第18話 おねしょVS白虎


 赤色の光が徐々に薄くなっていく。

 世界樹の呼吸が落ち着いてきた証拠だ。じきに朝が来るんだろう。

 

 神託はあれから4時間ほど続いた。俺のスキルの話だったはずが、いつのまにか脱線して恋バナになっていた。中身45のオッサン虎と白髪冥神の恋愛論なのに、なぜか初恋がテーマだった。

 俺たちが人間だったらデカい声では話せなかったろうなぁ。

 楽しかったけど。

 

 もちろん、スキルについても色々と聞けた。

 特に良かったのは『冥神の寵愛』についてだ。『神が手ずから創造した肉体を持っている』。これがただの強化スキルではない、と分かったのはかなり大きい。


 実にいい夜だった。


 そう思えば嫌なことも忘れられそうだ。


 ……ん? なんだ、足音がするな。

 森からじゃない。ゴブリンの巣の中からだ。誰かこっちに向かって来ている。



「何? この臭い。……え、まさか!?」



 スゥンリャだ。

 姿勢的に俺は巣の入り口方向を向けないので声しか聞こえないが、それでも困惑が伝わってくる。


 原因はまあ、アレだろうなぁ。



「嘘でしょ、フラシア……」



 漏らしたてホヤホヤだから犯人は一目瞭然だ。

 背中が生暖かくってしょうがねぇ。

 俺と冥府の神様が初体験のあるあるで盛り上がっている最中に、フラシアは突然、「おねぇえちゃぁぁ」とキテレツな寝言を上げながらダムを決壊させた。俺にはどうすることも出来なかった。神様は笑い過ぎて神託を続けられなくなった。ついさっきの事だ。


 幸い白虎の毛皮はある程度の撥水性があったので、素肌に大きな被害は無い。放っておくと腹を枕にするローラが巻き込まれるから移動しようとしたんだが、当のローラが「待てぇ」と寝ぼけて俺の腹にしがみつく。

 結果、今の俺は捻りを加えた海老反り姿勢になっている所だ。


 スゥンリャが近づいてきて、背中のフラシアを抱え上げてくれた。

 助かったぞ。



「うわぁ、ズボンがびしょびしょじゃない。代わりなんて無いのにどうすんのよ。ホラ、起きて」


「おかしぃぃ」


「ちょっと、しがみつかないでってば! あああ、全然起きないし……!」



 スゥンリャは「後でレイシアに言お」と呟いてフラシアを背中に戻した。


 なんでだよ。

 

 くそぉ、このままじゃションベン臭くなっちまう。俺はフラシアの縄張りじゃねぇんだぞ。

 背中から退かしてくれれば遠慮はいらなかったんだが……こうなったら仕方ねぇ。

 

 今、このまま『冥神の寵愛』を使うしかない。

 


「っ! え!? やば!」



 スゥンリャが慌てだす。

 魔法と違って体の内側に作用するスキルだから、回復魔法を使った時のようにはならないはずなんだが……いや、彼女は鑑定ができるんだったな。死後の気配を漂わせた魔力を感じ取ってしまったみたいだ。



「ちょ、ちょ、ホラ! この子は回収するから! 怒らないで、落ち着いてよ!」



 俺がブチ切れていると思ったのか。

 子供に寝小便引っかけられたくらいでプッツンするほど狭量じゃねぇよ。

 

 今俺がやろうとしているのは、『冥神の寵愛』で出来る新たな能力―――



「ええっ?」


「んぉ?」


「たべるぅぅ」



 ―――換毛だ。




 ◆




 換毛とは、毛むくじゃらの動物が季節の変わり目に毛を生え換わらせることを言う。

 人間だって夏も冬も同じ格好をしていればぶっ倒れちまう。それは虎も同じだ。季節に対応した毛質に変更する能力が生来備わっている。冬毛夏毛ってな。


 『冥神の寵愛』を使えばそれを自在に操れる、と神様は言った。



『そもそも、己の肉体は通常の生命とは違う。生殖で産まれたのではなく、一から十まで儂がこねくり回して創った、いわば粘土細工のようなもの。ゆえにただの虎とは隔絶した機能がある』



 それが毛を生え換わらせるだけならショボすぎるが、当然違う。


 要は魔力を使って身体機能を『変化』させられるのだ。


 強化一辺倒じゃないって所がミソで、胃酸を大量にして普通の虎では消化できないものを食えるようにできたり、毒や病気に免疫を操って対抗できたりする。体毛だけじゃなく爪や牙だって伸ばせる。時間があれば、四肢の欠損を再生することさえ可能だという。


