第35話 最後のゴブリン


 俺ァ、ゴブリンが嫌いだ。


 汚えし臭えし非力だしバカだしよ。数を増やすのだきゃあ得意なんで、滅ぶってこた無いんだろう。だが、それだけだ。蔓延ってるだけだ。生き物として先がねェ。

 

 どの世界でもそうだった。

 なんべん生まれ変わっても周りは低脳ばかり。5年も生きられる奴は数えるほどしかいない。ホブやらハイやらに進化できる時はいいが、それすら無い世界だと本当にどうしようもねェ。森の獣か、人間に追い回されて死ぬのがオチだ。


 俺は死んでも記憶が引き継がれる体質だった。


 前の世界で死に、次で生まれて1年経つと……それまで積み重ねた生涯をダイジェストで振り返る映像が浮かぶ。『走馬追灯そうまついとう』ってスキルが、どんな世界でも俺には備わっていた。

 

 今まで渡って来た世界は、優に千を超えるだろう。


 一つ一つの詳しい記憶は思い出せない。人の名前とかな。だがまあ、ダイジェストで観る限り、どれも下らねェ一生だったのは間違いねェ。

 なんせ全部ゴブリンだったからなァ。


 繰り返すたびに、ちょっとずつ俺の頭は良くなり、少しずつゴブリンという生き物に失望していく。


 一度だけ、同い年にとんでもなく優秀なゴブリンが現れて、ソイツの下について国を興したり魔王軍幹部を名乗ったり、世界の主要人物になれる生涯もあった。

 が……ついて行った魔王様は結局、元を正すと人間の転生者だったのだ。

 そいつを打ち明けられた時は、心底キツかった。

 生粋のゴブリンとして生まれ、大成する奴なんか存在しねェんだろうな、って思っちまう。


 俺もそういうゴブリンなのか?

 冗談じゃねェ。

 一緒にされてたまるか。

 俺ァ、ゴブリンが嫌いだ。

 


「師匠! こちらでしたか」



 上層線の内側、神王陛下のおわす『宝華宮殿』。その中にある、ゴテゴテした飾りばかりが目立つ悪趣味な庭で体を動かしていると、後ろから声を掛けて来る奴がいた。

 

 振り返ると、ホブゴブリンが立っている。

 誰だっけこいつ。

 武威もねェ、進化もしてねェ、まず立ち姿からして基本がなってねェ……こんな弟子、いたかな。



「ご無沙汰しております。まさか、最後に師匠と会えるとは思いませんでした。マルゼナ殿の付き添いですか?」



 あ、そうか。ゴライルか。


 お嬢の付き添いで最近も会ったってのに……しかも族長だぞ。そのツラ忘れるってな、やっぱ今世の俺ァ長生きしすぎたかな。

 

 弟の方は今でも覚えてんだけどなァ。コイツはてんで才能が無かったから。



「おう、そんなとこだ。久しぶりじゃねェか、ゴライル」


「師匠も相変わらず、お元気で」


「ったりめぇよ。本当なら今なんて、壁の前に行って災獣を叩き斬りてェとこだ」


「ははは。今の貴方は走り回るより城門の前で待ち構えて頂く方が強いのでは? 無様に駆け回るのは若者の仕事ですよ」


「ほー。言うじゃねェか。鍛錬じゃピーピー泣いてたガキんちょがよ」


「お恥ずかしい話です。教えて頂いたことが、少しでも役立てばいいのですが」


「あん? 役に立つってお前……」



 コイツ、進化できねェことに拗ねて文官の道を選びやがったくせに、今は鎧なんか着込んでやがる。

 まさか『宝華殿』の警備ってわけじゃあるめェ。

 今このサザンゲートで戦いがあるっつったら、相手はたまに来る地震の発生地。

 上層線の前で暴れている滅びの獣だけだ。



「……行くのか」


「行きます。アレをこの国に呼び込んだのは私ですから」


「お前が行ったって1秒も稼げねェぞ」


「承知しています。ですから、ゴブリンを全員連れて行く」


「……あ?」


「戦闘要員だけでなく、私のような文官を含めた全員で……ゴブリンの総力で奴を足止めしようと思います。皆で決めたのです。宝神様が勝利するための時間を稼ぐ。そのために、命を捨てると」



 神王陛下か。むちゃくちゃ言ってたな。『このままでは勝てない』ってまさかの敗北宣言から入って、『奴を殺すためだけの宝剣を造る。その時間を稼いで欲しい』と頭を下げた。

