第49話 エルフの正念場①



 畑で獲れる兵士、というのがキメラの売り文句だった。


 植物と魔獣の因子を組み合わせて造られた生物。不確実でリスクの高い生殖ではなく、種子を土に埋め、栽培することにより安定した数を収穫できる。

 数が最大の弱点であるエルフという種族を、ゴブリンを有する鬼人国家との戦争から救う、画期的な発案だ。そんな風にもてはやされ、軍神陛下からその研究を命じられた父は、そのことを誇りに思っていた。



「今はライカンなどという低脳な魔獣が素体だから、軍神陛下のお力を活かしきれない。しかしなぁ、いずれはこの技術でエルフも造れるようになる。そうなれば、必ずや我が国はサザンゲートを下して『宝の神性』を得るだろう」



 50年ほどすると、父はぞっとするような事を言うようになった。


 母はそんな父を気味悪がって家を去った。


 『軍』と『宝』、この2つの神性を持つ神様が生まれれば、確かに強い国が生まれる。

 龍神にだって負けない力があれば、他の国に睨みが効く。戦争を抑止できる。軍神陛下の目標は、エルフに安定的な平和をもたらすことなんだっていうのは知っている。


 そのために働く父を、昔は「世界一綺麗な花を造りたい」と言っていた父を、当時の私は母のように責める気にはならなかった。


 でも。



「また失敗か。やはり高度な知性体を造るには何かが決定的に足りん。しばらくはライカンで賄うしかないな」



 でも、父が命を軽視する姿勢は、年々酷くなっていく。



「戦況が悪い。なんだあの十宝剣とかいうデタラメな連中は! アレに対抗するには数だ。もっとライカンを増やさねば。……そうだ! 寿命など3日も保てばいい。どうせ戦場で肉壁になるのだから」



 餌をあげれば喜ぶ。芸を教えれば覚える。世話をすれば懐いてくれる。

 そんな生き物を、数字でしか見れなくなっていって。 



「予算を削る!? なぜだ! 戦闘機などよりキメラの方が安上がりではないか! ……能力不足!? くそっ、くそぉっ!! フェリアァ! お前が役立たずだからこうなるんだ!! こっちに来い!」



 すり潰されるために生まれてくるキメラたちは、とても可愛くて。

 私にとって、心の支えで。

 

 

「はははははは! 見ろフェリア! このキノコの因子を埋め込めば、研究所にいる全てのキメラが進化する。『ヴェノム・ライカン』だ。数時間暴れて死に、死体から毒の胞子を振りまく! コイツなら戦闘能力など関係ない。宝神国を死の国に変えてやれる…………おい、なんだその目は。いいだろう、何度でも殴ってやる!」



 100年も経つ内に、父への想いよりもキメラたちへの想いの方が勝るようになっていった。

 

 最後の研究なんて、明らかに戦場での効果よりリスクの方が高い。宝神は毒の剣を好んで使うって噂だし、一歩間違えればミフストルの方が死の国になってしまう。


 その辺りをラナちゃんに話し、協力してもらって、父には強制的に研究所を辞めてもらった。上層線から遠く離れた街で、別の男の人と暮らしていた母に父を押しつけた。今まで研究費用を横領して男の人を買っていたことを言うと、母は恨めしそうに私を睨みながら父を引き取った。


 私は所長になり、戦闘用ライカンの生産をやめた。


 代わりに始めたのは、日常で役に立ちそうなキメラへの改造だ。新しいペット、エルフや人間の友として、キメラの地位を確立しようと思ったのだ。とにかく、国から研究費用を打ち切られても、生き残ったキメラたちを養えるようにしたかった。

 でもダメだった。

 背中から果実を生やす『フルーツ・ライカン』とか、ゴミを食べて花を咲かせる『ダストフラワー・ライカン』とか結構いいんじゃないかと思ったけど、全然需要ないし。


 ヤケになって色々なものに手を出して、助手くんが来てからは料理本を出してみたりとかもう迷走しちゃってて、研究所に回される予算は順調に削られていった。



「博士って、物を造る才能には溢れてますけど、肝心の所がユルユルなんですよねぇ。造るものに明確なビジョンが無いというか……。キメラの研究が有用『そう』なのは伝わってくるんですよ? 個人的には、是非続けて欲しいと思います。ですが、このままだと……」



