第53話 白虎とエルフのドラマ
目の前のゴーレムに前足を掛ける。その衝撃で相手がひしゃげ、魔力を噴射している背中の道具が変形して詰まり、爆発を起こすまでの僅かな時間。その隙間を縫って後足をたぐり寄せる。吹き飛ぶ寸前のゴーレムを足場にし、強く速く蹴って跳ぶ。
その繰り返しだ。
微妙な軌道修正は尻尾の神性で行い、絶妙な身体強化を施して空中を走る。
俺自身の技術でやっていることは一つもない。全ては神様が与えてくれた白虎の肉体が、脳神経が感覚で調整してくれる。
だからこそ、俺自身は単純にこう思えるのだ。
楽しい!
「ガルルルル!」
地球で虎だった頃も、木登りは得意だった。なんせガリガリで体が軽かったからな。自分では餌が獲れず、他の虎の食い残しを盗む日々の中で、命がけの追いかけっこをするハメになった時には、木に登ることで難を逃れた。
あまり誇れることのない前世で、唯一胸を張って言える特技だ。
だが、それでも猿や猫のようにはいかない。
連中が枝から枝を華麗に伝って移動するのが俺は羨ましかった。
あんなことが出来れば、狩りの時便利かもしれない。走って追いつけないような獲物を上から狙うことができるかもしれないのに。
そんな思いは、無意識にポンゾへと引き継がれて、奇襲戦法の一つになった。
俺にとって、地面より高いところを走ることは憧れなのだ。
『ケダモノォォオオオ!!』
そんな風に楽しみつつ、もはや狩りというより運動遊びとしてゴーレムを足蹴にしていると、少し離れたところから男の雄叫びが聞こえてきた。
見れば、他のゴーレムとは明らかに別格の個体がいる。
ヤツだけはエルフの外見を模していない。どっちかと言えば本来の姿に近いだろう。アンデッドと呼ばれる非生物の魔獣、どういう理屈で動いているのか解明されていない動く鉱石の塊。全身が真っ赤に塗装され、胸と膝の一部だけか黒い。頭には角があり、眼球は一つ。大きなクロスボウを携えた巨人だ。
発している魔力も周りの雑魚より桁違いに多い。
さしずめゴーレムキングってところだな。
『くたばれ!』
キングのクロスボウが火を吹いた。もう弓なのは見た目だけだ。飛び出す矢の大きさは投げ槍に近い。雑魚どもが撃つ小雨みたいなものとは桁が違う。
射撃も正確だ。
神性を噴出する圧力を上げ、加速する。食らったらさすがにバランスを崩しかねない。そしたら地面に落ちちまうかもしれねぇ。
……いや、落ちたから何だって話だが。
なんでだろう?
何となく、このまま空中に居るゴーレムを全滅させてぇんだよな。
「ガァオッ!」
避けきれない矢は咆吼で消す。
外れた矢弾が地面に向かって降り注ぐ。ここは都市の上だ。たぶん上層線の内側だろう。エルフと人間、それからキメラの臭いがする。あの中に博士の助手、『料理王』がいるはずだが、詳しく区別する余裕はねぇ。
俺にとっては小雨くらいの矢でも、普通の人間に降り注げば致命的だ。
走るのにも忙しいから、大体の当たりをつけて大きめの結界で覆った。
これで大丈夫だろう。
よし。
後は思いっきり、暴れるだけだ。
「グルルァ!」
とりあえずゴーレムキングから潰すぞ!
赤い巨人へのルートを勘で探り、走り出す。
『なめるなァ!』
だが、ここに来てゴーレムたちの挙動が変わった。
今までは空中で棒立ちしながら馬鹿の一つ覚えみたいにポコポコクロスボウを撃ってきていたのが、位置を変えて接近戦を挑んで来たのだ。
急に動きやがったせいで、予定していた所の足場が消える。
尻尾の神性が無きゃ、そのまま真っ逆さまだったろう。だが、今の俺はほんの少しなら浮けるからな。それに接近戦を挑んでくるって事は新しい足場が近づいて来るってことだ。
落ち着いて、ソイツを踏み台に―――うお!?
爆発した!?
いや、どっちかっていうと分解か! ゴーレムが四肢や頭なんかのパーツごとに分かれて俺の前足を躱した。支えを失った俺は、途端に地面へと落下する。
面白ぇ仕掛けだ。だが。
咄嗟に結界を張った。小さな球体しかできなかった。後ろ足を掛けるが、滑る。でも何とか跳躍し、尻尾に最大の魔力圧を込めて体を前へ押し出す。ギリギリの所で足場を掴み、体勢を立て直した。
よっしゃあどうだ! このくらいじゃ落ちねぇぞ!?
『食らえッ!』
しかし、それを待っていたかのような追撃。
見れば、ゴーレムキングの持つクロスボウが変形していた。
アレ、分解した雑魚ゴーレムを組み合わせてるのか? 発射された矢は、もう攻城槌くらいの太さだ。
踏ん張りの効かない空中であんなもんを受けたら、怪我はしなくても遠くまで吹っ飛んじまうだろう。
まあ食らえば、な。
甘ぇんだよ。
デカけりゃいいってもんじゃねぇぞ!
