第75話 エスティーノと白虎



 結界を解いて森の中を走る。ここからメポロスタまで1秒も掛からない。体がデカくなったせいで歩幅が変わり、何度か木にぶつかってしまうが、今はそれよりも速度だ。


 木々を吹っ飛ばし、少しだけ開けた場所に出る。目の前には世界樹が絡み合って出来た壁が見える。下層線だ。以前、フェリアやラナが訊ねてきた出入り用の門の前に、見たことの無い男が1人。隣にはエイケルが黒い靄にやられて倒れている。


 そして。



「そうか……死にたいんだな? せっかく奴隷にしてやったのに!」

 


 彼らの前、正確には少し斜め上の空に、黒い翼を生やした不細工が浮いている。

 左右にある翼の内、右の方が大きく、禍々しい光を宿していた。武器として使うのだ。地上に向かって叩きつけるつもりだろう。槍を持った男が応じるように構える。……12司祭と戦ってるってことは、アイツは味方でいいんだよな?


 まあいい、とりあえず、あの鼻デカ野郎だ。

 それと……もう少し向こう側、開拓村がある方から近づいて来る連中。

 こっちは味方じゃねぇ。この独特の、クッソ不味そうなドブ臭さ。黒龍教のお仲間だろう。

 

 後ろ足に力を込めた。

 体を縮め、筋肉と腱のバネを沈める。


 森の土を弾き飛ばしながら跳躍。



「あっ」



 メイフィートがこっちを見た。

 俺を迎え撃とうと、黒い翼がピクリと動く。

 だが、遅ぇ。


 前足を振るう必要もなく、頭からぶつかっただけでヤツの体は潰れた。そのまま、跳躍のエネルギーを一身に受けて肉塊と化し、吹っ飛んでいく。方角は……ちょうど向かって来ている黒龍教のおかわり共の方だ。

 

 上手いこと当たらないかな?


 と、思ったんだが……ダメだな。人間砲弾にするにはちょっと柔らか過ぎる。途中でバラバラになっちまった。血の雨が降りかかったおかげで、「うわあああ!?」という悲鳴は聞こえてくるが、被害は与えられなかったみたいだ。



「……あらら、ずいぶんと早いお着き、だねぇ……」



 ショボすぎる花火が散っていくところを眺めつつ着地すると、後ろから声をかけられた。

 槍を杖代わりにした男だ。生前の俺と同じくらいの歳だろう。とんでもなく身長がでかい。腕も胸もオーガと見間違うほど分厚い。凄まじく強そうだ……いや、待てよ?


 この森には『落星のユーシェン』と『瞬閃のハルト』、2人もSランク冒険者が来ていた。その前提でよく見てみると……。



「敵意は無い、かな? やっぱり強い神性持ちだ。心の中がほとんど何も読めないな」



 心を読む。

 つーことは、間違いない。『槍至のエスティーノ』か!

 すげぇ。

 噂には聞いてたけど、姿は初めて見た。

 本当にゴブリンキングみたいな体格なんだな。



「えぇーっと、こっちの言葉は理解できてるって話だったよねぇ? おいちゃん、今日からしばらく冥神国でお世話になる予定の、エスティーノってもんだ。白虎様の、話は聞いてるよ。……よろしくね」



 ああ、よろしく……って今、挨拶とかしてる場合じゃねぇだろ。

 しっかりとした口調で話しているが、エスティーノは滝のような汗を掻きながら足下もおぼつかない状態だった。全身に黒い靄が纏わり付いているのだ。こうしている今も自我にダメージを負い続けているんだろう。


 そんな状態で俺に「よろしく」ってどうなんだ。

 やっぱSランク冒険者はどこか変だな……。


 まあいい。

 とりあえず黒龍の寵愛を払ってやろう。

 エイケルとかもうほとんど姿が見えないくらい真っ黒にされてるし、早くしてやらねぇと。



「え?」



 『冥神の祝福』に魔力を回す。



「う、うわ! ちょっと待って、おいちゃん何か気に触ること言った!?」



 あん?

