第34話 大陸史のターニングポイント
『「信仰適性:S」とは。これはまた』
脳裏に浮かんだ神様が、俺の眼球越しに現世を覗いている。
あの、心の中や記憶まで見えちまう視線で、目の前のガキを見ているんだろう。
ボサボサの黒い長髪を生やした少年。歳は10歳前後ってところか。前髪が鼻に掛かるくらい長くて顔立ちは確認できない。栄養状態のせいなのか運動不足だからなのか、背が小さくて丸々と太っている。
これがゴブリンや赤肌には旨そうに見えるんだろうなぁ。
俺は共感できないが。
『しかも、このような扱いを受けているということは……やはりフリーか。宝神め、相変わらず脇が甘いのう』
冥府の神様は、どうやら少年のスキルが気になるらしい。
『信仰適性:S』って言ってたか。まあ聞くからに宗教絡みのスキルだな。
『我が眷属よ、でかしたぞ。早う回復魔法をかけてやれ』
とりあえず言うとおりにするか。
でも俺、解毒の魔法がどんな術式……魔力の質かなんて、分からねぇんだけど。
『なに?』
体力を回復する『スタミナ・ヒール』は、開拓村にある神殿で何度も掛けてもらってたんだが……ソロ冒険者の俺にとって、解毒は神官に頼むもんじゃねぇからなぁ。ポーションでしか治したことがないんだ。
『ふむ、そうか。……では仕方ない、魔法の制御は儂でやるか』
え?
『少しの間、脳を借りるぞ。よいな』
おお、そんな事できるのか…………自我を焼き切ったりしませんよね。
『くっくっく、この前のテイマーの件か? 安心せい。儂とて己の意識を消すことなどできんわ。あのユニークスキルがある限りの』
そうか。『自意識過剰』があれば俺の自我を奪うって出来ないのか。
――――ああ? じゃあ、あの時……
『己のポンコツぶりを思い出すのは後にせよ。魔法の制御が乱れる』
……よし。
この件についてこれ以上考えるのはやめよう。たぶんどっちにしてもスゥンリャに鑑定されればバレたんだ。だから結果は一緒。そういうことだ。
えーっと? 今は目の前の転生者を助けようとしてんだよな。
こいつのスキル、そんなに凄いものなのか。
『「信仰適性」はの、かなり尖ったスキルでな。平時は何の効果も無いんじゃが……ある特定の行動をとったとき、無類の効果を発揮する』
うおっ、頭の中で『冥神の祝福』が勝手に魔力を食いだした。
今俺、操られてんのか? そんな感覚全然しないけど。
『それが、「新たな宗教を興す時」よ。このスキルを持つ者が最初に奉じた神は、それだけで大幅に神性を強化できる。Sランクならば、周りの信者が捧げる魔力量も引き上げることが可能じゃ』
俺の体から魔力の波が放たれる。柔らかくて優しい、触れるとくすぐったくなるような細波だ。これが水で、足だけ浸かっていたならさぞ気持ちいいだろう。色味は相変わらずグロいが。
『ユニークスキルとしてはありふれたモノなれど……他の神が囲っていない、しかも最高ランクの所有者を見つけられるとはのォ。良い拾い物をした。宝神が鬼人至上主義で助かったわい。こやつらにとっては不幸だったろうがな』
波を被ったガキどもは、皆恍惚とした表情を浮かべた。
神様は転生者以外も回復の範囲に含めてやるようだ。土嚢のように積み重ねられた人間たちから、急速に毒の臭いが消えていく。
同じ冥府属性の回復魔法でも、俺がローラたちに放った球体とは全然違う。
これが本来のやり方か……。スキルで魔力の質を変えてぶつけりゃいいってワケじゃないんだな。
『己よ。聞いとるか? 儂の話』
とりあえず、コイツらが冥府の神様を崇める宗教作るってことだろ?
で、それが神様の役に立つと。
それだけ分かりゃ、なんでもいいや。
『その忠誠心は殊勝じゃがの。……まあよいか。ほれ、こやつらの容態も回復したようじゃ。脳を借りて悪かったの。もう儂の用は済んだから、再び好きにするがよい』
ん?
ガキ共のことはいいのか。
『回復魔法に神託を乗せてある。眷属ではないゆえ、これが最初で最後であろうが……ま、充分じゃろう。己がこれから鬼人どもを片付けるなら、跡地には元家畜の人間だけが残ることになる。それらをこの転生者が束ねて、儂を奉じる国を興す。自然と、そういう流れになるはずじゃ』
へぇー。
冥府の神様を崇める国か。そりゃあいいじゃねぇか。
眷属として、俺も建国を手伝おうかな?
