「今は勝てない、でもいつか……」って英雄たちが目標にする、ホワイトタイガーに転生した
しはや乃太夫
始まりの英雄
第1話 死に際が長い男
ギラリと光る魔剣の軌道。
すげぇ速さだ。目で追えない。防ぐことなんざ不可能だ。
斬られた、と思った次の瞬間には蹴りが飛んできやがった。
腹に衝撃。
視界がぐるりと回転し、宙に浮いた俺はテーブルを巻き込みながら派手に転がった。
「おおっ! 喧嘩だ!」
「いいぞ!」
「やれやれ!」
あーこれダメだ。
死ぬわ。
魔剣を握った男が倒れる俺の顔を覗き込み、「んだよコイツ雑魚じゃん」と呟いて視界から外れていった。
くっそ、ちくしょう。
肩から腰までぶった斬られて血と内蔵が飛び出していやがる。
誰だよあのチビ?
いきなり斬るなんて、ひでぇじゃねぇかよ。
手足の感覚がほとんど無ぇ。痛みも無いんだがひたすら寒い。回復ポーションは持っているけど腕が動かないから飲めやしねぇ。まあ、この傷じゃあ飲んでも無駄だろうけどな。
記憶が曖昧だ。
どうしてこうなった?
今日は確か……20年ぶりにランクが上がったのを祝って、酒場で気持ちよく飲んでたんじゃなかったか。
酔っ払ってどっかのチビに絡んだのはうっすら覚えているんだが……。
「あーあー、こりゃもう駄目だな。助からねぇよ」
「ポンゾのオッサン、念願のDランクになったってはしゃいでたのになぁ。カワイソー」
「そう思うなら止めてやりゃ良かったじゃねぇか」
チビと入れ替わりで覗き込んできた連中が、嘲笑混じりに話している。
知り合いだとは思うが、視界がぼやけて誰だか分からねぇ。
まあ、この状況でポーションも掛けてくれないような奴だ。別に誰でもいいか……。
「止めるぅ? 冗談言うなよ。Sランク様のお怒りだぜ? とばっちりで俺まで死ぬっつーの!」
「ポンゾさん、だいぶ酔ってたからなぁ」
「だからって、よりにもよってSランクに喧嘩売るかね? 普通」
「ま、気持ちだけは分かるけどよ」
「6人パーティで男1人女5人だもんなぁ」
「周りを気にしねぇでサカりやがるしよぉ」
「ヤるなら個室に行けってんだよな。アンアンアンアン、うるせぇったらありゃしねぇ。確かに俺もムカついてたわ……ま、だからっつって喧嘩売るほどアホじゃねぇけど!」
……ん?
ちょっと待て。
今、Sランクに絡んだって言ってなかったか?
言ったよな。
マジで言ってんのか。
手の込んだ自殺かよ。そりゃ、笑われるわ。
あーあ……。
「しっかし、大ベテランも最期はこのザマか。なんか切ねぇな」
「ベテランって、このおっさんが?」
「お前知らないの? この辺じゃ結構な古株だぜ。誰ともパーティーを組まずに30年、一人で冒険領域に潜り続ける偏屈ジジイ」
「え、でもお前さっき、Dランクになったばっかりって言ってたよな? 30年でDって、いくらなんでも低すぎねぇか」
「そうだよ。だって雑魚だもん。歴が長いのだけが自慢の万年Eランク、駆け出しのガキよりも逃げ足の早い底辺冒険者ポンゾ、って有名だからな」
「うわぁ……」
「やっぱ冒険者ってのは引き際を間違えると惨めだなー。俺も35くらいまでにしとこ」
「ま、でも、最後にいい想いできたんだからポンゾのオッサンも満足だろ?」
「言うほどできてたか?」
「だってあの『瞬閃』の魔剣が拝めたんだぜ? 金貨70枚はするって話だ。そんな剣で斬られるなんざ、最高に贅沢な死に方じゃねーか!」
「あははは! ひでぇこと言うなよ、ゾンビになって飛び起きて来るぜ!」
そうかぁ、俺を斬ったあのチビは『瞬閃のハルト』か。
ここらじゃ珍しい地球からの転生者だ。
