第33話 白虎の尻尾



 いやぁ、楽しかったな。


 本来、俺は……ポンゾとしても虎としても、バトルマニアってワケじゃねぇんだが。

 それでもこう、強力なユニークスキルを持っていたり、魔剣や魔道具でガチガチに装備を固めた敵を、爪や牙だけで粉砕するのは本当に爽快だ。


 今回は特に面白い相手だった。

 まずは赤肌が4匹。

 そして、見たことの無い新種の魔獣が2匹。ぱっと見は人間にしか見えない、しかし臭いが全然違う変な生き物。


 この新種が良い味を出してるんだ。

 戦い的な意味でも、飯的な意味でも。


 片方は黒髪オールバックの大男で、凄まじく眩しい剣を使っていた。

 実体の無い、光を凝縮したような魔剣だ。

 熱による切れ味と、光を伸ばすことによる変幻自在な間合いが取り柄のようで、斬られると春の日差しくらいは暖かい。


 コイツは再生能力が高かった。

 眩しいから目を閉じたまま臭いを探り当てて噛みついたんだが、飲み込む前に口の中から血が出て行って再生してしまう。白虎の口は人間ほど密閉できない。どうしても防げなかった。

 まあ、お陰で瑞々しい果実みたいな食感と味を山ほど楽しめたんだが。

 あんまりにも美味いんで、最初はコイツばっかり狙っていたくらいだ。

 どうも不死身ってワケじゃないらしく、大体300回くらいで砂になっちまったのが本当に残念だったな。


 その点、もう片方の女は素晴らしかった。

 見た目はフラシアと同い年くらいだが、香ってくる臭い的に相当な長命なんだろう。中身が古いからか、味は男の方より落ちるものの、このババアは持っている魔剣の力で再生力を限界まで伸ばしたらしく、何千回食い千切っても復活し続けた。

 魔剣さえ壊れなきゃ本当に不死身なのだ。

 いや、たぶん『冥火』で燃やせば死ぬと思うが、そんなもったいないことする気になれなかったな。


 まあ……美味いって言っても飲み込めないから、腹の足しにはならないんだが。

 最終的に2日経って、「一旦ゴブリンで腹ごしらえするか」と放っておいたら、いつの間にか転移で逃げてしまった。


 臭いは覚えたから、また口寂しくなったら行こう。


 後の赤肌4人は、この間戦ったソウブチョウと同じくらいだったな。

 一芸はある。ただの雑魚じゃあない。そして不味い。


 10メートル以上ありそうな巨剣を持ってる男。

 目を血走らせながら俺の攻撃を避ける女。

 空中で振ると変な臭いを出すワケ分かんねぇ剣を持った女。

 地面に刺すと地形を操れる剣を持った男。


 全員で連係してくる上、良いタイミングで不死身の新種が盾になるので中々殺せないんだ。

 だけど、そこがまたいい。次々と変わる地形を走りながら、たまに新種をつまみつつ、しぶとい獲物を追いかける。肉食獣の本能が満たされる素晴らしいアトラクションだった。


 個人的にはもう何日か付き合っても良かったんだが……まあ、昼夜ぶっ通しで2日も保ったんだから、あれくらいで満足しとくべきだろうな。

 

 

 そんな事を思い返しつつ、『冥火』を解く。

 ゴブリン狩りは順調そのものだ。

 今んとこ尻の味に飽きることも無いし。


 慣れた手順でご馳走を頂きながら、次の獲物を探すのも忘れない。

 この村は人口が少なかった。これだけじゃあ、胃腸を強化するまでもなく満腹にならねぇ。ある程度溜まった不可食部分を「ガオ」と一吠えして蒸発させつつ、鼻を空に向けて近い所の集落を探る。


 次は――――んん?


 色んな所で、ゴブリンや赤肌が一斉に移動している?

 小さな群れ、恐らく村単位の集落から、大きな……街のような場所へ向かっているようだ。


 これはつまり……そうか。避難か。

 この国の政治機関が俺の存在に気がついた、ってことか?

 意外と早かったな。まだ3日目なのに。


 まあ、俺としてはどっちでも良かったところだ。

 一カ所に集まってくれりゃあ楽なのは間違いない。


 いや、むしろ追い立ててみるのもアリかな?


 例えば……一部が避難せず、中途半端にゴブリンや赤肌どもが残っている街。大都市って感じじゃ無いが、村よりは発展している中規模の街がいくつかある。こういう所では、持ち家とか財産とかを惜しんで避難に躊躇する連中が出るんだろう。


 こいつらを突っついて、「少数で街に留まると狙われる」と勘違いさせ……大きな街に獲物を集めるってのはどうだ。


 実際、少人数があちこちに散っていると、後々面倒だと思うんだよな。

 

 よし。

 追い立てる方針でやってみるか。

 まず向かうのは……あそこだな。

 この近隣じゃ一番人が残っている、中規模の都市。

 俺が最初に向かってた所で、お漏らし赤肌コンビが転移で逃げた街だ。



 ―――この時までは、良い気分だったんだけどな。

 



 ◆




 俺は、ゴブリンが嫌いだ。

 魔獣が嫌いだ。



「あーえ、あ?」

「うあ」

「いああー」

「ああうあー」



 どんなに肉が旨くても、ムカつけば滅ぼせるくらい嫌いだ。


 理由は、ポンゾの頃に散々殺されかけたから。積年の恨みってヤツだな。万年Eランクだった俺は、冒険領域の浅い所で活動してたんだが……それでも、何度死を覚悟したか分からない。