 ラナちゃんの言うとおりだ。

 私には、お父さんやドドットのように「これを目指す」っていう目標が無い。

 キメラが可哀想だから助けたい。私が所長になった理由なんてそれだけだ。

 目先のことに囚われて、なんとか毎日をしのぐ。先を見据える能力が欠けてるんだ。


 今だって、そう。


 ずっと戦闘用キメラの研究からは離れてたくせに、予算の確保に繋がるって聞いて舞い上がった。もしかしたら上手くいくかも、って白虎という魔獣に近づいた。


 彼は、私を捕らえた人間たちが信仰する神様の、眷属だったらしい。


 そりゃそうだ。

 偶然現れた強力な魔獣が、都合良く私たちに懐いて軍神国の味方になる?

 奇跡だ、そんなの。


 でも、私はそれに縋ってしまった。最初の接触で手なずけられなかった時点で、助手くんの立てた計画は失敗だったのに、状況をムリヤリ良いように解釈して、希望的観測を山ほど盛り込んだ報告をして。「恐らく手なずけられるでしょう」なんて軍神陛下に言っちゃって。意気揚々とここまで来て、このザマ。


 研究者として最低だ。

 本当は、ついて来たラナちゃんたちも期待なんてしてなかったんだろうなぁ。

 助手くんなんてここに来てさえいないもんな。「やらなきゃならない事がある」って、この件が上手くいくって思わなかったってことだろうし。


 はぁ。

 自分の滑稽さでさえ笑えないなんて、最悪だ。



「おい。さっきから溜め息をやめろ。耳にかかって気持ちがわるい」


「……ごめんなさい」



 私を担いでいる、ウィルと名乗った人間の少年が嫌そうに言う。

 まだ10歳にもなっていなさそうな、私の腰まで届くか怪しい小さい男の子だ。それなのに大人のエルフを一人余裕で担げる。見たことない色の魔力を発しながらちょっと宙に浮いて運んでいる。

 すごい力だ。こんな恩恵、文明神じゃありえない。

 眷属の白虎くんが龍神を撃退できるんだもんな。格が違うのは当然か。

 冥府の神様……自然神と結べるなんて、昔いたドワーフみたい。



「よし、では門を潜る。いいか貴様ら、ここから先は正真正銘、冥神様に捧げられた土地だ。下層線の外とはワケが違う。少しでも妙な真似をすれば……即刻消し炭だぞ」



 トウゴと名乗った……たぶん転生者の少年が大声を出す。


 メポロスタ冥神国か。

 どんな国なんだろう。


 サザンゲートが滅んでいることは、さすがの私にも分かる。

 鬼人。人間たちを家畜にして食べるという、凶悪な人種。戦争に負ければ私たちも家畜にされると言われている。一週間くらい前まで、この地を支配していた『宝の神』の信者たち。


 トウゴさんは国の代表だと言っていたけど、それはつまり、家畜として扱われていた人間たちが反逆を起こしたってこと?


 確かに、神様からこれだけ力を与えられた人間たちと、白虎くんがいれば宝神なんて目じゃないかもしれない。


 負けた鬼人たちはどうなったんだろうか。

 

 戦争中の敵国だから詳しいことは知らないけど、確か推定の人口は一千万人を超えていたはず。

 彼らの態度を考えると、やっぱり国を追い出されたのかな。

 それとも、捕らえて奴隷にしている? そっちの方がありそう。


 ……私たちも一緒の扱いを受けるのかな。


 

 そんな事を思いながら、トウゴさんの指示で下層線の門が開くのを眺め―――……え?



「え……?」



 目に飛び込んできた光景を。

 乾いた血と臓物、無残に引き千切られた夥しい死の残骸と、徹底的に壊された文明の跡を……一言で表すならこうだ。


 


 死後の世界。




 冥府の神を崇める国。


 ……助手くん、私帰れないかも。





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


猟奇! ケツ無しゴブリンの死体の山



次回 エルフの正念場②


明日 6時ごろ更新予定

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