第50話 白虎様のさじ加減
『なっ……!?』
『これは』
『おえぇっ』
「……ああ、だめですね。もう情報収集なんて言ってる場合じゃない」
メポロスタ冥神国、その下層線の内側に広がる光景を見て、エルフご一行様が絶句していやがる。
ゴーレムは表情も何も変わらないが、ラナとかいう女は冷や汗ダラダラだ。
彼女らの視線の先には、死体の小山がいくつもある。
俺の食い残しや、前足で吹き飛ばした連中の切れ端だ。それらを人間たちが一カ所に集めて、「オオオアアァァーッ」と山吹色光線で焼却しているのだ。
……これ、エルフたちには虐殺者にでも見えるんだろうか。
実際はただ掃除してくれてるだけなんだけどなぁ。
この辺、つまり下層線の近くは、ちょうど俺がゴブリンのケツ肉にハマってたあたりだ。特に、今いる門の周りは交通の要所だったからか、そこそこの規模の集落になっていて、その分食い残しも多く残っていた。
当時は、別に寝床に使うつもりも無いし、人間が住むわけでも無いんだから、と放置してたんだが……山龍の尻尾を持って帰って来たのをきっかけにして、先生たちが集まって来たことで、片付けが始まったのだ。
いくら超人集団とはいえ、数千人分の死体をたった3日で綺麗さっぱりとはいかなかった。
死体だけじゃなく、家の中に残されている使えそうな道具を漁ったりもしているし、作業を急かす者もいないから効率も悪い。
おかげで、変なタイミングでエルフたちにこの光景を見られてしまったわけだ。
これを見たエルフはどう出るかね?
「邪悪だ! 成敗だ!」ってパターンはゼロじゃないか。
もしそうなったら、結局エルフの国を潰しに行くことになるな。この間見逃したばっかりなのに。
……。
…………。
何かなぁ。そうじゃねぇんだよな。
あの変態博士と出会ってからこっち、今ひとつやりきれてねぇ感じがする。
頭の中を整理しよう。
俺の今の目的は何だ?
メポロスタを守ることだ。一週間くらい前に出来た国。国民は元家畜で、まともに喋れるヤツが2人しかいねぇ。
この国が安全だと思えねぇと、次に行けない。神様がたびたび「気に掛けすぎるな」と言っていたのは、俺がこんな風にグダっちまうのを嫌がったからなんだろうな。
でもダメだ。
関わりすぎた。もう放っておく気にはなれねぇ。
じゃあ、メポロスタの安全ってのはどうやったら成立する?
偶然だが、人間たちの強化はできた。
山龍の尻尾を下層線に飾ってマーキングもしてる。
それでも不安なら、どうする。
簡単だ。敵がいなくなりゃあいい。
一番てっとり早いのは、敵になりそうな国を皆殺しにしちまうことだ。今の場合はエルフだな。白虎の俺なら叶うだろう。
だがやる気はでない。
何でだ?
嫌いじゃねぇからか。
山龍みたいに泣きながら命乞いしてくるようなのを容赦なく殺すなら、こっちもそれなりの感情が必要だ。ゴブリンや赤肌にはそれがあった。人間に毒を塗って俺に食わせようとするような、ナメ腐った態度。
あとは旨かったってのもあるな。赤肌はダメだがゴブリンと再生するヤツは食い応えがあった。だから楽しく滅ぼせた。
……そこだな。
特に盛り上がる相手でも、食えそうでもない。
だからやる気がでねぇんだ。
これはもう、どうしようもねぇ。
と、なるとだ。
てっとり早くはないが、滅ぼす以外でエルフたちを敵から外す必要があるな。
「では、尋問を始める! ……といっても、聞きたいことは一つだけだ。貴様たちは何をしにここへ来た? 御使い様を知っているような素振りだったが……まさか、危害を加えようなんて考えてたんじゃないだろうな」
「違います!」
「ほう。貴様はラナとか言ったな。では答えてみろ、何が目的だ!」
「私たちの目的、その一つが御使い様……白虎様であることは確かです。しかし、危害を加えようとしたのではありません。むしろ、……これを言うと皆さんに対して失礼となるのは承知の上ですが……私たちの国にお招きしたい、と考えていました」
「本当に失礼なヤツだな。消し炭になるか」
「待って下さい! 恥ずかしながら、私たちは宝神国がこのような……、滅んでいることさえ、はっきりとは知りませんでした。ただ、何か強力な存在が宝神国に甚大な被害を出しているようだ、としか。……お尋ねしたいのですが、その、鬼人たちの生き残りは……」
「居ない。全て死んだ。冥神様は俺たちの祈りを聞き届け、白虎様を遣わして下さった。その鉄槌により、鬼どもは一人残らず滅んだ」
「……では、宝神も」
「死んだに決まってるだろう。だったら何だ?」
「我々、ミフストルにとっては朗報です」
「はぁ?」
「鬼人たちは、サザンゲート宝神国は、ミフストルにとっても憎き敵国でした。私たちエルフが求めているのは平和です! 白虎様を求めていたのも、戦争を防ぐ抑止力を欲したからなのです! トウゴ代表……メポロスタとミフストルで同盟を結びませんか!?」
いきなりだな、おい。
俺としては大分都合の良い提案なんだが……ただなぁ。
これ、トウゴはどう思う?
