第36話 冥神の眷属・白虎 VS 宝神・タカツキノミコト
「ゴルルルル……」
やっと止まったか。
数時間ぶりに爪を仕舞い、俺は思わず溜め息を吐いた。
世界樹が絡み合って出来た目の前の巨壁、魔力の濃度的にもこれが『上層線』ってやつだと思うが、そこに着いてから地面を埋め尽くすくらいの魔獣に襲われた。
まさに蜂の巣をつついたような光景だ。
どいつもこいつも死ぬのを恐れずに……いや、むしろ死ぬために突っ込んで来てるような有様だ。
最後の方なんて赤ん坊をぶん投げて来る母親までいたくらいだ。もう魔獣共に正気を保ってるヤツなんて一人も居なかったんじゃねぇかな。
何万と魔法を撃ち込まれ、何百万と剣や槍を叩きつけられた。
その全てを弾き返し、前足で、牙で、咆吼で返り討ちにしてやった。
俺の周りは、もはや森と呼べる場所じゃない。地面には樹木どころか雑草の一本すら生えておらず、無数のクレーターで大地が捲れ上がっている。空に舞い上がった土埃で日光が遮られ、辺りは薄暗くなっていた。
激闘だった。
結果として俺は体毛の一本も失ってねぇし、体力的にも魔力的にも疲れは無い。
それでも、大変だった。苦戦はしなくても苦労はした。
同じ数を殺すんでも、回数を分けて狩りをすんのと、真正面からやり合うんじゃ全然違う。
ひとつの種、国を滅ぼすという目標の重みを知った戦いだった。
「ゴルルル」
もう一度、溜め息を吐いた。
噛みしめるだけの充実感がある。
ソウブチョウのような、個としての強者を倒した時も「白虎の強さ」を実感できたが、こいつはまた違う感覚だ。
ただ強いというだけじゃねぇんだ。
仮に俺がポンゾのままで、めちゃくちゃ修行して実力を高め、Sランクと呼ばれる冒険者になったとしても……この感覚、この境地にはたどり着けなかっただろう。
「あう、あうう……」
「ひぁっ」
「あああ」
すぐ近くで、苦労して助けた元家畜の人間が怯えている。彼らを守るために張った結界の中で身を寄せ合い、少しでも俺から距離を取ろうと必死になってる。
当たり前の話だ。
例え味方であっても、はっきりと守ってくれる存在でも、これほどの虐殺を成し遂げる力は、受け入れることが出来ない。
それが人間だ。いや、知恵を持つ生き物なら何だってそうだ。
ローラたちの事を思い出す。
タルキスから俺を庇おうと、前に立ってくれた村娘たちのことを。
彼女たちだって同じはずだ。今の俺を見たら怯え、離れていくだろう。
俺がポンゾのままに今の力を授かっていたら……それを想像して、こんなマネはできなかった。彼女たちと言葉を交わし、人として友情を育んでいたら、「怯えられる」ことを何より怖く感じたはずだ。
人は1人じゃ生きられねぇからな。
でも、それじゃダメなんだ。
俺は白虎だ。
群れを作らず1人で生きるのが当たり前の、虎なのだ。
ローラたちに怯えられるのは辛ぇだろう。離れられるのは寂しいだろう。可能な限り避けたいと思う気持ちは本物だ。大切に持ち続けていくべきだ。
だが、そこに寄りかかっちゃいけねぇ。
依存しちまえば、弱くなる。……餌を貰えなきゃ餓死する、見世物の虎と一緒だ。
これからも俺は、この力を自分のために振るうだろう。
獣の強さの根本は、きっとそこにあるんだ。
関わり合った人間の目を気にして、躊躇するべきじゃねぇ。
今日のこの、人間を守りながら戦った数時間で、そいつを強く認識できた。
何よりの収穫だ。
◆
「ああうっ」
「ううあ」
助けた人間たちは、とりあえず結界の中に置いておく。
まだ壁の向こうに大物が居るからな。それが片付いたら、あの転生者の所に連れて行くつもりだ。
国を造る以上、一人でも多く人間がいた方がいいだろう。
特に今回は、大人もだいぶ混じっている。
転生者と一緒に居たのはガキばかりだったから、きっと役に立つはずだ。
彼らを尻目に上層線の壁に向かう。
高さは下層線ほどじゃねぇ。だが分厚さと頑丈さはこっちの方が上のようだ。何時間も戦いの余波を受け続けたのに、どこにも穴が空いていない。傷がある箇所も、元になっている世界樹から新たな枝葉が伸びてきて塞がっていく。
きっとどこかに本来の入り口、門みたいな所があるんだろうが……。
面倒だな。
「ガアアァオッ!!」
目の前まで近づいてから咆吼を一発。
大地が揺れるほどの振動衝撃波で、根っ子ごと壁を消し飛ばす。
俺から半径何十メートルかの視界が一気に開けた。
上層線の向こうは、中層までのそれとは景色が一変している。
これまで魔獣たちの街にある家は、全て森に生えている木をそのままくり抜いて作られていた。街の外も中も、一見すると似たような環境なのだ。転移する道具が豊富にあるせいか、道なども大して整備されていない。
