第74話 白虎大虐殺
「ギギギガガガガアアア!!」
「ゴゥルルシィィァアアア!」
「ブルォオオオウ!!」
本当は、一度の跳躍でメポロスタの下層線前まで行くつもりだった。
しかしそれよりも早く、森の木々をなぎ倒しながら魔獣どもが迫ってくる。ハルトやユーシェンにかまっていた時間で詰めて来やがったのか。速いな。
「シュギイイィィィィ!」
一番先頭は蟲の魔獣だ。新種じゃない。『シザーズ・ラント』とかいう名前だったか。山龍の山の近くで結構見るヤツだ。地球の生物で例えるならクワガタが近い。アレの顎が鎌になって、足が20本くらい生えたような見た目だ。
それが10匹ほど向かってくる。
跳躍のために溜めていた力を爆発させて前進し、迎え撃った。真正面の1匹を前足で叩く。潰れない。充分な威力だったはずなんだが。その一瞬の間に残りの9匹が俺を取り囲み、顎で挟んで来る。
僅かな痛み。
『冥神の寵愛』の自動防御を抜いて来やがった。……そういえば、海岸で戦った牡鹿もそうだったな。
この黒い靄のせいだ。『黒龍の寵愛』が形になった魔力。強化の倍率は相当なもんだな。
さすがは世界最強の龍神。
冥神様ともタメを張るってか?
「グルルルル……!」
ふざけんじゃねぇ。
ここで負けるようじゃ合わせる顔がねぇぞ。
俺は冥神様が造った唯一の眷属だ。
一点モノなんだよ。
こんな既存品にホイホイ分け与えられただけの連中に遅れをとってたまるか!
自動に任せてちゃダメだ。
改めて、自分の意思で『冥神の寵愛』に魔力を食わせる。
イメージの中で吐き戻され、変質した魔力を、落ち着いて全身に巡らせる。その間に魔獣どもが攻撃してくるが、どれも致命傷には及ばない。無視だ。連中の攻撃を受ける度、黒い靄が体内に入ってくる。言われてた通り、自我を焼こうとしてくるが……俺には『自意識過剰』がある。
これも無視『する必要ないぞ』……え?
『黒い靄は無視なんぞせんで良い』
神さまァ!?
『ほっほっほ。久しぶりじゃのう、己がそうやって驚くのは』
何してるんですか!
死神は!?
『大丈夫じゃ。己が黒龍の寵愛を消してくれたお陰で、容態は安定しておる。今、儂から神性を注いで体を修復しておる最中よ。冥府から送るぶんロスが大きいゆえ、しばらく時間はかかるが、確実に治せる』
そりゃ良かった。
『それよりも今は己じゃ。……己が自分の意思で黒龍と対する、そう決めた以上は……もう余計なお世話とは思わん。儂からも遠慮せずに支援をさせてもらう』
突然、俺の脳みそが勝手に働き始める。
冥神様が操っているのだ。トウゴたちの毒を回復した時と同じだ。
『少し、覚醒させるぞ』
脳裏にイメージが浮かぶ。スキルを発動する時の映像だ。猪の頭蓋骨の姿をした『冥神の寵愛』。俺はいつも、こいつに魔力を食わせて体を強化している。
今も、その猪の前に魔力がある。
普段食わせている赤じゃない。黒だ。魔獣たちの攻撃を受けて体内に侵入し、俺の自我を焼こうとしてきた黒い靄だ。
『フン。黒龍め、やり口は200年前のままか。……舐めるなよ。この儂が、戦を司った神が、以前の敗因を糧にせんとでも思うたか!』
頭蓋骨の猪が、黒い靄に向かって大きく口を開け……食った。
いつものように咀嚼し、吐き戻されたのは、これまたいつもの、体を強化するよう変質した魔力だ。
『黒龍の寵愛』を『冥神の寵愛』に変換した?
だがこれは、この……湧き上がってくる力は……!