「我々には、他にも人間の国と結んできた経験があります。鬼人のような種族と違って、エルフと人間なら互いに手を取り合うことができるはずです!」
「……てめぇ、そうか。周りの皆が喋れねぇから見下してるな?」
そりゃ怪しいわな。
「え? ……ええっ!? いえ、そんなつもりは」
「残念だったな! 俺は転生者なんだよ。そう簡単に騙されたりはしねぇ。俺たちのような集団とまともな国が同盟? ありえるか! 直接戦うのが嫌だから、とりあえずそう言ってんだろ。ニコニコしながら侵略して来て、最後は奴隷か? コロンブスかよてめぇは!」
神が直接治める国は、土地やら人やらを求めて戦争をしない。
欲しいのは『神性』だって冥神様は言っていた。
だが、先日まで家畜として生きていたトウゴに、この世界の常識を知る術は無かったはずだ。当然、判断基準は前世の知識を元にする。
俺は地球の戦争事情なんて知らないが、これを冒険領域の外、普通の人間の国に置き換えるとするなら……。
戦争の目的は食料や金。つまり豊かな農作地や利益を生みやすい交通の要所。すなわち土地だ。徴税金が増えるって意味で人を多く欲しがるのも分かる。
そういう事情をエルフは知らない。
だから話が噛み合わねぇ。
エルフ側からすれば、宝神が死んで、その神性を持っているのは山龍よりも強い俺だ。
ラナの態度を見ると、もう確保は諦めているように見える。俺を殺せないなら、そもそもメポロスタと戦う理由は無い。
それで、同盟か。
つまり「軍神の神性は狙わないで頂けますか」って言いたいのか?
……。
なんだよ。
もう安全を確保できたようなもんじゃねぇか。
俺は、寝転んでいた下層線の上から跳んだ。
「コロンブス? 誰ですかそれは! 違います、私たちは本当に……」
「嘘つけ! 大体、メポロスタの事を知ったのも今な訳だろ? なのに同盟なんか副官のてめぇが今ここで決められることかよ!? そこからしてもう怪しいだろーが!」
「いえ、確かに一度は持ち帰ることになりますが……でも、上層部にも反対する者はいない、と断言できます!」
「信じられるかそんなもん! もういい、この場で―――えっ?」
ブチ切れ寸前のトウゴとラナの間に、肉球を使って柔らかく着地する。
「ガルル」
「みっ、御使い様! いかがなされたので!」
そのまま全員の注目を集めつつ、博士の元へ向かう。彼女は3日前に会った時と同じリュックを背負っていた。漂ってくる匂いも同じだ。
血を感じない焼けた肉。これだけだと不味そうだが、その実は山龍肉に負けない味の不思議な肉が入っている。
「あっ、えっ? キメ……じゃなくて白虎くん?」
ウィルくんに監視されてビクビク俯いている彼女の前で腹を見せて寝そべり、「ゴロロロ」と喉を鳴らす。
「え……えええええっ!? 御使い様!?」
素っ頓狂な声を出すなよ、トウゴ先生。
難しく考える必要はねぇ。
向こうの言っていることにはとりあえず納得がいく。
だったら一旦同盟とやらは結んでおけばいい。
「ゴロロロ」
「あ、あれぇ!? やっぱり懐いてくれてたの? 何だ! そうだったんだね、嬉しいよ~この、この! ああっもふもふ!」
「ガロロォン」
「助手くんのお肉、食べる? いっぱい持ってきたよ!」
「くっ、貴様ぁ! そこをどけ! 白虎さまのお世話係は僕なんだぞ!」
「ウィルくんだっけ? じゃあ、きみも一緒に食べよう。これ、人間が食べても美味しいんだって!」
「妙なものを白虎さまに……」
「ほら、食べて」
「……なんだコレ美味しい!! 先生!」
5歳の少年とはしゃぐ美少女博士。その傍らに虎。
毒気を根こそぎ抜いていくほのぼの光景を食らって、トウゴとラナの顔から険しいものがみるみる抜けていく。分かるぞ。加護が萎んだ俺もそうだった。
「……………………どうやら、御使い様はお前たちを認めるらしい。つまり冥神様もお認めになるということだ。ならば、俺はそれに従うまで」
「決して後悔はさせません。ありがとうございます。共に平和を築きましょう」
そうだ。
