第16話 ユニークスキル『自意識過剰』を持つ白虎の夜
俺のユニークスキル『自意識過剰』は絶対に気絶しない、というシンプルな能力だが、これにはいくつか副次効果がある。
その最たるものが、眠くならないことだ。
俺は睡眠という気絶状態にならない。身体が疲れて動けなくなることはあるし、目を休めるために目蓋を閉じることはあるが、それで意識が途絶えることはない。
基本的には便利な能力なんだが、いらないと思う時もある。
「すーすー」
「うぅん……小兄上…………私も騎獣が欲しいです……」
女と寝ている時なんかがそうだ。
ポンゾの頃、一時期一緒に暮らしていた女は、1人でベッドを抜け出すと必ず文句を言ってきた。特に腕枕なんかした日には、腕は痺れるし暇だしで大変だ。これで眠れりゃあ、いつの間にか外れるってこともあんだろうが、俺の場合は自分の意思で抜かなきゃならねぇ。相手が寝入ったかどうかを確かめながら腕を引き抜く時間が、俺は結構苦手だった。
地面に伏せながら、そんな生前の事を思い出す。
今、俺の腹にはローラが寄りかかり、背中にはフラシアがしがみついている。
布団代わりにされているのだ。
真夏でもない限り、夜の森は結構寒い。地べたに寝ればなおさらだ。俺の毛皮は、暖を取るのにさぞかし好都合だろうな。
おかげで身動きが取れねぇ。
誰かにどかしてもらいたいが、他は皆、ゴブリンの巣の中に入っちまっている。レイシアが一カ所しかない入り口に結界を張って、俺が外を警備する体制だ。ドミスとスゥンリャが巣の中で不寝番をすると言っていた。
俺のことを完全には信用していないってことだろう。
いい塩梅だと思う。
暴走し過ぎでちょっと疑ってたが、ドミスはやっぱり有能だ。飄々としていても締める所はちゃんとしてる。
ローラとフラシアも中に入ってくれりゃあ良かったんだけどなぁ。
2人は「万が一が無いように監視する!」と言い張って外に残り、さっきまでずっと俺の体を撫で回していた。
どうやら白虎の毛皮って触り心地がいいらしいな。自分じゃ意識したこと無かったが。
2人ともこっちが無抵抗なのをいいことに、飽きることなくワシャワシャやって、気がついたら寝息を立てていた。
そのせいで俺は暇だ。
本当は、朝飯に肉でも狩って来てやろうかと思ってたんだけどなぁ。これじゃ無理だ。
唯一動かせる頭を上げて、辺りを見回す。
時間はすっかり夜更けだ。
だが真っ暗ってわけじゃない。空には満天の星があり、周囲はほんのり赤い光に照らされている。
これは、『世界樹』が生み出す魔力の光だ。
『地球』と『この世界』で一番の違いは、この木の存在かもしれない。
冒険領域ならそこら中に生えている世界樹は、星明かりを吸って魔力を吐き出すという。俺たちが普段、脳ミソに溜め込んでいる魔力は、全てこの植物が大元なわけだ。
真夜中のこの時間帯は特に活発で、生成された魔力を目視することができる。
どこか、暖かさを感じさせるこの赤色は……皮肉なことに、人間が眠るのに最も適した光量なんだとか。
そう。
皮肉だ。
世界樹は、冒険領域と普通の森との差でもある。
空気中の魔力が濃い土地には、日常的に強力なスキルを使う魔獣たちが棲みつく。
本来この明かりがある場所は、魔力容量の少ない、人間のような弱小生物が眠ったりできる環境ではないのだ。
人間が安心して住める場所は、この世界にほんの僅かしかない。
開拓村の役割ってのは、要するに世界樹の伐採なのだ。
土地の魔力を薄めれば、脅威となる魔獣が近づかなくなる。人間の住める領域を広げ、都会の国々を危険から遠ざける。国境や信仰の垣根を越えて社会全体が協力し、推し進めている大事業。
冒険者ってのはそれを手助けする職業だ。
時代の最前線で活躍する英雄なのだ。
薄汚い犯罪者予備軍と嫌う貴族もいるが、そんなことはない。
人間の未来を担う誇り高い仕事だ。
……1人で勝手に熱くなっちまったな。
俺はもう、人間じゃねぇっつーのによ。
あーあ。
余計なことばっかり考えちまう。
何か暇つぶしになるものねぇかなぁ……。
『あるぞ? 目の前、いや己の内にのう』
聞き覚えがありすぎる声が響いた。
耳じゃない、頭の中でだ。同時に白いローブを着た爺さんの映像が見える。これも目で見えているわけじゃない。記憶を思い返した時のように、イメージが浮かんでくる。
『暇か? 眷属よ』
ってコレ……神様ァ!?
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