『上手くいったのう。己の「自意識過剰」は本当に素晴らしい』
黒龍の寵愛が付加された攻撃というのは、本来なら一撃くらうだけで脳にダメージを負い、まともな思考を保つことが出来なくなるそうだ。
全てのスキルはイメージを持ち、考えることで発動する。思考できないということは、そいつが持つスキルを封じるということになる。
強者から、強者の所以たるものを奪う。
『
『200年前、儂はヤツより強かった。明らかにな。それでも……一度でも攻撃を喰らってしまえばそれまでよ。宝神の裏切りなどもあって不意を突かれたとはいえ……その後は一方的にやられた』
自分の信者を強化してやるために存在するのが、本来の『寵愛』スキルだ。
そいつを黒龍は、誰かを攻撃するために利用している。自分の駒か、奴隷になる者以外は「愛する価値が無い」。そう言っているようだ。
聞くだけで性格が見えてくるな。ますます気にくわねぇ。
『くっくっく、しかしのォ、己は話が違う。ヤツからどれだけ薄汚い愛を押しつけられようが、己の意思は小揺るぎもせん。スキルさえ使えるなら、いくらでもやりようがあるわい』
体内に入り込んだ黒龍の魔力を、ただ消化したり外へ出したりするのではなく、奪い取って利用する。他者を駒にするのが好きな黒龍の隙を突く案だ。ヤツの強さ、その根底を形作る能力を喰らって、際限無く強くなっていく眷属を生み出す。
俺の魂が冥府に落ちてきた時、冥神様はそんな作戦を閃いた。
『儂の可愛い眷属よ。今この時より、己は黒龍の天敵じゃ。……主の未練、果たしてくれるか』
好きにしろってお達しだろ?
『ふふははは! そうじゃのう。今更頼むというのも野暮ではある。それでも、口にしておきたくての』
そんな雑談をしている間も、俺の体は強化されていく。
あえてシザーズ・ラントに毛皮を斬らせ、黒い靄を体の中に呼び込み、『冥神の寵愛』に食わせる。自分でひねり出した魔力と合わせて、加速度的に膂力が湧いて来る。
「がははははは!」
魔獣の群れ、その奥の方で人間の声がした。
目を向けると、10人くらいが固まって、こっちを見ている。
俺を指さして笑ってやがる。
「なんだァあのザマは!」
「小手調べのシザーズ・ラントに手も足も出ていないではないか」
「神敵だというから警戒してみれば……我らだけでも殺せそうだな」
「ちょっと待ってください? ここでもし、我々があの獣の首を獲れば」
「おおっ! 一気に司祭への道が!」
「どころか、上手く行けば大司祭の椅子も!」
「これは、もしや? もしやもあるのでは?」
メイフィートよりは簡素だが、法衣を着ている。
黒龍教の連中だ。
魔獣どもと同じように黒い靄を纏っているが、自我を失った様子は無い。
『黒龍の駒になることを厭わなければ、ああなる。他者を支配したい、踏みにじりたいという方向の破壊衝動が常軌を逸したクズどもならば、黒龍とでも馬が合うじゃろう』
そうなのか。
まァどうでもいい。
悪人だろうが善人だろうが事情が有ろうが無かろうが―――黒龍教なら皆殺しだ。
嫌なら俺を殺せばいい。冥神様も文句は言わねぇ。
出来ないなら法衣を脱ぎ捨てろ。俺が着ているところを見る前にな。
「ん……?」
「何だ、この音は」
「金属がねじ切れるような……」
力を込める。
振り払うんじゃねぇ。ただ、全身に巡る魔力に任せて筋肉を力ませる。俺の四肢が肥大化していくにつれ、シザーズ・ラントの鎌がより強く、深く食い込んでいく。
血が零れた。だが構わない。強化された回復力が追い越しているからダメージにはなってねぇ。むしろ黒龍の寵愛を奪い取るつもりで強化を重ねる。
「シギャ……ギャ!」
「ピィィ……」
膨れあがった筋肉が鎌を巻きこむ。内側からの圧力に耐えかねて蟲どもが悲鳴を上げる。増大していく体重を支えるように、骨が太く長く、骨格の形を変えないまま成長していく。
「プギュ」
間抜けな音を立てて、前足の下にいたシザーズ・ラントが潰れた。
全身に食い込んでいた鎌がへし折れる。蟲どもが奇声を上げながら地面を転がる。
「お、おい。あの獣……なんか大きくなってないか?」
自前の魔力じゃこうはいかねぇ。
神性を取りこんでもこうはならねぇ。
『他の神の寵愛を喰らう』。
この条件で、冥神の寵愛そのものを強化する。
……冥神様が、俺に期待と希望を込めて仕込んだ能力だ。
「気のせいじゃないぞ!」
「5メートルはある……」
「ま、まずくないか? シザーズ・ラントがあんな風に」
「バカ言うな! あんな蟲はタダの雑魚に過ぎん!」
「そうだ! 行け、奴隷ども! ヤツの動きを止めるのだ!」
「我らは『黒火砲』の詠唱に移るぞ!」
活かせなきゃ眷属失格だぜ!