今ここで話を受けるのは問題ねぇ。
もしもこの後、エルフどもが裏切るようなら……。
「ふふふ、美味しい? 白虎くん」
「ガルッ」
その時は、俺も盛大にやる気をだしてやるさ。
◆
『ふふふ、美味しい? 白虎くん』
良いタイミングだ。
フェリアめ。忌々しいキメラの研究者め。嬉しそうに笑いおって。今すぐその顔をぐしゃぐしゃにしてくれる。
ハッキングは完了した。
もう、あの場所にいる戦闘機は吾輩の意のままだ。
あの白虎とかいう魔獣向けて魔導弓を打ち込んでやる。獣との信頼関係など一瞬で崩れる。食われてしまうがいい。宝神国の後釜がすでにいたのは計算外だったが、ちょうどいいではないか。
あの国とも戦争だ。
すでに山龍の巣と武神連邦へ攻撃を仕掛ける手はずは整っている。
戦争さえあれば、戦闘機にはまだまだ需要がある。
予算も見込めるだろう。そうすれば……。
「無駄だぜ、おっさん」
背後で忌々しい声がした。
「……料理王。なぜここに。この戦闘機管理システム塔は、軍司令部の人間以外立ち入り禁止のはずだが。警備兵はどうした?」
「ウチの戦闘用キメラたちがバリバリやってるよ」
「なんだと!? ……そんな事をして、軍神陛下が黙っていないぞ!」
「分かんねぇかな? その陛下のご依頼なんだよ。アンタに悟られずに動かせる兵力。しかもこの塔を守る自律機動型を倒せるくらいって言ったら、この国の普通の兵士じゃ無理だからってな」
「なっ、な……?」
「バレバレだったみたいだぜ、アンタの計画。さすがは軍の神、手が長いよな。もうすぐこの施設に回されてた魔力炉も……お、今切れたな」
照明が、計器が、戦闘機をコントロールするための魔道具から次々と反応が薄れていく。これでは遠隔操作ができない!
「残念がってたぜ、陛下」
「くっ」
料理王が得意げな顔で語る。
「平和になった後も、戦闘機の利用方法については考えてたんだと。アンタがこんなことしなきゃ……」
「くっくっく、くははははははは!」
それがどうにも笑えて仕方ない。
「あ? ……なにが可笑しい?」
「いやぁ、まさか陛下が吾輩を疑っていたなどとは、つゆとも思わなくてなぁ。驚いたよ。こんな根回しをするほどなのに……なぜ今まで吾輩を放置していたのかな?」
「はぁ? そりゃ、アンタが今まで国に忠誠を尽くして来たから……」
「ちゅうせい? 忠誠だと!? はははははは! なんて間抜けなんだ、部下の心一つ見抜けずに軍の、神とは!」
「あ、おい……何を!?」
照明が落ち、薄暗い中机に駆け寄る。
引き出しを素早く開け、『
吾輩の最大の理解者がもたらしてくれた魔剣。外界と遮断した亜空間を作り、時間の流れを操作して存分に研究に打ち込むための宝剣。
ニコライは言った。
『次のヤツが見届けてくれる』。
その通りだった。吾輩が巡り会った2人目の転生者。モノ造りに精通し、この世界にインターネットを生み出すことへ賛同してくれた同士。
接触があったのは一度きりだ。影を伝ってホブゴブリンがこの剣と手紙を届けてくれた。吾輩が信ずる神を変えるのには、充分すぎる出来事だった。
「く……やべぇっ! ライカン、外に出るぞ! 作戦は失敗―――」
重力の無い亜空間から、切り札を引っ張り出す。
途端に質量を得たその巨体だけで、部屋が潰れる。料理王は死んだだろう。
いつか、このような時が来ると思って造っておいた戦闘機。
宝神が死に、軍神から睨まれ、もはや夢が叶う可能性は無い。
ならば。
ならば!!
「軍神を殺す」
そして吾輩が神になる!
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
申し訳ありません、明日は執筆の時間確保が難しく、更新がお休みになります。本当に申し訳ありません!
第3章も大詰めになります。
どうか見捨てずに続きも見てやって下さい!!
次回 白虎無双回
9月14日 6時ごろ更新予定
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