こんだけ太けりゃ足場に充分だ。尻尾で軌道を無理矢理に変え、向かって来る矢に飛び乗った。『なっ』とヤツから息を呑む声。ざまーみろ、驚かされたお返しだ! 踏み台にして跳躍。一気に距離を詰める。
終わりだ!
「ガァア!」
赤い機体に俺の前足が叩き込まれ、
『ェエスケープ・スフィアッ!!』
腕と脇腹の半ばまで爪が食い込んだタイミングで転移される。
ははっ、くそ! 仕留め損なった!
宝神国でも無限ババアに散々やられた手だ。普通の生き物なら致命傷なんだが、ゴーレムだからな。しぶといじゃねーか。
即座に臭いを追う。
『各機ワープ・スフィアに接続! 連続次元跳躍、開始!』
だが、またしても寸前で転移される。
それどころか、ゴーレムキングは常に転移を繰り返して的を絞られないようにするつもりだ。
っかぁ、やるじゃねぇの!
周りの雑魚ゴーレムに『ワープ・スフィア』を仕込んでいるワケか。「俺を仕留めたきゃまずは裸にしてみろ」ってか?
ははは!
なんだこの野郎、今まで相手にしたことないタイプだぜ。
単純な力じゃない。武器を扱う技術じゃない。
次に何が飛び出すか、全く予想できねぇ。
今でも思い出す。……あのナメ腐った老剣士。サザンゲート最後のゴブリンの姿を。
俺が戦いで充実感を得るのは、ああいうヤツに勝った時だ。
それとは違う。
雑魚を相手に無双する爽快感とも、違う。
俺は今、こいつに手こずっている。そしてその事を楽しんでいる。
無限ババァの相手をしてた時の感覚が近いか。
だがあの時よりも遥かに……楽しい。
『飛行ユニットオーバードライブ! 計算核臨界起動開始! 全機、位相転換力場を展開! 行けぇッ!』
こいつ、一度も同じことをしてこねぇんだ。
次から次へと色んな角度から攻めてくる。まるで弱点を探るみたいに。
どれだけ芸達者なんだ?
今度は雑魚ゴーレムが今までに無い加速を見せ、目の前の景色がぐにゃりと歪み始めた。
幻術まがいのとこまで出来るのか。
だが視覚だけ乱しても俺には意味ねぇぞ。
妙な魔力を垂れ流すゴーレムを瞬時に潰す。
『これもダメか、ならばぁあッ!』
次は何だ?
もっと楽しませてくれ!
◆
「おいおいドドット。これじゃあダメだぜ。こんなキャラ、チートじゃねぇか」
「チート? なんだそれは」
「話してなかったっけ? なんかこう、ゲーム全体のバランスが崩れちまうようなアイテムとか能力のことだよ。このキャラを使われたら他のキャラじゃ勝ち目が無くなっちまう。それだと面白くないだろ」
「しかしな、ニコラス。この『最強マッドサイエンス』は、無から有を生み出す奇跡の魔法使いなんだぞ。弾丸くらい無限でもおかしくないだろう」
「そういうキャラ設定は大事だよ? そこからハマる人もけっこういるし。でもなぁ、どのキャラを使っても勝てるようにしなきゃ、対戦ゲームは楽しめないぜ」
「そうか? 吾輩としては、圧倒的に強いキャラを弱いキャラで倒すことにこそ、面白さがあると思うんだがなぁ」
何故だろう。
この、一瞬たりとも気を抜けないギリギリの状況で……ニコラスとの呑気な会話を思い出してしまうのは。
「死にゲーか。確かに好きな人も多いけどなぁ。でもそういうのは大抵、一人用のアクションゲームでやるもんだぜ」
「アクションゲーム、か。前に聞いたな」
「それこそFPS視点のガンアクションだって、地球には色んなタイトルがあったしな。……っていうかドドット、お前が本当にやりたいゲームってそっちなんじゃねぇの?」
「そうかもしれん」
「だったら今のままでも出来そうじゃねぇか。幻術スキルの応用だっけ? 詳しくは分からないけど、現にこうして遊べてるワケだし。ネットに拘らなきゃ今すぐにでも売り出せるだろ。そうしたらどうだ?」
ニコライは分かっていない。
吾輩のように高尚なエルフと会話ができるのは、お前のような変人だけなのだ。
他の凡俗どもは、「吾輩が作った」というだけで拒絶反応を示すだろう。
ずっとそうだった。
話が合うエルフなど居なかった。
軍事技術のように国が広く求めるモノならいざしらず、ゲームのような娯楽作品には制作者の好感度も少なからず影響する。
吾輩の作品を遊んでもらうには、匿名性が必要だ。
だから、インターネットなのだ。
あいつらが忌み嫌う吾輩の作った娯楽で、凡俗どもが戦い、楽しみ、盛り上がる。
その姿を眺めたい。
「吾輩の作品が世に浸透してから明かしてやるのだ。『貴様らはドドットさんの手の平で踊っていたのでした』とな」
「はっはっは! 本っ当にねじくれてんなぁ。ま、そこが面白いんだけどよ」
お前だけだ。