バカみたいに強くて、奴隷の女を何人も引き連れてるいけ好かねぇ小僧。30年かけてランクDに上がった日に、半年でランクSになった天才少年様が酒場でハーレムセックスしてたらムカつくかもなぁ。
……。
いやねーよ。
今まで何人のガキどもに追い越されてきたと思ってんだ。自分より才能あるやつにいちいち絡んでたら命がいくつあっても足りねぇっつの。
シラフの俺なら絶対やらない。
連中の言うとおりだ。飲み過ぎたんだ。
ワケ分かんなくなるまで泥酔したことなんざ一回も無かったっつーのに、なんで今さら……。
いや。こんな反省こそ今更か。
もう死ぬんだしな。
血反吐が喉に溜まる。苦しいが、咳をする力も残ってないみたいだ。
視界が暗くなっていく。
ああ……。
もう、なにも、見えない―――
……あれ? まだ生きてる。
しぶといな俺も。
つっても、ここから蘇生する可能性なんて無ぇだろうけどな。
にしても、あーあ。人生終わりかぁ。
大したもんじゃ無かったな。ギリギリDランクにはなれたけど、冒険者としてはようやく一人前って所だしな。45にもなってようやく人並みだ。我ながらショボいもんだよ。でけぇ家に美人の女房、夢見てた生活なんて何一つ叶えられなかった。
才能ねぇのに冒険者なんて始めたのは間違いだったのか?
故郷の農家で兄貴に顎で使われてる方が、人生マシだったんだろうか。
そんな考えが浮かんだ次の瞬間には「無い」と思っていた。
なんにも楽しくなかったのに、冒険者を選んだことを俺は後悔していなかった。
……何でだ?
自分でもよく分からねぇ。
こんな、虫ケラみたいな死に方をしてるのにな。
生まれ変わっても冒険者をやりたい。安全な村や街でなく、魔獣のうろつく薄暗い森の中で生きていたい。そう思っちまっている。
我ながら、不思議なこった。
気づいたら、もう呼吸さえ出来ていない。
心臓も止まる寸前だ。
命が尽きるってのは、こういう感覚なんだな……。
いやまだいけるわ。
ちょっとしぶと過ぎねぇか? もうさっさと終わりてぇんだけど。
それで、転生したい。
いいよなぁ、瞬閃のハルト。ヤツのユニークスキル『韋駄天』は、この世で誰よりも速く動けるスキルらしい。ドラゴンだって止まって見えるって話だ。
羨ましい。
俺も次に生まれる時は、神様から愛されてクソ強いスキルを授かりたいぜ。
世の中、強さが正義だからな。
都会の方じゃ便所虫みたいな扱いの冒険者でも、Sランクまでいけば何でもアリだ。噂じゃあ街での飲み食いに金が掛かることがないらしい。貴族や商人がヘコヘコしながらもてなしてくれるんだと。
辺境の開拓村でもそれは変わらない。奴隷を買って連れ回しても文句を言う奴はいねぇし、酒場でDランクのおっさんを殺してもお咎めナシ。
本当、羨ましい限りだぜ。
……はぁーあ。
俺だって、ユニークスキルを持ってるんだけどな。
その名も『自意識過剰』。
どんな状態でも絶対に気絶しないスキル。
これが無かったら、今頃とっくに意識が途絶えてんだろうなぁ。
この世で俺しか持ってない、まさに
まあ、眠くならないってのは冒険の時に重宝したけどな。
ソロでも夜に不安が無いし、鍛錬の時間を確保するのにも役立った。
文字通り寝る間を惜しんで鍛錬しても、ランクDになるまで30年かかったわけだが。
……どうせなら、剣とか魔法のスキルが欲しかったなぁ。
『そうかのう? 捨てたもんじゃないスキルだと思うがのォ』
ん?
『お陰でホレ、今こうして儂と話せるワケじゃし?』
……誰? この爺さん。
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