「ガアアアアァッ!!」
気合いを入れて咆吼を一発。あえて魔力は込めなかった。それだけで皆殺しにしちまいそうだったからだ。とりあえず、強化された力がどんなもんか確かめなきゃならねぇ。
つまりただのデカい声なんだが……俺以外の全員が動きを止める。
自我を失っている魔獣たちでさえだ。
ゆっくりと距離を詰め、目の前の龍に向かって前足を振るった。
音を超えた。空気の壁を叩く感触があった。鱗には触った気さえしない。龍は胴体から消し飛んだ。爪で引き裂いた様子は無く、俺の前足の軌道上にあったモノが綺麗さっぱり消滅する。首と尻尾の先だけが宙を舞い、遅れて「パァン」と音が鳴る。炸裂した空気の衝撃波を受けて、龍の後ろに居た魔獣どもがグチャグチャに吹き飛ぶ。
一拍を置いて。
「ウワアアアアアァアアッ!」
残りの魔獣どもが何かを叫びながら突っ込んでくる。
生存本能に動かされたって感じだ。行く先が後ろじゃなく、前にいる俺って所が、『黒龍の寵愛』に犯される以前の精神性を表している。
オーガも、ゴブリンも、人間も、ボガードも。
皆立派な戦士だったんだろうな。
黒龍に屈しなかったから、彼らは奴隷に成り下がったのだ。ポンゾの俺だったらたぶん、そこまで根性は出せないだろう。
彼らには敬意を持つ。出来るだけ一瞬で、何をされたかも分からないくらいの威力を込めて迎え撃つ。
龍やただの魔獣は雑に。人型のやつは丁寧に。
区別はそれだけだ。
老いも若きも男も女も平等に狩った。攻撃は全て受け止めた。途中から毛皮の強度が魔獣達の攻撃を上回り、僅かな傷さえつかなくなったが、それでも避ける理由はねぇ。
100体くらい居た魔獣たちは、瞬く間に姿を減らしていく。
「この神敵がぁッ!」
「そこまでだ!」
「喰らうが良い、黒龍祝福魔法・『黒火砲』!!」
法衣を着た人間どもは、最初無視した。
威勢の良いことを喋りながら魔法を撃ってきたりしたが、相手にするだけ無駄だ。
アホだよなぁ。
魔法の巻き添えで魔獣たちの数が減っている。俺には一切のダメージが無い。ただ、自分たちを追い込んでいるだけなのに、全然止めようとしねぇ。
途中からは、露骨に人間たちの方を見つめながら戦った。
「次はお前達だ」というメッセージだ。
黒龍教の面々は徐々に不安げな顔をみせ、残りの魔獣が10体を切った時、数人が悲鳴を上げながら俺に背を向けて走り出した。だが、数メートルも走らないウチに赤黒い壁へ激突する。
とっくに結界を張ってあったのだ。
外には悲鳴さえ漏れてない。聞こえたとしても、地響きくらいだろう。
逃がすつもりなんざ、サラサラ無ぇんだよ。
魔獣が全て片付き、黒龍教の人間たちだけが残る。
半狂乱になりながら攻撃してくるヤツらはまだ無視だ。逃げようとするのを潰していく。
「もしもし、もしもし! メイフィート様ぁ! 聞こえますか、助けてください! ……ああくそ、なんで通じない! ぐぁ」
通信機を投げ捨てたヤツを踏みつぶし。
「出して、出してくれぇ! 私はいずれ神になる男だぞ! 嫌だこんな所でしにたく、あああああああ!」
結界の壁を必死で叩くやつに爪を立て。
「お願いします! 国に妻も娘もいるんです! もう悪いことはしません、家族も奴隷も殴ったり焼いたりしないから! だから……いやああああ食べないでええええ!!」
命乞いをするやつの上半身を囓り取り、食わずに吐き捨てる。
やがて、逃げずに俺を攻撃していたヤツらも心が折れたようにへたり込む。
諦めるのが早え。まだ体力余ってそうなのにな。『落星のユーシェン』を見習えと言いたいが……まあ、12司祭でもない連中なんかはこの程度か。
つーかそうだよ。こいつら前座じゃん。
強化された体の使い方も把握できたし……そろそろメポロスタの方を片付けねぇと。
「おっお前など、我らが神が必ず滅してくれる! いや、その前に12司祭の力で倒されるだろう! この、邪悪なる獣めぇぇ!」
一番根性のあったヤツは、『冥鉄』の下敷きにしておいた。
ちょっと時間をかけ過ぎたなぁ。
メポロスタだけじゃなく、開拓村とかも心配だ。あそこには、ゴブリンの巣で助けた200人の娘たちも居たはずなんだよな。
まあ、連中のやり口からして殺しはしてなさそうだけど……。『黒龍の寵愛』を受けちまってるなら、『セフィロト・ブースト』で払ってやらなきゃならねぇ。
12司祭はさくさく殺すことにしよう。
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次回 白虎無双回(予定)
明日 8時ごろ更新予定
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