そんな風に言ってくれるのは。
本当は分かっている。自分の性格が悪いことくらい。
だが変えられないんだ。目の前のおかしさに、矛盾していると思うことに、空気を読んで口を紡ぐ……なんて吾輩にはできない。指摘することが余計なんだと言われても、追求せずにはいられない。
だから嫌われる。
排除される。
ずっと一人ぼっちだった。
そういう短所を「物作りに向いてそうだな」と評してくれたのは、ニコライ。
お前だけなんだ。
「グゥルルアアアアッ!!」
亜空間の中にまで響く獣の吠え声。
ヤツが現れてから何分経った? 10万あった量産型ゴーレムは4千を切った。ワープスフィアの残量は200ほどしかない。
絶望だな。勝ち目など微塵も無い。吾輩の計画は、『デウス・エクス・マキナ』に神性を与えて『機神』を生み出すという最後の賭けは、すでに失敗したのだ。
こんな足掻きに意味などない。
今すぐにでも『デウス・エクス・マキナ』を回収して、『
だが。
『4機合成! 次元スキル疑似構成、接続! ショートジャンプ・バリスタ、発射!』
あらゆる防御をすり抜ける矢を、知っているように躱し。
『10機組み付け! 雷撃魔法疑似構成、接続! リニアレール・バリア展開!』
磁界の反発による結界を、力ずくで突破し。
『8機再構築! 魔力路質量変換! グラビティ・エリア発生開始!』
とっておきの重力場でさえ、無かったように駆け回る。
『あ……あはははははははッ!』
これだろう? ニコライ。
この、理不尽な強さ。
計算と理論をねじ伏せてくる暴力の権化。
お前がチートと呼ぶものはこれだろう。
確かにダメだ。こんな敵キャラクターがいてはゲームとは呼べない!
だが、一方で……自分が操作するのなら。
空中を走り、障害物を飛び越え、敵からの邪魔を踏みつぶしながらゴールを目指す。
ああ、そんなゲームを作るのも面白いかもしれない。
『これならどうだ、ケダモノ!』
既にはっきりしている。ヤツは吾輩に付き合ってくれている。もはやゴーレムは1000体もいない。転移先も限られている。あのスピードなら今すぐにでも勝負をつけられるだろう。なのにそうしない。
なぜだ?
分かっているさ。
敵だ、などと思われていないのだ。最初から。
ヤツにとってこれは遊びなのだ。
吾輩にとっても……いつの間にかそうなっていた。
だが。
だからこそ。
『亜空路開口! 生体直下接続を開始!』
だからこそ、本気で行く。
尻下がりだなどと思われてたまるか。最後まで、存分に味合わせてやる!
『
亜空路を通じた遠隔操作より、反応速度は桁違いに早いはずだ。
量産型ゴーレムは残り5体。
あの速度に単機で食らいつくにはこれしかない。
「計算核の融解を承認! 全武装リミッター解除! ……いくぞケダモノッ、これで最後だ!!」
言葉など通じないかもしれん。
だが呼びかけた。そうせずにはいられなかった。
吾輩が生涯をかけて用意した10万のゴーレム。最高傑作に注いだ数々のギミック。
その全てをぶつけて、踏み越えていく相手。
『クリアされる』。
どんな傑作でも終わりはくる、とニコライは言った。
この瞬間だ。
これからくる時のために、吾輩は今まで。
「ガオッ!」
白い獣は、「最後」という吾輩の言葉に応えたかのように一つ吠えると、最後の量産型ゴーレムを踏み台にして天高く昇っていく。
尾を引く虹色の光が神々しい。
この光景を忘れたくない。
例え死んでも。来世があるなら、思い出したい。
獣は雲を破り、凄まじい速度で蒼穹の向こうまで舞い上がった後―――落ちてくる。
視界いっぱいに光があった。虹色の極光。
その中央で、ヤツが前足を振りかざしている。
「ああああああああああッ!!!」
自分の口から出る雄叫びが、歓喜なのか怒りなのかよく分からなかった。
ただ照準を合わせ、タイミングをはかり、融解する計算核の熱に焼かれながら魔導弓の引き金を引く。
撃ち出される矢は凝縮した魔力の塊だ。山龍を相手に想定し、理論値ではこれ以上の威力は出せない最終武装。
それを、白と虹の流星が……容易く打ち砕いていく。
ああ。
「満足だ」
そう呟いてから、一つ心残りがあることに気がついた。
しまった、そうだ。
ニコライ。君の墓参りに、一度も行ってないなぁ―――。
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次回 第3章エピローグ
君とキメラに花束を
明日 6時ごろ更新予定
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