高度な文明を持っているはずなのに、人間としての目線で見るとえらく原始的な生活をしているように見える。
……この辺が、人間世界でゴブリンを『魔獣』と捉えていた所以でもあるだろう。
実際は、「魔道具を使う」という点で、魔力の生産元である世界樹を生きたまま利用するのが正解なんだろうけどな。
上層線の向こうは、そんな機能性を無視して造られていた。
石などで舗装された道。きちんと切り出し、加工された木材で建てられた家。それぞれの建物には色とりどりの塗料で着色され、一つ一つに個性がある。
明らかに、実利より権威を取った街作りだ。
なるほどな。
これだけ別世界なら、わざわざ壁を作って区切るのも頷けるわ。
そんな事を考えながら、俺は魔獣どもの王都に足を踏み入れた。
◆
「いやあああ!」
「助けて! 食べないで!」
「ぐあっ、皆、逃げ……」
本来なら沢山の魔獣が往来したであろう、大通りを走る。
宝神と思われる気配は、街の中央にそびえる城のような建物にあった。
神というからどれほどのモノかと思ったが、意外と……本当に、驚くほど魔力の臭いを感じない。
だが、それでも「油断できない」と本能が警鐘を鳴らしていた。
あの城にいるヤツは、ここに居る俺を認識している。
鋭くて抜き身の刃のような殺気をガンガン飛ばしてきている。
ただ者じゃあねぇ。
まあ、神様なんだから当然だろうが。
「許してください、なんでもしますか ァっ」
「クソっ、クソォ! 化け物め!」
「俺たちが何をしたってんだ!」
いきなり城へ飛ぶような事はしない。
まずは街の中に残っている生き残りを潰していく。ゴブリン皆殺しは俺個人の目標だが、今は冥神様の国を造る件があるからな。
宝神を殺したところで、赤肌の一匹でも生かしときゃあ人間たちは全滅だ。
建国そのものの手伝いは出来ないからこそ、この辺は徹底しとかねぇと。
上層線の内側は人間が暮らすのに適していそうだから、可能な限り壊さずに殺していく方がいいだろう。
そんなワケで走り回っていると、
『そこまでだ。侵略者め』
唐突に、恐らく転移して現れた赤肌が、俺の前に立ち塞がった。
なんだコイツ。
『よくもまぁ……好き放題してくれたな。かわいい信者どもがほとんど残っていないではないか』
角なんかの特徴は赤肌だ。
ちょっと断定できなかったのは、とんでもなくデブだったからだ。他の赤肌はみんなスラッとして引き締まった体をしていたのに、コイツだけ異様に贅肉まみれだった。
当然武威は感じない。持った剣を縦に振れるかどうかさえ怪しい体型だ。魔力は……まあ結構あるな。身につけているローブにも魔法が込められている。パツパツで今にも破れそうだが。
でも、戦って強そうな感じはまるでしない。
大臣とか宰相とかか?
『頭が高いぞ。我は宝神。サザンゲートの国王にして鬼人の支配者。宝神タカツキノミコトである』
………………は?
これが神……宝神?
嘘だろ。
『ふ。分かるぞ貴様。私を見て侮っているな?』
いやだってお前、冥府の神様と比べてあまりにも……。
『確かに今、ほとんどの信者を失った私は神としての力が弱まっている。なるほど、貴様はかなり高位の神から凄まじいリソースを費やして造られた眷属らしい。その異常な力があれば驕るのも当然と言えよう。しかし』
ダメだ。
油断するんじゃねぇ。
白虎の力に溺れるな。ポンゾとしての経験を無駄にするな。ローラをみすみす攫われた時に学習したはずだろ。
あの余裕。
何かあるんだ。
『残念だったな。私は宝神。宝を産む権能を持つ神。強いだけの相手など―――』
ヤツがローブの懐から剣を取り出した。
来る……いや!
『―――如何様にもできる!!』
上か!
空を見上げると、そこには剣が連なって浮いていた。
全てが魔剣だ。千本は超えている。それが一斉に降り注いで来る! だがあの程度の魔力なら大した効果は無いだろう。下手に避けずに『冥神の寵愛』で防ぎきるべきだ。
『宝剣・カサンカ』
案の定、宝神が取り出した剣が強烈な魔力を放った。本命はこっちか? 俺の周囲の様子が変わる。臭ぇ! 鼻が曲がりそうな、嗅いだことの無い臭いがする。ションベンみたいな色の霧が辺りに立ちこめ、毛皮に弾かれていた魔剣たちがボロボロと崩れ去る。
毒か。魔剣さえ融かす腐食性の毒。
だがこの程度なら吸っても触れても分解できる。こんなもんのはずがねぇ。
『宝剣・気炎変毒』
身構えていると、突如として爆発が起きた。空間が……いや、立ちこめていた毒の霧が爆ぜたのだ。それに耐え切ると、残った煙が体に纏わり付く。『冥神の寵愛』が魔力を大量に貪った。これも毒ガスのようだ。
毒を起爆剤にして、新たな毒を生み出しているのか?
