第64話 Sランク冒険者②


 意を決してドアを開く。

 中に居た超越者4人の視線が一斉にこちらを向いた。

 私にも武の心得がある。そのせいで格の違いが分かってしまう。

 充分に広いはずの会議室が小さく見えた。

 声や手が震えないよう、それを悟られないよう気を張りながら中へと進んだ。



「東方大森林方面支部、副ギルド長のタルキスです。初めまして」


「こんにちは、タルキス副ギルド長どの。突然お尋ねしてすみません。僕が……」


「存じております。『龍血』どの」



 真っ先に挨拶してきたのは、異様な風体の男だ。


 頭から足下までを白で統一した服装。小洒落た山高帽から黒いドレッドヘアーが背中に伸びている。上下は聖職者が身に纏うようなものとは思えない、都心部で流行している服屋のスーツだ。足には歩きにくそうな革靴。とても戦う者の装備には見えないが、彼はこの格好のまま冒険領域を歩くのだという。

 顔には、不気味な笑顔を浮かべた白い仮面が着いている。左側の目元が大きく割れており、そこから黒い地肌と黄金の瞳が見える。


 現役の冒険者で、最も冒険領域の奥深くを探索する者。

 あらゆる未知を既知に変える男。

 ギルドに「下層線」や「上層線」という言葉を伝えたのも彼だった。

 ユニークスキルを持たない現生者でありながら、最強の人間。


 『龍血のアノン』だ。



「知っていてくれましたか。これは嬉しいな。こんな風に目立つ格好をした甲斐があるというものです」


「冒険者ギルドに属していながら、貴方を知らない人間など……いや、今を生きる者で知らない者など居ないでしょう?」


「そんなことありませんよ。この間立ち寄った開拓村では子供に泣かれてしまいましたし。ちゃんと笑顔で挨拶したんですけどねぇ」



 これは冗談か? そんな仮面をつけて笑顔って……。

 微笑むだけにしておく。

 くせ者の多いSランクの中では「まともだ」という噂だが、やはり変人だな。

 無難に対応するのが吉か。



「アノン……さん、世間話は後にしてくれよ」


「おっと、そうですね。じゃあ、皆も自己紹介をどうぞ」


「オレからいくぜ。『瞬閃のハルト』だ。まあ知ってると思うけど……よろしくな、メガネのオッサン」



 次に立ち上がったのは、歳若い少年だ。


 本当に若い。確か16歳だったと思うが、それよりも幼く見える。

 同性の私から見ても狼狽えてしまいそうになるほど、容姿がいい。紅顔の美少年という言葉がぴったりと合う溌溂とした雰囲気だが、絹のような光沢を放つ黒髪を持ち、まつげが長く目尻の下がった目元に色気がある。

 奴隷の少女を買っては侍らせていると聞くが、これでは相手の方が離さないだろう。


 若さゆえの経験不足も見られるが、それを補って余りある才能を有している。

 ユニークスキル『韋駄天』。この世の誰よりも速く走れるスキル。

 所持者より速い相手に出会えば、その時点で『韋駄天』の最高速度も上昇するという。

 ゆくゆくは冒険者最強の座をアノンから奪うだろうと噂される天才だ。



「こら、ハルト君。誰にでもオッサンと呼ぶものではないよ」


「うっ……すいません。でも最近、色んな人と会うからいちいち覚えらんなくて……」


「私は全く構いませんよ、『龍血』どの」


「いけませんよ。そんなことだから冒険者が貴族に舐められるんです。Sランクはギルドの顔。礼儀くらい弁えなければ……いいかいハルト。彼はタルキス殿だ。僕と一緒に会った人くらい、きちんと覚えたまえ」


「はーい、アノンさん」



 ……まあ、『龍血』を超えるのはまだまだ先になるだろうが。

 噂を聞いたハルトが調子に乗ってアノンに模擬戦を挑み、見る影も無くボコボコにされたというのは、最近ギルド職員の中でよく噂されている。

 鎧など要らないと豪語していた彼が、アノンに指摘されて皮鎧を装備するようになったのだと言うから相当なものだ。

 ……最も、そう進めた本人があの格好なのが奇妙なことだが。



「じゃ~年齢的に次はおいちゃんかな?」


「儂とお前は一歳違わんだろう。しかも儂の方が下だぞ」


「エスティーノだ。今代の『槍至』だよ~。よろしくな、タルキスくぅん」


「話を聞け」



 次にヘラヘラと笑いながら挨拶をしてきたのは、態度とは裏腹に凄まじい武威を放つ、2メートルに届きそうな偉丈夫だ。

 手も足も長く、太い。座っているソファーの傍らには、私の身長……つまり170センチに届きそうな大槍を立てかけている。穂先から石突きまで全てが『星鉄』という金属で出来た特注品だそうだ。恐らく、私では持つことすら叶わないだろう。