 この国の神であり、王である男の懇願だ。

 お嬢もゴライルもオーガの族長も巫女も、そりゃあ皆泣いてたな。俺ァ眠かったが。


 そもそも、災獣が上層線に迫ってから慌て始めるような神様だ。

 あんなもん敬うなんざ気が知れねェ。

 

 ……ま、そう思うのは、俺に前世の記憶があるからなんだろし、わざわざ口や態度に出すつもりはねェけどな。


 

「数か。ヤツが腹ペコの間はそこそこ効果あっただろうけどな。もう腹一杯になったみてェだぞ。雑魚が群がっても一撃で終わっちまうだろ」


「大丈夫ですよ。家畜を使いますから」



 ―――またそれかよ。



「あの災獣は決して角無しを殺さない。範囲攻撃を仕掛ける前に、必ず結界魔法で保護しようとします。師匠の主が見つけた、唯一ヤツに付けいる隙です」



 けっ、何が主だ。

 お嬢を上げれば俺が喜ぶとでも思ったか? さすがは文官、顔色を見ながら話すのが得意だな。

 だが違うね。彼女は俺の主人じゃあない。ただの雇い先ってだけだけだ。

 確かに俺とお嬢には契約がある。だが主従の間柄ってワケじゃねェ。

 俺から提案した賭けに乗ってもらう代わりに、お嬢の配下や知り合いを剣術の弟子にしているだけだ。



「各地から何とかかき集めた家畜、3000。それを抱えてヤツに突貫します。全員が爆炎宝珠を持ち、いざというときには効かないまでも一撃を与える。ウィザードやオーガの魔法使いはとにかく地形を攻撃し、ヤツの足を鈍らせる。空を飛べないのもヤツの弱点ですよ」


「そうかそうか。ご立派な作戦だな。で? ゴブリンはそれで絶滅か? オーガもヴァンプも、能力が高い奴ァほとんど残ってねェ。1時間くらい前に十宝剣も全滅したよな。……人っ子1人居なくなった国で、我らが神王陛下が災獣を討伐して? それでも『めでたしめでたし』か。笑えるなァ」



 ゴライルが眉尻を下げた。

 皮肉ばっかり言う、困ったジジイだ、ってか? 

 やっぱ嫌いだな。

 今まで生きたどの世界より、この世界のゴブリンが一番合わない。



「一つ言っとくぞ、ゴライル。家畜を抱えて自爆とか言ってたがよ。あの災獣な、たぶんそういうやり口が逆鱗だぜ。背中に乗せるくらい角無しが好きなんだろ? 実際、お嬢が家畜に毒を塗ってから、奴の目的が『飯』から『殺し』に変わった。中層の街が全滅したのはそのせいだ」


「……いいえ、違いますよ師匠。アレは最初から我々を殺し尽くすつもりだった。分かるんです。キィロの最後を映像で観た私には……」



 したり顔で遠い目をしやがって。

 すでに死人のツラだ。

 悟ったつもりか? 人生1度目の若造が。



「それに、我々が皆殺しにされたとしても……ゴブリンは滅びません。神王陛下が決死隊の種を保管して下さるそうですから。災獣が討伐された後、しかるべき苗腹に植えていただけるようです」


「ああ、そうかよ」



 もう話す気にもならねェ。

 価値観の相違だ。一生擦り合うことはないだろう。

 素振りに戻ることにした。



「師匠……いえ、アカシア殿。マルゼナ殿のことをどうかよろしくお願いします。我々ゴブリンは命を捨てる決断が遅かった。おかげで、彼女1人にずいぶん負担をかけてしまった」



 あの獣が上層線に辿り着く前、お嬢は中層の街を守ろうと何度も戦いを挑んだ。

 ヤツが使う魔法、見たこともない青い炎は水程度では消えないらしく……お嬢はそれに巻かれる度、自分で自分の体を粉々に吹き飛ばして何とか脱出した。

 

 一見すると攻撃力の無い魔法に見えるそうだが、食らうと記憶を焼かれるらしい。

 宝神よりも年上だという彼女でも、何十回と受ける間に精神が摩耗し、戦い方を忘れ、今じゃあもう歩くことさえ難しくなった。


 『不滅』の代名詞だった魔剣『非時香菓トキジク』との繋がり方も忘れちまい、もはやただの婆さんだ。

 一気に老化が進んだ自覚があるんだろう、俺をお爺とも呼ばねェ。

 恐らく長く無いだろう。

 今日一日も保たないかもしれない。


 10年近くの付き合いだ。

 腹の立つ女だったが……感じることが何も無い、とは言わない。

 

 