 なんだ、途端に何故かエスティーノが血相を変えて慌てだして……って、そうか。

 冥府属性の死後の気配か。

 なんか新鮮だな。敵以外の前で『セフィロト・ブースト』を使うのは、気絶した料理王以来、久しぶりだ。いや、さっき死神の前で使ったか。



「大丈夫だー! エスティーノ殿ー!」



 フラフラの状態にも関わらず、Sランク冒険者の実力をいかんなく発揮して、避ける構えを見せていたエスティーノ。彼に声が掛かる。


 その方向を見れば、下層線の門が「バーン!」と開け放たれ、こちらに向かって走ってくる人影があった。

 ローラたちだ。ウィルやフェリアの姿も見える。



「ゴーストの呪怨魔法は、人間に害はない!!」


「貴様っ、ローラァ! 呪怨などではない、アレは冥神様の祝福なのだと何度言えば!」


「助手くんをムキムキにしてくれたやつだよね~」


「わたしたちには、かけてくれないやつ」


「ええっ、フラシアはアレ受けたいの? 体がとんでもないことになるのよ」


「そうかい? アタシは良いと思うけどねぇ。戦士職には魅力的な魔法だよ」


「ダメです! ドミスさんはウチの教会で洗礼を受けたんですからっ! 他の神の祝福を受けてはなりません! フラシアもですよ!」



 ウィル以外はニコニコで走ってくる。

 彼女たちは黒い靄を受けていないらしい。下層線があったお陰……いや。エスティーノとエイケルが必死で戦ったお陰か。



「え? え? 大丈夫なの? ……全員本心だ。白虎様にも相変わらず悪意は無いし……」



 エイケルは当然のことをしただけだが、このSランクは違う。

 どういう経緯か知らねぇが、今日メポロスタに着いて、即日に命を張ってくれたわけだ。

 俺が穴の中でボヤボヤしている間に、ローラたちが薄汚ぇ『黒龍の寵愛』を受けていたら、と思うと……ゾっとする。


 この男は、それを防いでくれたのだ。

 お礼をしなくちゃな。


 よし。靄を払う以上に『セフィロト・ブースト』を掛けてやろう。

 槍を使う前衛職なら、肉体の強化は是非とも欲しいはずだからな。



「ねぇ!? でもこれ本当に大丈夫? なんか血みたいな色のヤバそうな球体なんだけど。おいちゃん別に魔法抵抗力が高い人でもないんだけど! ねぇみんな! 大丈夫!?」



 喜べ。

 たぶん元軍神くらいには強くなれるぞ。



 ―――これが終わったら、近づいて来ている黒龍教どもの掃除だ。




 ◆




 Sランク冒険者になって、冒険領域の奥にある色んな所を旅したけど。

 断言できる。

 この国、メポロスタ冥神国が一番変だ。



「おおーすごい」


「今の、10メートルくらい飛んだかしら?」


「いや、もっとじゃないかい。体がデカイから低めに感じたけどねぇ、ありゃけっこう高いよ」


「スゥンリャ、あれはなんてドラゴン?」


「地龍よ。たしか地面の下で暮らしてる龍、だったかしら」



 さっきまで、絶体絶命のピンチだったはずだ。

 黒龍教の新魔法だかなんだか分からないけど、あの生き物を奴隷にできる靄を使ったメイフィートたちは、本当に凄まじかった。龍でさえ従えているところを見ると、本気で黒龍教による世界征服でも始まったんじゃないかと思えたほどさ。


 俺もそうだし、エイケルどのでさえほとんど為す術が無かったんだ。

 かすり傷一つ負っただけで、ほとんど抵抗できなくなる。肉体的にじゃなく、精神にくるダメージのせいで。


 俺はまだ、心を整えることに一日の長があったから何とか立ってられたけど……普通はそんな所鍛えない、鍛えようが無いって辺りを攻めてくる。

 まさに『龍血のアノン』に近しい怖さが、あの靄にはあった。


 だってのに。



「うぅむ。くそ。私も一緒に戦いたかった……!」


「馬鹿め。貴様など白虎様の足手まといだっ」


「分かっているさ、そんなことは。……ゴーストも誘ってはくれなかったしな……。だからこそ、こうして大人しく待っているんだ……」


「ん? ど、どうした貴様、何を急にしょげている」


「あ~あ、ウィル君ダメだよ! いつものじゃれ合いのつもりでも、傷つけちゃうことだってあるんだよ!」


「そ、そうなの? 博士。どうしたらいい?」



 見えなかったのかなぁ。


 さっき、メイフィートが連れてた10倍くらいの数がこっちに近づいて来てたんだけど。1人でも勝ち目の見えなかった12司祭が、全員揃っていたんだけど……。

 