 この槍と、それを操る鍛え抜かれた肉体。

 何よりも人間の身でありながら、武神に実力を認められて「槍の頂点」を意味する称号を与えられた。

 この一点だけでも、どんなに軽薄な言動をしようが彼を侮る気にはならない。


 Sランク冒険者の名に恥じない槍術の達人。

 努力でたどり着ける強さの最高地点。

 『剣聖』、『弓極』、『魔王』。『槍至』に並ぶ他の称号は、全て魔獣が所持しているという。過去を振り返っても、人間でこの称号を得た者はいない。

 読心のユニークスキルを合わせ持ち、対人型魔獣へは絶対と呼べる強さを誇る。

 彼と揉めようとする者は、Sランク冒険者にも居ないらしい。


 『槍至のエスティーノ』。

 ギルド長からは「絶対に敵に回すな」と言われている。

 

 

「あれ? タルキスくぅん、なんか表情硬いな~。ひょっとして、さっき心を読んだの気にしてる? ゴメンゴメン、おいちゃんの『他心伝心』は常時発動型でさぁ。悪気はないのよ」


「いえ、お気になさらず。私も魔王を目指した過去がありますので……エスティーノ殿のことは尊敬しております」


「へぇ、そっか。まあ気にしてないならいいや。……じゃ、最後は爺さんね~」


「……ユーシェンだ。Sランク冒険者。人付き合いは苦手だが、必要な仕事は責任をもってやり遂げると決めている。よろしく頼む」



 最後の男がソファーに座ったまま頭を下げる。

 何の変哲も無い魔法使いのローブを身に纏う小男だ。他の3人のように、金をかけた身なりではない。白髪に白髭。顔中に刻まれた深い皺と、不機嫌そうな表情。確かにエスティーノと同年代には見えないだろう。しかし、彼を指して老け込んでいるとからかう人間など、同じSランク冒険者くらいだ。

 

 その他の人間にそんなことは出来ない。

 実力うんぬんなど関係ない。恩があるからだ。


 人間の世界は、何度この男に救われたのだろう。


 アノンを「最強の冒険者」と呼ぶのなら、ユーシェンこそが「最高の冒険者」であると私は思う。

 今でこそ天空魔法が彼の代名詞だが、その本質はユニークスキルにこそある。

 『九死一生』。心が折れない限り、立ち上がる力を得るスキル。

 彼は心の強さだけを武器に、勝ち目の無い相手と何度でも戦った。その度に薄氷の勝利を掴み、戦いの後には何ヶ月も生死の境をさまよう。あの白髪も皺も、そうやって出来た救世の歴史なのだ。


 天龍との決闘は永久に語り継がれる伝説だ。

 大陸の全てを食らうと言った傲岸不遜な龍神と七日七晩戦い続け、最後には「まいった」と言わせて祝福までを勝ち取った。あの厄災がこの大陸から去ったのは、ユーシェンが最後まで諦めなかったからだ。


 今では、強力無比な天空魔法を操るため、彼が『九死一生』を発動することは殆ど無いと言うが……。


 必要な時がくれば、『落星のユーシェン』は立ち上がるだろう。

 何度でもだ。



「……儂の顔に何かついているか?」


「あ、いいえ」


「え~っ、もしかしてタルキスくぅんってこういう爺さんが好み?」


「違います。私には妻も居りますので」


「真面目ぇ。ユーモアが無いって言われない?」


「……爺さんの部分を否定して欲しいのだが……」


「えっ、ユーシェンさんってそこを気にしてたんですか。じゃあどうです? 僕と一緒に仮面、被りませんか」


「お主も儂だけさん付けよな。エスティーノは呼び捨てなのに」


「いい加減にしろぉぉおお! このオッサン軍団! 雑談ばっかりしやがって……いつになったら話が進むんだよ!?」



 子供に窘められてしまった。

 ……だめだ。緊張感を切らしてどうする。

 彼らの目的。

 ユーシェンはもともと東側を主な拠点にしていたが、他の者は普段、もっと別の地域で活動しているはずだ。アノンとハルトは西でエスティーノは中央。わざわざオタムまでやって来たのには理由があるはず。



「ああ、すまない。そうだね、自己紹介も済んだし……本題に入りましょうか」



 だが、大体の察しはつく。

 ギルド長でなく私がこの場に呼ばれた時点で分かっていたことだ。

 Sランク冒険者と会話した衝撃で忘れかけていた、自分の立場を思い出す。

 ……背中を冷や汗が伝った。

 


「とは言っても、そんなに複雑な相談ではありません。タルキスどのも昨今の事情はご存じでしょう? 宝神の加護や祝福が消え、北からの『星鉄』輸送が途絶えた。各国の冒険領域で謎の『黒い獣』が目撃され、境界を破ろうと暴れている。今や、人間の領域内は経済的な混乱が多く続いています」


「宝神と星鉄の話は知っていますが……『黒い獣』ですか?」



 白、ではなくて?