魔力の消費を見ると、今纏わり付いているのは、『カサンカ』の毒より遥かに強力だ。
で……これも起爆できるのか! やっぱりな!
常に爆発と毒を連鎖させ、どんどん強力な毒を生み出す。
なるほど、足止めには丁度いい。
この隙に本命が来るはずだ!
『そろそろ防御が剥がれたか? ―――宝剣・獣殺し』
踏ん張らないと体が浮いちまいそうな爆発を何十回か耐えた後。
今度は、骨で出来た刺突剣を何百と浮かせ、矢弾のように撃ち出してくる。
……これも足止めか?
特別な力が込められているようで、魔力はだいぶ食うが……別に痛くも痒くもない。
今んところ無限ババアとかと一緒なんだが。
いつになったら本命の攻撃が来るんだよ。
骨剣を毛皮で弾きつつ、周りの毒を一気に吸い込む。
体内で毒を分解してから、
「ガオオッ」
空気を咆吼にして返した。
『くっ、宝剣・アヴァロンの水鏡!』
宝神の周りに透明な結界が現れる。そして次の瞬間には粉々になり、ヤツは丸々とした体でゴロゴロと地面を転がった。
……こいつやっぱ、雑魚なんじゃ……。
『ふ、ふははは! この理不尽、流石だな! だが感じたぞ、貴様が今使用した膨大な魔力を! やはりその力の源泉は魔力だ。それならばァ!!』
…………なんか、あんのか?
警戒するべきか。神だしな。
『終わりだ獣! アヴァロンの水鏡よ、反転せよ!!』
何だ、また結界かよ。
今度は俺ごと包んだようだが……これがなんだっつーんだ?
『ふははは! 勝った。勝ったぞ!』
宝神はすげぇ喜んでいる。
別に、何の変化も感じねぇけどな……。
『どうだ、外界との繋がりを断たれた気分は! この空間にはなぁ、世界樹からの魔力供給が無いのだ。分かるか? 先程の攻防で大量に魔力を消費した貴様には、もう補充のアテが無い!』
何言ってんだこいつ?
普通に魔力使えるぞ。
『対して私は! この魔剣に溜め込んだ魔力を使い、いくらでも技を放てる! 終わりだ魔獣……防げるものなら防いでみろ! 宝剣・獣殺し!!』
はぁ。
アレだな。ポンゾの経験を活かしすぎようとするのもダメだな。
無意味に時間を食っちまった。
何事もバランスが大事ってことか……。
はっきり言って、これなら上層線の前で戦ったゴブリンたちの方がよっぽど手強かったぞ。
あの時、宝神が一緒になって戦っていたら―――その方が焦ったかもしれねぇな。
『ふははは! いつまで耐えられるかな!』
……もう殺すか。
◆
『あ……あ?』
何故だ。何故あの獣に刃が刺さらん?
どうして腐食毒の中を平気で歩いて来れたのだ?
ヤツの内から湧き出していた、あの大量の魔力は一体何だ!!
『いやぁ、滑稽じゃのう』
何だ? この声……。
いや、この声は!
『宝神よ。貴様、宝を司るくせに見る目が全く無いんじゃの』
戦神!?
なぜ貴様が現世いる! とっくに追放されたはずだ!! 皆で冥府に縛り付けたはずだ!
『アレはのう。あの眷属は、儂が手ずから造ったモノじゃ。……何を材料にしたと思う? 世界樹の種子よ』
おかしい、あり得ない。
冥府と現世を分かつ鉄の壁は、黒龍にしか破れない。
貴様がこちらに来るなど、ありえるはずがない!
『覚えとらんか? 宝神。冥府に儂を封じた際、貴様が寄越してくれたモノだ。「死後の世界でも世界樹が育つか試してみろ」などと言ってのう。……成り上がりの文明神ごときが、調子に乗りおって』
嘘だ、ありえない……。
『我が眷属はのォ、無限の魔力を生む肉体に、不滅の魂。儂が冥府で培った権能の全て、戦神としての加護……これらを与えて造ったのよ。分かるか? アレは昔の儂より強い』
そんな事はどうでもいい!
答えろ、なぜ貴様がここに居る!
どうやって冥府を出た! 生命を得たのか? いやありえん。では、冥鉄を砕いたのか! それこそまさかだ! 一体どうやったのだ!
『はぁ。話を聞かんヤツと喋っても面白くないわ。不快なだけじゃの。さっさと焼いてしまうとするか』
教えろ、何故ここは……こんなに暗い! 何故貴様以外何も見えない!
私の都市は、信者は、宝物はどこへいったのだあああぁあああ!!
『神性を得て長生きしすぎると、死の感覚も思い出せなくなるのか。……哀れよの』
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
次回 剣技神髄
明日 6時ごろ更新予定
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