 これを聞いた時、俺は真っ先にこう思った。



「じゃあ、のど仏と口を変えれば言葉を喋れるようになるんですか!?」



 つーか、いっそのこと人間に変身できれば、ドミスたちとのクソ面倒臭いコミュニケーションが全て解決する。「この辺の魔獣は皆殺しにしたから、さっさと森を脱出しろ」と言えば目標達成だ。



『無理じゃ』



 だが、神様の返答は期待外れだった。

 


『ベンガルトラとアムールトラを行き来するぐらいなら可能じゃがのォ。正直、人間は体の構造が違いすぎるわ』



 今の自分とポンゾだった自分を思い比べる。

 まあ確かに、全然違うな。



『この場でそういう風にスキルを弄ることも、出来んわけではないが……変化に幅を持たせすぎると生命として不安定になってしまうからの。そんなことに力を裂けば、肝心の強さが陰ってしまうじゃろう。己はそれで良いのか?』



 ドミスたちとお喋りができる代わりに弱くなる……?

 何だその不平等取引は。

 絶対無しだ。


 

『そうじゃろ。「冥神の寵愛」はあくまでも、虎という生物をベースとしたスキルじゃ。人間になれないのと同様に、翼を生やして空を飛んだりヒレやエラを生やして水中を泳いだりすることはできん』



 喋れないのはどうでもいいが、後の2つはちょっと惜しいな。

 だがまあ、そのお陰でゴブリンキングを羽虫と思える強さが手に入ったんだ。文句はねぇさ。


 ……と、数時間前に神様とやり取りしたことを思い返しながら、『冥神の寵愛』に魔力を食わせる。

 


「なっ、なっ……何よこれ! 呪い!? どうなんてんの!?」



 換毛換毛また換毛だ。

 小便で濡れた体毛を、新たな毛の波で押し流す。白虎流の洗濯だな。

 抜けては伸び、また抜けるを繰り返していく内に俺の体はどんどんモコモコしていく。



「むぅ、一体なんだ騒がし―――うおお!?」


「わたがしぃ?」



 大量の抜け毛に埋もれることで、ローラとフラシアがようやく目を覚ます。

 


「何だこれは! 一体どうしたのだゴーストいぬ!」


「おまたが冷たい……あ」



 突然の異常事態に2人が慌てて俺の体から降りる。

 この隙を逃さずに立ち上がった。積み上がっていた体毛の山がモサァっと土砂崩れを起こし、周りに居たスゥンリャたちを巻き込んだ。



「これは、毛……か?」


「そうみたいね。突然モコモコ伸び始めたのよ」


「なぜだ?」


「さあ……あたしに分かるわけないじゃない。やっぱり変な魔獣だわ……」



 そりゃ、端から見たら謎生態だよなぁ。


 顔を合わせて怪訝そうに話すスゥンリャとローラをよそに、フラシアが狼狽えている。相変わらず無表情なんで分かりにくいが、しきりに周囲を見回しながら抜け毛の中に座り込んでいる様はかなり挙動不審だ。


 おねしょバレしたくないのか?

 がっつりスゥンリャに見られていたから無駄だぞ。



「ずいぶん騒がしいねぇ。何かあったのかい?」



 そうこうしている内に巣の入り口からドミスが顔を出す。

 後ろにはレイシアと、村娘たちが続いている。

 目を覚ましてきたのか。

 そういえば、だいぶ明るくなってきたな。まだ朝日は昇っていないが、あとほんの数分ってところだろう。

 

 ドミスたちは俺が放出した抜け毛の量に仰天し、改めてどういう魔獣なのかと話したが結論が出るはずもなく。

 スゥンリャがフラシアのおねしょをレイシアにバラしたりしている内に、200人全員が巣穴の前の広場に揃った。



「よし、じゃあみんな集まっておくれ!」


 

 ドミスが声をかけ、これから話し合いを行うらしい。


 今後どうするか、昨日は話を詰める余裕が無かったからな。

 彼女たちが冒険領域からの脱出に向けて、本格的に動き出すのはこれからだ。



 人間たちが集まるのに合わせて、俺はそっと距離を取った。

 村娘の中には、まだ俺に怯えているヤツもいる。あまり近くに居ると邪魔になるだろう。


 ま、話し合いになると俺の出番なんて無いも同然だ。

 大人しく寝っ転がりながら、聞き耳を立てるとしよう。

 

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