第17話 神様と魔法と白虎


 か、神ァ!?



『転生初日が終わったのう、我が眷属よ』



 びっくりして背中のフラシアを落としそうになったぞ。危ねぇ。

 腹の上でローラも「ふがふが」とむずがっている。



『おお、すまんすまん。驚かせたか。神託を下すのも久しぶり過ぎてのう、もう少し前触れを作っておくべきじゃったか』



 そこには居ないのに、確かに声が聞こえるし存在を感じる。

 これが噂に聞く神託ってやつか。

 つまり……何か命令されるんだよな。

 今、ドミスたちの元を離れるのは流石に気が引けるが……。



『ん? いやいや、特別な指示なぞ無いわい』



 え?



『己が暇ならちょっとお喋りでもどうかと思っただけじゃ』



 そんな、茶飲み友達みたいな……。



『嫌か?』


 

 いや、俺も暇だったし全然いいんですけど。

 つーか逆に良いんですか?



『全くもって構わん。己は手ずから生み出した我が眷属、もはや息子のようなものよ。むしろその、畏まった喋り方をやめよ』



 うーん……向こうがいいって言ってんだから、もういいか。

 俺もなんか他人な気がしねぇしな。



『そんな事より己、僅か一日でずいぶんと愉快なことになっておるではないか。まさか早々に人間と接触するとは思わんかったぞ』



 どうやら、俺の行動は神様に筒抜けだったらしい。

 ドミスたちとのやり取りについてどう思ったか、身振り手振りを加えて語ってくれた。

 やっぱ第三者視点を聞くと馬鹿みてぇだな。


 神様は、特に回復魔法を呪怨魔法だと勘違いされた事がツボに入ったらしい。話しながら自分で笑い転げていた。「冥府属性の魔力なんぞ人間から忌避されて当然じゃろう。それを己は得意げに……ププ」なんて言ってやがる。自虐か?


 それに当然じゃって言われてもなぁ。

 水とか火とかならまだしも、冥府属性なんて聞いたことねぇし……。

 


『まあ、死後の世界を運営するためのものじゃからのう、知らなくても仕方ないわい』



 だったらなんで笑ったんだよ。



『今後も覚えておくとよいぞ? 特に冥と名の付く魔法は、死後の属性が強すぎて生きているモノに恐怖を与える。コミュニケーションには向かん』



 そんなことだろうとは思ってたけどな。

 つーかあの時、俺の回復魔法が当たってたらどうなってたんだ?

 やっぱり死んじまってたのか。



『いや、きちんと回復したと思うぞ? 魔法そのものが変わるわけではないからのォ。しかし、冥府属性が回復に向いていないのは確かじゃ。効率は恐ろしく悪いじゃろうな』



 向き不向きとかあるのか。

 火魔法が得意なやつは水が苦手、みたいなのは聞いたことがあるけど……。



『似たようなもんじゃの。本来、回復に一番適しとるのは龍属性になる』



 ……龍属性?

 ドラゴンの属性ってことか? 



『うむ。いわゆる龍神の祝福魔法じゃな』



 確かに、この世界にはドラゴンを神として祭っている宗教が山ほどある。それこそ、レイシアたちが信仰する人神なんかよりよっぽどメジャーなくらいだ。

 でも、回復魔法? 龍神の神官って、戦闘力が売りなんじゃねぇのか?


 Sランク冒険者にも『龍血のアナン』と『破壊屋トゥレイゼ』っていう、物騒な異名の転生者がいるくらいなんだが。



『戦いの印象も間違ってはいないぞ? 龍が司るのは生命と破壊の2つじゃからな。回復は本来、生命の領分ゆえ、相性が良い。死後を司る冥府とは真逆の部類じゃの』



 生命と破壊を司る、って聞くとヤバそうだ。

 さすが最強生物。いや神様か。

 ……今まであんまり考えてなかったけど、魔獣を神様として祭るって結構イカれた話だよなぁ。人間の天敵なのに。冒険者でそんな宗教に入るヤツもどうかしてる。

 

 強さ至上主義な所に惹かれて、俺も一時期入信しようとしてたけど。



『ま、一口に龍と言っても、権能を振るえるほどの力を持つ個体は一部じゃがな。というか、生物上がりの神なんぞ珍しくもなかろう? それこそ、文明神なんぞ全員ヒトから成り上がった神ではないか』



 ぶんめいしん?

 何だそれ。



『聞いたことが無いのか? 己、まっこと宗教に興味が無いんじゃのう……』



 呆れ顔の神様が説明してくれたところによると、この世界には大きく分けて3種類の神様がいるらしい。


 1つは自然神。

 物質として存在しない概念で、この世界を創造した最上位の神様。火とか水なんかの『環境』を司っているらしい。冥府の神様は死後という環境を司る神なので、ここに該当する。


 2つ目は龍神。

 自然神が世界を創った当初からいる、始まりの生命。白虎のような例外を除く全ての生き物は、元を辿るとドラゴンの子孫なんだと。『生命と破壊』を司っている。


 そして3つ目が文明神。

 コイツはなんと、人間が成り上がったものらしい。ドラゴンと同じく実在する神様だ。神に至る方法を見つけた昔の人々が、様々な『知恵と技術』を司っているんだそうだ。ポンゾとしての故郷で信仰してた農耕神なんかはこの括りになる。


 文明神のいくつかは俺も知っていた。冒険者で神官になるやつは大体、武器にまつわる宗教に入るからな。剣神教が最大派閥だ。

 龍神も、Sランクのお陰で黒龍教や炎龍教は有名か。


 でも、自然神っていうのは知らないな。

 それを祭る宗教も聞いたことが無い。

 考えてみりゃ、水神教とかあっても良さそうなもんだが。


 

『自然神は基本、生命に興味が無いからのう。というか、自分の意思というものがあるのかさえ怪しい連中じゃ。神託も下さんし祝福や寵愛も与えん。ご利益が無いゆえ、祭ろうとするモノが居ないのは当然じゃろうの』



 フラシアが使っていたような普通の……いわゆる自然を操る類いの魔法は、本当なら自然神の祝福魔法であるはずだ。

 しかし、肝心の自然神たちが極めて大ざっぱな価値観を持つため、テキトーに自然を讃える呪文を唱えれば誰でも使えてしまうらしい。他の神を信仰していてもお構いなしだ。そりゃあ、わざわざ宗教を興すやつもいねぇわな。


 いや待てよ。

 冥府の神様も自然神なんだよな?

 にしてはずいぶんと人間臭くねぇか。



『儂の場合はちと特殊でのォ。……他の連中とは成り立ちが違うのよ』



 『そんなことより』、と神様は強引に話題を変えてくる。

 声色が少し固かった。



『せっかくじゃ。神託らしく、己にお告げでもくれてやろうではないか』



 あまりにも露骨なんで気になる。

 でもここで深く踏み込むべきじゃねぇだろうな。

 気さくなお方だし、思考を読まれているんだから意味無い気もするが、相手は神様だ。

 距離感を間違えずに弁えなきゃならねぇ。


 

『儂が与えたスキルについて色々と教えてやろう。冥府属性がいかなるモノかと合わせてな。本来は時間をかけて自分で気づくべきところじゃが……殊勝で従順な眷属へのサービスとしてのう?』



 学が無ぇ俺には美しい言葉で神様を讃えることなんて出来ねぇ。

 それでも、白虎に転生させてもらえた事には恩義を感じているんだ。

 それこそ、言葉に出来ないくらいにはな。

 

 だから俺なりに敬意を持って接する。

 眷属として、主上が暇をしないように生きたいところだ。

 

 そう思った。


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