 絶望的な光景だ、って思ったんだけどなぁ。

 なんなの、このほんわかした空間は。



「はい、はい。わかりました。…………ドミスさん! タルキスさんと通信ができました!」


「お! そうかいレイシア。向こうはどうだって?」


「やはり、相当数の方が靄の被害に遭われたようで……。ゴーストさんの力で回復できるとお伝えしたら、責任は自分で取るから何としても来て欲しい、と」


「そうかい。……どのくらい死んだか聞いたかい?」


「開拓村では抵抗した冒険者の方や、飛空騎士団の方々が……あ、ローラさんのお兄さまは無事です。靄には侵されてしまったようですけれど」


「その連絡は、私も兄上自身から受けた。本人はオタムに戻ると言っているから怒鳴っておいたぞ。ここが片付いたら、ゴーストに頼もう」


「ご存じでしたか、良かった。……開拓村の方は、龍などの強力な魔獣がこちらに来た影響で、なんとかなりそうだ、との事です。なんでも、『落星のユーシェン』殿が、黒龍教の残党を天空魔法で捕獲してくれたそうで」


「相変わらずむちゃくちゃだねぇ、あの人は」


「彼は捕虜を引き連れたままエゼルウスの救援へ向かい、オタムでは『瞬閃のハルト』殿が中心になって、黒龍教の者たちを廃除しているそうです。しかし元々、両国にはそこまで魔獣が入って来なかったそうで、被害は軽そうだと……やはり、本命はゴーストさんだったのでしょう」


「なるほどね」


「オタムも大丈夫そうなのだな。兄上が無茶をしないように、そのことを伝えておくか……」


「なんにしても、これで一安心ね」



 スゥンリャちゃんの言葉に、全員が頷いている。

 これが本心なんだ。場に流されているだけの奴なんか1人もいない。心から安堵して、リラックスしている。さっきエイケルどのを下層線の中に運んだけど、メポロスタの中はもう、通常の空気に戻ってさえいる。


 何度も言うが、まだ危機は去ってないんだよ?

 ほんの100メートルくらい先まで、あの黒い軍団が迫っているんだ。


 なのに。



「エスティーノさんも座りなよ~! もうすぐ助手くんが料理を持ってくるからさ!」


「……一つ聞いていいかい? フェリアちゃん」


「もちろんいいけど、どうしたの?」


「なんで……わざわざ下層線の外に皆でいるのかな」



 俺のこの、至極真っ当で常識的な質問に、この場にいる少年少女は全員が不思議そうに顔を見合わせ。



「何を言っているのだ。ゴーストの戦いをこんな間近で見れる機会なんて、そうそう無いじゃないか」



 代表して答えたローラちゃんの言葉に、全員がうんうんと頷く。

 ふっと西の空を見上げれば……血煙を上げながら吹き飛ぶ魔獣。ヤケクソになりながら、どす黒い光線を放っているのはAランク冒険者の『龍心』かな? 黒龍教内でアノンに次ぐ、最もSランクに近いと言われる凄腕だ。

 そんな彼の……ああ。触れたものを「分解して破壊する」という黒龍のブレスを再現した祝福魔法の上を、白い魔獣が走って―――叩き落とした。

 

 白虎様の咆吼が聞こえる。今、ちらっとこっち見たぞ。この距離じゃ心は読めないけど、分かる。アレは絶対ドヤってるんだ。


 全員がキャーキャー言いながら手を振った。それを受けて、心なしか嬉しそうに木々の中へ消えていき……また、黒龍教の誰かが上空へと放り投げられる。


 「いいぞー!」「もっと高く!」「思い知らせてやれー!」


 まるで、サッカーの試合を見ているみたいなリアクションだ。


 なにこれ……。



「わかるぜ、旦那」


 

 困惑する俺の肩に、手が置かれた。

 振り返ると、幾分年上に見える白衣の男が立っていた。



「転生者目線だと、たまにアレだよな……この世界で生まれたヤツらの感覚は」


「料理王どの」


「正直、俺もちょっと引いてる。……こういう時、地球の価値観を共有できる仲間ができたのは嬉しいよ。ま、これからもよろしくな」



 そう言って、彼は脇に抱えていた鍋を移動式竈の上に置き、火に掛け始める。

 ……ここで料理を始めようってアンタも、大概だよ。


 ああ。

 やっぱり変な国だな、メポロスタって。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



次回 オタムに響く慟哭


明日 8時ごろ更新予定

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