第61話 絶品!紫龍メシ おまけ


 恐ろしい。

 がくがくと震える体を懸命に抑えながら、俺は戦っていた。


 いや言い過ぎだな。


 しかし転生してから、これほどの苦悩を抱いたことがあっただろうか。

 普段、あれだけの万能感をくれる『寵愛』も『祝福』も、戦闘への昂ぶりをくれる『加護』でさえ、今この時は役に立たない。


 天より与え賜った白虎としての力ではなく、ポンゾとしての意思だけで乗り越えなければならない。

 そんな戦いに、俺は身を投じていた。



「白様、白様。こちらをどうかお納め下さい」


 

 目の前にゴブリンがいる。



「ウチの畑で獲れた、新鮮なピーマンです。お肉とよく合いますよ」



 プリプリの尻をした旨そうなヤツだ……が、そんな大好物が、親しみと崇敬を込めた目で、嬉しそうに捧げ物をしてきやがる。

 しかも俺に敵意が無いだけじゃねぇ。

 人間と仲むつまじく寄り添っている。

 普通の村娘みたいな女が、赤ちゃんゴブリンを我が子として大切そうに抱きかかえていやがるんだ。



「白様。我々の国を守って下さって、本当にありがとうございます」


「ほら! マー君もお礼を言って」


「おとーさんと、おかーさんを守ってくれて、ありがとござます!」

 


 実に善良だ。

 そうとしか言い様がない。

 こいつは世にも珍しい、『生きてて良いゴブリン』なのだ。


 ぱっと見た時にそう思った。


 思っちまったら、もう食うわけにはいかねぇ。俺がゴブリンを殺すのは何でだ? 俺から見てクソだからだ。旨い不味いの前に、前提としてそこがあるんだ。

 善いヤツなら殺さない。

 ぐちゃぐちゃ悩むまでも無ぇ。


 ……だが旨そうだ。


 くそったれめ! 尻を高く上げながら平伏するのをやめろ! かじってもいいのか?


 いやダメだ。


 本能を抑える。大好物を前に「待て」をする。龍どもの相手をするより、よっぽど大変だ。ぶっちゃけ辛い。しかし自分で決めたことだ。つまり黙って耐えるしかねぇ。

   

 唯一の救いは、遠慮なく食っていい肉が手元にあることだ。

 ゴブリンを見て湧き出してくる唾液を誤魔化すように、龍生肉ハンバーグへとかぶりつく。


 うまい。

 紫トカゲが龍神だったのが良かった。やっぱ神性のついた肉は格別の味だ。口の中でパチパチと弾ける独特の食感もいい。それに風龍の噛み応えと火龍の香ばしさ、海獣肉のほどよい塩気が入り混ざって実にうまい。


 こいつが旨いおかげで正気を保てていると言っていい。


 とりあえず、俺の目的はこいつを食い切っちまうことだ。

 結界で包める大きさを軽く超えているので、この場で食うしかねぇ。だからこそ、そのことだけに集中してりゃあ、いいんだが……。

 

 ここに居ると、色んな種類の人型魔獣が色んな捧げものを持って来る。

 本当に様々な種類だ。別にゴブリンだけが来るわけじゃない。

 しかし……やっぱりゴブリンの数が圧倒的に多い。

 全員に人間の伴侶がいるわけではないが、そんなことはもう関係ねぇ。どいつもこいつも善良そのものにしか見えないのだ。


 ちょっとでも俺をナメるとか、少しだけ人間を粗末に扱ってくれれば遠慮なく行けるのに……誰1人として俺を怒らせない。

 

 当たり前だよな。

 俺を救世主だと思ってんだから。

 変な真似をするヤツなんかいねぇ。


 彼らは、俺が龍ハンバーグを作っているを眺めながら騒いでいた連中だ。


 そもそも俺の視点だと、彼らは以前風龍を食ってる時に、「なぜか塩を投げてきたボガードたち」と同じように見えていた。「何でか分からんがとりあえず好意的な乱入者」だ。


 敵じゃないのは一目で分かるし、明らかに俺を援護するつもりで危なっかしく龍と戦う人間も居たりしたから、よく分からないままテキトーに守っていたのだが……。 


 どうも、乱入者はこっちの方だったらしいな。


 俺は龍どもがこの場所に居たことを、「海獣肉を横取りしに来たんだ」と思っていたんだが……違ったのだ。


 まず、彼らの国が龍どもに襲われていた。で、このままでは下層線が破られてしまうってところに、たまたま俺の「海獣入り結界」が落ちてきた。

 その後を追って現場に現れ、瞬く間に龍どもをミンチにした俺が、彼らには「戦神が遣わせてくれた救世主だ!」という風に見えた……らしい。


 要するに勘違いだ。


 別に彼らの危機を救うために遣わされたワケじゃない。

 いや戦神の眷属って所だけ微妙に当たっててややこしいんだが、とにかく救世主ではない。

 じゃないんだが……喋れないので誤解の解きようも無い。


 そんな見当違いの「救世主伝説」を満面の笑みで熱弁しながら、『良かったらこの国を我が家とお思い下さい!』なんて言ってきたのは、『医神』と名乗るオーガの文明神だった。


 ……オーガの神だ。


 よりにもよって、転生してから食ったものの中でぶっちぎりの1位である、あの宝神肉と瓜二つの要素を持つ女だ。


 こんな所に居着くだと?


 冗談じゃねぇ。


 今は頑張って本能を抑えているが、この龍ハンバーグが無くなったら3日と保たない自信がある。俺はなぁ、善良なゴブリンやオーガの神様と一緒に暮らせる生き物じゃねぇんだよ。

 救世主と祭り上げた魔獣に神様が食われて滅亡ってシャレにならねぇだろ……。

 冥神様の名前に傷がつくわ。

  

 かぶりつきたくて仕方ない魅惑の医神ボディを前にして、正気を保つのは大変だった。

 俺自身に小麦粉をまぶすかの如く、龍肉ミンチの上をゴロゴロ寝転がって気を紛らわさなければならなかった。

 そんな俺の姿を、この国の連中は「喜んでる!」なんていって大はしゃぎしやがる。


 この時ほど喋りたいと思ったことはねぇ。

 不味そうなのはどうでもいい。ゴブリンと医神だけは近づかないで欲しかった。


 一応伝えようとはした。


 威嚇のつもりで唸り声を上げても「かっこいい!」

 吠えて追い散らそうとしても「勇ましい!」

 ゴブリンも医神もそう言って、嬉しそうに供え物をして帰って行く。

 

 何をしてもダメなんだ。 

 好感度が高すぎる。


 そんなワケで俺は話しかけてくる魔獣や人間を見向きもせず、一心不乱に龍ハンバーグを貪り続けた。こいつを食わずに立ち去るってのが一番ナシなので、さっさと食ってしまうしかないのだ。



「白様白様。明日はあなた様を讃えるお祭りを開こうと、皆で話しているのですよ。我々ゴブリン族は創作ダンスを捧げるつもりです。祖先が『歌神』さまの国で暮らしていたので、代々受け継がれてきた素質があります。このような」



 そう言ってゴブリンはケツを振って踊り出した。

 地獄か? 

 わざとだろ、もう。

 

 結局、俺は『冥神の寵愛』をフル稼動させて、50メートルくらいあった龍ハンバーグを一日掛からすに食い切った。


 立ち去る時に医神たちが「せめて明日まで」と泣いて縋って来たが……ローラたちの時と違って、罪悪感なんざこれっぽっちも感じなかった。





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



次回 白虎テクテク放浪記


明日 6時ごろ更新予定

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