだ。博士が種を植え、ウィルくんが魔力を注ぐと太い茎と草が芽吹き、花にあたる部分に小さなライカンが現れた。
山吹色の魔力が込められるたびに大きく成長していく。胎児のような姿からしっかりとした手足が生え、赤ん坊と言える姿になり、ついにはコロっと茎から落ちる。
「ミィ、ミィ」
そして可愛らしい声で鳴き始めた。
「すごい!」
いや、マジですげぇな。
ブチ切れて幼児らしからぬ口調になってたウィルくんが、いつのまにか年相応の5歳児スマイルを浮かべている。子供は好きだろうな、こういうの。
ちょっと遠巻きにしながらトウゴや他の人間たちも興味津々に見ている。
「そうなんです。フェリア博士はこう見えてすごい人なんですよ!」
何でラナが胸を張ってるんだ?
「キメラはね、自分に魔力を注いでくれた人を親と認識して懐く生き物なんだ。せっかくだし、この子はウィルくんにプレゼントするよ」
「いいの!?」
「大切にしてね」
「うん! ありがとう!」
「オイ、まてまてウィル。生き物ってのはちゃんと飼い方を聞いておかないと後で困ることになるぞ。フェリア博士、頂けるのはありがたいですが、コイツはどうやって育てるんです? 餌は魔力を与えておけば大丈夫なんですか」
「ああ、いえ。この子は『ダストフラワー・ライカン』と言いまして。ゴミを食べると背中から花を出すんです」
なんだその能力。
「ゴミ……ですか?」
「まあ、実際の所なんでも食べるんですけどね? 無機物から有機物まで、飼い主がゴミだと教えたものをひたすら食べます。街の清掃とかに役立つかなって思ったんですけど……出来た花が逆にゴミになるって言われて、全然需要が無くて……」
「博士はニーズを捉える能力が決定的に足りていないんです!」
そこで胸を張るのは違わないか。
しかし、ゴミを食って花に変える魔獣な。
それってもしかしなくても……。
「あっ、白虎さま!?」
俺はウィルの手にすり寄るライカンの首を咥えた。ちゃんと皮がダルダルで、加減すれば怪我をさせることはない。
「ホア?」
「ビャッコサマ! ビャッコサマ!」
そのまま連れて行ったのは、汗だくになりながら死体の小山をビームで焼却している人間たちの所だ。みんな若干疲れた顔をしている。当たり前だが、あんな光線を何発も出して片付けをするのは大変な作業だ。
俺が近づけば、会話など出来なくてもビームを止めてくれる。
忠誠心って便利だわ。
「白虎くん、何を……?」
「御使い様……ひょっとして」
「ああそっか! さすがです、白虎さま!」
人間たちやエルフたちが見守る中、俺はゴブリンどもの死骸の前でライカンを降ろす。「ミィミィ」鳴いているのを無視して鼻先で尻を押し、ずいっと近づける。
「ミィ?」
だめか。俺は親認定されてないからか?
