第52話 白虎プラネタリウム


 この世界で最初に目を覚ました時、「なんで?」と思った。

 異世界転生。言葉くらいは知っている。そんなものが本当だったって驚きもあったが、何よりも俺自身に起こった事が不思議だった。


 自分で死ぬようなヤツにも、神様はチャンスをくれるのか。


 誰かのせいじゃない。心が弱かったから自殺した。

 動物が好きで、本当は動物園に勤めたかったけど叶わなくて、ペットショップに就職した。そこでお決まりの、SNSを見ればありふれているような目にあった。毎日誰かに怒鳴られ、徐々に自分を形作っているものが壊れていくような気がしながら、必死にそれを無視して働き続けた。

 

 会社にとって使いやすいコマだったからか、俺は順調に出世した。

 念願だった部門の長になった。世界中の動物園の橋渡しをする仕事。普通に生きていたら縁が無いような猛獣の飼育にも、一瞬だが関われる。望んだ形ではなかったが、一応夢が叶った。報われた。


 そう思った矢先に、会社の裏を知ってしまった。


 象牙。虎の骨。科学の発展したこの時代に、冗談みたいな理由で殺される希少生物。

 その何割かに、間接的にでも、自分が関わっていたのだと知ってしまった。


 『自分』をギリギリでつなぎ止めていた何かが、崩れる音を聞いた。


 俺が首を括るまで、そんなに時間は掛からなかった。





『ははははは! 脆い、弱いなぁエルフの兵は! 当然か? 100年以上吾輩の戦闘機に頼ってきたのだものなぁ。自分の手で魔導弓を扱うのは久しぶりだろう?』




 どこの神様がこんなクズを転生させようとしたのかは分からない。でもテキトーなんだと思う。だって俺、前世じゃ自炊もしたこと無いのに『料理王』だぜ?

 

 きっと、この2回目の人生に大した使命なんか無い。

 だから今度は働き過ぎず、せっかくの能力を存分に使って、楽に生きようと思った。

 俺が一生懸命になると、どこかの動物が死んでしまう気がして。




『誰のお陰で今まで戦って来られたのか、分かったか間抜けどもが! 貴様らは黙って戦争をしていれば良かったのだ。吾輩の夢が叶うまで、大人しく金だけ寄越していれば良かったのだ!!』




 フェリアと出会ったのは、そんな風に20年も生きた頃だった。「この子、フルーツ・ライカンって言うんだけど。せっかく獲れる果物が全然おいしくなくてさ。……どうにかならない?」なんてすっとぼけた顔で聞いてきた。


 カッと頭が熱くなったのを、今でも憶えている。 

 ふざけんな。

 キメラなんて、命への冒涜だ。そう怒鳴って追い返した。


 そんな怒りを抱ける自分に引いた。


 ふざけてんのはどっちだって話だ。弄ばれている命のことを知ったくせに、怖くて戦うこともできずに逃げ出したこの俺が。価値観もまるで違う世界に生まれ変わって、気の弱そうな女の子相手に偉そうなことを言う。


 反吐が出る。


 フェリアは次の日も来た。


 俺に向かって謝るでも怒るでもなく、小さな種を一つ持って、「鉢植えに入れて、魔力を注いでみて」とだけ言ってきた。


 生まれたキメラは……正直気持ち悪いと思った。

 だけど俺によく懐いた。賢くて芸もすぐに覚えるし、背中のフルーツを使うと今までにない料理が出来る。日を追うごとに忌避感が薄れていって、散歩に連れて行くのが楽しみになる頃には、フェリアの研究が、言葉からイメージしたような、命の尊厳を踏みにじる類いのものじゃないんだと理解した。


 俺は自分から頭を下げて、博士の助手にしてもらったのだ。




『軍神陛下、出てこなくてよいのですかぁ!? 聞こえているんでしょう! かつて戦神から手ほどきを受けたというご自慢の戦術とやらで、吾輩の「デウス・エクス・マキナ」と戦ってみてはいかかです!』




 与えられた仕事は、戦闘用キメラの世話だ。


 話に聞いただけでも腸が煮えくりかえるようなクソ野郎に造られたライカンたち。寿命を削られ、本能を削られ、理性を削られた哀れな命。中でも、毒を体に仕込まれて捨て駒にされる予定だったという、『失敗作』と名付けられた個体たちは、心に深い傷を負っていた。


 俺の『料理王』は、食材を組み合わせることで魔法的な効果のある料理を生み出せる。

 効果の幅はかなり広い。身体能力の強化はもちろん、中には特定の病気を治す薬のようなレシピもある。

 キメラたちの心に効くような料理を造る。

 無理な強化で削られた寿命を、ゆっくり元に戻せるようなレシピを探す。


 充実した日々だった。


 無事に目標を果たして、博士から「ありがとう」と涙を流して言われた時。キメラたちの心がほんの少しほぐれたことを感じた時。この世界に転生できたことを感謝していた。


 今度こそ最期まで生ききろうって思えた。

 この研究所で。キメラたちと―――フェリアと一緒に。




『まあ、それももう……無理でしょうが。ご存じないでしょう? この「デウス・エクス・マキナ」はね。私の夢の核となる機能を積んでいる』




 でもな。

 気づいちまったんだよ。

 ふと、鏡を見た時に……皺があるなって。髪の毛に白髪混じってるな、って。

 寿命を伸ばしたキメラたちの、食欲が減ってきてるなって。


 俺は、俺たちはずっとフェリアばかり見てたから。彼女がずっと変わらないから、時間のことが頭から抜けてた。




『戦闘機たちと繋がれるのは、システム塔だけではないのだ。……ほら、たった今完了しましたよ』




 時折、フェリアがすごく辛そうな顔をする。

 俺が腰が痛いとか、昔より徹夜が出来なくなったのを見るとな。何か言いたそうにして、それを飲み込むんだ。


 分かるんだよ。

 俺も同じだから。気持ちなんて伝えられない。

 人間とエルフだ。幸せになんかなれるわけがない。




『この国にある戦闘機、スペアを会わせて10万……全てが吾輩の手の中だ』




 だから、だからこそ。

 予算が欲しかった。あの研究所で何か、形に残る物を造りたかった。世間に必要とされて、未来まで忘れられることの無い何か。フェリアがいつでも思い出せるような何かを……俺と、キメラたちが生きている内に。