 まあ、だがこれは、「俺の命を脅かし、生活の邪魔をする」という事への怒りは、当たり前だが正義感から来ている感情ではない。


 俺は大義を背負ってゴブリンを滅ぼそうとしているわけじゃないのだ。


 何もかも自分の……ローラ達のこととかも全部ひっくるめて、自分が満足するためだけにやっている。



「助けてくれ、誰か……」

「えうあ、ああー」

「先生、先生」

「うああああー」



 だから。

 別に、ゴブリンや赤肌、魔獣どもが何をしていようが、それを「悪だ」と糾弾するつもりはない。


 だって俺も殺すしな。

 連中が人間を食うように、俺もやつらの肉を頂く。

 人間だってそうだ。

 食うために豚を飼うし、開拓に邪魔なゴブリンは容赦なく殺す。

 

 お互い様だ。


 相手の立場や気持ちなんざ、どうだっていい。自分が親しい方の味方をする。当たり前の話だよな。そこに良いとか悪いとかの問題は出てこねぇ。俺たちの争いは、ただの生存競争なんだ。


 大前提としてその考えがあるから……やつらが人間を家畜にしていると知ったとき、特別に義憤のような気持ちは湧かなかった。

  

 この街に来るまでも、何度か家畜化された人間を見つけたが、結局檻だけ開けて放置してきた。魔獣は滅ぼしてるんだから、後は勝手に生きるだろう。

 「冒険領域で人間を救う力があるかどうか」という、ローラたちを前にした時に抱いた疑問は、もう解決している。


 今の俺には、彼らをわざわざ助ける動機もなければ、彼らのために怒る理由も無い。

 



「いたい、いたい、先生、どこ。みえないよ」

「ああうあー、あー!」

「ウィル、ここだ、ウィル!」

「あああう」

「誰か、だれかぁ……! 助けてくれ、神様。あの子はまだ5歳なんだ……」




 だから今、俺が感じているこの怒りも、正義ではない。


 嫌悪感だ。


 テメェらで育てたテメェらの飯に、毒を塗りたくる精神が許せねぇ。

 この程度の罠に俺が引っかかると思っている所もムカつく。

 

 舐めやがって。

 侮りやがって。

 

 この、街の外壁の前に積み上げられた可哀想なガキどもの向こうで、「あのサイジュウ、食べるかな? 毒は効くかな?」とか思っているヤツが居るんだと考えると……腸が煮えくり返るようだ。



「カロロロ」



 なあオイ。

 テメェだよ。


 分かってんだろうな無限ババア。

 一旦は逃がしてやったってのに、ふざけた真似しやがって。

 遊んで欲しいんだろ? 後で構ってやるからよ。



 もうゴブリンのついでじゃねぇぞ。





 ◆



 

 街の中の、連中が居る方向を睨んでいると、唐突に臭いが消えた。

 まーた、転移か。

 こっちを観察してたんだろうな。どんな魔法を使ったのか知らないが、視線を感じたし。

 まあいいさ。好きにしろ。たかだか数キロを瞬間移動できるくらいで、俺から逃げられるつもりになっとけ。最後は精神崩壊するまで追いかけ回してやるからなぁ。


 あんな雑魚より、今はこっちだ。



「助けて、助けてくれ―――あ」



 体中に毒を塗られ、穴という穴から血を流しているガキ共。

 全員、体が小さい。きっと10歳にも満たないだろう。家畜にされている人間は皆そうだった。男も女もいる。まともに言葉を喋っているヤツは2人しかいない。


 その内の、特にしっかり話せている少年の側に歩み寄る。

 俺が近づいても怯えないな。

 毒で目が見えないのか。耳も聞こえづらいようだ。息をするたびに口から血を零している。苦しいはずだ。


 楽にしてやるべきだと思った。

 

 このまま生きていても辛いだけだろう。

 俺は人間を食わない。だから牙は使わない。こいつらは厳密に言うとローラたちとは違う生き物だが、それでも口に入れる気にはなれない。

 爪じゃ痛い思いをさせちまうな。

 

 ……よし、魔法で送ってやるか。

 『冥氷』をかけた上で『冥火』で焼く。そうすれば苦しまずに冥府へ行けるはずだ。神様へ次はまともな人間に生まれるよう頼んでやる。


 『冥神の祝福』へ魔力を食わせる。

 ガキ共がビクリと身を震わせた。

 

 死後の気配が怖いんだろうが、一瞬だ。どうか耐え―――




「ああ……白い……虎? 虎がいる、のか。よく見えない」



 ――――あ?

 


「ははは、この世界にも、一つくらい……地球と同じものがあったのか」



 こいつ。



「白い虎……朱雀とかと一緒の、白虎か。確か、神様だったよな?」



 転生者だったのかよ。



「最後に、通じたのか? 俺の役立たずな能力が、神様に、願いを……」



 どうしよう。

 びっくりして魔法の行使を止めちまった。

 地球からの転生者なら、漏れなくユニークスキル持ってるんじゃねぇのか? なんでこんな所で家畜なんかやってんだ。

 それとも、俺の『自意識過剰』みたいな、微妙スキルだったのかな。




『いやいや、どっちのスキルも中々捨てたもんじゃないと思うがのォ』



 はっ!

 この声、どっかで聞いたセリフ、脳裏に映る白毛むくじゃらの爺さんは……



『我が眷属よ。ちょっとこやつら、助けてみない?』



 神様ァ!?






◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


次回 冥神様は信者が欲しい


明日 6時ごろ更新予定

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