『何を言う。己は獣、喋れもせんのにどうやって国作りなんぞするつもりなのか』
ぐうの音も出ねぇわ。
『儂への忠誠は良いがな、らしくない事など考えんでよいぞ。……己はのォ、本能で成したいと思ったことを、成したいように成せ。言ったじゃろ、それが巡り巡って、儂の望みを叶えることになるのじゃ』
……神様。
『期待しておるぞ? 我が眷属よ。今のところ、己の方針はとても良い。このまま、中層域にある都市を全て潰して行き、さらに奥へ進めば―――上層線がある』
しわくちゃの指が示す方を向く。
今は街の外壁しか見えない。森の木々を切り出すことなく、そのまま利用して築かれた建造物。世界樹の壁と同じ構造だ。魔獣の国で行う建築は、樹木を思うままに成長させることで行われる。
ぶっ壊してみると、中の構造は似てるんだけどな。
『上層線の内側とは、人間の国で言うところの王都じゃ。このサザンゲート宝神国のトップが住んでおる。ここさえ潰せば……鬼人の国は崩壊する。文字通りの意味での』
この国のトップか。
強えのかな。
『強いぞ。何せただの鬼人ではない、神じゃからのォ』
ん?
……は?
『「宝」の神性を所有する文明神。あらゆる魔剣、魔道具、その他「宝物」とされるモノを生み出す権能を有した、国の礎そのもの。宝神が襲われるとなれば、鬼人どもはなんとしても首都を守ろうとするはずじゃ。己が上層線に辿り着けば、逃げる者など1人もいない。効率的であろう? ゴブリンを絶滅にするには』
えっ?
いや……。
ホウシン、宝神って……あの宝神?
『ほう、さすがの己も名前を知っておるか。まあ、宝じゃからのう』
そりゃあ。
富と栄光を象徴する神様だ。開拓村に訪れる商人なんかは、宝神教の神官だったりするヤツが多い。
魔剣を手に入れたい冒険者が入信するって話もよく聞く。
……そういえば。
ゴブリンも赤肌も新種も、ちょっと強い奴はやたらと魔剣を持っていたが、あれは……。
いや。
いやいやつーかちょっと待て。
実際に居るってのか? 偶像が祭られてるだけじゃなくて、そのものが?
神様は流石に手を出したら……
『退くなよ。白虎』
ヤバいだろ。
そう思った瞬間、鋭い声が割って入った。
『決めたことから背を向けるな。己は一度でも退けば終わる。臆すればそれまでなのだ。虎の生涯とはそうであろう? 縄張りを得るためには、前任者を倒さねばならん。守るためには、挑戦者を跳ね退け続けねばならん。違うか』
頭に電流を流されたみたいだった。
……そうだ。
ああ、そうだ。
背を向けたヤツには何の権利もない。前世、地球での俺は失敗した。狩りが下手で、力を付けられず、当然縄張りも得られない。
野生の世界に居場所は無かった。
だから人間の世話になった。
今は違う。
『己の力に自信を持て。儂は冥府を統べる神ぞ。死後の世界を束ねるモノぞ。その眷属たる己が……寵愛と祝福と加護を一身に受けた己が、たかだか「宝」如き』
何を恐れることがある?
そう言って、冥府の神様は笑った。
体に魔力を巡らせる。
『冥神の寵愛』が応えてくれる。
そうだ。この力。これがあれば。
『存分に滅ぼすがいい。この国にある神も! 魔獣も! 全てを屠って儂の元へ連れて来い! それが叶うから白虎。そのために造った、眷属である』
たまんねぇ。
最高の後押しだ。
相手が何だろうと負ける気がしねぇよ。
『では、励め』
冥府の神様は、融けるように脳裏から消えていった。
息を吸って、思い切り吐く。
前足を伸ばす。尻を高く上げ、背中を逸らすようにしながら顔を伏せる。
全身の血が回っていくのを感じる。気持ちいい。仕舞っていた爪を出し、バリバリと地面を掻いてから姿勢を戻した。
―――よし。やるか。
ふと前を見ると、すっかり元気になった転生者のガキが、周りのガキを集めて何か喋ってる。
冥神様を讃える内容だ。言葉を知らなそうな元家畜たちに伝わってるのかどうか分からないが、何か感銘を受けているように見える。あれが『信仰適性:S』の効果なんだろうか。
俺が歩きだすと、彼らの視線がこっちを向く。
「神の……我らが神の御使い様。『神獣・白虎』様! その、ご出陣である!!」
転生者が叫んだ。
周りのガキがあーあーうーうーと合唱する。
「白虎様! どうか、どうか奴らに神罰を! 我らが神のご威光、その化身たるお力を、どうか……あのクソッたれどもの顔面に……!!」
任せとけ。
こっからは全開で行く。
ゴブリンのケツをちまちま囓るのもやめだ。
吹っ飛ばしてやる。
掃除は俺がしておくから、お前らも立派な国を造ってくれよ。
「ガァオオオオッ!」
俺は天に向かって吠え、力を溜めて跳躍し、目の前にある街の外壁を飛び越える。
まずはこの街にいる人間以外を速やかに殺す。
今日中に上層線とやらまで行ってやらぁ!
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
次回 宝神
明日 6時ごろ更新予定
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