第89話 岩龍メリア②


 


 翼を斬られ、地面にたたき落とされた。

 意識がぐらぐらする。今の自分と昔の自分が混濁して、目の前の景色に現実味が無い。……黒龍の魔力がわたしの自我を焼いているんだ。吸収しきれなかったみたい。怪我もそうだけど、こっちもやばいな。もう長くは保ちそうにない。

 

 これで最後。そう思って立ちあがる。


 視線の先に黒龍がいる。


 『破壊』を司る神であり、創世から生きる龍であり、武器を振るう人間が。


 怖い、恐ろしい……そう思っていた。

 いや、奥底では今も変わらないか。

 口では大きなことを言っていても、内心はガタガタだ。


 それでも、表面上は威勢を保っていられる。

 何か言われた。ぼやけた頭で精一杯強がった。

 一歩一歩、近づく。そんなわたしを見て、黒龍が顔色を変えている。


 あの日のおかげだ。

 ジーストと名前を交わした日。

 ぐらり、と意識が過去へ飛ぶ。


 生け贄を、権威を「くだらねぇ」と言い捨てた彼は、当時あった派閥のことを認識さえしていないようだった。先輩の火龍に諭されたことを「ワケが分からない」と心底不思議そうにしている火龍の話を聞いて―――はっとした。

 

 そうだ。

 ワケが分からない。

 支配。共生。中立……派閥。言葉の意味は理解できる。

 集団を統率していくには必須の概念だと思う。

 でも、龍には必要ないじゃないか。

 助け合わなければ生きていけないのか? 他の生き物を支配しなければ生活できないのか。意見が対立したとき、間を取り持つ誰かが居なければならないのか?


 違う。

 

 龍はこの世界のどこでだって暮らしていける。

 龍神だろうが下位龍だろうが関係なく、1頭で必要な全てをまかなえる。

 そういう力を持つ生き物だ。前世でもそうだったし、今世でもそれは変わらない。


 いつから……わたしたちは、こんな酷い勘違いをしているんだろう。

 人間のように社会を築かなければならない、なんて。

 わたしだけじゃない。第一世代の龍神たちでさえ取り憑かれている。龍全体の意見をまとめなければならないと、そうしなければ決定的な『何か』が崩壊してしまうと、上から下まで誰もが思い込み、周りに強制しようとする。


 そんな『何か』は存在しないのに。



「黒、龍」



 アイツだ。


 アイツがやったんだ。龍の意識を、常識を……黒龍という人間が歪ませた。

  

 肉食を始めた時からじゃない。

 わたしが生まれる前からそうだったんだ。


 大陸の南端なんて辺鄙な場所にあるここに龍たちが固まっているのはなぜ?

 ……『楽園』と呼び始めたヤツがいたから。


 意見がすれ違った時、話し合いなんて事をするのはなぜ?

 ……一番強い龍が『五色場』を使うから。


 龍神教が溢れているのも。

 紫龍が使い道のない金銭を奪うのも。

 どんな生き物にも変身できる青龍さまが、人の姿になるのを好んでいるのも。


 全部黒龍の手の上だ。


 権威や支配なんて言葉、それに反対する全て―――龍を人のようにしてやろう、という思想だったのだ。



「黒龍……ッ!」



 ジーストに名前を付けて彼が去った後。

 わたしの心にあったのは、恐怖ではなく怒りだった。


 強いのはいい。

 理不尽なのも。1000年の成長を10年の研究が超えてしまう事実だって、悔しいけれど構わない。精一杯戦った結果が滅びだったとしても、いいんだ。無駄じゃない。


 「歴史になるから」。


 この考え方も、ジーストが教えてくれた。


 でも、だからって。

 いくら人間が優秀で、龍より優れているからって……在り方まで変えていいのか?

 そこまで歪ませた方がいいって言うのか、黒龍は。

 

 冗談じゃない!

 

 わたしは龍だ。

 

 誰が何と言おうと。

 黒龍がどんな手を使おうと。

 惨めでも、愚かでも。メリアというこの名前に誓って、龍でありたい。

 そこだけは絶対に曲げない。


 一対一で、正面から勝ってみせる!



「止まれッ! 止まれと言っているんだ、この僕が!」



 黒い斬撃が飛んでくる。

 避けようとした。足がうまく動かない。

 仕方なく鱗で受け止める。でも容量はもう一杯だ。吸収は叶わず、体が抉れる。黒い靄が入り込んで脳みそが、その奥にある自我が焼けていく。


 頭の中から大切なものが失われていくのが分かる。

 生まれてから1万年近く溜め込んだ想いが、もの凄いスピードで焼け落ちていく。

 構わない。

 自我なんかもう要らない。

 あと数十秒、たった一つの目的が果たせれば、それで。


 ユニークスキル『魔力吸収』。

 紫色の鱗には、魔力を吸い取って貯蔵する能力がある。

 わたしには、ジーストのように黒龍の洗脳を無視することはできない。大権を受け取ってしまえば、他の王たちのように黒龍の信者になってしまっただろう。

 でも、このスキルがあった。例え傷つけられても、脳に届く前に鱗へ魔力を移せば、自我の焼失を防ぐことができる。


 そうやって今まで戦ってきた。

 それももうすぐ終わる。



「従え、従えぇぇ! 思い通りになれ!」



 大権も無い、ただの岩龍であるわたしには、黒龍の鱗を貫けるだけの攻撃力がない。勝機があるとすれば、ヤツ自身の魔力を使うことだ。最大値まで溜めた魔力を、一点集中型のブレスとしてぶつける。『破壊』の権能は防御よりも攻撃に向くのだ。間違いなく仕留められはずだ。


 生半可な量じゃダメだし、それが溜まる前に狙いがバレたら成功しない。

 だから『反射』であるように見せかけた。ジーストと共に修行を続けたお陰で、スキルの扱いには自信がある。吸収した魔力を少しだけ貯蔵し、即座に残りを返す。一時間以上もそうやって戦い、ようやくここまで来た。


 無数の斬撃を浴びる。あっという間に目の前が黒くなっていく。


 最後の自我を振り絞って、全身の鱗から一気に魔力を集めてブレスへと束ねた。



「なんだそれは!?」



 放った感触だけは確かに感じた。

 でもだめだ。もう見えない。きちんと当ればいいんだけど。



「たっ、盾だ! アオ、こっちに来て僕の盾になれぇぇッ!!」



 最後の瞬間、白い何かが視界の隅に映った気がした。


 ああ、そうだ。

 ジースト。

 ……あんたは白虎に、勝てたかなぁ……。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


ショボショボ更新&予告詐欺で申し訳ありません。自分の筆の遅さに絶望してます……。


次回 黒龍アノン


明日 6時ごろ、絶対に更新

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