「お任せください白虎さま! ほら、お前。これがエサだぞ、エサ」
「ミャア~」
しかし、すかさずウィルくんが俺の意思を汲み取って指示を出してくれる。博士の言ったとおり、ライカンは彼の言葉に従って目の前の赤肌……俺が筋張ってて食えたもんじゃないと思っていた死体にかぶりつく。
「はぐはぐはぐ」
おお。本当に食ってるぞ。しかも結構な速度で、止まることなく。トンボに似た大顎で肉を噛みちぎり、飲み込むたびに背中から色とりどりの花を生やしている。雑草というよりは、きちんと観賞用に栽培されているような綺麗な花だ。
花は一定以上育つとライカンの背中から抜け、地面に落ちる。
俺も『冥神の寵愛』で無理矢理消化してからエネルギーに変換することで、永遠にゴブリンのケツを食うことができたが、アレの花バージョンってところか。
まあ確かに、花に興味が無ければゴミを食わせて新たなゴミを生み出しているようにも見える。花好きでも無秩序に生み出されたら困るだろうな。
エルフの国……というか、普通の街だと需要が無さそうなのは頷ける話だ。
だが。
「すみません、博士。このキメラの種、大量にありませんか?」
「え? いやそれはもう、発芽させてない子は山ほどいますけど……」
「メポロスタに売って頂けませんか。全部」
「買ってくれるんですか!? いいの……って全部ぅ!?」
死体で埋まりそうな国からすりゃあ、超有能な生き物だ。
家畜だったせいで魔法使いの居ないここの人間たちにとっては、死体の片付けなんて半ば諦めていたことだった。自分たちの生活圏だけ何とか片付けて、最低限疫病の発生などを防ぎ、残りは自然に還るまで放置。
千万以上の屍の跡地に、数千人しかいないんだ。仕方ない。
俺に適した能力があればやってやったんだが、『冥火』じゃ物理的な焼却はできないし、パンチで片付けようとしても更地が出来るだけだ。上層線の周りなんて今後草木が生えてくるかも分からない有様だしな。
まあ、疫病にさえ気を付ければ、決定的に困ることは無いだろう。
俺も人間たちもそう思って気にしていなかったが……手段があるなら別だ。
「い……いいんですか! すごい数ありますよ! 種だけで1000個とか」
「むしろ足りないくらいですよ。追加で用意できるならして欲しい」
「うそ、わ、私の造ったキメラが求められるなんて……た、大切にしてくれるなら是非っ」
「ハイ博士ちょーっと待った! トウゴさん、たいへん失礼なんですけど、代金の方はお持ちなんですよね?」
「鬼人どもが残した通貨や道具があります。中には宝神が造ったと思しき物も。それで代金になりませんか?」
「ええっ、それって『宝神の祝福』で出来た魔道具ってことですか! なりますなります、ねぇラナちゃん!?」
「もちろんです。……けれどいいんですか? 宝神が死んだ今、祝福付きの魔剣などは相当な価値がつく貴重な品ですが」
「俺たちにとっては呪いの品も同然ですから」
「…………まさか、安全保障上だけじゃなくて経済的にも超おいしい国だったなんて……!」
そういうことは口走らない方がいいんじゃねぇか?
このラナってのもけっこうポンコツだな。
しかし実際のところ、トウゴたちに物品の適性価格なんて判断できるわけがねぇよなぁ。この世界で40年以上、普通に人間社会で生きてきた俺にだって無理だし。
博士の造るキメラは絶対に欲しいが、宝神の遺産を求めて来る連中は博士だけじゃないだろう。
いざ交易が始まったら、不平等な取引を押しつけられるのは避けられねぇはずだ。
このままなら、な。
ラナが、さっきからどこか様子のおかしいゴーレムたちに近づいていく。
「『アストラル・スターズ』の皆さん、申し訳ないんですけど、至急司令部に繋いで参謀長を呼んでもらえますか……って、あれ?」
国同士の交易なんて、俺がごちゃごちゃ考えたところで上手い案が浮かぶわけがねぇ。
手っ取り早くいくべきだ。
対等な取引ができないようにしよう。
いざって時はメポロスタの方が上。
利益を追うのはいいが、絶対に怒らせてはいけない。
そういう風に釘を刺しておく必要がある。
「……反応が無い? 完全に機能停止してる……っ、まさか!」
よし。
ゴーレムを全部ぶっ壊すか。
エルフの兵士ってアレが主体っぽいしな。
作る所も見つけたら潰しちまおう。中身は歯車なんだから、操ってるエルフが死ぬわけじゃない。そんなもん、平和が望みだってんなら要らねぇよなぁ?
治安維持とかなら生身のヤツに槍持たせときゃいいんだしよ。
うん、どう考えても問題ねぇ。
やろう。
丁度いいことに、大義名分は向こうが用意してくれそうだしな?