「まあ一応、最期を見届けるってところまでが、お嬢と交わした契約で、賭けだったからなァ。『不滅のマルゼナ』相手じゃとことん不利だった勝負が、せっかく勝ちで終わりそうなんだ。景品を頂くまで途中で降りたりはしねェさ」


「ははは、アカシア殿らしいお言葉だ」



 ズンと大きな揺れが来た。

 また、オーガやヴァンプが何千人も死んだんだろう。

 この国はもう、底の破れた水桶だ。中身が空になるのは避けられねェ。



「では……私はそろそろ行きます」



 踵を返したゴライルを見送る。ゴブリンの事は嫌いだ。しかし、下らねェ常識を持った生き物に生まれちまったってだけで、ヤツの人格自体はそこまで悪いわけじゃない。不出来だったが、一応弟子でもある。


 お嬢のついでだ。その最期を見届けてやる。

 そう思って背中を見ていたら、奴は庭園を出る前に振り返った。



「あの、申し訳ありません、アカシア殿。もう一つだけ、いいですか」



 早く行けよ、と思ったが口には出さず「なんだ」と返した。



「どうして貴方は、苗腹を使わないんですか。国は優秀なゴブリンの遺伝子を欲しがっていたのに……いえ、思えば、家畜を食べているところも見たことがない。私やマルゼナ様の作戦にも不快そうにしていた。……なぜです?」


「聞いてどうすんだ」


「いえ、災獣との戦いで何か役に立つかも、と。ヤツも角無しを食べませんから」


「けっ。テメェらに分かるわけねェだろ」


 

 憧れだよ。


 嫌気が差したゴブリンの生涯で、唯一夢中になれたのが剣だった。

 非力でバカな生き物でも、剣があれば戦える。工夫次第で強くなれる。どんな世界でも、そいつを何より証明していたのが人間だ。


 俺ァな。本当は人間に生まれたいんだ。


 進化とか生まれついての身体能力とか……そういう雑味を捨て去って、真正面から剣の道と向き合いたい。極めたい。


 ……それをゴライル、テメェに喋っても何にもならねェ。

 そいつは、この世界で今日まで過ごしてよーく知ってる。


 だから。

 


「不味いからだよ」



 そう答えて、俺は今度こそゴライルを見送った。





 ◆




『出来た……』



 己を慕い付き従う、何百万もの信者を見捨て……ただ自分が生き残ることだけを考える神がいた。

 毎秒数千は死んでいくサザンゲートの国民達。

 彼らを振り返ることもなく、神は、宝神は権能を注ぎ込む。


 元は人間だった。

 同情に値するような半生を送り、努力の果てに成功を掴んだが、それを噛みしめる間もなく理不尽に殺された。

 この世界にオーガとして生まれ、生前の科学知識を応用して魔法を研究し、数々の魔道具を生みだし、寿命を伸ばして300年の時を生きた彼は、ついに神へと成り上がり―――念願だった、人間への復讐を始めた。


 それは八つ当たりでしかなかったが、かつて豚と蔑まれ、もう人ではなくなった彼にとって、サザンゲートの家畜とは何より自尊心を満たすものだった。



 今、それが崩れようとしている。

 最初は気にも留めなかった一頭の獣。

 ニュースで流れる熊のように、自分が何をするでもなく、社会のシステムが自動で排除するだろうと思っていた獣。


 その危険性に気づいた時には、全てが手遅れになろうとしていた。



『間に合った。間に合ったぞ! ふふはははは!』



 絶望的な魔力容量。冗談かと疑うほどの強化スキル。この世のものではない魔法。

 上層線に迫ることで確認した獣のステータスは、まさに理不尽の権化だった。


 手持ちの財宝では、どうあがいても勝ち目はない。


 間違いなく、宝神が転生してから最大の危機であった。

 それを乗り越えた確信に、彼の体を喜悦が迸る。



『くくく。どの神からの刺客か知らんが、これなら……この剣ならば確実に無力化できる。楽には殺さんぞ、あの虎。徹底的に改造して、元の飼い主にけしかけてやる……!』



 彼は宝の神。

 どのような効果の道具でも生み出せる。

 雑多な量産品ではなく、常に究極の一を造ろうとする性格と、宝の神性はこれ以上無いほど相性が良かった。


 だが、しかし。

 それゆえに。






『くっくっく。甘いの、やはり甘いわ。恐ろしいほど上手く転がる。勝てんぞ? それ一つで満足していては……。気づくかのう? 気づくとよいのう? くっくっく』




 

 

 冥府からの手が喉元に掛かっていることに、神は気づけない。

  



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


次回 白虎無双回


明日 6時ごろ更新予定

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る