「ええ、見たこともない……いや、転生者は知っているらしいですが、とにかくこの世界の生き物ではない新種の魔獣です。これは特に南側で多いらしい。その対応で、トゥレイゼはこっちに来れませんでした」



 『破壊屋』か。アレが来ないのはありがたいくらいだが。



「冒険者ギルドの上層部、並びに各国はこれらの対応で手一杯です。今、世界で順調に進んでいる事業は……唯一、東方大森林の開拓だけだ」



 来た。

 ここからが問題だ。

 分かっていたことではある。

 あの白い獣、『ゴースト』を討伐難易度SSランクとして登録し、それを利用してオタムとエゼルウスのアホ貴族からの横槍を防ぎながら開拓を進めた。

 

 確かに順調だ。

 

 一時期壊滅的だった開拓村の数は、この一年で回復しつつある。大量に手に入ったワープ・スフィアと、ゴブリンの巣穴を再利用できたのはやはり大きかった。今やあそこの一帯は、世界でも有数の世界樹素材産地だ。

 農作地も増え、食料も金もある。おまけに強力な魔獣の姿がほとんど無いとくれば、移民も冒険者も集まるのは当然だろう。

 ここまでくれば、国からの横槍も悪いことだけではない。要は「ここは冒険領域ではない、我が国の領土だぁ」なんて言い出さなければいいだけなのだ。我々冒険者ギルドを通し、依頼という形で開拓村と利益のやり取りをする。


 正常な状態に回復した、と言える。



「そんなワケで、私たち4人もこちらの森に入ることになったのです。まあ、ごちゃごちゃした建前を全部とっぱらって言うと……困窮した各国の貴族が『エゼルウスとオタム以外にも分け前をくれ』と泣きついて来た、ということですね」



 アノンが言うこの話も、本来なら困ることではない。


 国の有力者や大商人が、Sランク冒険者を雇って景気の良い辺境で活動させる。

 普通のことだ。

 ユーシェンのように『防衛』を主な活動にしている者は少ない。Sランク冒険者とは、前人未踏の領域を探索するのが仕事なのだ。より奥地の、より希少な素材や情報を持ち帰るなら、余計な問題が起きる荒れた地域より、安定した開拓村のある地域を拠点にさせた方がいいに決まっている。


 彼らが活動する地域は恩恵を受けて潤い、さらに開拓が進む。

 むしろいいことなのだ。

 本来なら。



「……その。ご存じかと思いますが……現在、大森林内にて、例の……討伐難易度SSランク魔獣の姿が確認されまして」


「ゴースト、でしたっけ? 変な名前の魔獣。聞いてますよ」


「それだけではなく……人型魔獣の住む下層線も発見されまして」


「そっちも聞いてます。さぞかし不安だったでしょうね。でも、ご安心ください。だから僕たち、4人も集まったんですよ!」


「いえ、あの、できればぁ~その。……手を出さないで頂きたいのですが……」


「え? いやいや、まずいでしょう。せっかく順調に開拓出来ているのに、そんなヤバい連中が居ると分かったら……集まった開拓民たちが逃げちゃいますよ。東方の森は、今世界で唯一明るいニュースが出る場所なんですから、何とかしないと!」



 ああ、くそ!

 なんて言えばいいんだ。

 「危ないから止めた方がいい」なんてSランクに言えるわけない。

 彼らの機嫌を損ねたら、私の首が物理的に飛んでしまう!


 だが、何とか止めなければ。

 この4人は人間にとっての切り札なんだ。

 冥神国の蛮族どもやゴーストに関わらせて死なせでもしたら……やっぱり私の首が物理的に飛ぶ!



「さぁ、挨拶も済みましたし。さっそく森へ向かいましょうか?」


「賛成。オレの依頼はその、『ゴースト』って奴の調査、あわよくば討伐だから。早く終わらせて宿に帰りてぇ」


「おいちゃんは財宝探しだよ。東方のゴブリンは宝神の祝福が付いた魔剣をよくドロップするからさぁ~。槍もあればいいんだけどねぇ」


「お前たち、暴れる時は注意しろよ。開拓民を巻きこんだら儂が許さんからな」

 


 ああ、悩んでいる間に行ってしまう。

 だめだ。何もうまい手が思いつかない。

 こうなったら、森の中で連中が鉢合わせないようにするしかない。


 ……どうやって?


 1人で考えててもダメだな。

 ……とりあえず、ドミスに連絡してみよう……。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


3.5章 『白虎テクテク放浪記』 了


次回 第4章 『黒から白へ』


明日 6時ごろ更新予定

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