『対抗できる手段など無い。全ての貧弱なエルフは吾輩に従うがいい。この国にある財、資源、全てのリソースを寄越すのだ。心配するな、完成の暁には貴様らにも恩恵はある』




 うるせぇんだよ、この野郎。



「みんな……まだ立てるか」



 戦闘用キメラたちに声を掛ける。もう20年近い付き合いだ。言葉なんか無くても通じるものがある。



「クルルル……」

「カフッ」

「キュアッ!」



 戦うために生まれたんだ。ただのペットとして、博士の好意だけで生きていくなんて嫌だよな。役に立ちたいよな。クソ短い生涯で、終わりを迎える時には、彼女に胸を張れる記憶が欲しいよな。


 分かるぜ。

 俺だってそうだから。



「悪い。持ってきたエリクシルソーダはさっき、ほとんど吹っ飛ばされちまった。残ってるのはこれ1本だ。これじゃあ全員の傷を全回復ってわけにはいかないが……」



 気合いを入れて立ち上がる。


 右足が変な方向に曲がっちまった。でも腕は無事で良かった。瓶の蓋を開け、中身を集まってきたキメラたちに振りかける。俺自身にはかけない。どうせ戦力にはならないからな。肝心な所を仲間任せってのは、嫌になるが。




『……なんだ。まだ目障りなケモノどもに息があるのか。仕留めたつもりだったがな。またおかしな料理の効果か?』




 星鉄で出来た、赤色の巨人がこっちを向く。

 5メートルはあるだろう体が宙を浮いている。外見は、どういうわけか地球のアニメに登場するロボットに似ていた。赤い彗星ってあだ名が有名な、本編を見てない人でもデザインだけは知っているだろうアレだ。


 そういえば、ドドットにも転生者の友人がいたんだっけ。

 1000年以上生きるエルフが、故郷のアニメに憧れてあんなものを造ったのかと思うと、こんな状況なのに少し笑えた。

 



『「料理王」め。貴様もどうして、吾輩の夢に賛同しないのか。ゲームもFPSも知っているのだろう。それなのに何故、キメラなどという低俗な研究を手伝う』




 夢がどうこうじゃねぇんだよ。

 お前のことが嫌いなだけだ。


 それこそマンガだったら、ここでカッコいい問答でもするんだろうなぁ。

 だけど、今の俺は全身ボロボロで大きな声なんか出せないんだ。情けねぇ。やっぱり、どう考えても主人公ってガラじゃないよ、俺は。




『ふん、だんまりか。まあいい。今更キメラごときが何十匹もいたところで、もはや覆すことなどできん。見ろ!』




 巨人の周りに人影が集まってくる。

 飛行ユニットを装備した戦闘機。100やそこらじゃない。今居る上層線の中から、下層線から、その外から……あらゆる場所に配置されていた、この国にある軍事力の全てがドドットの元へ集結していく。


 空を埋め尽くし、太陽の光を遮る敵の影。

 絶望という言葉がこれほど似合う光景も無い。




『これが吾輩の力だ。すでに神の領域にあると言っていい、指先だけで動かせる10万の兵―――……、ん?』




 でも。

 それでも何とか、研究所だけは……!




『な、なんだ。何だこれは』




 ……あ?




『総数8万? ばかな、さっきまでは確かに10万と―――7万だと? 嘘だ、計器の故障か? いや、そんなはずは』 

 



 何だあれ。

 空の一角が光っている。

 日光か? あそこだけ戦闘機の影が無い?


 ……違う。そうじゃない。




『破壊されているだと! 馬鹿な、軍神が何か……いや、ヤツの権能は兵を操ることのみに特化しているはず。祝福も寵愛も与えられない、戦神から一部を譲られただけのザコ神性なんだと、宝神が言っていたではないか!』




 あの光は太陽のものじゃない。

 虹色に輝く何かが高速で空を飛んでいる。あまりにも速すぎて、その残像が重なって、大きな一つの光に見えているんだ。


 まるで、夜空に線を引く彗星のように。

 たなびかせる輝きを増しながら、こっちに近づいてきている。




『まさかっ……!』




 戦闘機を足場にして駆け回り、空に虹色の幾何学模様を描きだす白い獣。

 その光景は。




『なぜだ。あの場にいたゴーレムを壊して満足するんじゃないのか? 獣のくせに、どうしてこっちに来るなんて発想になる。吾輩のことなど知りもしないはずだ! なのに―――クソッタレめぇ!』



「ガルルルルァッ!」


 

『残り5万……やってやるぞ、ケダモノがぁあああああッ!!』 




 遠い故郷で観た、星座を映すプラネタリウムを思い起こさせた。





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



ゴーレムは前話から数分で半分減りました


次回 白虎とエルフのドラマ


明日 6時ごろ更新予定


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