「司令部! こちらラナです! 例の作戦、どうなりましたか! 司令部! 応答を!」
「ラナちゃん? どうしたの?」
「……しまった、連絡の予定時刻とっくに過ぎてる! じゃあ、この戦闘機は……!」
ラナがそう言って一歩下がった瞬間。
大人しく座っていたはずのゴーレムどもから「ビービー」と不快な音が鳴り響き、30体が一斉に立ち上がる。
『ほら。たった今成功しましたよ』
そして、イラっとする男の声と共に、貧弱ポコポコクロスボウを構えてきやがった。
「カロロロ」
そんな事だろうと思ったぜ、鉄屑野郎。
楽しくなって来たじゃねぇか?
「ご、ゴーレムの暴走です! メポロスタの皆さん、伏せ」
『冥神の祝福』に魔力を回す。
「て下さ」
発動するのは結界魔法だ。
鉄臭いゴーレムどもがトリガーを引く直前に展開する。
俺たちを守るためじゃない。
ゴーレムどもを包み込むように生み出した。
「いっ!?」
連中が射撃を開始する。
小さな炸裂音と共に無数の矢が放たれる。
だがなぁ、それは俺の攻撃でさえ数発耐える結界だ。そんなポコポコした矢、一万年撃ち続けても傷ひとつ付かねぇよ。
それどころか、跳ね返った矢を自分たちで食らっていやがる。
足や腕を弾く姿は間抜けなことこの上ない。下手くそなダンスでも踊っているみたいだ。そんなザマになっても引き金から指を離さねぇ。メポロスタに入る前まであった意思のようなものが抜け落ちたように見える。
ラナは「暴走」って言ったな。
つまり、不測の事態こうなったわけだ。
要するに、ゴーレムは危ねぇ不良品の魔道具だって証明だろ?
ますます壊さなきゃなぁ。
親切心だぜ。
「きっ……貴様ぁ!? 一体どういうつもりだ! やはり同盟だのなんだのは嘘か!?」
「違います違います! 今のは私たちも巻き込まれる所でした! こちらの意思ではなくですね、敵対する……なんといいますか……」
「きちんと説明しろ、消し炭にするぞッ!!」
鼻を空に向け、嗅覚を強化する。
独特の鉄臭さはすぐに感じ取れた。何十キロか離れた場所で、今のと同じゴーレムが暴れているな。エルフや……人間も襲われているみたいだ。
なるほど、ラナが言っていることは本当らしい。
さっきのムカつく声の主がなんかやらかしてんだろう。
まあ、それをトウゴに教えてやることはできないんだが。
「ほんと、無敵だなぁ白虎くんは……」
「当たり前だよ。鬼だって全然敵わないんだから」
「……ねぇ、ウィルくん。キメラの種を全部タダであげるから、私と何人かでこの国に亡命したいって言ったら受け入れてくれる?」
「ボウメイってなに?」
「うぅん……私たちも冥神さまを信じるから、メポロスタの仲間に入れて欲しいってことなんだけど」
「いいよ!」
「本当? 良かった。……助手くん、ついて来てくれるかな……」
全員がやいやい言っている間に、結界をキュっと小さくする。
スクラップ状態だった30体のゴーレムたちが、10センチくらいの丸い玉になって地面を転がった。
「ミィ?」
足下にやってきたそれをライカンが捕まえ、食べてしまう。これもいけるのか。結界を解いてやると嬉しそうに飲み込んで、背中に大きな花を咲かせた。
可愛いじゃねぇか。
よし。とりあえず臭いの方、たぶんミフストルに行って、ゴーレムを全部ぶっ壊す。
人間は見かけたらとりあえず守る。『料理王』って素敵なスキルを持った博士の助手がいるはずだ。そいつは回収して、キメラもだな。
他のエルフはまぁ……直接は狩らないでおくか?
巻き込まれる分には知ったことじゃねぇけど。
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次回 引き続き白虎無双回
明日 6時ごろ更新予定
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